コングが完全に覚醒したのを見届けたグレーグライとプイメークは、アーティットにコングを託して部屋を出た。
閉めたドアを背にしたプイメークが、ほうっと大きく息を吐いて呟いた。
「・・・ほんとに、よかった。 これでもう、きっと大丈夫ですよね」
ふと顔を上げ、自分を見てそう問いかける彼女に、グレーグライがしっかりと頷いた。
「やはりアーティットくんじゃなきゃダメだったんだ。 コングポップには、アーティットくんという存在自体が生きる糧なんだということを、思い知ったよ」
感慨深げにそう話すグレーグライの言葉に深く頷いていたプイメークだったが、ふと何か思い出したように口を開いた。
「でも、どうしてアーティットさんの居場所がわかったんですか? コングも知らなかったのに」
「ヒースに調べさせたんだ。 市内のビジネスホテルにいたよ。 それもわかりづらい所にあるホテルだった」
そこまで言うと、なぜか苦笑いを浮かべたグレーグライが、やや自嘲気味に呟いた。
「・・・きっとアーティットくんは、相当の覚悟でコングポップから離れたんだろう。 だが息子を助けたい一心で、私はそんな彼の気持ちを押さえつけて無理やりここへ引っ張ってきてしまった」
「あなた・・・」
独り言のようにそう呟いていたグレーグライが、ふと顔を上げた。
「・・・だが、アーティットくんもまた、コングポップなしではいられないとわかった。 ホテルを訪ねた時には憔悴しきっていた彼が、今は別人のように生き生きとしている。 きみも見ただろう」
「あ・・・」
「自分の強引な行いを正当化するわけではないが、結果的に連れてきて良かったと思ってる」
先ほどからのグレーグライの言葉を聞いているうち、プイメークの中で何かが覚醒した。
「あなた・・・もしかして、コングとアーティットさんのことを・・・」
どこか信じられないような目をして自分を見上げている妻に、グレーグライがゆっくりと、だがしっかりと頷いてみせた。
「ああ。 コングポップとアーティットくんのことは、もうとっくに認めている。 いや、認めていた。 だが私の中の見栄やこだわりが、それをずっと邪魔していたんだ」
「あなた・・・」
「だがここまで深い二人の絆を見せつけられたら、もうそんなくだらない気持ちも完全に失せた。 今はただ、二人の幸せだけを願う私がいる」
「あなた・・・うぅ・・・」
プイメークの目から、大粒の涙がこぼれた。 あんなに二人を受け入れるのに難色を示していたグレーグライの、この言葉。
ようやくコングたちの想いが真に成就したのを感じて、プイメークの感情が一気に溢れだした。
「あなた、あなた・・・ありがとうございます! ようやくわかってくれたのですね・・・!」
感涙にむせぶ妻を、グレーグライがそっと抱き寄せる。
「・・・きみにも、色々と苦労をかけた。 すまなかった」
「いいえ、いいえ・・・」
涙に頬を濡らしながら、プイメークが何度も首を左右に振る。 そんな妻を愛しそうに見つめていたグレーグライが、彼女を抱いたまま一歩足を踏み出した。
「さ、行こう。 あとはアーティットくんに任せよう」
「ええ・・・」
同意したプイメークが、グレーグライとともにゆっくりと歩き出した。
二人だけになった部屋で、アーティットがコングに問いかけた。
「具合はどうなんだ」
「ずっと、夢の中にいた気分でした。 現実なのか、夢なのか・・・。 とにかく、何も感じませんでした。 あなたの顔を見るまでは」
「おまえ・・・」
困惑した表情を浮かべるアーティットの手を、コングがぎゅっと握りしめた。
「もう・・・会えないかと思いました。 怖くて悲しくて、胸が搔き乱されて・・・。 自分でも半狂乱になってたと思います」
「・・・・・・・・・」
「でも・・・」
そこまで言うと、不意にコングがアーティットの頬に手を伸ばして触れた。
「あなたも、辛い思いをしてたんですね。 こんなにやつれてしまって・・・」
愛おしそうに頬を撫でる乾いた手を、そっとアーティットが掴んだ。
「俺だって、辛かったんだ。 おまえの未来に傷をつけてしまった。 一番してはならないことだったのに」
「先輩・・・」
「俺が存在することでおまえに迷惑をかけてしまう・・・。 俺は生まれて初めて、自分自身を呪わしく思ったよ」
「そんな、先輩・・・!」
いやいやをするように強く首を左右に振るコングに、ふっと表情を緩めたアーティットが語りかける。
「でも、グレーグライさんが言ってくれたんだ。 今はただ経験を積んでるだけにすぎない。 中国行きがなくなったからって、コングポップの未来には何の影響もないと」
「え・・・」
「だから君が気に病む必要はまったくない。 どうかコングポップのもとへ戻ってきてくれ、って言ってくれた」
「父さんが・・・」
驚いた表情で言葉に耳を傾けるコングに、そっと身を近づけたアーティットが囁いた。
「グレーグライさんは、認めてくれたよ。 俺たちのことを」
「え」
すぐにはその言葉の意味がわからなかったのか、キョトンとしたように目を見開いたコングへ、さらにアーティットが続ける。
「俺たちの関係を、正式に認めてくれたんだ。 俺を、おまえのパートナーとして」
「あ・・・」
ようやく意味を理解したコングが、一瞬呆けたようにアーティットを見た。 その目に、みるみる歓喜の色が浮かぶ。
「父さんが・・・父さんが、俺たちを・・・とうとう・・・」
「そうだ。 だからこうして俺をここへ連れて来てくれた」
「父さんが・・・!」
ついに感極まったのか、コングが言葉を震わせた。 ばっと顔を伏せて、溢れだす涙を隠す。 が、無意識に震える肩は隠せなかった。
そんなコングを、微笑みを浮かべたアーティットがそっと抱きしめた。
「何も言わず消えて、おまえをこんなに苦しめてごめん。 おまえが回復するまで、俺に世話をさせてくれ」
耳元へ囁きかけるその言葉に、涙に濡れた目でコングが顔を上げた。
「もう・・・、離れないから」
じっとコングの目を見つめてそう呟くと、アーティットがコングへそっと口づけた。
一瞬だけ触れて離れようとしたアーティットを、コングがとっさに引き留めた。 両手でアーティットの頬をつかみ、再び唇を重ねる。
久々に味わう愛しい人の唇は、甘くて蕩けそうだった。 それはまるで、乾ききった心にみるみる沁み込んでいくオアシスの水のごとく。
そしてそれは、やがて生きる原動力へと繋がっていく。
ひとしきり互いの唇を味わった二人は、しっかりと抱き合ったまま、お互いの胸の鼓動を確かめ合っていた。
閉めたドアを背にしたプイメークが、ほうっと大きく息を吐いて呟いた。
「・・・ほんとに、よかった。 これでもう、きっと大丈夫ですよね」
ふと顔を上げ、自分を見てそう問いかける彼女に、グレーグライがしっかりと頷いた。
「やはりアーティットくんじゃなきゃダメだったんだ。 コングポップには、アーティットくんという存在自体が生きる糧なんだということを、思い知ったよ」
感慨深げにそう話すグレーグライの言葉に深く頷いていたプイメークだったが、ふと何か思い出したように口を開いた。
「でも、どうしてアーティットさんの居場所がわかったんですか? コングも知らなかったのに」
「ヒースに調べさせたんだ。 市内のビジネスホテルにいたよ。 それもわかりづらい所にあるホテルだった」
そこまで言うと、なぜか苦笑いを浮かべたグレーグライが、やや自嘲気味に呟いた。
「・・・きっとアーティットくんは、相当の覚悟でコングポップから離れたんだろう。 だが息子を助けたい一心で、私はそんな彼の気持ちを押さえつけて無理やりここへ引っ張ってきてしまった」
「あなた・・・」
独り言のようにそう呟いていたグレーグライが、ふと顔を上げた。
「・・・だが、アーティットくんもまた、コングポップなしではいられないとわかった。 ホテルを訪ねた時には憔悴しきっていた彼が、今は別人のように生き生きとしている。 きみも見ただろう」
「あ・・・」
「自分の強引な行いを正当化するわけではないが、結果的に連れてきて良かったと思ってる」
先ほどからのグレーグライの言葉を聞いているうち、プイメークの中で何かが覚醒した。
「あなた・・・もしかして、コングとアーティットさんのことを・・・」
どこか信じられないような目をして自分を見上げている妻に、グレーグライがゆっくりと、だがしっかりと頷いてみせた。
「ああ。 コングポップとアーティットくんのことは、もうとっくに認めている。 いや、認めていた。 だが私の中の見栄やこだわりが、それをずっと邪魔していたんだ」
「あなた・・・」
「だがここまで深い二人の絆を見せつけられたら、もうそんなくだらない気持ちも完全に失せた。 今はただ、二人の幸せだけを願う私がいる」
「あなた・・・うぅ・・・」
プイメークの目から、大粒の涙がこぼれた。 あんなに二人を受け入れるのに難色を示していたグレーグライの、この言葉。
ようやくコングたちの想いが真に成就したのを感じて、プイメークの感情が一気に溢れだした。
「あなた、あなた・・・ありがとうございます! ようやくわかってくれたのですね・・・!」
感涙にむせぶ妻を、グレーグライがそっと抱き寄せる。
「・・・きみにも、色々と苦労をかけた。 すまなかった」
「いいえ、いいえ・・・」
涙に頬を濡らしながら、プイメークが何度も首を左右に振る。 そんな妻を愛しそうに見つめていたグレーグライが、彼女を抱いたまま一歩足を踏み出した。
「さ、行こう。 あとはアーティットくんに任せよう」
「ええ・・・」
同意したプイメークが、グレーグライとともにゆっくりと歩き出した。
二人だけになった部屋で、アーティットがコングに問いかけた。
「具合はどうなんだ」
「ずっと、夢の中にいた気分でした。 現実なのか、夢なのか・・・。 とにかく、何も感じませんでした。 あなたの顔を見るまでは」
「おまえ・・・」
困惑した表情を浮かべるアーティットの手を、コングがぎゅっと握りしめた。
「もう・・・会えないかと思いました。 怖くて悲しくて、胸が搔き乱されて・・・。 自分でも半狂乱になってたと思います」
「・・・・・・・・・」
「でも・・・」
そこまで言うと、不意にコングがアーティットの頬に手を伸ばして触れた。
「あなたも、辛い思いをしてたんですね。 こんなにやつれてしまって・・・」
愛おしそうに頬を撫でる乾いた手を、そっとアーティットが掴んだ。
「俺だって、辛かったんだ。 おまえの未来に傷をつけてしまった。 一番してはならないことだったのに」
「先輩・・・」
「俺が存在することでおまえに迷惑をかけてしまう・・・。 俺は生まれて初めて、自分自身を呪わしく思ったよ」
「そんな、先輩・・・!」
いやいやをするように強く首を左右に振るコングに、ふっと表情を緩めたアーティットが語りかける。
「でも、グレーグライさんが言ってくれたんだ。 今はただ経験を積んでるだけにすぎない。 中国行きがなくなったからって、コングポップの未来には何の影響もないと」
「え・・・」
「だから君が気に病む必要はまったくない。 どうかコングポップのもとへ戻ってきてくれ、って言ってくれた」
「父さんが・・・」
驚いた表情で言葉に耳を傾けるコングに、そっと身を近づけたアーティットが囁いた。
「グレーグライさんは、認めてくれたよ。 俺たちのことを」
「え」
すぐにはその言葉の意味がわからなかったのか、キョトンとしたように目を見開いたコングへ、さらにアーティットが続ける。
「俺たちの関係を、正式に認めてくれたんだ。 俺を、おまえのパートナーとして」
「あ・・・」
ようやく意味を理解したコングが、一瞬呆けたようにアーティットを見た。 その目に、みるみる歓喜の色が浮かぶ。
「父さんが・・・父さんが、俺たちを・・・とうとう・・・」
「そうだ。 だからこうして俺をここへ連れて来てくれた」
「父さんが・・・!」
ついに感極まったのか、コングが言葉を震わせた。 ばっと顔を伏せて、溢れだす涙を隠す。 が、無意識に震える肩は隠せなかった。
そんなコングを、微笑みを浮かべたアーティットがそっと抱きしめた。
「何も言わず消えて、おまえをこんなに苦しめてごめん。 おまえが回復するまで、俺に世話をさせてくれ」
耳元へ囁きかけるその言葉に、涙に濡れた目でコングが顔を上げた。
「もう・・・、離れないから」
じっとコングの目を見つめてそう呟くと、アーティットがコングへそっと口づけた。
一瞬だけ触れて離れようとしたアーティットを、コングがとっさに引き留めた。 両手でアーティットの頬をつかみ、再び唇を重ねる。
久々に味わう愛しい人の唇は、甘くて蕩けそうだった。 それはまるで、乾ききった心にみるみる沁み込んでいくオアシスの水のごとく。
そしてそれは、やがて生きる原動力へと繋がっていく。
ひとしきり互いの唇を味わった二人は、しっかりと抱き合ったまま、お互いの胸の鼓動を確かめ合っていた。