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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

風に吹かれて(#230・最終話)

2024-09-20 14:09:07 | RUN&GUN風土記
墓苑を後にし、幸佑と馬場が最寄り駅である喜連瓜破駅に到着した。
「ーー次に会うときは東京だな」
優しい目をした馬場がそう言うと、幸佑が頷きながら答えた。
「はい、こちらの仕事の区切りがついたら上京するつもりです」
「『哀歌の街・2』のことはまたこれから具体的な連絡がくると思う。 今はまだ製作が決まったって情報だけしかきてないから」
「ええ。 こないだ佐々木さんを通じてディレクターの仲野さんと話した時、詳細が決まり次第また追って連絡するって言ってました」
「きっと撮影は来年になってからになるだろうな」
「そうですね。 だから今年中には上京しようと思ってます」
「ーー待ってる」
そう言って馬場が幸佑の肩に手を置いた。 それに応えるように、幸佑が深く頷く。 それを確認した馬場が、手を戻しながらふと空を仰いだ。
「・・・もうじき夕暮れか。 陽が落ちるのも早くなったな」
馬場の言葉につられて幸佑も空を見る。 頭上には澄んだ青空が広がっているが、西の方はオレンジ色に染まりかけている。 腕時計を見ると、時刻は16時40分だった。
「やっぱり、季節は少しずつ確実に移ろってるんですね。 ついこの前までは6時になってもまだまだ明るかったのに」
「来週にはもう10月だからな。 ていうか、しみじみ季節の話するなんてなんだか年寄りみたいだな」
そう言った馬場が、珍しく歯を見せて笑った。 ぱっと笑顔になった幸佑が、笑いながら同調する。
「ですね。 回顧録にはまだまだ早いですよね」
ひとしきり笑い合った後、馬場が幸佑に向き直った。
「ーーじゃ、また東京で会おう」
「え? 新大阪まで送って行きますよ」
「いや、ここでいい。 おまえさっきこの後まだ行くところがあるって言ってただろ」
そう言われて、そういえばそんなことを言ったのを思い出す。 だが特に用があるわけでもなく、なんとなく海を見たい気分だったから南港へ行こうと思っていただけだった。
「いえ、特に用があるわけじゃ・・・。 そうだ、馬場さんも一緒に行きませんか? この後海を見に行こうと思ってたんですよ」
「海? 港か?」
「ええ、ここから自転車で20分くらいのとこに南港があるんです。 タクシーだったら10分もしないくらいで着きますよ」
「残念だけど、18時台の新幹線に乗らないといけないから無理だな。 また今度一緒に行こう。 俺も海は好きだから」
「そうですか、じゃあ次回はぜひ一緒に行きましょう。 天気がいいと六甲山がはっきりと見えるし、ポートタワーなんかも見えてけっこう良い景観なんですよ」
「ああ。楽しみにしてる。 じゃ、行くよ」
ふわりと笑った馬場が、軽く手を上げて足を踏み出す。 そしてそのまま、人々の雑踏に紛れていく。 
次第に小さくなるその背中に、しばらく幸佑は手を振り続けた。
馬場の姿が完全に見えなくなると、ようやく幸佑は手を下ろして駐輪場へと向かった。
夕暮れも近くなったこの時刻、自転車で駆け抜ける街の風は、真昼の暑さが徐々に薄れて冷気を孕みはじめ、汗ばむ肌を心地よく冷ましていく。
爽快な気分でそのままペダルを漕ぎ続け、南港に到着したのは午後5時半だった。
あたりはすっかりオレンジ色に包まれ、港を行き交う船舶も、白く波立つ海面も、すべてを暖かな色に染め上げている。
自転車から降り立った幸佑は、ゆっくりと自転車を押しながら岸壁近くの階段のあるところまで進んだ。
雲ひとつない空を見上げると、青からオレンジ色に続くグラデーションがとても美しい。 その大空のキャンバスを背景に、時折カモメが横切っていく。 カモメの白と黒のコントラストが際立つ。
周囲に人影はなく、遠くでカメラを構えた人がちらほら見える程度だ。 岸壁に打ち寄せる波音と、船舶のエンジン音だけが静寂の中に響く。
潮の香りを深く吸い込んで、幸佑は階段に腰を下ろした。
遠くまで見晴らしの良い景色を眺めながら、胸に広がる様々な想いをかみしめる。
再び表舞台に立つことへの希望と不安、また芝居ができることの喜び、そして悲願だった馬場や澪との共演。
時にそれらは混沌として心を揺さぶることもあるが、今は不思議と穏やかな気持ちでいられる。
ふわりと沖から海風が渡ってきて、幸佑の体を優しく通り過ぎる。 その風はほのかに暖かくて、無性に懐かしい気分になった。
「雄也・・・?」
無意識に幸佑の口から雄也の名前が零れた。 思わずあたりをキョロキョロと見まわすが、そこにはやはり誰も居ず、ただ静かな夕暮れの風景が広がるのみだ。
ふと思い出す。 いつかここに雄也と一緒に来たことを。
「あれはいつやったか・・・」
そう、あれは確か桐畑のことで幸佑が傷ついた時、故郷に帰れば少しでも傷が癒せるかもという雄也の発案で大阪へ帰ってきたときだ。 二人で自転車を走らせ、今と同じように夕暮れの港で海を見ながら色んなことを語り合った。
不意に、その時の光景が鮮明に蘇る。 
あの時の雄也の声、表情、体温・・・。 すべてが記憶とともに五感に訴えかけてくる。
「雄也・・・」
知らず知らず両腕をぎゅっと抱き、惜慕の思いにのまれそうになるのを堪える。 何年経っても、やはり雄也を失くした痛みは消えることはない。
そうして一人じっと佇む幸佑の頬を、再び海風が撫でていく。 その風を受けた時、なぜか幸佑の耳に『大丈夫』という雄也の声が聞こえたような気がした。
硬くしていた体から力が抜け、自分を抱きしめていた両腕をほどく。
時折感じる、雄也が見守ってくれているという気配。 今またそれを感じ、幸佑の胸を暖かく満たしていく。
「・・・うん、俺は大丈夫や。 おまえがいつもそばにいてくれてるから。 これからもずっと見守っててくれよな」
そう呟いて、ゆっくりと立ち上がる。 オレンジ色から群青色へと変わっていく空の下、深呼吸する。
これから出航していく貨物船が、ひとつ汽笛を鳴らした。 長く余韻を残すその音色は、まるで大阪湾の隅々まで響き渡っていくようだ。
今また優しい潮風が吹き渡る。 今も昔も変わらぬその風の香りは、無条件に穏やかな気持ちにさせてくれる。
やがて幸佑は海に背を向けて歩き出した。
新しい『これから』に思いを馳せ、あの頃と同じ風に吹かれてーー。



≪後記≫
今まで「風に吹かれて」を読んでいただきありがとうございました。
約9年にも及ぶ長い間こうして続けてこられたのは、ひとえに読者のみなさまのおかげでございます。
私のライフワークにもなっていたこのお話がついに完結を迎え、感無量な気持ちであるとともに
どこか寂しい気持ちでもあります。
機会があればまたどこかのタイミングで、番外編という形で幸佑たちのその後やサイドストーリーなどを
書けたらなぁと思っております。
長い間どうもありがとうございました!
 
ななりん
コメント (2)
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風に吹かれて(#229)

2024-08-31 00:55:48 | RUN&GUN風土記
今年もまたこの日がやってきた。 9月も終わりに近づき、残暑の中にも確かに秋の気配がし始めるこの時季。
雄也の命日だ。
雨が降ろうが風が吹こうが、幸佑は毎年必ず命日には雄也の墓参に赴いている。 そして今年も例に漏れず、残暑厳しい快晴の空の下、自転車を走らせている。 
いつもは幸佑一人だったが、今年は違う。 今年からは、馬場も一緒に墓参するのだ。
昨年の命日に雄也の墓へやってきた馬場が、これからは毎年命日に来ると約束をした。 そしてその約束どおり、先ほど大阪へ着いたと連絡が入った。
墓苑の最寄り駅である喜連瓜破駅で待ち合わせることにし、幸佑は今駅に向かって自転車で疾走しているところだ。
信号待ちで足を止め、照りつける強い日差しに手をかざす。 数日後には10月になるとは思えないくらいの暑さで、リュックを背負う背中を汗が伝うのがわかった。
陽炎がゆらめく路面のはるか向こうに、喜連瓜破駅の出口が見える。 そこに長身の人物を見つけた幸佑は、信号が青に切り替わると急いで自転車を漕ぎ出した。
「すいません、お待たせしました」
息を切らしながらやってきた幸佑を見て、馬場がサングラスを外しながら微笑んだ。
「今来たところだ。 相変わらずおまえは一生懸命だな」
「人を待たせるのは好きじゃないんで・・・」
顔じゅうに流れる汗を手の甲で拭いながらそう言う幸佑に、馬場がバッグから何かを取り出して差し出した。
「使えよ。 時季的にちょっと遅いけど」
それは、ネッククーラーだった。 幸佑の返事を待つまでもなく、馬場がそれを素早く幸佑の首に掛け、スイッチを押す。 吹き出す冷風が気持ちよくて、思わず幸佑が呟いた。
「うわ、涼しい!」
「もうそろそろ涼しくなってくる頃だが、自転車で行動してるとまだ暑いだろうから」 
「ありがとうございます。 でも馬場さんは使わなくていいんですか?」
「俺は電車の冷房が効きすぎて寒かったから、今はちょうどいい」
「じゃあお言葉に甘えて・・・。 あとで返しますね」
「返さなくていい。 俺はいくつか持ってるから、それはおまえが使え」
「え、そんな」
「さ、行くぞ。 確かこっちの方向だったよな」
そう言ってすたすたと歩き出す馬場を、慌てて幸佑が追いかけた。
彼岸も終わった墓苑は、人影もまばらだった。 近くの樹々から、夏の名残りのツクツクボウシの声が聞こえてくる以外、あたりは静寂に包まれている。
小さな雄也の墓石を掃除し、花を手向けて二人手を合わせ拝礼する。 心の中でそれぞれ雄也に語りかけながら、二人ほぼ同時に顔を上げた。
「・・・もう5年か。 来年は七回忌だな」
「ですね。 ほんと、あっという間に過ぎたって感じです」
墓石を見つめながら、しみじみとした口調で幸佑が答えた。 磨かれたばかりの墓石に手を伸ばし、戒名が彫られた場所を優しくなぞる。
そんな幸佑を見つめていた馬場が、ふと零した。
「・・・『哀歌の街』の続編の話、もう聞いてるだろ」
墓石をなぞっていた幸佑の手が止まる。 しばしの間を空けて、ゆっくりと手を離しながら幸佑が頷いた。
「・・・・はい。 聞いてます」
「俺にもオファーがあった。 OKしたよ」
その言葉に反応した幸佑が、馬場の顔を見た。 じっと幸佑の目を見つめた馬場の瞳は静かで、だが強い光を宿している。
「ーーおまえと、もう一度芝居がしたい。 もう一度涼と和樹になって、あの世界に戻りたい」
「馬場さん・・・」
馬場の気持ちが、その眼差しを通して痛いほど伝わってくる。 幸佑の胸が、不意に揺さぶられた。
これまでも何度か、幸佑の役者復帰を願う言葉を発していた馬場。 そのたびに、幸佑の心が大きく揺らいだ。 しかしそれでも、どうしても決心がつけられずにいた。
だが、今。 この馬場の瞳と言葉が、ついに幸佑の最後の一歩を後押しした。
「ーー俺も、もう一度涼になりたいです」
「幸佑・・・」
驚いた顔になった馬場が、思わず言葉を失う。 まさか幸佑が本当に戻ってくるとは思っていなかったのだろう。 嬉しい誤算に、みるみる馬場の目が輝いた。
「本当か? 本当にまた戻ってくるんだな?」
「はい。 ずっと長い間色々考えたり悩んだりしてました。 正直不安はまだまだありますけど、でも自分の中にまた芝居がしたいって気持ちがどんどん強くなってきて」
「・・・澪の存在も大きいんだろうな」
不意に出された澪の名前に一瞬驚いた幸佑だったが、やがて少し照れくさそうに小さく頷いた。
「そう・・・かも知れません。 というか、彼女を通して雄也の存在を俺は感じてるんだと思います。 彼女と同じ舞台に立つことで、叶わなかった雄也との共演を果たせるような気がして」
「でも彼女は彼女だ。 雄也としてではなく鈴木澪として、彼女はおまえと共演したいと思ってるんじゃないか?」
「・・・彼女、俺に言ってくれたんです。 自分を通して雄也を見ていてもいい。 それでもいいから、また役者に戻ってともに演じてほしいって」
「そんなことを・・・」
馬場は少し意外な気がした。 澪は幸佑に対して恋心を抱いていると思っていたから。 
いや、確かに恋慕の気持ちもあるだろうが、それ以上に役者としての幸佑を愛しているのかも知れない。 だから幸佑がもう一度役者に戻るなら、たとえ自分と兄を重ねて見ていたとしてもかまわないと思ったのだろう。
だが、それは馬場も同じだった。
幸佑が再び役者に戻るなら、自分にできることは何でもやるつもりだった。
しかし幸佑に役者復帰の決意をさせたのは、自分ではなく澪だった。 それが、馬場の胸に小さな爪痕となって残る。
「ーーふっ・・・」
思わず嘲笑が漏れた。 
こんな子供じみた感傷的な気持ちを抱くなんて、らしくない。 どんな形であれ、幸佑が復帰してくれるならそれでいいじゃないか。
そう心の中で自分に言い聞かせる。 急に笑い出した馬場を見て、幸佑が不思議そうな顔をした。
何か言いたそうな幸佑が口を開く前に、馬場が墓石へ向き直って告げた。
「ーーおまえの決心を、雄也にも聞かせてやれよ。 ここで、雄也の前ではっきりと宣言するんだ」
馬場の言葉を受けて、幸佑が墓石を見る。 しばらくそのままじっと見つめていたが、やがてしっかりと頷き、おもむろに口を開いた。
「・・・雄也。 俺はまた役者に戻ろと思う。 おまえがおれへんようになって、もう二度と演じることはでけへんと思ってた。 でも色んな人の気持ちや思いが後押ししてくれて、もういっぺん頑張ってみようって思った。 だから見守っててくれよな」
真っすぐに墓石を見据え、強い目をした幸佑がそう告げる。 優しい目で、頑張れよと雄也が笑ったような気がした。
そんな光景を、馬場がじっと見守っていた。
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風に吹かれて(#228)

2024-06-28 15:14:33 | RUN&GUN風土記
『哀歌の街』は異例のロングランを記録し、5月から9月までの実に5ヶ月にわたって全国で上映された。
桐畑の逮捕という重大なアクシデントがあったものの、結果的にはその話題性も含めて映画は大成功となったと言えよう。
これを受けて、製作プロジェクトたちの中では続編製作の話が持ち上がっていた。
主役は幸佑演じた遠山涼と、馬場が演じた横田和樹のダブル主演で、二人のその後のラブストーリーを主軸とした内容が考えられている。
まだまだ未定の部分も多いが、キャストについては幸佑と馬場の続投を誰もが望んだ。 キャストのチェンジは考えられないというのが、全員の見解だった。
「ーーえ、幸佑の連絡先ですか?」
幸佑の元マネージャーであり、現在は芸能事務所『新都マネジメント』の営業課長である佐々木のもとに、幸佑の連絡先を尋ねる電話が入った。 相手は『哀歌の街』製作プロジェクトのディレクターだ。
『じつは、『哀歌の街』の続編の企画が持ち上がっていまして、その続編の主役である遠山涼をぜひともまた米原さんに演じてほしいと考えているんです。 それでそのオファーをしたくて』
「そんな話が・・・」
『哀歌の街』の評判は佐々木の耳にも当然入っていた。 だがあれほどのスキャンダルに見舞われ、一時はお蔵入りになるほどの危機に陥った作品が、まさか続編が製作されるようになるなんていったい誰が想像できただろう。
「・・・・・・・・・」
この話を聞いた幸佑の気持ちを考えると、佐々木は少し複雑な気分になった。
以前よりはこの業界に対する決別の意識は薄れてきてはいるが、それでもこの話を受ければ必然的に役者に復帰するとみなされるだろう。
手放しに喜ぶというより、戸惑いの方が強いのではないだろうか。
しかし、一方で思う。
相手役は、幸佑がこの業界でおそらく一番信頼し尊敬している馬場だ。 馬場となら、もしかしたら幸佑も前向きに考えるのではないか。
そしてきっと馬場も、幸佑の出演を後押ししてくれるのでは。
『ーーあの? 佐々木さん?』
思案に耽っていつの間にか黙り込んでいた佐々木が、電話口からの怪訝そうな声ではっと我に返った。
「あ、すいません。 では僕から幸佑に連絡を取ってみます。 それで幸佑の方からそちらに連絡を入れるよう伝えますので、それでよろしいでしょうか?」
『そうしていただけたらありがたいです。 私はディレクターの仲野といいますので、よろしくお願いします』
そう言って電話が切れそうになった時、あ、と佐々木が声を上げた。
「あの、このお話はまだ詳細は決まってないんですか? たとえば他のキャストとか」
『そうですね、まだ詳しくは。 ストーリーもまだこれから練っていく段階で。 何か気になることでも?』
「その、もともとこの作品には女性ってあんまり出てなかったと思うんですが、もし続編で女性の出演があるようなら、うちの女優も使っていただけたらと」
『なるほど。 まだどうなるかわかりませんが、今回こうしてご協力いただいたことだし、もし必要があれば検討させていただきますね』
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
電話を切った佐々木の顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
もしこの続編の女性キャストのオファーがもらえれば、役柄にもよるが澪をキャスティングしようと思った。 
それは澪のたっての希望である、幸佑との共演がついに実現するからだ。
「ーーどうにかして、実現させたい・・・!」
誰にともなくそう呟き、思わず拳を握りしめていた佐々木へ、不意に背後から声がかかった。
「佐々木さん、おはようございます」
振り向くと、そこには澪が立っていた。 今日はこれから一緒に澪の出演している舞台のスポンサーに挨拶へ行くことになっている。
「お、もうそんな時間か。 ちょうどいい、おまえに知らせたいことがある」
さっそく先ほどの電話のことを伝えると、みるみる澪の表情がきらきら輝いた。
「それ、ほんとですか!? 哀歌の街の続編が!?」
「ああ、もしすべてうまくいけば、おまえの念願だった幸佑との共演が実現するんだ」
「幸佑さんとの共演・・・」
うわ言のようにそう呟く澪の肩に手を置いた佐々木が、目に力を込めて言った。
「だから、おまえからも幸佑にアプローチして、どうにかこのオファーを受けるよう説得するんだ。 あいつはきっと迷うはずだから、おまえや馬場さんからの強力な後押しがあれば、承諾するかもしれないだろ。 馬場さんには俺から頼んでおくから」
「ーーはい・・・!」
力強く頷いた澪に、佐々木もまた深く頷く。 佐々木にとっても、幸佑の復帰は叶えたい願いだった。 彼の演技しているときの活き活きとした様がとても好きだったから。
「よし、じゃあ行こうか」
颯爽と立ち上がり上着を手に取った佐々木は、澪を伴って事務所を出て行った。
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風に吹かれて(#227)

2024-04-15 19:30:07 | RUN&GUN風土記
「・・・なぁ幸ちゃん。 なんか最近ええことあったんか?」
「え?」
たこ焼き屋の営業時間も終わりに近づき、客がいなくなった店内を掃き掃除していた幸佑へ、興味深そうな表情をした恵子がふと話しかけた。
手を止めて自分の方を見る幸佑のところに歩み寄りながら、少し楽し気に恵子が続ける。
「考えたら、こないだ東京から帰ってきてからやな。 東京で何があったんや?」
「え、べつにそんな・・・」
「いやいや、傍目から見ても楽しそう・・・っていうか、なんか嬉しそうっていうか。 目がキラキラしてるでぇ」
「え~、いつもとおんなじですよ」
「白状しぃや。 東京には澪ちゃんもいてるし、会うたんやろ? どんな話したんや?」
目を輝かせてずいずいと迫ってくる恵子を目の前にして、幸佑が思わず苦笑いを漏らした。 こうなった恵子は、まさに大阪のおばちゃん丸出しの無遠慮さを発揮して、自分が満足する答えをもらうまでなかなか引き下がらない。
弱ったな、とでもいうように頭をポリポリ描いてみたものの、恵子の圧に勝てる自信もない幸佑は、はぁ、とひとつため息を吐いて早々に屈した。
「・・・澪ちゃん、元気そうでした。 役者への道も順調そうで安心しましたよ」
「ほうほう。 で、他には?」
「それだけですよ。 ほんまに何もありませんて」
もう勘弁してください、と付け足して、ほなゴミ捨ててきますと言い残し、まだまだ詰問したそうな恵子から強引に逃げ出した。
ゴミ袋をひっつかんで素早く裏口から外に出ると、どこからともなく夕餉の香りが漂ってきて、心地よく鼻腔をくすぐる。
さすがの恵子もここまでしつこく追ってくる気はないらしく、すりガラス越しに店の奥に姿が消えていくのが見えた。 思わずホッとため息を吐く。
ゴミ袋の口を閉めダストボックスに入れ終わると、幸佑はゆっくりと壁にもたれた。 夕暮れのオレンジに染まった空を鳥が渡っていくのをぼんやり眺めていると、なんとも言えない幸せな気持ちになった。
こんな気持ちになれるのは、あの日馬場と交わした言葉のおかげだと思う。 
澪の初舞台を観劇しに東京へ行ったあの日、終演後馬場と二人で色んな話をしたことを思い出す。  近況報告や他愛のないことをひとしきり話した後、馬場がおもむろに告げた。
『・・・茜のこと、覚えてるか?』
『はい、馬場さんの恋人ですよね。 もちろん覚えてますよ』
『茜の意識がな、少しだけ戻ったんだ』
『え!? ほんとですか?』
まるで自分のことのように心から嬉しそうな様子を見せる幸佑を見て、馬場も微笑みを浮かべる。
『少しだけだけどな。 俺の顔を見て、かすかに笑うようになったんだ。 彼女の名前を呼ぶと、俺の方を見るようにもなって』
『すごいじゃないですか! 茜さんはきっともう馬場さんのことがわかってるんですよ。 よかったですね、ほんとに』
『・・・ああ、嬉しいよ。 これまでの長く苦しかった日々も、あの笑顔を見た瞬間にすべて報われた気がした』
うんうん、と何度も頷いて満面の笑みで見つめる幸佑に、ゆっくりと正面から向き直った馬場が言葉をかけた。
『――今度は、おまえの番だ』
『え?』
じっと目を見てそう話す馬場を、幸佑が不思議そうに見る。 言葉の意味が分からずキョトンとしている幸佑の肩に手を置いて、馬場が諭すように続けた。
『おまえが幸せになる番だ。 おまえは幸せにならなきゃいけない人間なんだ。 過去を忘れろとは言わないが、いつまでも縛られる必要はない。 わかるだろ』
『馬場さん・・・』
『・・・あいつだって、きっと同じことを言うだろう。 おまえの人生は、おまえだけのもの。 どんな未来を描くのも自由だ』
『・・・・・・・・・』
馬場の言わんとすることが何となくわかった幸佑が、真顔になって黙り込む。 記憶の中に、雄也の最後の手紙の一節が鮮やかに蘇った。
  おまえには無限の可能性がある。 それを忘れんといてほしい。
  だから、俺のことは無理に想い続けてくれんでええねん。 
  誰か素敵な人と出会えたら、迷わず新しい人生を歩んでくれ。

優しく微笑む雄也の顔に、ふと澪の笑顔が重なる。 気が付けば、雄也を思うときにはいつも澪の面影が脳裏に思い浮かんでいた。
『・・・一番そばにいたい相手は、必ずしも恋人である必要はない。 たとえばそれが親友だったり、同志だったり。 そしておまえは、そんな相手をもう見つけたんだろ?』
馬場の最後のそのひと言に、幸佑が思わず顔を上げる。 目と目が合い、馬場のまっすぐな眼差しに心の中を見透かされた気分になった。
『消えたと思ってた夢は、じつはまだ消えてなかったのさ』
小さくそう呟くと同時に、ぽんと幸佑の背中を軽く叩く。 ニッと口角を上げた馬場が、それじゃまたなと言葉を残して静かに立ち去って行った。
馬場の去り行く広い背中と、先ほどの彼の言葉が、幸佑の中でくすぶっていた最後のわだかまりをすっと溶かしてくれた気がした。
まるで新鮮な空気を胸いっぱい吸い込むように、無意識に深く深呼吸をしたことを思い出す。
「――夢、か。 もういっぺん、頑張ってみよかな・・・」
誰にともなくそう呟いて、再び茜色の空を仰ぐ。 うすい絹雲の上にいくつもの積雲が浮かび、早くも夏の気配を漂わせている。
季節の移ろいを感じた幸佑は、感慨深げに一度目を閉じ、やがてしっかりと目を開けて店の中へ戻って行った。
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風に吹かれて(#226)

2024-02-03 21:04:33 | RUN&GUN風土記
「哀歌の街」が上映されてから、数ヶ月が過ぎた。
舞台あいさつに訪れた頃は初夏を思わせる陽気だったのが、今は初秋の気配が漂う東京の街を、ひとり幸佑は歩いていた。
世界最大のターミナル駅と言われる新宿駅の東口を出て15分ほど歩き、繁華街の中にある古いビルまできたところで、幸佑は足を止めた。
地下へと続く階段の入口に掲げられたポスターに目をやる。
それは今日から上演が開始される舞台のもので、主演を務めるのは中堅女優だ。 彼女はテレビこそあまり出ないが、その演技力は抜群であり、著名な舞台役者として業界にその名を轟かせている。
そしてその相手役であり、準主役とも言える重要な役柄を演じるのは、馬場だった。
手にピストルを持ち、互いに背中合わせのスタイルでポスターに映る二人。 それぞれ敵対する組織のスパイという役どころで、恋愛ものにはもう出演しないと言っていた馬場らしく、非常にサスペンス要素の強い内容らしい。
そしてポスターの下の方に目を移すと、脇を固める役者たちの名前が小さく羅列されている。 全部で20人ほどあるその中に、『鈴木澪』という名前がはっきりと記載されていた。
そう、今日は澪の初舞台となるこの【Innocent sky】を観るために、幸佑はここへやって来たのだった。
半月ほど前、とうとう初舞台が決まったという知らせとともに、舞台初日のチケットが澪から幸佑のもとに届いた。
役者を目指して上京してから数ヶ月、思いのほか早い初舞台の知らせに驚きつつも、まるで自分のことのように喜んだものだ。
さらに馬場と共演ということも、幸佑の喜びを倍増させた。 それは澪も同じだったらしく、その後電話で話した時にも何度も共演できて嬉しいと繰り返していた。
そんなことを思いながら、目の前のポスターに再び目をやる。 この喜ばしい事実を今また噛みしめて、幸佑は階段を下りた。
狭い通路を抜けて、スタッフに案内されながら関係者控室へと向かう。 時折すれ違う若手俳優らしき人が、幸佑に向かって軽く会釈をしていく。
だがそれは米原幸佑だと気付いて会釈をしているわけではなく、ほとんど条件反射のようなものだろう。 自分より年上らしき相手には、たとえ面識がなくても失礼のないようとりあえず会釈をするのだ。
かつて自分も同じことをしていたな、と懐かしく思いながら、控室のドアをノックした。
「はい」
若い女性の声とともに、ドアが開く。 そこには、澪が立っていた。
「米原さん! 来てくれたんですね」
幸佑の姿を見るなりぱぁっと晴れやかな笑顔になって、嬉しそうに入室を促す。 すると澪の声に気付いたのか、誰かがこちらへ近づいてきた。
「幸佑じゃないか!」
小走りでやってきて開口一番そう叫んだのは、かつてのマネージャーの佐々木だった。
「え、佐々木さん? なんでここに?」
佐々木も驚いているが、幸佑も同じくらい驚いた。 思わずお互いを指さす。 しかし隣にいる澪も同様に驚いたのか目を見開いている。
「佐々木さんは私のマネージャーですけど・・・え、お二人は知り合いなんですか?」
さらに驚きの事実を告げられて、幸佑が絶句した。
「そう、俺はいま彼女のマネージャーをやってるんだ。 おまえはなんでここに? 澪と知り合いみたいだし」
「俺は澪ちゃんに舞台のチケットもらったので、観劇しにきたんです。 澪ちゃんとはけっこう長い付き合いで」
「そういえば澪は大阪出身だったな。 え、ていうことは澪の初舞台を観にきたのか?」
「そうです。 でも佐々木さんが澪ちゃんのマネージャーっていうの初めて知りましたよ。 びっくりしました」
「そうなんだよ、三か月前にうちの事務所に入ってきて、俺が担当になったんだ」
「え、でも佐々木さんけっこうエライさんでしょ。 まだマネジメントの仕事もするんですか?」
「正直に言うと、澪は金の卵だと思ってるんだ。 だから俺が直接マネジメントしたいって思って、申し出たんだよ」
そう言って澪の背中をポンと叩く。 すると少し照れたのか、澪がはにかみながら小さく肩をすぼめた。
「あ、でも佐々木さんと米原さんは知り合いなんですよね。 どういう関係なんですか?」
ふと思い出したように澪が問いかける。 その問いかけには幸佑が答えた。
「俺が役者やってた時、佐々木さんがマネージャーやってん。 もうほんま色々お世話になってな」
「そうだったんですか? すごい偶然ですね、まさか米原さんも佐々木さんにマネジメントしてもらってたなんて」
「ほんまやね。 でも他にも芸能事務所は色々あるのに、なんでここに決めたんや?」
「馬場さんに紹介してもらったんです。 もう馬場さんにはすごく助けてもらって。 いろんな相談にも乗ってくれて、ほんとに助けてもらってて」
「そうなんだよ。 馬場さんがこの子を連れてうちの事務所に来てくれたんだ」
「佐々木さんなら信用できるし、良いマネジメントをしてくれるはずだからって。 馬場さんがそう言うなら、きっとそうなんだろうと思って、それで決めました」
感心しきりに澪の話に耳を傾けている幸佑の傍らで、照れの極致に達したのか、佐々木がまいったというように苦笑いしながら頭を左右に振った。
「おいやめろよ、そんなに褒められたら俺どうしていいかわかんないだろ」
「いや、素直に喜ぶべきですよ。 あの馬場さんがそこまで言うんだから、佐々木さん自信を持ってください」
「しかしなぁ・・・」
恥ずかしそうに頭をポリポリ搔きながら、所在なさげに狼狽える佐々木が何だか可愛らしく思えてしまう。 思わずクスッと笑みが零れた。
「――何だか楽しそうだな。 俺も混ぜてくれよ」
不意に幸佑の背後から低い声が降りかかる。 同時に、幸佑の肩に手が置かれた。
「馬場さん!」
幸佑が振り返ると、微笑みを湛えた馬場と目が合った。
「久しぶり。 5月以来か? 元気そうだな」
「はい、馬場さんも元気そうで何よりです」
微笑みながら言葉を交わす二人に目を細めた佐々木が、そっと背中を押して澪に囁きかけた。
「俺たちはあっちで準備しよう」
「え、でも」
まだまだ話し足りないと言わんばかりに、澪が名残惜しそうに幸佑たちを見る。
「・・・今は彼らだけにしてやろう。 俺たちはまた舞台の後ででもゆっくり話せばいい」
佐々木の言わんとすることがよくわからない澪だったが、それでもそれ以上我儘を言うこともなく素直にその場を離れた。
「あれ、佐々木さんたち行っちゃった」
今までそこにいた佐々木と澪が、いつの間にか遠く離れたところにいるのを見て不思議そうに幸佑が呟く。 なぜか馬場がふっと笑った。
「――気を遣ってくれたんだろう。 せっかくの厚意だ、あちらで少し話そう」
そう言って、まだ佐々木たちの方を見ている幸佑の肩を抱いて、馬場が休憩室へ向かった。
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