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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

風に吹かれて(#225)

2023-12-09 15:41:05 | RUN&GUN風土記
およそ2時間に及ぶ上映会が終わった。
エンドロールが流れ、やがて画面が真っ暗になっても、しばらく観客席は静まり返ったままだった。
暗かった館内に照明が点る頃になって、ようやく誰かの拍手が聞こえた。それをきっかけに堰をきったように全員が盛大な拍手を贈り、あっという間に会場は大波のような拍手の渦で満たされていく。
「うわ・・・」
無意識に小さく零れたその言葉に、隣の馬場が気づく。
「どうした?」
「拍手の音聞いたら、なんか急に緊張してきちゃって・・・」
自分の体を抱くように胸の前で交差した両腕が、かすかに震えているのが見えた。
「あれはすべて俺たちへのリスペクトなんだから、何も怖がる必要はない。ステージに出れば、さらに大きな拍手で迎えてくれるぞ」
そう発破をかけた馬場が幸佑の背中をポンと叩くと、不思議なことに張り詰めていた気持ちがすっと解れた。
思わず馬場を見上げる。
「ーーなんだ?」
目が合い、馬場が何気なく尋ねた。
「・・・馬場さんて、ほんとに不思議な人ですね。さっきまでの緊張が、いっぺんに解けちゃいましたよ」
「俺は何もしてないぞ」
「そうかもしれないけど、もうあなたの存在自体が・・・なんて言うか・・・」
どうにかしてこの気持ちを伝えたいが、どうしてもうまい言葉が見つからない。とにかく馬場がそばにいてくれるだけで、わけもなく安心できるのだ。
それは今回に限ったことではない。これまでだって、何度も彼の存在に助けられてきた。
「とにかく俺にとって馬場さんの存在は、その・・・うまく言えないけど、特別なんです」
そう言ってニコッと微笑む幸佑に、馬場も笑みを浮かべる。
「それは俺も同じだ。前にも言ったかもしれないが、おまえは俺が心を許せる数少ない人間の一人なんだ」
自分を見つめる馬場の優しい眼差しを見て、ふと出会った頃の彼を思い出す。人を寄せ付けず、笑顔など見たこともなかった。
それが、まさかこんなに柔らかい顔を見せてくれるようになるなんて、心を許してくれるなんて、思ってもみなかった。
人生は奇なり。ありえないと思っていたことが、現実になることだってある。そしてそれを奇蹟と呼ぶのだ。
「ーーさ、開幕だ。行こう」
開演のアナウンスを受けて、馬場が幸佑の背中を優しく押す。さまざまな思いを胸に抱いて、頷いた幸佑が一歩足を踏み出した。


舞台挨拶は、最高のスタンディングオベーションで幕を閉じた。
完全に幕が下りても、山のような拍手は一向に鳴り止まない。深々と最敬礼のお辞儀をしたままの幸佑たちの胸に、万感の思いが広がっていく。
やがて一人、二人と皆が頭を上げていく中、幸佑だけがいつまでも頭を下げたまま微動だにしない。
「ーー幸佑、もう充分だ。頭を上げろよ」
さすがに見かねた馬場がそう諭すと、ようやく幸佑がゆっくりと頭を上げた。目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見て取れる。
不意に、幸佑の足元がふらついた。
「幸佑?」
体が崩れそうになるのを、とっさに馬場が支える。
「す、すいません。なんか急に足から力が・・・」
馬場の腕の中で体勢を立て直しながら、恥ずかしそうに幸佑が呟く。どうにか自力で立てたのを見届けて、馬場がそっと手を離す。
「張りつめてた気が一気にほぐれたからだろう。大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
動いた反動で零れそうになった涙をぐいっとぬぐい、晴れやかな笑顔で幸佑が告げる。
「お疲れさまです。みなさん控え室へどうぞー!」
舞台袖からスタッフの声がかかり、出演者たちが一斉にステージから降り始める。幸佑と馬場も彼らに続いて進んでいくと、舞台裏の通路まで来たところで誰かに呼び止められた。
「米原さん!」
背後からの声に振り向くと、そこには花束を抱えた澪の姿があった。
「澪ちゃん、来てくれたんだ!」
嬉しそうに何度も頷いた澪が、幸佑の前に花束を差し出す。
「映画も舞台挨拶も、めっちゃステキでした!感動しました!」
感極まったのか、目を潤ませながらそう興奮ぎみに話す澪から花束を受け取り、少し照れ臭そうに幸佑が微笑みを浮かべる。
「ありがとう。来てくれるなんて思ってなかったから、俺も嬉しいよ」
それまで二人のやり取りを微笑ましく見ていた馬場が、ふと呟いた。
「彼女、どこかで見たことがあるような・・・」
その声に気づいた幸佑が、慌てて澪を紹介した。
「彼女、鈴木澪さんって言って、俺がバイトしてる店のお客さんなんです」
幸佑の説明を聞いて、馬場が何かを思い出したのか、あ、と声を上げた。
「そうだ、たしか俺が一度お邪魔したときに来てた高校生の一人じゃ?」
馬場の脳内に、いつかの光景が瞬時に蘇る。
イマドキの女子学生たちの中で、彼女だけは異質な雰囲気を放っていた。
興味津々、好奇心丸出しな目で自分たちを見ていた他の子たちとは違い、どこか真摯な目をしてじっとこちらを見つめていた彼女の姿が、今も印象に残っている。
「覚えていてくれたんですか?そうです、あの時の高校生です!」
よほど覚えていたのが嬉しかったのか、目を輝かせる澪を、目を細めた馬場が見つめる。
「あ、そうだ。馬場さんに報告したいことがあるんです」
「なんだ?」
「彼女、実は雄也の妹なんですよ」
「え?」
さすがの馬場も、これには驚きを隠せなかったようだ。思わず目を見開いて幸佑と澪を見比べる。
「雄也って、あの?」
「ええ、俺の親友の永田雄也です。あいつの異父妹なんです」
「異父妹・・・」
にわかには信じられない話だった。そんな奇蹟のような偶然があるものだろうか。
しかし今目の前にいる澪を見ていると、そこかしこに雄也を彷彿とさせるものを感じるのは確かだ。顔かたちもそうだが、何より雰囲気がとても似ている気がした。
「俺も最初は信じられませんでした。でもやっぱり似てるんです。お店によく来てくれるようになって、何度も会ってくうちに段々それを強く感じるようになって。ああ、彼女にはまぎれもなく雄也と同じ血が流れてるんだって」
「・・・・・・・・・」
幸佑の気持ちは馬場にもよくわかった。たった二回会っただけの馬場にすら、雄也との繋がりが感じられたほどだから。
「ーーそれに彼女、いま役者を目指してるんです」
「え、役者を?」
「ええ。雄也と同じく舞台役者を目指して、最近上京してきたばかりで」
雄也と同じ夢を持っていると聞いて、運命など信じないはずの馬場でさえ、思わず運命を感じずにはいられなかった。
「役者になるのはもちろん私の一番の夢ですが、ほかにも叶えたい夢があるんです」
静かにそう告げた澪を、幸佑と馬場が見た。ゆっくりと、彼女の唇が動く。
「ーー米原さんと同じ舞台で共演したいんです」
じっと幸佑の目を見て、はっきりとそう告げる。戸惑う幸佑を前に、にっこり笑った澪がひときわ力強く告げた。
「いつか必ず実現するって信じてます。その日まで私頑張りますから!」
そう宣言する澪の目に宿る強く明るい光を、馬場は見逃さなかった。
「そうだな、俺もきっと実現すると思うよ」
ニッと笑った馬場へ、再び澪も笑顔を返す。
「・・・幸佑も、ようやく新しい道を踏み出せそうだな」
誰にともなくそう呟いた馬場を、幸佑が不思議そうに見た。少し意味深にも聞こえるその言葉の意味を図りかねていると、じゃあ行きますねと告げた澪が一礼した。
「今日は来てくれてありがとう!気をつけて帰ってね」
踵を返す澪に向かって手を振りながら微笑む幸佑を、小さく頷きながら馬場が優しく見守っていた。
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風に吹かれて(#224)

2023-10-14 22:10:11 | RUN&GUN風土記
人気のないがらんとしたステージに、一人幸佑が佇んでいた。
舞台挨拶までまだ3時間以上あるが、早めの昼食をすませたその足でここへやってきた。
客席やステージ袖などに時折スタッフの姿が見え隠れするが、それも束の間で、会場内はシンと静まり返っている。
「・・・・・・・・・」
数年ぶりに立ったステージ上で無意識に目を閉じた幸佑の瞼に、かつての懐かしい日々が蘇った。
仲間たちとともに色んな役を演じ、観客の拍手や歓声、時にはスタンディングオベーションを全身に浴びた輝かしい記憶。
およそ7年に及んだ役者生活は、楽しいことばかりあったわけじゃない。
辛く苦しいことも当然あり、むしろそういう思いの方が多かったかもしれない。
だが今思い出すのは、なぜか幸せだったことばかりだ。
ふと脳裏に、雄也の顔が浮かんだ。
役者になって一番の夢は、雄也とともに同じ舞台で演じることだった。 だがそれは、ついに叶うことはなかった。
その夢が泡沫となって消えた後は、もう役者人生には見切りを付けて、二度と表舞台に出ることもなくひっそりと暮らしていくつもりだった。 そのはずだった。
それが様々な紆余曲折を経て、今こうして再びここに立っている。
ゆっくりと目を開いた幸佑の目に、がらんとした客席が映る。
まだ照明も点けられていない薄暗い空間に、ずらりと並ぶ椅子たち。
その片隅に、ふと雄也の気配を感じた。
気のせいか、その一角だけは仄かに明るく見える。 それはさながら、そこだけピンスポットを浴びているかのように。
目を凝らすと、そこに長身のシルエットが見えるような気すらした。
だがそれは、もしかしたらただの気のせい、いや幻覚かもしれない。
そうとわかっていても、幸佑の心は温かくなった。 たとえ目には見えなくても、きっと雄也はこうしてすぐ近くで見守ってくれていると。
雄也がくれた最期の手紙の言葉か、今こそ胸に熱く迫る。
『おまえの幸せを祈って、きっとどこかから見守ってる。 おまえの笑顔を守り続けてる。 それが俺の幸せなんやから』
再び目を閉じた幸佑の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
雄也を喪ってすぐは、痛みと悲しみしか感じなかった。 最愛の人を亡くしたというどうしようもない喪失感で、胸が押し潰されそうな辛い日々だった。
だが幾年月重ねていくうちに、雄也を思い出す時の痛みが、ほんの少しずつではあるが薄らぎはじめてきた。
そして痛みの代わりに、優しく温かな気持ちが心を静かに満たしていくのを感じるようになっていた。
だがそれは忘れることとは全く違う。  いわば、悲しい思い出が温かな思い出に昇華したとでも言おうか。
いつか誰がが言っていた言葉。
『どんな傷も必ず時間が癒してくれる』
その意味が、胸に沁み入る。
ゆっくりと目を開けると、もう座席から雄也の気配は消えていた。
幸佑の心が穏やかに満たされたのを見届けて、安心して立ち去ったのだろうか。
「ありがとな・・・雄也」
ひっそりとした座席に向かって小さく呟くと、ゆっくりと幸佑はステージを後にした。


【哀歌の街】の上映まであと少しとなった12時10分。 12時30分からの上映を控え、座席はもう満席近くなっている。
今日の上映会のチケットは完全予約制で、販売開始からわずか30分足らずで2500席のチケットが完売した。
会場の外では、チケットを入手できなかった多くの人々が、キャンセル待ちの長い列を作っているという。
多くの客でごった返すロビーを、胸元にチケットを握りしめた澪が、人波をかきわけて席へと急いでいた。
席番はC列10番。厳しいチケット争奪戦に勝利できたばかりか、前から3列目という良い席をゲットできた奇跡。
その大切なチケットをいま一度握り直し、澪はようやく目的の席にたどり着いた。
「幸佑くんにまた会えるなんて、夢みたいだよね」
「うんほんとに。あんなことがあったし、この映画自体もう観れないって完全に諦めてたもん」
「まさかこんな奇跡が起きるなんてね。 嬉しすぎて、いまだに信じらんない」
「しかもこんな良い席でさ」
自席に腰を下ろす澪の隣で、2人組の女性が興奮ぎみに話す声が聞こえた。 会話の内容から察するに、きっと幸佑のファンに違いない。
見知らぬ他人だが、嬉しくなった澪が思わず話しかけた。
「あの、あなたたちも幸佑さんのファンですか?」
突然話しかけられて一瞬驚いた様子だったが、同じファンだと気づいたのかすぐに笑顔で頷いた。
不思議なもので、普段はなかなか知らない人に話しかけられないものだが、こういう時だけは積極的に声をかけることができる。
それはきっと、同じファン同士という目には見えない同胞絆のようなものを感じるからだろう。
一人でやってきていささか寂しさを感じていた澪にとって、彼女たちと打ち解けられたのは嬉しいことだった。
上映まであとわずかの時間ではあるが、まるで旧知の仲のように澪たちは幸佑への熱い想いを語り合った。
やがて上映を知らせるアナウンスが会場内に流れ、照明が落とされると、それまでのざわめきが水を打ったように静まり、観客の目が一斉にスクリーンへと注がれた。
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風に吹かれて(#223)

2023-09-10 02:11:05 | RUN&GUN風土記
食事を終えた馬場と幸佑は、ひんやりとした夜風に吹かれながら、駅に続く道をゆっくりと歩いていた。
昼間はもうすでに初夏の陽気を思わせる強い日差しだが、夜はまだ春の余韻が残って、半袖では少し肌寒いくらいだ。
「・・・寒いのか?」
半袖の腕をさすっている幸佑に気付いた馬場が尋ねた。
「あ、・・・はい。 東京は大阪より気温が低いみたいで」
「そうだな。 まだ夜は長袖が必要だな」
そう言いながら、馬場が着ていた上着を脱いで幸佑の肩にかけた。
「え、馬場さんが寒いでしょう」
「俺は大丈夫だ。 寒そうなお前を見てるとこっちまで寒い気がしてくるから」
口角を上げてそう言う馬場の口調は、冗談とも本気とも判断がつかない。 だがそろそろ寒さに耐えるのが辛くなってきた幸佑は、馬場の好意に甘えることにした。
「じゃ、お言葉に甘えて・・・」
おずおず、という感じで肩にかけられた上着に袖を通す。 幸佑よりもひと回りは背も体格も上回る馬場の上着は、幸佑には大きくてダブついた。 
だがフワリと漂うかすかな香水の香りと柔らかな温もりが、冷え切った幸佑の体を優しく包み込んで、自然と笑顔にさせる。
「――あったかい」
そう呟いた幸佑の幸せそうな表情を見て、馬場がふっと微笑んだ。
「・・・おまえ、少しふっくらしたよな」
何気ない馬場の言葉だったが、幸佑には意外だったらしくとっさに顔に手を当てた。
「え、そうですか? 顔丸くなりました?」
顔に続いて腹のあたりを気にしてまさぐる様子がおかしかったのか、馬場が珍しく声を出して笑った。
「明日の挨拶の衣装、前と同じサイズでって言っちゃったけど・・・ヤバいかな」
しきりに体のあちこちを触って心配そうな様子の幸佑をしばらく面白そうに眺めていた馬場が、何を思ったかいきなり幸佑の体を抱き上げた。
「わっ、ちょっと馬場さん!?」
公衆の場での突然の行動に驚いた幸佑が、とっさに声を上げる。 するとすぐに幸佑を下ろした馬場が、何でもないふうに呟いた。
「ん、体重はそんなに変わってないみたいだから、サイズは多分大丈夫だぞ」
焦りまくっている幸佑とは対照的に、涼しい顔でしれっと宣う馬場との温度差。 いきなり何事かと注視していた周囲の人々も、思わず笑顔を浮かべて止めていた足を再び動き出す。
「なんでそんなことわかるんですか? てか、俺の体重知ってましたっけ?」
まだ動悸が収まりきらないまま、幸佑が疑問をぶつける。 
「体重は知らないけど、前におまえを抱き上げたことがあるからさ。 あの時とたいして重さは変わってない」
「え、そんなことありました?」
覚えていないのか、首をかしげて記憶を辿ろうとしている幸佑に馬場が語りかける。
「・・・おまえが、雄也のところから帰宅してきた時。 一人じゃ歩けない状態だった」
雄也という名前を聞いて、幸佑の動きが止まる。 馬場の言葉が謎解き言葉の鍵のように、幸佑の脳裏に思い出を蘇らせる。
あれは、雄也が入院する少し前。 熱がある雄也を部屋まで送り、薬を買いに行こうとした幸佑を引き留めた雄也が起こした信じがたい行動。
幸佑を押し倒してキスをし、愛撫めいたことをしたのだ。
あの頃はまだ自分の片想いにすぎないと思い込んでいた幸佑は、この雄也の行為をどう解釈していいかわからなかった。
衝撃を受けすぎて呆然自失のまま帰宅し、そこに馬場の姿を見つけて、一気に体の力が抜けてしまいその場に頽れてしまった。
もう数年も前のことだが、一瞬で幸佑の瞼に鮮やかに蘇った。
「・・・そんなこともありましたね。 あの時はすいませんでした」
穏やかな口調でそう話す幸佑の頭を、馬場がポンポンと優しく叩いた。 顔を上げて馬場を見るが、馬場はただ黙って幸佑を見つめているだけだ。
「あれからもう4年・・・。 またこうして東京へ来るなんて、あの頃は思ってもみませんでした。 人生って、何が起きるかわからないものですね・・・」
独り言のようなその呟きにも、馬場は何も言わない。 その態度が、幸佑には馬場を困惑させていると感じさせた。
「すいません、なんか辛気くさいこと言っちゃいましたね」
思わず詫びる幸佑に、馬場がようやく口を開いた。
「・・・おまえがまた東京へ来てくれて俺は嬉しいよ。 おまえにとって東京は思い出したくない場所になってると思ってたから」
しんみりとそう話す馬場を、幸佑が複雑な表情で見つめる。
まだ完全に痛みがなくなったわけじゃない。 東京には良い思い出も悪い思い出もありすぎて、今でも思い出すと胸が締め付けられる。
だがそれでも、熱い何かが幸佑の中に生まれて、もう一度ここへと向かわせた。
その原動力は馬場であり、澪であり、そして演劇に対する思いの再燃でもある。
「・・・ありがとうございます、そう言ってもらえて俺も嬉しいです」
幸佑と馬場が互いに見つめ合い、微笑んだ。 ひととき、この場所に二人だけでいるような錯覚を覚える。
だがそれは一瞬で、すぐに周囲のざわめきと喧騒が二人を現実に引き戻した。
「――さ、着いた。 明日また会場で会おう」
駅舎の入口で足を止めそう告げる馬場に、幸佑が笑顔で答える。
「はい、また明日会いましょう。 これ、ありがとうございました」
幸佑が着ていた上着を脱いで差し出すと、馬場がそれを手で制した。
「返すのは明日でいい。 そのまま着て行けよ」
それだけ言うと、幸佑の返事を待たずにじゃあなと言い残して馬場が改札に消えて行った。
あっという間に小さくなっていくその後ろ姿に、幸佑が小さく頭を下げた。
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風に吹かれて(#222)

2023-08-20 00:50:14 | RUN&GUN風土記
澪が東京へ旅立って、2ヶ月が過ぎた。 季節は移ろい、街路樹の新緑が目に眩しい。
数年ぶりに、幸佑も東京へやってきた。
「・・・懐かしいな」
かつて所属していた芸能事務所への道を歩きながら、思わず幸佑の口から感嘆の言葉が漏れた。
社屋のドアをくぐり、エレベーターに乗り、フロアをまっすぐ進んで行く。
どれだけ時間が経過しても、体が道順を覚えている。 周囲の景色も、当時とほとんど変わっていなかった。
「――佐々木さん、お久しぶりです」
デスクに広げられた書類に没頭していた佐々木が、声に反応して顔をあげる。 傍らに佇む幸佑の姿を見て、かけていた眼鏡を外し素早く立ち上がった。
「幸佑、幸佑じゃないか!」
それまで疲れ気味だった表情からぱぁっと明るい笑顔になった佐々木が、幸佑の両腕を叩きながら嬉しそうに何度も名を呼ぶ。
【哀歌の街】の舞台挨拶に出演するとは伝えたが、事前に事務所へ来ることは言っていなかったからか、驚きながらも歓迎してくれた佐々木に小さく頭を下げる。
「ご無沙汰してます。 ・・・課長になられたんですね、昇進おめでとうございます」
デスク上の【広報宣伝課長】と書かれたプレートを見た幸佑が祝いの言葉をかけると、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「まぁ・・・年功序列ってやつだよ。 俺ももうアラフィフだからな」
その言葉を聞いて、思わず幸佑がえっと声をあげる。
「もうそんな年齢ですか?」
「そうだよ、今年で46だ。 そういうおまえだってそろそろ30だろ? お互いもういいトシなんだよ」
「ですね・・・」
考えてみれば、幸佑が東京を去ってもう4年以上が経つ。 当然ながら、同じだけの時間が誰にも平等に経過しているのだ。
日々の暮らしに埋もれて、そんな当たり前のことも忘れがちになる。
「そんなことより、本当によく来てくれたな。 ぶっちゃけ、舞台挨拶に出てくれと頼んだものの、まさか本当に出てくれるとは思わなかったよ」
良い意味で裏切られて嬉しいんだけどな、と正直に気持ちを吐露する佐々木を微笑ましく思いながら、幸佑が同調する。
「そうでしょうね。 あれだけもう戻らないって豪語しましたもん。 自分でも、この心境の変化の理由はよくわからないんです」
「まぁでも何にしろおまえが決心してくれて本当に良かった。 今日はホテルに泊まるのか?」
「ええ、明日の会場近くのホテルを取ってあります。 明日は14時までに入ればいいんですよね?」
「ああ。 明日は俺も行くよ。 また会場で会おう」
「はい。 あ、そうだ。 これ大阪土産なんですけど、良かったら食べてください」
そう言いながら、持っていた紙袋を差し出す。 受け取って中を見た佐々木が、思わず笑顔になった。
「お、551の豚まんじゃないか! 俺の好物覚えててくれたんだな。 嬉しいよ、ありがとう」
目を細めて言葉どおり嬉しそうに礼を言う佐々木に頷き、じゃあまた明日と言葉を残して、幸佑は事務所を後にした。
社屋から外へ出たところで、幸佑のポケットのスマホが振動した。 取り出すと、馬場からの着信だった。
『ーー馬場だ。 もう東京にいるのか?』
「はい。 昼過ぎに着いて、今佐々木さんに会ってきたところです」
『じゃあ今事務所か? なら近くだな。 この後の予定は?』
「特にありません。 もう少ししたらホテルにチェックインしに行こうかと思ってるだけで」
『なら新橋駅まで来てくれないか。 俺も今から向かう。 駅の銀座側出口で待ち合わせよう』
「はい、わかりました」
前日から東京入りすると伝えてあった馬場からの、嬉しい誘い。 幸佑の胸が、小さく踊った。
通話を切った幸佑は、すぐさま駅へと駆け出した。
「――幸佑、こっちだ」
新橋駅の改札を出たタイミングで、馬場の声が聞こえた。 振り向くと、こちらに向かって手を上げる高身長のシルエットが見える。
手を振って応えた幸佑が馬場に近づこうとしたとき、不意に現れた人影が馬場と幸佑の間を遮った。
「馬場瑛士さんですよね!? ファンなんです、握手してください!」
興奮気味にそう叫んだ女性の声を聞いた周囲の人々が、一斉に馬場を見た。
「え、馬場瑛士だ」 「馬場がいる!」 「マジ!? 写真撮ってもらおうよ!」
あっという間に馬場の周りに人だかりができる。 その光景を目の当たりにした幸佑は、あらためて馬場が高名で人気がある俳優なんだということに気づかされた。
馬場のファンサービスの邪魔をしてはいけないと思った幸佑が、その場で足を止める。 そして人々の邪魔にならないよう壁際へ移動しようとした。
すると、馬場を囲んでいる人物の一人が、不意に幸佑の方を見た。
「あれ、あそこにいるのって・・・米原幸佑じゃ?」
思いのほか大きい声が、あたりに響いた。 その声につられ、幾人かが幸佑を見る。 それに気づいた馬場が、すぐさま人だかりをかき分けながら告げた。
「――すいませんが、急いでるので」
そう言うが早いか、大股で幸佑の下へとやってきた馬場が、呆然としている幸佑の腕を取ってその場から速やかに離れた。
駅舎を出ても歩を緩めない馬場に必死について行った幸佑だったが、とうとう息が上がってしまった。
幸佑の様子に気づいた馬場が、ようやく足を止めた。
「・・・悪い、しんどかったよな」
「あ、いえ、俺が運動不足なだけ、で・・・」
乱れた呼吸の合間から、途切れ途切れにそう呟く幸佑を見て、馬場の表情がふっと緩む。
相変わらずの幸佑の優しさに触れて、馬場の胸が温かく満たされていく。 相手に気を遣わせたり、相手を否定したりすることは決して言わない。
「・・・よく、来てくれたな」
それまで掴んでいた幸佑の腕から手を離し、代わりに肩に手を置いて、しみじみと馬場が呟いた。
「違う形にはなったけど、おまえと同じ舞台上に立つという希望が叶って、俺はすごく・・・嬉しい」
「馬場さん・・・」
肩に置かれた馬場の手から、温かさが伝わってくる。 その手に自分の手をそっと添え、幸佑がにっこりと微笑んだ。
「・・・俺もです。 俺も、また馬場さんと会えて、同じ舞台上に立てることになって、本当に嬉しいです」
束の間二人の視線が重なり、馬場の瞳が優しく揺れた。 やがてふっと視線を外した馬場が、幸佑の背中を軽く叩いて言った。
「――今夜は晩メシ奢らせてくれ。 おまえと東京で再会できた記念に」
突然の申し出に少し驚いた幸佑だったが、今はこの厚意を素直に受け取るべきな気がして、小さく頷いた。
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風に吹かれて(#221)

2023-06-29 21:12:07 | RUN&GUN風土記
3月になって間もなく、制服姿の澪が卒業証書を抱えて「たみじや」にやってきた。
 「澪ちゃん卒業おめでとう! 今日はおばちゃんのオゴリやで!」
いつものようにカウンターに腰を下ろした澪にそう告げた恵子が、厨房から焼きたてのたこ焼きを持ってきた。
 「ありがとうございます! さっそくいただきますね」
爪楊枝を手に取り、湯気が立ち上るたこ焼きを息で冷ましながらひと口含む。 途端にあつっ!と声を上げる。
 「でもおいしい~! やっぱりたこ焼きは焼きたてが一番やわぁ!」
幸せそうな笑みを浮かべてしばらくたこ焼きを堪能していた澪だったが、ふとその表情が沈んだ。
 「・・・でも、ここのたこ焼きとも当分お別れやな。 今度はいつ食べられるやろ・・・」
小さな声でそう呟いた澪の言葉が、それまで離れた場所でテーブルを拭いていた幸佑にも聞こえた。
手を止めた幸佑が、少し寂しそうにたこ焼きを見つめている澪のもとへ近づく。
 「・・・寂しなるな」
澪につられるように、幸佑もまた小さくぽつりと呟く。 顔を上げた澪と幸佑の目が合う。
 「東京へはいつ行くの?」
 「明後日です。 もう荷物もほとんど送り終えました」
 「そっか・・・」
それきり、なんとなく二人は黙った。 他に客もいない店内で、かけっぱなしのテレビの音声だけがしばしあたりに流れる。 
 「・・・・・・そのうち、東京でまた会えるかもな」
澪から視線を逸らして、ぼそりと幸佑が零した。 澪が一瞬不思議そうな顔になる。
 「え? それってどういう・・・」
訊き返す澪を、幸佑が再び見つめる。 そして澪の目を見つめたまま、はっきりと告げた。
 「5月から『哀歌の街』が上映されるねんけど、その舞台挨拶に俺も出ることにしてん」
 「えっ」
今聞いたことがすぐに理解できず、目を丸くした澪が絶句する。 幸佑のトラウマや心の傷をよく知っている彼女にしたら、幸佑のこの言葉をにわかには信じられないだろう。
 「はじめは、舞台挨拶だけ出てそれで終わりにするつもりやってん。 でも、澪ちゃんが・・・」
 「え?」
不意に自分の名前を呼ばれ、さらに澪の目が見開かれる。
 「わたし・・・?」
そう訊き返すのが精いっぱいだった。 自分を指さしたまま次の言葉も出ない澪を、じっと優しい目で幸佑が見つめる。
 「そう・・・。 雄也がな、澪ちゃんを通して俺に語りかけてるような気がするねん。 もういっぺん、頑張ってみろって」
 「・・・・・・・・・」
 「澪ちゃんといてると、なんでか雄也の気配を感じるんや。 俺の勝手な思い込みかも知れへんけど、でも澪ちゃんとおるうちに、一緒に舞台に立ちたいって思うようになってきて・・・」
 「・・・・・・・・・」
幸佑の口から紡がれる信じられないような言葉の数々を、ただ呆然と澪が見つめる。 その視線を感じて、幸佑がふと苦笑いした。
 「なんか、こんなこと言うの照れくさいな。 ええ歳こいたオッサンが、なにクサいこと言うて・・・」
 「嬉しいです!」
気恥ずかしさから自虐ぎみに話す幸佑の言葉を、勢いよく澪が遮った。 みるみるうちに彼女の目が輝いていく。
 「わたし、めっちゃ嬉しいです! 前にも言うたけど、米原さんと一緒に演じるのがわたしの夢やったから。 でも米原さんの過去を考えたら、それはもう叶うことはないって諦めてました」
 「・・・・・・・・・」
 「たとえわたしを通り越してお兄ちゃんを見てるんやとしても、わたしは全然かまいません。 とにかく米原さんがもう一度舞台に立ちたいって気持ちになってくれて、それだけでわたしはもう・・・!」
とうとう感極まったのか、澪が口元を手で押さえ、眉を八の字にする。  必死に零れそうになる涙を堪えていたが、やがてそれも限界になった。
 「う・・・!」
抑えきれず、かすかに嗚咽を漏らして肩を震わす彼女へ、戸惑いながらも幸佑が手を伸ばす。
 「・・・泣かんでもええて」
絶えず小刻みに震える肩へ、そっと手を置く。 その感触は華奢で、彼女がまだ18歳の少女だということを再認識する。
雄也とともに役者を夢見て上京したのも、思えば同じくらいの年齢だった。
自分たちが色んな経験をしたように、これから澪も様々なことを経験していくだろう。 
時には辛く悲しく、挫折しそうになることもあるかも知れない。 胸を掻きむしられるような思いもするかも知れない。
そう思うと、たまらなくなった。
 「・・・・・・!」
反射的に、澪を抱きしめていた。 驚きからか、腕の中で彼女が身を固くするのがわかった。
 「・・・一緒に、頑張っていこう。 俺も、もう一度頑張るから」
優しく語りかける幸佑の声を聞いて、徐々に澪の体から力が抜けていく。 やがておずおずと、幸佑の背中に手を這わせた。
幸佑のセーターをぎゅっと握りしめ、澪が小さく頷いた。 それに呼応するように、幸佑も澪の背中を優しく叩く。
やがて涙も乾いた澪が、静かに幸佑から離れた。
 「・・・帰ります。 いろいろありがとうございました。 わたしにとって、今日は最高の一日になりましたよ」
 「俺こそ、こんな気持ちにさせてくれてありがとうって言いたい。 明後日は何時頃発つの? 見送りに行くよ」
そう申し出る幸佑に、澪が小さく首を左右に振った。
 「定休日やないでしょ? お仕事しててください。 わたしは一人でも大丈夫やから」
そう言って、澪が晴れやかな笑顔を見せた。 それが、澪の決心を感じさせた。
これから過去の自分とは決別して、新たな自分と向き合っていく――。
そんな彼女の心の声が、幸佑には聞こえたような気がした。
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