様々な想いが交錯する中、年が明けた。
新年の祝賀ムードが色濃く漂う街はどこか浮き足立っていて、行き交う人々の気分を高揚させる。
しかしコング家は、そんな浮かれた雰囲気とは程遠い、何とも言えない重苦しい空気に包まれていた。
コングの部屋から出てきたプイメークが、後ろ手に閉めたドアを背に深いため息をついた。
医者に診てもらい点滴を始めてから5日が経つが、元気になるどころかますますコングは弱っているような気がする。
昨日も往診してもらったが、医学的には体の不調は認められないとのことだった。
残るは、心の問題らしい。
診てもらっている医師は内科医であるため、心療内科の専門医に一度診てもらった方がいいのでは、と助言を残された。
グレーグライは年末の挨拶回りで家にいることが少なく、昨日もプイメーク一人で医師の話を聞いていた。
もう、一人で抱えるには限界を感じていた。
今もコングは、虚ろな目でぼんやり天井を見つめたまま微動だにしない。 母である自分の言葉も届いているのかいないのか、反応することもない。
数日前までは必死にアーティットと連絡を取ろうとしていたが、もう今はすべてを諦めたかのように、ただ何もせず何も発せず、生ける屍のごとくそこに横たわっているだけだ。
無論、飲食することもない。 点滴からの栄養だけで生きているようなものだ。
清拭したタオルの入った洗面器を抱えたまま、プイメークは深い絶望感が胸に広がるのを感じていた。
しばらく目を閉じて虚しく瞠目していると、不意に階段の下から自分を呼ぶ声が聞こえて、プイメークは我に返った。
慌てて階段を下りていくと、玄関からリビングへ向かおうとするグレーグライの姿があった。
「あなた、おかえりなさい。 夕飯は?」
「ああ、済ませてきた。 思ったより挨拶回りに時間がかかってしまったよ」
「明日も行くんですか?」
「いや、明日はサットくんたちが来るからな。 食事の準備頼むぞ」
数日前、グレーグライからサットとトードを食事に招待すると聞かされていたことを思い出す。 コングを介助してくれたことのお礼に代えたいからと。
その時は快諾したプイメークだったが、今のコングの状態を思うと、とてもそんなことをする心の余裕はない。
「・・・ねえあなた。 そのことなんですけど、延期してもらうわけにいかないでしょうか」
「ん? どうしてだ」
ためらいがちにそう告げるプイメークを、グレーグライが意外そうに見る。
「コングが今こんな状態だし、ついていてあげたいんです。 せめて起き上れるようになるまでは」
思い詰めた表情でそう訴えるプイメークに、グレーグライが怪訝な表情を浮かべた。
「点滴もしてるし、とっくに体調は戻ってるはずだ。 なぜあいつは今もそんな状態なんだ? 甘えてるのか?」
苛立ちの混じった声音で呟くグレーグライを、プイメークがきつく見据えた。
「そんなわけありません。 あの子はいまとても苦しんでるんですよ」
「どういう意味だ」
不審も露わにそう詰め寄るグレーグライに、一瞬口をつぐんだプイメークだったが、とうとう意を決して真実を告げる覚悟を決めた。
「・・・あの子があんなになってしまった理由。 中国行きを取り消されたのは、アーティットさんとのことが原因なんです」
「なに」
「同性愛に強い偏見をもつ会社が、さらに偏見の強い中国へコングが行くことに難色を示したらしいんです」
「・・・・・・・・・」
「そして最悪なことに、アーティットさんもそのことを知ってしまったんです」
「!」
驚愕に目を見開くグレーグライを前に、しかしプイメークは静かに続ける。
「自分のせいでコングの未来を傷つけたと思い込んだアーティットさんは、何も言わずコングの前から姿を消しました。 コングは必死に彼と連絡を
取ろうとしましたが、結局連絡はつかず・・・」
「・・・・・・・・・」
「今のコングは、心に重傷を負ってるんですよ。 あんなに愛して信頼し合っていたアーティットさんがいなくなってしまったんですから」
訥々とプイメークの口から語られる真実が、グレーグライの胸に突き刺さった。
思い返してみれば、サットが自分とマリアンの子かも知れないと知った時から、そのことばかりが気になってコングのことが疎かになっていた。
中国行きがなくなったことの理由も、いつしか問い質さなくなっていたことを思い出す。
自分がそんなことをしている間、プイメークは常にコングに寄り添い、愛情深く彼を支えていたのだ。
思い切り、横っ面を張られた気がした。
「・・・だが、なぜコングはそのことをわたしに話さなかったのか。 あんなに理由を尋ねたのに」
「それは、理由を知ればあなたがアーティットさんを責めると思ったからですよ。 もともとあなたは同性愛に反対してたんだし」
「・・・・・・・・・」
「そして最悪の場合、アーティットさんと別れろと言われると思ったんでしょう。 アーティットさんを守るためにも、あなたには話せなかったんだと思います」
「・・・何てことだ・・・」
絞り出すようにグレーグライが呻いた。
そう言われてみれば、コングが倒れたのにアーティットが見舞いに来ないのは不自然だ。 このことを彼が知らないはずはない。
そのアーティットにしても、長期休暇を申し出たとサットたちから聞いた。 彼の勤勉さをよく知るグレーグライにしてみれば、強い違和感を覚えたことを思い出す。
今になって思い返せば、思い当たる節はいくつもあったことに気付く。
辛辣な表情を浮かべてそれきり黙ってしまったグレーグライに、もう一度プイメークが念を押す。
「だから、食事会は延期してください。 お願いしますね」
口元を押さえたまま小さく頷いたグレーグライが、ふとプイメークを見て尋ねた。
「・・・コングは、今どうしてる」
「たぶん起きてると思いますけど、話しかけても反応しません。 それでもよかったら、様子見に行ってやってください」
それだけ告げると、プイメークは洗面器を持ち直してバスルームへと歩き出した。
ひとり残されたグレーグライは、階段を見上げてひとつため息を吐くと、おもむろにコングの部屋へと向かった。
新年の祝賀ムードが色濃く漂う街はどこか浮き足立っていて、行き交う人々の気分を高揚させる。
しかしコング家は、そんな浮かれた雰囲気とは程遠い、何とも言えない重苦しい空気に包まれていた。
コングの部屋から出てきたプイメークが、後ろ手に閉めたドアを背に深いため息をついた。
医者に診てもらい点滴を始めてから5日が経つが、元気になるどころかますますコングは弱っているような気がする。
昨日も往診してもらったが、医学的には体の不調は認められないとのことだった。
残るは、心の問題らしい。
診てもらっている医師は内科医であるため、心療内科の専門医に一度診てもらった方がいいのでは、と助言を残された。
グレーグライは年末の挨拶回りで家にいることが少なく、昨日もプイメーク一人で医師の話を聞いていた。
もう、一人で抱えるには限界を感じていた。
今もコングは、虚ろな目でぼんやり天井を見つめたまま微動だにしない。 母である自分の言葉も届いているのかいないのか、反応することもない。
数日前までは必死にアーティットと連絡を取ろうとしていたが、もう今はすべてを諦めたかのように、ただ何もせず何も発せず、生ける屍のごとくそこに横たわっているだけだ。
無論、飲食することもない。 点滴からの栄養だけで生きているようなものだ。
清拭したタオルの入った洗面器を抱えたまま、プイメークは深い絶望感が胸に広がるのを感じていた。
しばらく目を閉じて虚しく瞠目していると、不意に階段の下から自分を呼ぶ声が聞こえて、プイメークは我に返った。
慌てて階段を下りていくと、玄関からリビングへ向かおうとするグレーグライの姿があった。
「あなた、おかえりなさい。 夕飯は?」
「ああ、済ませてきた。 思ったより挨拶回りに時間がかかってしまったよ」
「明日も行くんですか?」
「いや、明日はサットくんたちが来るからな。 食事の準備頼むぞ」
数日前、グレーグライからサットとトードを食事に招待すると聞かされていたことを思い出す。 コングを介助してくれたことのお礼に代えたいからと。
その時は快諾したプイメークだったが、今のコングの状態を思うと、とてもそんなことをする心の余裕はない。
「・・・ねえあなた。 そのことなんですけど、延期してもらうわけにいかないでしょうか」
「ん? どうしてだ」
ためらいがちにそう告げるプイメークを、グレーグライが意外そうに見る。
「コングが今こんな状態だし、ついていてあげたいんです。 せめて起き上れるようになるまでは」
思い詰めた表情でそう訴えるプイメークに、グレーグライが怪訝な表情を浮かべた。
「点滴もしてるし、とっくに体調は戻ってるはずだ。 なぜあいつは今もそんな状態なんだ? 甘えてるのか?」
苛立ちの混じった声音で呟くグレーグライを、プイメークがきつく見据えた。
「そんなわけありません。 あの子はいまとても苦しんでるんですよ」
「どういう意味だ」
不審も露わにそう詰め寄るグレーグライに、一瞬口をつぐんだプイメークだったが、とうとう意を決して真実を告げる覚悟を決めた。
「・・・あの子があんなになってしまった理由。 中国行きを取り消されたのは、アーティットさんとのことが原因なんです」
「なに」
「同性愛に強い偏見をもつ会社が、さらに偏見の強い中国へコングが行くことに難色を示したらしいんです」
「・・・・・・・・・」
「そして最悪なことに、アーティットさんもそのことを知ってしまったんです」
「!」
驚愕に目を見開くグレーグライを前に、しかしプイメークは静かに続ける。
「自分のせいでコングの未来を傷つけたと思い込んだアーティットさんは、何も言わずコングの前から姿を消しました。 コングは必死に彼と連絡を
取ろうとしましたが、結局連絡はつかず・・・」
「・・・・・・・・・」
「今のコングは、心に重傷を負ってるんですよ。 あんなに愛して信頼し合っていたアーティットさんがいなくなってしまったんですから」
訥々とプイメークの口から語られる真実が、グレーグライの胸に突き刺さった。
思い返してみれば、サットが自分とマリアンの子かも知れないと知った時から、そのことばかりが気になってコングのことが疎かになっていた。
中国行きがなくなったことの理由も、いつしか問い質さなくなっていたことを思い出す。
自分がそんなことをしている間、プイメークは常にコングに寄り添い、愛情深く彼を支えていたのだ。
思い切り、横っ面を張られた気がした。
「・・・だが、なぜコングはそのことをわたしに話さなかったのか。 あんなに理由を尋ねたのに」
「それは、理由を知ればあなたがアーティットさんを責めると思ったからですよ。 もともとあなたは同性愛に反対してたんだし」
「・・・・・・・・・」
「そして最悪の場合、アーティットさんと別れろと言われると思ったんでしょう。 アーティットさんを守るためにも、あなたには話せなかったんだと思います」
「・・・何てことだ・・・」
絞り出すようにグレーグライが呻いた。
そう言われてみれば、コングが倒れたのにアーティットが見舞いに来ないのは不自然だ。 このことを彼が知らないはずはない。
そのアーティットにしても、長期休暇を申し出たとサットたちから聞いた。 彼の勤勉さをよく知るグレーグライにしてみれば、強い違和感を覚えたことを思い出す。
今になって思い返せば、思い当たる節はいくつもあったことに気付く。
辛辣な表情を浮かべてそれきり黙ってしまったグレーグライに、もう一度プイメークが念を押す。
「だから、食事会は延期してください。 お願いしますね」
口元を押さえたまま小さく頷いたグレーグライが、ふとプイメークを見て尋ねた。
「・・・コングは、今どうしてる」
「たぶん起きてると思いますけど、話しかけても反応しません。 それでもよかったら、様子見に行ってやってください」
それだけ告げると、プイメークは洗面器を持ち直してバスルームへと歩き出した。
ひとり残されたグレーグライは、階段を見上げてひとつため息を吐くと、おもむろにコングの部屋へと向かった。