午前中から開催されたパーティーは、日も沈みかけた夕刻になってようやく終焉を迎えた。
参加客や来賓などすべての人々が帰路につき、会場にはグレーグライとコング、そしてアーティットの3人が残った。
「ーー今日は大成功だったな」
後片付けに勤しむホテルのスタッフたちを見つめながら、感慨深げにグレーグライが呟く。
「はい、ほんとに。 すべてがうまくいって、最高のパーティーでしたね」
相槌を打ったコングが笑みを深めて同調する。 隣に佇むアーティットも、深く頷いた。
「だがこれに浮かれていてはいけない。 これからの展開がどうなるかで、この合併の成果は大きく左右される。 そのことを肝に銘じて、これからしっかりと取り組みなさい」
「はい!」
檄を飛ばすグレーグライに、ひときわしっかりとコングが頷く。 そんな彼を目を細めて満足げに見たグレーグライが、隣のアーティットへ視線を移して告げた。
「ーーアーティット君も、これまで以上にコングポップの補佐について助力をお願いしたい。 新年度からはコングポップの側近部署へ異動になるから、よろしく頼むよ」
「はい、わかりました」
コングと同じくしっかり頷くアーティットを見て、グレーグライも小さく頷く。
「ーーもうこんな時間だ。 わたしは一旦帰宅して着替えてくる。 そのあと個人的に話したい役員のところへ出向くが、おまえたちはどうする?」
「このあと俺たちは自由に過ごしていいんですか?」
「ああ、今日のところはもう予定はない。 家で夕食をとるならプイメークに準備するよう伝えるが」
グレーグライの言葉を聞いて、コングとアーティットがしばし顔を見合わせる。 が、すぐにコングが首を左右に振った。
「いえ、俺たちはこれからちょっと出かけてきます。 食事も外で済ませてくるので、母さんにはそう伝えてください」
「そうか、わかった。 じゃあわたしはこれで」
ジャケットの襟を正したグレーグライが、そう告げて立ち去って行った。
「ーー出かけるって、どこへ行くんだ?」
出かけることを聞いていなかったアーティットが、何気なく尋ねる。 そんな彼の肩を軽く抱いたコングが、歩き出すよう促しながら答えた。
「今日、あなたと行きたいところがあるんです。 ちょっと歩きますが、いいですか?」
「それはかまわないけど・・・この格好でか?」
両腕を広げて、スーツ姿をアピールする。 普通のビジネススーツではなく、パーティー用のドレスアップしたスーツ。 それはコングも同じだ。
こんな二人が外を歩けば、きっと人々の注目を浴びるだろう。 だがコングは意に介していないようだ。
「たまにはいいじゃないですか。 先輩すごくカッコいいですよ」
「それは、おまえだって・・・。 って、なに歯の浮くようなことを」
「あ、でもこんな先輩が街を歩いたらきっとみんな振り返るな。 先輩、ダメですよ。 先輩は俺だけのものなんだから、それを絶対忘れないでください」
最初は独り言のように呟いていたが、後半はぐっとアーティットの耳元に口を寄せ、言い聞かせるように囁く。
「お、おまえ・・・!」
とっさに近づきすぎのコングの体を引き離し、耳に手を当ててあたふたする。 そんなアーティットの様子を見て、満足そうな顔をしたコングが一歩踏み出す。
「さ、行きましょう」
赤くなりかけた顔と耳を手で隠しながら、促されるままアーティットも足を踏み出した。
ホテルの外はすでに傾きかけた太陽のオレンジ色に染められて、時折吹き渡る風も昼間のような熱風ではなく、少しだけ冷気を孕んで夜の訪れを予告している。
大通り沿いをゆっくりと歩き、大都会バンコクの喧騒に揉まれる。 しばらくそんな風景を眺めつつ談笑しながら歩を進めていく。
30分ほども歩くと周囲の景色もだいぶ変わり、あたりには水音が漂ってきた。 チャオプラヤー川を行く船が波を切る音が心地良く耳に響く。
やがて大きな吊り橋が壮大な姿を現した。
「ここは・・・」
「そうです、ラマ8世橋です。 俺にとっては思い出深い場所なんです。 だから今日あなたと来たかった」
橋の欄干から川の全景を見渡しながら、コングが呟く。 アーティットもその隣に並び、同じく遠くを見つめる。
「・・・そうだな。 俺にとっても、思い出のある場所だ」
「あなたに、ここで初めてキスをしてもらいましたよね」
アーティットに告白し、その答えだと言ってアーティットがくれたキス。 ネクタイを引き寄せてされたやや武骨なキスは、アーティットらしくもあり、今思い出しても微笑ましくなる。
あの時から、ふたりの物語は始まったのだった。
「・・・もう一度、キスをくれませんか」
「な・・・何言ってる、人がいるだろ」
「あんな遠くだし大丈夫ですよ。 ね、お願いします」
「ほら、く・車だって通るし、また後でな」
必死で抵抗する姿を見ていると、つい頬が緩む。 いつまでたっても、本当にこの人は出会った頃のまま何も変わらないと、あらためてコングは思った。
「わかりましたよ、仕方ありませんね。 あなたは恥ずかしがり屋だから」
「その、ま・・・そういうことだ」
頬を赤らめながらぼそりと零す。 そんな彼が今また愛おしくなり、思わずその肩を抱き寄せた。
「でも、なんだか夢を見てるみたいです。 あなたを俺のパートナーとして父さんが正式に認めてくれて、さらに社員にも盛大に紹介してくれるなんて。 こんな日がくるなんて、本当に信じられないくらい嬉しい」
肩を抱く手に力をこめ、そう熱く語るコングの横顔をじっと見つめたアーティットが頷く。
「ーーそれは俺も同じ気持ちだ。 俺の存在がおまえの足枷になっちまうってずっと怖かったから・・・」
ひとときコングから視線を外し、川面を見下ろしながらそう呟くアーティット。 その横顔が、なぜか寂しげに見えた。
肩を抱いていた手をはずし、両手をアーティットの両肩に置いて、アーティットを正面に向かせる。
「あなたが自分を責めたり、責任を感じたりして随分苦しんだことを思うと、今でも胸が痛いです。 だからその分、これからは二人で幸せになりましょう。 いや、俺があなたを絶対幸せにする」
じっと目を見つめてそう告げるコングの瞳に映る自分を見て、アーティットの胸がぎゅっと締め付けられ、だがそれはすぐに温かで甘い波紋となって、全身を満たしていく。
これが幸せということなのか、とアーティットが心の中で思う。
しばし二人は無言で見つめ合っていたが、やがてアーティットが手を伸ばし、コングのネクタイをぐっと掴んだ。 そしてそのまま静かに引き寄せ、唇を重ねた。
初めてキスをした時と同じシチュエーションで、だが想いを重ねた分甘く蕩けるようなキス。 たまらなくなったコングが、アーティットの背中に手をまわし、強く抱きしめた。
すると急に我に返ったのか、アーティットがぐいっとコングの体を引き離した。
「こ、こんなとこじゃダメだ」
「なぜ? あなたからキスしてくれたんですよ。 抱きしめるくらいいいでしょう」
そう言って再び腕を伸ばすコングから逃げるように、アーティットがひらりと身をかわす。
やれやれとでもいうように、コングが両手を上にあげて苦笑いをこぼす。
「わかりましたよ。 じゃあ早く帰りましょう。 俺たちの部屋で、誰にも邪魔されずたっぷりと・・・」
「あ~わかったわかった! それ以上言うな!」
コングの言葉を遮り、行くぞ!と吐き捨ててくるりと背を向けるアーティット。 きっと赤くなった顔を見られるのが恥ずかしいのだろう。
速足で歩き出すアーティットを、コングもまた足早に追いかけていく。
やがて二人の姿が雑踏に消え、あとには沈みかけた黄昏の太陽の残光が、静かに街を照らしていた。
【後記】
とうとうアーティットとコングの物語も、エンディングを迎えました。
最初はSOTUSファンの方々のお叱りを受けるんじゃないかとヒヤヒヤしながら書き始めましたが、そんな心配は杞憂に過ぎず、皆さまの温かい思いに励まされて、物語を全うすることができました。
長い間ご愛読くださり、本当にありがとうございました!
参加客や来賓などすべての人々が帰路につき、会場にはグレーグライとコング、そしてアーティットの3人が残った。
「ーー今日は大成功だったな」
後片付けに勤しむホテルのスタッフたちを見つめながら、感慨深げにグレーグライが呟く。
「はい、ほんとに。 すべてがうまくいって、最高のパーティーでしたね」
相槌を打ったコングが笑みを深めて同調する。 隣に佇むアーティットも、深く頷いた。
「だがこれに浮かれていてはいけない。 これからの展開がどうなるかで、この合併の成果は大きく左右される。 そのことを肝に銘じて、これからしっかりと取り組みなさい」
「はい!」
檄を飛ばすグレーグライに、ひときわしっかりとコングが頷く。 そんな彼を目を細めて満足げに見たグレーグライが、隣のアーティットへ視線を移して告げた。
「ーーアーティット君も、これまで以上にコングポップの補佐について助力をお願いしたい。 新年度からはコングポップの側近部署へ異動になるから、よろしく頼むよ」
「はい、わかりました」
コングと同じくしっかり頷くアーティットを見て、グレーグライも小さく頷く。
「ーーもうこんな時間だ。 わたしは一旦帰宅して着替えてくる。 そのあと個人的に話したい役員のところへ出向くが、おまえたちはどうする?」
「このあと俺たちは自由に過ごしていいんですか?」
「ああ、今日のところはもう予定はない。 家で夕食をとるならプイメークに準備するよう伝えるが」
グレーグライの言葉を聞いて、コングとアーティットがしばし顔を見合わせる。 が、すぐにコングが首を左右に振った。
「いえ、俺たちはこれからちょっと出かけてきます。 食事も外で済ませてくるので、母さんにはそう伝えてください」
「そうか、わかった。 じゃあわたしはこれで」
ジャケットの襟を正したグレーグライが、そう告げて立ち去って行った。
「ーー出かけるって、どこへ行くんだ?」
出かけることを聞いていなかったアーティットが、何気なく尋ねる。 そんな彼の肩を軽く抱いたコングが、歩き出すよう促しながら答えた。
「今日、あなたと行きたいところがあるんです。 ちょっと歩きますが、いいですか?」
「それはかまわないけど・・・この格好でか?」
両腕を広げて、スーツ姿をアピールする。 普通のビジネススーツではなく、パーティー用のドレスアップしたスーツ。 それはコングも同じだ。
こんな二人が外を歩けば、きっと人々の注目を浴びるだろう。 だがコングは意に介していないようだ。
「たまにはいいじゃないですか。 先輩すごくカッコいいですよ」
「それは、おまえだって・・・。 って、なに歯の浮くようなことを」
「あ、でもこんな先輩が街を歩いたらきっとみんな振り返るな。 先輩、ダメですよ。 先輩は俺だけのものなんだから、それを絶対忘れないでください」
最初は独り言のように呟いていたが、後半はぐっとアーティットの耳元に口を寄せ、言い聞かせるように囁く。
「お、おまえ・・・!」
とっさに近づきすぎのコングの体を引き離し、耳に手を当ててあたふたする。 そんなアーティットの様子を見て、満足そうな顔をしたコングが一歩踏み出す。
「さ、行きましょう」
赤くなりかけた顔と耳を手で隠しながら、促されるままアーティットも足を踏み出した。
ホテルの外はすでに傾きかけた太陽のオレンジ色に染められて、時折吹き渡る風も昼間のような熱風ではなく、少しだけ冷気を孕んで夜の訪れを予告している。
大通り沿いをゆっくりと歩き、大都会バンコクの喧騒に揉まれる。 しばらくそんな風景を眺めつつ談笑しながら歩を進めていく。
30分ほども歩くと周囲の景色もだいぶ変わり、あたりには水音が漂ってきた。 チャオプラヤー川を行く船が波を切る音が心地良く耳に響く。
やがて大きな吊り橋が壮大な姿を現した。
「ここは・・・」
「そうです、ラマ8世橋です。 俺にとっては思い出深い場所なんです。 だから今日あなたと来たかった」
橋の欄干から川の全景を見渡しながら、コングが呟く。 アーティットもその隣に並び、同じく遠くを見つめる。
「・・・そうだな。 俺にとっても、思い出のある場所だ」
「あなたに、ここで初めてキスをしてもらいましたよね」
アーティットに告白し、その答えだと言ってアーティットがくれたキス。 ネクタイを引き寄せてされたやや武骨なキスは、アーティットらしくもあり、今思い出しても微笑ましくなる。
あの時から、ふたりの物語は始まったのだった。
「・・・もう一度、キスをくれませんか」
「な・・・何言ってる、人がいるだろ」
「あんな遠くだし大丈夫ですよ。 ね、お願いします」
「ほら、く・車だって通るし、また後でな」
必死で抵抗する姿を見ていると、つい頬が緩む。 いつまでたっても、本当にこの人は出会った頃のまま何も変わらないと、あらためてコングは思った。
「わかりましたよ、仕方ありませんね。 あなたは恥ずかしがり屋だから」
「その、ま・・・そういうことだ」
頬を赤らめながらぼそりと零す。 そんな彼が今また愛おしくなり、思わずその肩を抱き寄せた。
「でも、なんだか夢を見てるみたいです。 あなたを俺のパートナーとして父さんが正式に認めてくれて、さらに社員にも盛大に紹介してくれるなんて。 こんな日がくるなんて、本当に信じられないくらい嬉しい」
肩を抱く手に力をこめ、そう熱く語るコングの横顔をじっと見つめたアーティットが頷く。
「ーーそれは俺も同じ気持ちだ。 俺の存在がおまえの足枷になっちまうってずっと怖かったから・・・」
ひとときコングから視線を外し、川面を見下ろしながらそう呟くアーティット。 その横顔が、なぜか寂しげに見えた。
肩を抱いていた手をはずし、両手をアーティットの両肩に置いて、アーティットを正面に向かせる。
「あなたが自分を責めたり、責任を感じたりして随分苦しんだことを思うと、今でも胸が痛いです。 だからその分、これからは二人で幸せになりましょう。 いや、俺があなたを絶対幸せにする」
じっと目を見つめてそう告げるコングの瞳に映る自分を見て、アーティットの胸がぎゅっと締め付けられ、だがそれはすぐに温かで甘い波紋となって、全身を満たしていく。
これが幸せということなのか、とアーティットが心の中で思う。
しばし二人は無言で見つめ合っていたが、やがてアーティットが手を伸ばし、コングのネクタイをぐっと掴んだ。 そしてそのまま静かに引き寄せ、唇を重ねた。
初めてキスをした時と同じシチュエーションで、だが想いを重ねた分甘く蕩けるようなキス。 たまらなくなったコングが、アーティットの背中に手をまわし、強く抱きしめた。
すると急に我に返ったのか、アーティットがぐいっとコングの体を引き離した。
「こ、こんなとこじゃダメだ」
「なぜ? あなたからキスしてくれたんですよ。 抱きしめるくらいいいでしょう」
そう言って再び腕を伸ばすコングから逃げるように、アーティットがひらりと身をかわす。
やれやれとでもいうように、コングが両手を上にあげて苦笑いをこぼす。
「わかりましたよ。 じゃあ早く帰りましょう。 俺たちの部屋で、誰にも邪魔されずたっぷりと・・・」
「あ~わかったわかった! それ以上言うな!」
コングの言葉を遮り、行くぞ!と吐き捨ててくるりと背を向けるアーティット。 きっと赤くなった顔を見られるのが恥ずかしいのだろう。
速足で歩き出すアーティットを、コングもまた足早に追いかけていく。
やがて二人の姿が雑踏に消え、あとには沈みかけた黄昏の太陽の残光が、静かに街を照らしていた。
【後記】
とうとうアーティットとコングの物語も、エンディングを迎えました。
最初はSOTUSファンの方々のお叱りを受けるんじゃないかとヒヤヒヤしながら書き始めましたが、そんな心配は杞憂に過ぎず、皆さまの温かい思いに励まされて、物語を全うすることができました。
長い間ご愛読くださり、本当にありがとうございました!