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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

風に吹かれて(#220)

2023-06-18 21:42:10 | RUN&GUN風土記
澪の気持ちを聞いてから、幸佑の心が揺らいでいる。
雄也がいなくなったら、もう役者としてやっていく夢も希望もなくなると思い、実際今日まで引退したことを後悔はしなかった。
突然の引退劇に驚いた人たちから、引退した理由や復帰を促す言葉をたくさんかけられもした。
尊敬して慕っていた馬場からも、そしてマネージャーだった佐々木からも、もう一度考えてみないかと。
だがいずれも幸佑の心に響きはしたが、一度決めた引退の決心を覆すには至らなかった。
しかし。
先日の澪の言葉「いつか一緒の舞台に立ちたい」「雄也も幸佑の役者としての人生を望んでいるような気がする」
これが、幸佑の中で大きな波紋となって胸に広がった。
そして、それまで幸佑の事情には一切干渉しなかった恵子が、初めてその琴線に触れた。
(ほんまは、幸ちゃん演技したいんちゃう? あんた言うてたやん、演技ならどんな人間にもなれるって。 その気持ちは今も変わってないはずやろ)
(あんたまだまだ若いねんから、隠居するには早すぎるで。 もうひと花咲かせてきたらどうやの)
東京で幸佑の身に何があったか、おおよそのことは知っているはずだ。 だからこそ、今まで役者時代に関係することは何も口にしなかった恵子。
その彼女が、あえて言葉にした意味。
何か温かいものが、幸佑の背中を押し始めているような気がした。

 RRR・・・

テーブル上に置いていたスマホから、着信を知らせるメロディが流れた。
相手は、佐々木だった。
 「――はい」
 『幸佑? 佐々木だ。 久しぶりだな、今いいか?』
 「はい、大丈夫です」
 『前にも少し話したと思うが、【哀歌の街】が5月から正式に上映されることになった』
 「えっ」
 『まずは東京のみでの上映になるが、いずれは全国での上映になるのはほぼ間違いないと言われてる』
 「・・・・・・・・・」
幸佑の沈黙を、佐々木は良い意味には捉えなかった。 無理もない、もう役者には復帰しないとあれだけ断言したのだから。
今さら映画の話を蒸し返されても、困惑するだけと思っているのだろう。
 『・・・おまえにしたら、複雑な気持ちになる話だよな。 上映にかかるギャラも、もううちの事務所と契約解除したからおまえにはほとんど入らないし。 正直、おまえにメリットはないのかも知れない』
 「・・・・・・・・・」 
 『いやむしろ、引退して平穏に暮らしてたのに、上映されることでまた余計な注目を浴びることになるかも知れない』
 「・・・・・・・・・」
幸佑の気持ちを考えながら慎重に話す佐々木の言葉に、幸佑はじっと耳を傾けている。
 『だけど、おまえが一生懸命取り組んだ初主演映画だ。 一時は闇に葬られそうだったこの映画が、紆余曲折を経ていま日の目を見ようとしている。 それが俺にはすごく嬉しいんだ』
 「佐々木さん・・・」
佐々木の話を聞いているうちに、幸佑の心に不思議な感覚が湧き起こってきた。
以前は、この映画のことを思い出すと否応なしに桐畑のことも思い出されて、過去のトラウマが蘇りそうな不穏な気持ちになっていた。
だが今は、なぜかそんな気持ちに陥らずにいる。 思い出すのはただ、遠山涼として生きたあの非現実的な日々だった。
 『――5月からの上映の前に、試写会がある。 日時はまだ未定だが、その際に主だった出演者の舞台あいさつも予定されてる』
そこで、佐々木が一旦言葉を切った。 そのわずかな間が、佐々木の心に一瞬よぎった戸惑いを表した。
それを、幸佑は敏感に感じ取った。
 「・・・俺に、出席してほしいんですね」
自分が言うべき言葉を幸佑の口から聞いて、思わず佐々木が息を呑む。
 「主演だったわけだし・・・」
あとに続いた幸佑の呟きに、佐々木が同調する。
 『実は、そうなんだ。 知ってのとおり桐畑は今獄中で、当然出席できない。 この上おまえも欠席じゃ、主演が誰もいなくなっちまう。 だから、無理を承知でお願いしたいんだ』 
電話越しに、佐々木が頭を下げる気配がした。
 『おまえの気持ちは充分理解してる。 でもあえて言う、どうか出席してくれないか。 桐畑もいないし、ただ一度だけでいいんだ』
 「・・・・・・・・・」
幸佑の沈黙をどう捉えたかわからないが、しばしの後、最終手段とばかりに佐々木が切り札を口にした。
 『――馬場さんも、出席する。 もう一度、ステージ上で彼とともに立てるんだ』
馬場の名前を聞いて、幸佑の心が大きく揺らいだ。 もう二度と彼と同じ舞台に立つことはないと思っていた。
それが、ふたたび叶う。
ゆっくりと目を閉じた幸佑の心に、もう迷いはなかった。
 「・・・わかりました。 出席します」
静かに、だがはっきりとしたその口調が、佐々木の耳にしっかりと届いた。 下げていた頭を上げ、にわかに笑顔になる。
 『本当か!? ありがとう、本当にありがとう!』
佐々木の溢れんばかりの笑顔が目に見えるような歓声だった。 つられて、自然に幸佑も笑顔になる。
 「・・・実をいうと、桐畑さんのトラウマも少しずつなくなってきてるんです。 4年という月日が、俺を癒してくれました」
穏やかにそう語る幸佑に、何度も佐々木が頷きながら答える。
 『やっぱり時間が一番の回復薬だな。 とにかくよかったよ、おまえの苦しみが少なくなって。 そうだ、馬場さんにも伝えるよ、おまえも出席することを。 きっとあの人も喜ぶぞ!』
嬉しそうに話し続ける佐々木の言葉を聞きながら、幸佑の脳裏にいつかの馬場の姿が蘇った。
幸佑が引退すると知って、寂しくなるなと言葉をくれた。 もう一度、同じ舞台で一緒に演じたいとも言ってくれた。
滅多に感情を出さない馬場が、初めて明かしてくれた幸佑への気持ち。
あの時の彼の気持ちに報いると言えば大げさだが、それでもこんな自分に対して最高の言葉をくれた馬場に、少しでも恩返しができたらと思う。
 『――それじゃ、また日時が決まったら連絡するよ。 じゃあな』
 「わかりました。 それじゃ」
通話が終わったスマホをしばし見つめ、ほっとしたようなため息を吐く。
少し前までの自分には考えられないことが起きている。 まさかこんな心境の変化が起きるとは。
もう二度と、表舞台に出るつもりはなかった。 大阪から出ることもないと思っていた。
 「・・・ふっ・・・」
なぜか、笑みが漏れた。
いつか読んだ本の言葉がふと蘇る。
【事実は小説より奇なり。 この世に、人心に、絶対という言葉はないのだ】
この言葉を今こそ噛みしめ、幸佑はゆっくりとスマホを置いた。  
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風に吹かれて(#219)

2023-06-04 14:39:41 | RUN&GUN風土記
2月になり、暦の上では春となったが、昨夜から降り出した雪があたりをうっすらと白く染め上げ、冷えきった空気がキンと張りつめる様子からは、まだまだ春は遠いことが窺える。
こんな寒い日は皆外出に消極的とみえ、幸佑の働くこのたこ焼き店「たみじや」も、来客はまばらだ。
 「ありがとうございました」
会計を済ませた常連客が引き戸を開けると、途端に外の冷たい空気が店内に入り込んできた。
肩をすくめて寒そうに歩き出す客の後ろ姿を見送った幸佑が戸を閉めようとした時、見慣れた人物の姿が目に入った。
 「いらっしゃい」
手袋をはめた両手を擦り合わせ、はあはあと白い息を吐きながら小走りにやってきた澪が、幸佑の前で立ち止まるとニッコリ微笑んだ。
 「寒いから早よ中入り」
そう言いながら澪の背中をそっと押して中へ入らせると、幸佑は速やかに戸を閉めた。
誰も客がいないにもかかわらず、テーブル席ではなくいつものカウンター席の隅に腰を下ろした澪が、手袋とマフラーを外す。
 「これ飲んであったまって」
手盆で悪いけど、と断りを入れた幸佑が、湯気の立ち上るお茶を澪の前に置いた。
 「ありがとうございます」
微笑みながら、お茶の入った湯飲みを両手で包む。 凍り付いてかじかんでいた手が、ゆっくりと解凍されていく心地良さを感じている澪の隣に、幸佑が腰を下ろした。
 「今日はこんなに寒いからか、お客さんもほとんど来ぇへんかったわ」
 「ほんまに今日はめっちゃ寒いですね。 今また雪降ってきたし」
 「ほんま? うわ、この様子やと道路凍るんちゃうん。 帰り道滑らんように気をつけんと」
他愛のない話をしていた幸佑が、ふと何か思い出したのか「あ」と短く声を発した。
 「そういえば澪ちゃんって受験生とちゃうかった? たしか今年で高校卒業やろ。 ごめん、滑るとか縁起でもないこと言うてもうて」
口に手を当てて申し訳なさそうな顔をする幸佑に、笑みを深めた澪が小さく首を左右に振った。
 「私、進学しないんです。 だから大丈夫ですよ」
澪の言葉を聞いて、幸佑が一瞬意外そうな顔をした。 昭和の時代ならともかく、今の世の中大学へ行かないというのはかなり珍しい気がする。
進学をしない理由はもちろんあるのだろうが、果たしてそれを訊いていいのか幸佑は迷った。 
すると、そんな幸佑の心の動きを察したのか、澪が自ら理由を語り出した。
 「・・・私ね、高校卒業したら本格的に役者を目指そうと思ってるんです。 東京へ行って、演技の勉強をするつもりです」
 「えっ」
今度は驚きの表情を浮かべる幸佑の素直な反応を、目を細めた澪がしばし見つめた。
そしてふと、真剣な目になって言葉を紡いだ。
 「・・・米原さん。 もう一度、役者に戻りませんか」
静かだが、どこか芯の強い口調でそう告げる澪を、目を見開いた幸佑が凝視する。 
すると、やや表情を緩めた澪がなぜかすみません、と詫びた。
 「米原さんは相当な覚悟をもって引退したんだと思います。 だからこうして軽々しく復帰をなんて、ほんまは言うべきやないっていうのもわかってます。 やけど」
伏し目がちに語っていた澪が、不意に言葉を切って顔を上げた。 正面から幸佑の目を真っすぐ見て、意を決したように訴える。
 「私の夢なんです。 いつか米原さんと一緒の舞台に立ちたい。 一緒に演技をしたい。 それはもう、ずっと前からの願いでした」
 「・・・・・・・・・」
 「それに・・・」
ふと胸ポケットに手をやった澪が、一枚の写真を取り出して、絶句している幸佑の前に差し出す。
それは、優しい目で微笑む雄也の写真だった。
 「お兄ちゃんも、米原さんが役者に戻ることを望んでるような気がします。 お兄ちゃんは夢半ばで終わったけど、その遺志を米原さんに継いでほしいって思ってるんちゃうかな」
 「・・・・・・・・・」
 「勝手なこと言うて、本当にごめんなさい。 でも、米原さんが演技してるとこほんまに好きやったし、米原さんもすごく生き生きして幸せそうに見えてました」
澪のこの言葉が、幸佑の胸に強く響いた。 
自分が役者を目指した最大の理由を思い出す。 
情けなくて弱い自分が、役の中ではどんな人間にもなれる。 その未知の可能性に強く憧れて、役者を目指した。
今目の前で必死に語る澪の胸にも、きっと熱く強い思いがあるに違いない。 
十数年前の自分と澪の姿が重なって見え、幸佑の胸を切なく締め付けた。
 「――哀歌の街が、上映されるって聞きました。 本来なら上映されるはずのない映画が、観たいっていうファンの人たちの強い気持ちで上映が実現されたって」
 「・・・・・・・・・」
 「米原さんは複雑な気持ちかもしれませんが、私はすごく嬉しい。 こんな気持ちでいるのは、私だけじゃなくて他にもいっぱいいてると思うし、映画を観たらやっぱり米原さんの演技をもっと観たいって思うはず」
 「・・・・・・・・・」
 「この映画が最初で最後なんて、やりきれないです」
最後の言葉は、幸佑にというより自分に向けての呟きのようで、どこか寂し気な口調だった。
自分の言葉を終始無言でじっと聞いている幸佑を、澪が束の間見つめる。 その表情は複雑で、悲しみとも痛みとも取れる色を醸し出している。
だがすべてを吹っ切ったように、マフラーと手袋を手に取った澪がすっと立ち上がった。
 「――帰ります。 今日はいろいろ喋りすぎてしまいました、ごめんなさい。 でも、言うたこと後悔してません。 全部私の本当の気持ちやから」
 「澪ちゃん・・・」
どう言葉をかけていいかわからず、出口に向かって歩き出す澪をただ見つめた。 戸を開けた澪が、さむっ!と声を上げる。
 「うわ、雪すごなってる! 米原さんも帰り気を付けてくださいね。 それじゃ!」
それだけ告げて、あとは振り向くことなく澪が吹雪の中へ走り出す。 戸から降り込んでくる冷たい雪の結晶が、立ち尽くす幸佑の服をどんどん埋め尽くしていく。
そんな二人の様子を、厨房の奥から恵子が優しく見守っていた。 
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風に吹かれて(#218)

2023-03-30 16:58:12 | RUN&GUN風土記
数日後。
いつものように部活帰りの澪が店にやってきた。 友達が一緒のときもあるが、今日は一人のようだ。
テーブルを拭いていた幸佑を見つけて、小さく手を振る。 幸佑もまた、笑顔を返す。
毎日来るわけでもなく、来たからといってずっと幸佑と喋るわけでもない。 注文した品物を食べながら、二、三会話するだけの日もある。
二人がゆっくり話せるように時間を作るよう計らった恵子にしてみれば、いささか物足りなく感じていた。
アイコンタクトを交わしただけでそれ以上特に話をすることもない幸佑に、恵子が囁きかけた。
 「・・・なぁ幸ちゃん。 もっと澪ちゃんと話したらどうやの?」
 「いいんです。 まだ仕事あるし」
 「仕事て、もう他にお客さんもいてへんのやし、することないがな。 そんな何べんもテーブルも拭かんでええから」
 「でも」
なかなかうんと言わない幸佑に業を煮やしたのか、あーもう!と吐き捨てた恵子が、半ば無理やりに幸佑の手からふきんを奪い取る。
 「今からは澪ちゃんの相手するのが仕事や! ほれ、隣に座って!」
そう言いながら、強制的に幸佑を澪の隣に座らせた。 強引な展開に、幸佑も澪も戸惑いの表情を隠せない。
 「あ、そうや。 買い出し行かなあかんのやった。 ちょっと出かけてくるから留守番頼むわな」
 「え、買い物なら俺が」
 「ええから! ほな頼むで!」
そう言うが早いか、素早く車のキーを手にした恵子があっという間に出て行った。
しばらく呆気に取られていた幸佑と澪だったが、不意に顔を見合わせると、なぜか互いにプッと笑った。
恵子の下心があまりにわかりやすすぎて、もう笑うしかなかった。
 「——ごめんな」
ひとしきり笑ったあと、なぜか幸佑がぽつりと詫びた。 不思議そうに見る澪に、苦笑いを零す。
 「恵子さんええ人やけど、おせっかいすぎるのがちょっとな・・・。 ひとまわりも年上の俺なんか、澪さんから見たらオッサンやのに」
 「そんな!」
自嘲する幸佑に向かって、澪が激しく首を左右に振る。
 「私はそんなふうに思ったこといっぺんもないです! いくつになっても米原さんは私の憧れの人やし、こうしてお話できるようになるなんて、今でも夢みたいで・・・」
急に恥ずかしくなったのか、やや視線を泳がせた澪が少し顔を俯けた。 その仕草が、不意に雄也と重なる。
雄也も照れ隠しをする時、よくこういう仕草をしていた。
やがて澪が顔を上げ、上目遣いに幸佑を見る。 その眼差しもまた、雄也を彷彿とさせて・・・。
たまらなくなった幸佑が、ぎこちなく澪から視線を外して不意にポケットを手探った。
 「——あ、そうや。 前に雄也の写真を渡すって言うたやろ。 何枚か持ってきてん」
話題を変える格好のネタを見つけた幸佑が、数枚の写真をカウンター上に並べる。
 「わ、こんなに? ありがとうございます!」
嬉しそうに笑った澪が、さっそく写真を手に取った。 何度も他の写真と見比べては、微笑みを深める。
 「——これ、みんな米原さんが撮ったんですか?」
 「うん、そうやな」
写真からは目を離さずそう尋ねた澪が、納得顔で頷く。
 「・・・米原さんは、お兄ちゃんのこと本当に好きやったんですね。 この写真から、すごい愛情が伝わってくる・・・」
何気ない澪の言葉が、幸佑の心に波紋を投げた。 だが当の澪は、相変わらず優しい目で写真を見つめている。
彼女の言葉に他意はないとわかり、幸佑は少しだけ安堵した。
 「・・・それに、お兄ちゃんも。 お兄ちゃんの表情が、みんなすっごい優しくていい笑顔してる。 お兄ちゃんもきっと、米原さんのこと大好きやったんでしょうね」
 「・・・・・・・・・」
その言葉を聞いて、幸佑の胸がきゅっと締め付けられた。 苦しくなって、思わず胸元で拳を握りしめる。
カウンター上に広げられた写真に目をやると、優しく微笑む雄也と目が合った。 澪が言うように、どの写真の雄也も、ファインダーの向こうにいる幸佑に向かって最上の笑顔を湛えている。
それが、今は嬉しくもあり寂しくもあった。
 「・・・米原さん?」
いつの間にか黙り込んでしまった幸佑に気づき、澪が声をかける。 はっとした幸佑は、何となく居住まいを正して笑顔を作って見せた。
 「あ、ごめん。 なんかあいつを思い出してな・・・」
 「・・・そうですよね。 こんなに仲が良かったんやから、お兄ちゃんが亡くなった時はとても辛かったですよね・・・」
幸佑の心情を悟った澪が、しんみりとした口調で呟く。 そんな彼女を、幸佑が無言で見つめた。
確かに澪の言うとおり、何年経っても雄也を喪った哀しみは癒えることはない。 
だが澪と出会い、そして澪が雄也の異父妹ということを知り、幸佑の心に新たな灯りが点ったような気がした。
こうして彼女とともに過ごしていると、とても心が落ち着く。 その最たる理由は雄也の家族だからだと思っていたが、最近幸佑にはそれ以外にも理由があるような気がしている。
澪に対し、少しずつ淡い気持ちが芽生え始めていることに、何となく幸佑は気づいていた。
しかし幸佑の心に空いた穴はまだまだ深くて大きい。 澪へのささやかな気持ちは、今はまだこの大きな穴に飲み込まれて、簡単に消えてしまいそうだ。
それでも、雄也がいなくなってから初めて感じたこの暖かな感情を、大切にしたいと幸佑は思った。
澪を見つめる幸佑の目には、穏やかで優しい光が満ちていた。
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風に吹かれて(#217)

2023-02-28 22:23:47 | RUN&GUN風土記
墓前に線香と水を手向け、神妙な面持ちで手を合わせていた玖瑠美と澪が、ほぼ同時に顔を上げた。
数珠を持っている手をゆっくりと下ろした玖瑠美が、一歩後ろにいる澪と、さらにその後方にいる幸佑へと向き直る。
 「――雄也は、私を恨んでいたんでしょうね」
ぽつりと零れたその言葉に、幸佑は肯定も否定もしなかった。
生前雄也が母親に対して恨み言を口にしたことはない。 少なくとも幸佑の前では。
だが心の中ではどう思っていただろう。 自分を捨てて出て行ってしまった母親を、ほんの少しも恨んでいなかったと、本当に言えるだろうか。
 「・・・・・・・・・」
俯き加減で唇を噛みしめている幸佑を、少し寂し気な目で玖瑠美が見る。 だがすぐに小さく苦笑いを浮かべた。
 「私の話はただの言い訳にしかならへんかも知れへん。 でも、本当のことを澪や米原さん、そして雄也に聞いてほしい」
 「お母さん・・・」
何か言いたそうな澪からふっと視線を外し、雄也の墓石を振り返った玖瑠美が、愛おしそうに墓石を撫でた。
 「雄也を身籠ったことを両親に話すと、父が激怒してな・・・」
 「おじいちゃんが?」
 「そう・・・。 おじいちゃんは厳格な人やったから、結婚する前に私を妊娠させて、挙句逃げて行った彼を許さへんかった。 でも子供に罪はないから、産みなさいと」
 「・・・・・・・・・」
 「雄也が生まれてからしばらくは、両親と私と雄也の4人で仲良く暮らしててん。 でも5年くらいして、今の主人と出会って・・・」
そこまで言うと、言葉を途切れさせた玖瑠美が澪を見つめた。 その瞳には、慈しみとともにかすかな痛みも混じっていた。
 「主人は長男で、ご両親も厳しい方でな。 そんな人たちに、私が未婚の母で子供もいてるってわかったら、きっと破談になるやろって父が言うて・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「私は雄也と離れたくなかってんけど、父が雄也を置いていけと・・・。 雄也の面倒はきっちり見たるさかい、心配するなと」
 「え・・・」
驚いて小さく声を上げたのは、幸佑だった。 何か信じられないものでも見たように、目を見開いて玖瑠美を凝視する。
 「それで、あなたは簡単に雄也を捨てたんですか・・・っ!?」
それまでじっと玖瑠美の言葉に耳を傾けていた幸佑が、いきなり叫んだ。 そのまま玖瑠美に掴みかかろうとするような激しさで。
 「いいえ、いいえ! 私かてお父ちゃんに嫌やって何べんも言うた。 でもお父ちゃんはどうしても聞いてくれへんかって・・・」
幸佑の声音につられて、玖瑠美も必死に訴える。 だが幸佑の胸に芽生えた激しい怒りは、そう簡単には収まらない。
 「たとえ一時的に離れたとしても、じゃあなんでその後一回も雄也に会いに来ぇへんかったんです!? お父さんのおれへん時とか、それこそどうやってでも会えたやろ!」
それまでどうにか平静を保って、目上の人間である玖瑠美に対し敬語で話していた幸佑だったが、とうとうその気遣いすらできなくなって捲し立てる。
すると、不意に横から澪が口を挟んだ。
 「あの、お母さんは結婚してすぐお父さんの仕事の関係で海外へ行ってたんです。 帰国したのは8年くらい前で」
興奮している幸佑をどうにか宥めようとしているのか、澪が必死に説明を始める。
 「だから、会いに行きたくても行かれへんかったんやと・・・」
真剣な目をしてそう語る澪と、そんな澪を不安そうに見つめる玖瑠美を、幸佑が交互に見る。
 「・・・帰国してきてから、真っ先に雄也に会いに行きました。 でも杭全の実家にはもう誰も住んでへんかって・・・。 両親が亡くなってたことも知らなくて、その時に初めて知ったくらいで」
 「え・・・」
予想外の展開に、幸佑が一瞬絶句した。 しかしすぐに疑問を口にする。
 「ご両親が亡くなった時、誰からも連絡はなかったんですか?」
 「父の弟・・・私の叔父にあたる人が、葬儀の段取りとかをすべてしたらしいんですが、海外にいてる私の連絡先を知らんかったようで・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「父は認知の母を介護してたようですが、父の方が先に亡くなって、その後母は施設に入ったものの、翌年に亡くなったと聞きました」
 「・・・・・・・・・」
 「実家がもぬけの殻やから、叔父に連絡して経緯を聞いたんです。 雄也については、何年か前に家を出て行ったけど行き先までは知らん・・・と」
先ほどまでの脳が沸騰するような激しい感情は徐々に鳴りを潜め、幸佑の胸に鬱蒼とした思いが広がる。 数々の忌むべき偶然が重なったことで、雄也と玖瑠美は二度と会えなかったという悲しい結果になったのか。
 「――私かて、一目でいいから雄也に会いたかった。 ずっとそう思ってた。 まさかもう二度と会えへんなんて・・・」
そう哀しく呟いた玖瑠美の声が、わずかに震えた。 雄也の墓石を、涙で潤んだ眼でじっと見つめる。
しばらく零れそうになる涙を堪えていた玖瑠美が、ふと澪へと向き直った。
 「・・・澪、あんたにこのことをずっと隠しててごめんな。 こんなことになるなら、もっと早くに伝えとくべきやった」
 「お母さん・・・」
母親の知らなかった一面を見て、澪の心の中はさぞ複雑だろう。 しかし彼女は気丈だった。 
 「・・・米原さん。 雄也さん――兄は、どんな人だったんですか? 二人は仲が良かったんですよね。 教えてくれませんか? 母のためにも、私のためにも」
そう言いながら自分を見つめてくる澪の目からは、何か強い力のようなものを感じる。 狼狽している母の代わりに、自分がしっかりと聞いておかなければ、という気持ちがあるのかも知れない。
やがて幸佑が、ぽつりぽつりと語り始めた。
 「――あいつは、明るくて素直で、周りをぱぁっと明るく照らすような奴やった。 思ったことはちゃんと言葉にして伝える強さも持ってた。 みんな・・・大好きやったよ」
 「・・・・・米原さんも、ですよね」
何気なく呟かれた澪の言葉が、一瞬幸佑の脳裏に鋭く突き刺さった。 その言葉に特別な意味などないのはわかっているが、雄也への愛を今も胸に秘めている幸佑にとって、それはひどく意味深に聞こえた。
だがそれでも、必死に胸の動揺を抑えながら幸佑は続ける。
 「・・・うん、もちろん。 俺たちは小学校の頃から親友やってん。 高校卒業して、雄也と俺は役者を目指して上京してん」
 「え、そうなんですか? 兄も役者やったんですか?」
 「ん、主に舞台役者やったよ。 でも少しずつテレビにも出始めて、まさにこれからって時に癌が見つかって・・・」
 「・・・・・・・・・」
玖瑠美と澪が同時に雄也の墓石へと視線を向けた。 そして幸佑も、じっと墓石を見つめる。
しばし三人は無言のまま、そうして墓石を見つめ続けた。
それからどれくらいかして、澪が静かに口を開いた。
 「・・・・・・あの、米原さん。 兄の写真とかありますか? あったら見せてほしいです」
澪のその言葉に、玖瑠美も一歩前へ出て何度も大きく頷く。 幸佑はポケットからスマホを取り出し、数えきれないほどの写真の中から、一枚を表示させて二人へと差し出した。
それは、いつだったかオフの日に、幸佑と二人で行った喫茶店で幸佑が撮ったものだった。
こちらに向けて優しい微笑みを浮かべ、穏やかな佇まいでフレームに収まっている雄也。 幸佑が一番好きな雄也のショットだった。
 「――へぇ・・・これが・・・。 お母さん、お兄ちゃんすっごくイケメンやね。 でも、すごく優しそう・・・」
 「うん・・・ほんまに・・・」
玖瑠美の目に、新たな涙が浮かんだ。 口元を右手で押さえ、左手を写真の雄也へと伸ばし、指先で愛おしそうに画面をなぞっている。
その様子からは、雄也への深い愛情を感じる。 幸佑の胸の中で、すぅっと何かが解けて消えた。
 「・・・雄也の写真はたくさんあるので、そのうちプリントアウトしてお渡しします」
 「ほんまですか? ありがとうございます!」
ぱぁっと笑顔になった玖瑠美が、嬉しそうに何度も頭を下げる。 澪もまた嬉しそうにそんな玖瑠美を見つめる。
(これで・・・良かったんやよな、雄也)
心の中で雄也に問いかける。 その瞬間、さぁっと一陣の風が幸佑の頬をすり抜けて行った。 
それは真冬の切りつけるような寒風ではなく、早春の温もりを感じさせるような、柔らかな薫風だった。
まるで、雄也から幸佑への答えのように。 


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風に吹かれて(#216)

2023-01-31 23:28:28 | RUN&GUN風土記
先を行く幸佑の後を数歩下がって歩いていた澪の母親——玖瑠美が、ふと立ち止まって幸佑に声をかけた。
 「あの、ちょっと澪のところに行ってきますので、少し待っててください」
そう言い残すと、小走りで離れて行った。 その後姿を見つめながら、幸佑は複雑な気持ちを抱いていた。
雄也には家族がいた。 母親と、異父妹。 
母親はともかく、妹の澪は良い子だ。 あんな良い妹がいると知っていれば、雄也の人生もまた違ったものになっていただろうか。
 「・・・・・・・・・」
物思いに耽ろうとしていた幸佑が、不意に首を左右に振って苦笑いをこぼした。
たられば話など、何の意味もない。 今となってはもう何もかもが手遅れだ。 何をどうしたところで、雄也はここにいないのだから。
胸に広がる虚しさを噛みしめながら、幸佑は遠くで会話する澪と玖瑠美の姿を見つめた。


 「澪、お母さんちょっと用事があるから、先に車に乗ってなさい」
一人佇んでいた澪のもとに駆け寄った玖瑠美が、早口でそう告げる。 少し驚いた澪が、なんの用事?と尋ねた。
 「ん・・・ちょっとな。 すぐ済むから」
口ごもりながらちらりと幸佑の方を見た玖瑠美を、澪がじっと見つめる。 その視線に気付いた玖瑠美が、少し不思議そうに問いかけた。
 「・・・どないかした?」
自分を見る澪の目がやけに真摯で、なぜか玖瑠美はドキリとした。 すると、ポケットからスマホを取り出して何やら操作した澪が、ゆっくりと玖瑠美に差し出した。
 「・・・用事って、この写真と関係あること?」
差し出された画面を見た玖瑠美の目が、大きく見開かれた。 とっさに何か言いたげに唇が開いたが、すぐに言葉は出てこない。
しばし画面と澪を交互に見た玖瑠美の口から、ようやく言葉が漏れる。
 「・・・これ、なんであんたが・・・」
画面を指さす玖瑠美の手が小さく震えている。 そんな母親の様子をじっと見つめていた澪が、すっとスマホを引っ込めた。
 「前に、お母さんがこの写真を大事そうにしまってるのを見て。 こっそり見て、写メに撮ってん」
 「あんた・・・」
 「なぁ、この写真は何? ここに写ってるのはおじいちゃんとおばあちゃん、それにお母さんよね。 お母さんが抱いてる子供は誰なん? 私と違うよね」
 「・・・・・・・・・」
 「お母さんこの写真何べんも見てたやろ。 すっごい愛おしそうな目で」
 「・・・・・・!」
そう、この写真で玖瑠美が抱いているのは、まだ幼い頃の雄也だった。 玖瑠美が持っている雄也の写真は、これ1枚のみだ。
写真に写っている雄也は、まだ2,3歳だろうか。 みんなが笑っていて、それはまさに温かい家族そのもの。
玖瑠美にとっても、一番幸せだった頃かも知れない。
 「・・・お母さん、本当のことを教えて。 私ももう高校生や。 お母さんの事情も、理解できる年齢やと思う」
 「澪・・・」
玖瑠美の目から、鱗が落ちた。 いつまでも子供だと思っていた澪が、いつの間にかすっかり成長して、こんなことを言うまでになった。
澪の言うとおりかも知れない。 もうそろそろ、真実を告げてもいい頃なのかも知れない。
何より澪が、そう望んでいる。 
ずっと打ち明ける勇気が出なかったのは、今の平穏な暮らしを失いたくなかったから。 澪にショックを与えたくなかったから。
しかし雄也が亡くなったと知って、玖瑠美の胸に猛烈な後悔が押し寄せた。 せめて一度でも、雄也に会いに行くべきだったと。
そして雄也の存在をこれまで隠してきたことについても、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
覚悟を決めた玖瑠美は、きつく目を閉じ、やがてゆっくりと目を開いて澪を見た。
 「・・・澪、あんたも一緒においで」
 「え?」
 「お母さんと一緒に、お参りに行こ。 あんたにも、お参りしてあげてほしい」
 「誰の・・・」
 「それはあとできちんと話すから」
それだけ告げて、澪の手を取った玖瑠美が歩き出した。


 「米原さん、お待たせしました」
その声に振り向くと、玖瑠美と澪の姿があった。 澪を見て、幸佑が意外そうな顔をする。
 「え・・・なんで澪さんが・・・」
それは澪も同じ気持ちだった。 なぜ自分が母親と一緒に幸佑のもとへ連れてこられたのか、まだその理由を知らされていない澪は、戸惑うような表情で母親と幸佑を見比べている。
 「雄也のお墓の前ですべてお話ししますので、今は何も訊かずに案内してください」
玖瑠美の中で何か重大な決意でもあったのだろうか。 ひどく真剣な眼差しでそう訴えられて、幸佑はもう何も言えなくなった。
しばし無言のまま、三人は歩を進めた。 やがて、米原家と書かれた墓所までやってきた。
 「――ここです」
米原家先祖代々と彫られた墓石の隣の、まだ真新しい小さな墓石を指さして、幸佑が告げた。
玖瑠美が思い詰めた表情で、引き寄せられるように墓前へと歩み寄る。 側面に彫られた享年28歳という文字を見て、感極まったように目を潤ませた。
 「・・・・・・雄也は、私の息子です」
震える指で墓石を撫でながら、小さく玖瑠美が呟いた。 その瞬間、澪が「え」と小さく声を発した。
 「今の夫と結婚する前に、私が産んだ子供です」
 「お父さんと結婚する前・・・。 じゃあこの雄也って人は・・・」
 「そう。 雄也はあんたより11か12歳年上の、血の繋がったお兄さんや」
衝撃的なことを告げられて、思わず澪が墓石を凝視する。
 「で・・・でも、これ・・・」
 「雄也は、4年前に亡くなってん。 まだ26歳やった。 癌でな・・・」
 「癌・・・」
静かに紡がれた幸佑の言葉に、玖瑠美と澪が声をそろえて反芻する。
 「肝臓癌でした。 わかった時にはもう手遅れで・・・」
 「・・・・・・・・・」
澪と玖瑠美が、痛ましそうな目で墓石を見つめた。
 「・・・雄也は、私が未婚のまま産んだ子供なんです。 当時付き合ってた恋人との子で、子供ができたとわかった途端、彼は私の下から姿を消しました」
 「えっ」
澪にとっても幸佑にとっても、玖瑠美の独白はセンセーショナルなものになりそうな予感がした。
やがて堰を切ったかのように、玖瑠美が秘めていた過去をひとつひとつ語り始めた。



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