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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§142)

2021-03-07 00:43:23 | SOTUS The other side
様々な想いが交錯する中、年が明けた。
新年の祝賀ムードが色濃く漂う街はどこか浮き足立っていて、行き交う人々の気分を高揚させる。
しかしコング家は、そんな浮かれた雰囲気とは程遠い、何とも言えない重苦しい空気に包まれていた。
コングの部屋から出てきたプイメークが、後ろ手に閉めたドアを背に深いため息をついた。
医者に診てもらい点滴を始めてから5日が経つが、元気になるどころかますますコングは弱っているような気がする。
昨日も往診してもらったが、医学的には体の不調は認められないとのことだった。
残るは、心の問題らしい。
診てもらっている医師は内科医であるため、心療内科の専門医に一度診てもらった方がいいのでは、と助言を残された。
グレーグライは年末の挨拶回りで家にいることが少なく、昨日もプイメーク一人で医師の話を聞いていた。
もう、一人で抱えるには限界を感じていた。
今もコングは、虚ろな目でぼんやり天井を見つめたまま微動だにしない。 母である自分の言葉も届いているのかいないのか、反応することもない。
数日前までは必死にアーティットと連絡を取ろうとしていたが、もう今はすべてを諦めたかのように、ただ何もせず何も発せず、生ける屍のごとくそこに横たわっているだけだ。
無論、飲食することもない。 点滴からの栄養だけで生きているようなものだ。
清拭したタオルの入った洗面器を抱えたまま、プイメークは深い絶望感が胸に広がるのを感じていた。
しばらく目を閉じて虚しく瞠目していると、不意に階段の下から自分を呼ぶ声が聞こえて、プイメークは我に返った。
慌てて階段を下りていくと、玄関からリビングへ向かおうとするグレーグライの姿があった。
 「あなた、おかえりなさい。 夕飯は?」
 「ああ、済ませてきた。 思ったより挨拶回りに時間がかかってしまったよ」
 「明日も行くんですか?」
 「いや、明日はサットくんたちが来るからな。 食事の準備頼むぞ」
数日前、グレーグライからサットとトードを食事に招待すると聞かされていたことを思い出す。 コングを介助してくれたことのお礼に代えたいからと。
その時は快諾したプイメークだったが、今のコングの状態を思うと、とてもそんなことをする心の余裕はない。 
 「・・・ねえあなた。 そのことなんですけど、延期してもらうわけにいかないでしょうか」
 「ん? どうしてだ」
ためらいがちにそう告げるプイメークを、グレーグライが意外そうに見る。 
 「コングが今こんな状態だし、ついていてあげたいんです。 せめて起き上れるようになるまでは」
思い詰めた表情でそう訴えるプイメークに、グレーグライが怪訝な表情を浮かべた。
 「点滴もしてるし、とっくに体調は戻ってるはずだ。 なぜあいつは今もそんな状態なんだ? 甘えてるのか?」
苛立ちの混じった声音で呟くグレーグライを、プイメークがきつく見据えた。
 「そんなわけありません。 あの子はいまとても苦しんでるんですよ」
 「どういう意味だ」
不審も露わにそう詰め寄るグレーグライに、一瞬口をつぐんだプイメークだったが、とうとう意を決して真実を告げる覚悟を決めた。
 「・・・あの子があんなになってしまった理由。 中国行きを取り消されたのは、アーティットさんとのことが原因なんです」
 「なに」
 「同性愛に強い偏見をもつ会社が、さらに偏見の強い中国へコングが行くことに難色を示したらしいんです」
 「・・・・・・・・・」
 「そして最悪なことに、アーティットさんもそのことを知ってしまったんです」
 「!」
驚愕に目を見開くグレーグライを前に、しかしプイメークは静かに続ける。
 「自分のせいでコングの未来を傷つけたと思い込んだアーティットさんは、何も言わずコングの前から姿を消しました。 コングは必死に彼と連絡を
  取ろうとしましたが、結局連絡はつかず・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「今のコングは、心に重傷を負ってるんですよ。 あんなに愛して信頼し合っていたアーティットさんがいなくなってしまったんですから」
訥々とプイメークの口から語られる真実が、グレーグライの胸に突き刺さった。
思い返してみれば、サットが自分とマリアンの子かも知れないと知った時から、そのことばかりが気になってコングのことが疎かになっていた。
中国行きがなくなったことの理由も、いつしか問い質さなくなっていたことを思い出す。
自分がそんなことをしている間、プイメークは常にコングに寄り添い、愛情深く彼を支えていたのだ。
思い切り、横っ面を張られた気がした。
 「・・・だが、なぜコングはそのことをわたしに話さなかったのか。 あんなに理由を尋ねたのに」
 「それは、理由を知ればあなたがアーティットさんを責めると思ったからですよ。 もともとあなたは同性愛に反対してたんだし」
 「・・・・・・・・・」
 「そして最悪の場合、アーティットさんと別れろと言われると思ったんでしょう。 アーティットさんを守るためにも、あなたには話せなかったんだと思います」
 「・・・何てことだ・・・」
絞り出すようにグレーグライが呻いた。
そう言われてみれば、コングが倒れたのにアーティットが見舞いに来ないのは不自然だ。 このことを彼が知らないはずはない。
そのアーティットにしても、長期休暇を申し出たとサットたちから聞いた。 彼の勤勉さをよく知るグレーグライにしてみれば、強い違和感を覚えたことを思い出す。
今になって思い返せば、思い当たる節はいくつもあったことに気付く。
辛辣な表情を浮かべてそれきり黙ってしまったグレーグライに、もう一度プイメークが念を押す。
 「だから、食事会は延期してください。 お願いしますね」
口元を押さえたまま小さく頷いたグレーグライが、ふとプイメークを見て尋ねた。
 「・・・コングは、今どうしてる」
 「たぶん起きてると思いますけど、話しかけても反応しません。 それでもよかったら、様子見に行ってやってください」
それだけ告げると、プイメークは洗面器を持ち直してバスルームへと歩き出した。
ひとり残されたグレーグライは、階段を見上げてひとつため息を吐くと、おもむろにコングの部屋へと向かった。

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SOTUS・Season3(§141)

2021-03-07 00:42:49 | SOTUS The other side
 「ただいま」
思いがけず耳に飛び込んできた息子の声を聞いて、キッチンにいたマリアンが意外そうに答えた。
 「あら、もう帰ってきたの? 随分早いじゃない」
 「ん、ちょっと疲れたから」
上がり框に腰かけてコンバースのスニーカーを脱ぎながらそう答えるサットに、少し心配そうな目でマリアンが問いかける。
 「あなたがそんなこと言うなんて珍しい。 具合でも悪い?」
 「いや、そんなんじゃないよ。 何ていうか、精神的にちょっとね」
 「どういうこと? 何かあったの」
ようやくスニーカーを脱いで室内に入ってきたサットが、ふっと微笑んでみせた。
 「どうもここ最近アクシデントに出くわすことが多くてさ。 ほら、こないだアーティット先輩の友達が倒れて家まで送り届けたって言っただろ?
  そしたら今日はそのアーティット先輩が川に飛び込もうとしてるのを見かけて、とっさに止めに行ったんだけど」
 「えぇ? 飛び込む!?」
目を丸くして驚くマリアンを、慌ててサットがなだめる。
 「違うんだよ、俺の勘違いだったんだ。 ただ川を行く船を見てただけだったって。 でも欄干から身を乗り出してたから、俺てっきりそう思い込んじゃって」
 「まぁ・・・」
 「勘違いでよかったんだけどね。 ホッとしたけど、なんかどっと疲れちゃって」
苦笑いしながらそう呟くサットを、同じく苦笑いを浮かべたマリアンがため息まじりに見つめた。
 「それはお疲れさまだったわね。 ところで晩ごはんは食べたの?」
 「まだなんだ。 何かある?」
 「あなたが帰ってくるなんて思わなかったから、何も買ってないのよ。 冷蔵庫にあるもので何か作るわ」
 「ん、頼むよ・・・」
マリアンとの会話を終えようとしたとき、不意にポケットの中から携帯の着信音が聞こえた。 取り出してみると、アドレスに登録されていない番号からの着信だった。
 「そういえば、こないだもこの番号から着信があったな」
ふと先日のことが脳裏によみがえる。 シャワーを浴びている間に、見知らぬ番号から着信があったことを思い出した。
 「どうしたの? 出ないの」
鳴り続く携帯を見つめたまま動かないサットを不思議に思ったマリアンが尋ねる。 その声に後押しされ、ようやくサットは通話ボタンを押した。
 『サット君かね? グレーグライだが』
 「あ、グレーグライさんだったんですか。 失礼しました、知らない番号だったもので出るのを躊躇してしまいました」
 『いや、君の番号を聞いた時にわたしの番号も伝えておけば良かったな。 不審がらせて申し訳ない』
 「いえ。 で、僕に何か?」
キッチンで食事の準備に取りかかろうとしていたマリアンの動きが、ピタリと止まった。
いま、グレーグライと言わなかったか・・・?
急に激しくなった動悸が、耳の奥でわんわんとこだまする。 怖いものでも見るように、恐る恐る背後を振り返る。
先ほどまでの怪訝そうな雰囲気はすっかりなくなり、穏やかな表情で電話をしているサットの様子がマリアンの目に映った。
その後も何度か相槌を打ち、やがて静かに電話を切った後も、マリアンはサットの一挙手一投足を身動きひとつできずに凝視していた。
そんな母の異様な様子に気付いたサットが、素早く近づいてきた。
 「母さん、どうかした?」
ポケットに携帯をしまいながら問いかけてくる息子に、はっとしたマリアンが取って付けたように笑顔を張り付けてみせる。
 「あ・・・その、何でもないわ」
 「そう? なんか変だよ」
まじまじと顔を覗き込もうとするサットから逃れるように慌てて背を向けたマリアンが、とっさに尋ねる。
 「そうそう、電話誰だったの?」
 「あー、こないだ送り届けたコングさんのお父さんで、グレーグライさんって言う人。 お礼がしたいからって、今度食事に招待してくれるって」
そんな気を遣わなくてもいいのに、と一人ごちるサットを尻目に、マリアンは胸中に吹き荒れる嵐に慄いた。
やはり聞き間違いではなかった。 
コングポップという一人息子がいるということも、噂で聞いていた。 もう疑いの余地などなく、それはかつての恋人、グレーグライだった。
久しく耳にすることのなかったその名前を聞いて、もう忘れ去ったはずの古い想いがじんわりと心によみがえる。
思わず感傷に浸りそうになっていたマリアンへ、そういえば、とサットが話しかけた。
 「このブレスレットのこと、グレーグライさん見覚えがあるって言ってた。 でもそんなはずないよね、これ母さんの手作りだし」
独り言のように呟くサットのその言葉が、鋭くマリアンの胸に突き刺さった。
手首のブレスレットをしげしげと見ているサットを横目に見る。 さすがに気付きはしないとは思うが、それでもマリアンは激しく動揺した。
まさか、グレーグライがこのブレスレットのことを覚えているとは思わなかった。 しかし同時に、かすかな嬉しさも感じた。
自分のことを、完全に忘れられていないような気がして。
心の奥底に残る気持ちに気付いて、マリアンはふっと笑った。 未だ消え去っていない、グレーグライへの想い。
彼と別れてすぐ、サットを身籠っていることに気付いた。 だが、マリアンは迷わなかった。
あんなに愛し合った人との愛の証。 彼が自分に遺してくれた、何物にも代えがたい宝物。 
彼には何も知らせず、一人ひそかに産んで育てていく決心をした。
産まれたときから父のいない我が子が不憫だと思ったが、それでも父の分まで愛情深く育てようと心に誓った、あの日。
あれから二十数年。 サットは逞しく、そして優しい青年に成長した。
だが、運命とは皮肉なものだ。 今になって、このサットとグレーグライがこのような形で知り合うことになるとは。
できることなら、彼らが出会うことなく済むことを願っていた。
今さら、グレーグライの家庭を乱すことはしたくない。 彼の築いた新たな幸せを、邪魔することなど望んでいない。
願わくば、このまま何事もなく過ぎていきますように。
心の中で静かにそう願ったマリアンは、閉じていた目を開いて、中断していた食事の準備を再開した。
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SOTUS・Season3(§140)

2021-03-07 00:42:09 | SOTUS The other side
プイメークに促され、リビングへと降りてきたグレーグライは、ソファに腰を下ろしながら腑に落ちない様子で呟いた。
 「・・・しかし、なんだってコングポップはあんな風になってしまったんだ。 中国行きを取り消されたことが原因か?」
険しい表情でそう零すグレーグライを、プイメークが困惑したように見つめる。
中国行きが取り消された真の理由を知らないグレーグライにしてみれば、納得いかないのも無理はない。 
だがその理由を口外するのは、コングから止められている。 
しかしこのままグレーグライに真実を告げないでいるわけにいかない気がしていた。 それにコングが口を開かなければ、きっとグレーグライはあらゆる手を使って真相を解明しようとするだろう。
プイメークがそんなことを逡巡しているとは露知らないグレーグライが、不意に顔を上げて呟いた。
 「ーーそうだ。 トード君かサット君なら何か知っているかもしれない。 コングとも話しているだろうしな。 確か電話番号を聞いたはず・・・」
後日コングを送り届けてくれたお礼をしたいからと、トードたちの連絡先を聞いたことを思い出して、グレーグライが素早く立ち上がった。
思わずその背に手を伸ばしたプイメークだったが、それに気づくことなくグレーグライはリビングを出て書斎へと向かった。
書斎のデスクの引き出しを開けて、電話番号を書いたメモ用紙を探していたグレーグライの手が、ふと止まった。
引き出しの奥から、やや古びた木箱が出てきた。
見覚えがあるようなないような、その箱。 グレーグライはそれを手に取り、そっと開けてみた。
 「これは・・・」
そこには、皮の紐でできたブレスレットが収納されていた。 そしてその紐には、勾玉型の象牙のアクセサリーが煌めいている。
それを見た瞬間、グレーグライの脳裏にある記憶が鮮やかに蘇った。
それは、今から20年以上前。 まだグレーグライがプイメークと結婚する以前の、学生時代のことだ。
当時、グレーグライには交際していた女性がいた。 高校時代の同級生で、飾らない性格と人柄に惹かれ、いつしか付き合うようになっていた。
彼女といる間は、自分の置かれている立場や将来のことなど、煩わしい問題を忘れることができたものだ。
そして、付き合って2年目の記念日のこと。
彼女ーーマリアンが自分で作ったと言ってプレゼントしてくれたのが、このブレスレットだった。 
ブレスレットを手渡す時、自分の手首にも同じものを付けているのを見せて、ペアなんだと少し恥ずかしそうにしていた彼女。
だがそれからしばらくして、グレーグライに見合いの話が舞い込んだ。 サイアムポリマー社を継承する立場のグレーグライは、しかるべき家柄の令嬢と結婚しなければならないと、父から厳しく言いつけられていたのだ。
だがマリアンは、生憎ごく普通の家庭の女性だった。 当然父の許しは得られず、やむなく別れた。
そして以降の彼女の消息を知ることはなかった。
 「・・・・・・・・・」
小さな箱に入ったブレスレットを、じっと見つめる。 何とも言えない甘酸っぱい想いが、グレーグライの胸を満たした。
心から、愛していた。 あの時の幸せな記憶は、思い出すだけで今も心を優しく包んでくれる。
彼女と別れ、プイメークと結婚した後も、このブレスレットだけは捨てることができずにいたことを思い出す。
青春時代の懐かしいひととの予期せぬ再会に運命の不思議を感じ、感慨深い気持ちになった。
だが、ふと気づく。 サットが身に着けていた、あのブレスレット。 母の手作りだと言っていた。
もう一度、手にあるブレスレットを見る。 確かに、これと同じものだった。
ということは・・・。
 「・・・彼は、マリアンの子だったのか・・・」
マリアンに子供がいたとしても、何ら不思議ではない。 あれから何十年も経っているのだ。 彼女だって結婚もすれば、子供だっていることだろう。
しかし、ふと引っかかるものを感じて、グレーグライが眉を顰める。
確か、サットはアーティットと同い年だと言っていた。 ということは、コングよりも2つ年上だ。
グレーグライがマリアンと別れたのは21歳の時。 そしてプイメークと結婚したのが22歳、コングが生まれたのが24歳の時。
サットが今年25歳になるのなら、マリアンが彼を生んだのは21歳か22歳ということになる。 逆算すれば、グレーグライと別れて間もない頃だ。
 「・・・・・・・・・」
思わず、ゴクリと生唾をのんだ。 
彼女が浮気をしていたとは到底思えない。 それはもう確信に近かった。
一時は、何とか父を説き伏せて彼女と結婚しようと画策したこともある。 そして彼女も、必死に結婚を許してもらえるよう父に嘆願していた。
となると、残された答えはひとつしかない。
 「・・・!」
全身を雷に打たれたような衝撃が、グレーグライの体を貫いた。 無意識に早まった呼吸を抑えることができず、はあはあと口から浅い呼気が漏れる。
非常に恐ろしいことだが、確かめなければならない。 
サットの様子を思い出す限り、自分とグレーグライの関係については何も知らないようだ。 
もし本当にサットの父親がグレーグライなら、マリアンはサットに父親のことをどう話しているのだろうか。
生まれた時からいない父親のことを。
 「・・・・・・・・・」
ギリ、と音がするほど唇を噛みしめたグレーグライが、額に滲んだ汗をぐいっと拭う。
そして震えそうになる手を、ゆっくりと電話に向かって伸ばす。 デスク上に置かれた紙には、サットの電話番号が書かれていた。

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SOTUS・Season3(§139)

2021-03-07 00:41:37 | SOTUS The other side
黄昏時の斜陽が、チャオプラヤー川の水面をオレンジ色に染めている。 川面から吹き渡ってくる微風が、優しく頬を撫ぜていく。
ここにこうして佇んで、もうどれくらいになるだろう。
橋の欄干にもたれて、いくつめかわからないため息を吐く。
ふと上を見上げると、少しずつ夕闇に染まり始めた空に、巨大な吊り橋の支柱がそびえているのが見える。
ここは、バンコクの観光名所として名高いラマ8世橋。 だがアーティットにとっては、思い出深い場所でもある。
数年前、初めてここでコングの愛を受け入れ、そして初めて彼にくちづけた。
 「・・・・・・・・・」
そっと、唇を指先でなぞる。 あの時のコングの柔らかな唇の感触が蘇り、胸が切なく疼いた。
あの時感じた胸のときめきは、今も忘れていない。 彼に対する想いも、何ひとつ変わってはいない。
だが二人を取り巻く環境は、変わらずにはいてくれなかった。
ただそばにいるだけで良かったのに。 それ以外は、何も望みはしなかったのに。
 「・・・・・・・・・」
欄干を握る手に、無意識に力がこもる。 甘くて切ない夢は、もう見てはいけないのだろうか。
眼下に広がる広大な川を、一艘の観光船が行くのが見えた。 船上では、たくさんの人々が楽し気に談笑している。
何かとせわしない年末のひとときを、愛する人とともに幸せに過ごしているのだろうか。
やがて船は橋の下を通過するため減速し始めた。 その姿を目で追っていたアーティットは、知らず知らず橋から身を乗り出していた。
すると、不意に背後から鋭い声がかかった。
 「危ない!」
同時にぐいっと体を後方へ引っ張られ、そのまま背中から誰かの体にぶつかった。
驚いて振り向くと、お互いにあ、と声を上げた。
 「アーティット先輩?」
 「サット・・・」
しばし驚いた顔をしていたサットだったが、やがて険しい表情になってアーティットに問いかけた。
 「先輩、いま何しようとしてたんですか!?」
 「え、何って・・・」
 「まさか・・・まさか、自殺なんて」
 「え!?」
サットの言葉に、今度はアーティットが驚嘆の声を上げた。
 「だって今にも川へ飛び込みそうな雰囲気でしたよ? いくら辛いことがあったからって、自殺なんかしちゃダメですよ!」
誤解だと釈明したかったが、あまりにサットの剣幕がすごくてしばらくアーティットは何も言えずにいた。
するとそんな彼の様子に気付いたサットが、ようやく口撃を緩めた。
 「・・・え、もしかして違いました?」
 「そうだよ。 自殺なんか考えてない」
 「でも、じゃあなんであんなに身を乗り出してたんですか? あんなの見たら、誰だって勘違いしますよ」
 「いや、船を見てたら無意識に・・・」
 「船?」
橋の下を通り過ぎ、徐々に小さくなっていく観光船をアーティットが指さす。 
 「橋の真下を通り過ぎてくのを見ようとして、知らないうちに身を乗り出してたんだろうな」
ぼそりと言い訳じみた口調で呟くアーティットを、少々呆れ顔でサットが見つめる。
 「・・・まったく、人騒がせですよ。 もういい大人なんですから、子供みたいな真似はやめてください」 
ふう、とため息を吐いてごちるサットが、なぜか不意にコングと重なって見え、アーティットは狼狽えた。
以前から感じるこの既視感。 サットのふとした仕草や雰囲気が、コングと似ているのだ。
だが、今はそれが辛かった。 コングを思い出させるサットが、不条理とはわかっていても恨めしく思えた。
 「・・・悪かったな、余計な心配かけて。 俺はこのとおり大丈夫だから、もう行けよ」
サットに対する複雑な気持ちを隠すように、くるりと背を向けてアーティットが吐き捨てる。
だが、サットはすんなりと解放してはくれなかった。
 「大丈夫じゃないでしょう。 トード先輩から聞きましたよ、長期休暇のこと。 アーティット先輩、いったい何があったんです」
 「・・・・・・・・・」
 「それに、コングさんの様子もおかしいし」
コングという名前を聞いて、とっさにアーティットが反応した。
 「コング? あいつに会ったのか」
 「ええ、一昨日あなたのアパートで会いました」
 「俺の?」
 「ダナイさんから連絡もらって、あなたを心配したトード先輩と一緒にあなたの部屋を訪ねたんですよ。 そしたらそこにコングさんもいて」
 「・・・・・・・・・」
 「でもコングさん、急に倒れてしまって。 俺とトード先輩とで、コングさんの家に運んだんです」
 「コングが倒れた? どうして」
 「さあ、それはわかりません。 点滴で落ち着いたと聞きましたが」
コングが倒れたと聞いて、アーティットの胸が痛んだ。 そこまで自分を恋う彼の気持ちが、嬉しくもあり哀しくもあり。
できることなら今すぐにでも彼の下へ飛んでいき、手厚く看病してやりたい。 
だが、そんなことはできるはずもなく。
 「・・・・・・・・・」
無意識に、両手をぎゅっと握りしめた。 こんなにコングを苦しめている自分が、どうしようもなく呪わしい。
唇を噛みしめ、何かに耐えるような眼差しでじっと前を見据えるアーティットに、サットが言葉をかける。
 「・・・先輩、あなたとコングさんの間に何があったのかはわかりません。 きっと大きな問題なんでしょうが、でもそれを解決できるのは
  多分お二人だけなんですよ」
 「え・・・」
 「まわりが何を言ったところで、結局は当事者の気持ちがすべてなんだと思います」
 「・・・・・・・・・」
訥々と語るサットを、アーティットがじっと見つめる。 その視線に気付いたサットが、慌てて弁明した。
 「あ、すいません。 なんか偉そうに言っちゃって。 俺にも以前似たようなことがあったので、つい・・・」
 「いや・・・」
 「とにかく、アーティット先輩の気持ちの整理がつくまで、ゆっくり休んでください。 先輩これまで忙しすぎでしたから」
 「サット・・・」
 「それに、今日会えてよかったです。 アパートにもいないし、行方不明になっちゃったんじゃないかと心配してました」
ニッと笑ってそう言うサットにつられ、アーティットも苦笑いを浮かべて答えた。
 「ちょっと、プチ旅行みたいなことしてて・・・」
 「気分転換にもなるし、いいんじゃないですか。 まだしばらくアパートには帰らないんですか?」
 「ああ、まだ当分は」
 「そうですか。 でも連絡だけはつくようにしといてくださいよ。 安否確認のために」
再びニッと笑うサットに、アーティットが小さく頷いてみせた。
 「じゃあ俺、約束があるんで行きますね。 良いお年を!」
軽く手を上げ、そう言い残したサットが背を向けた。 そのまま小走りで遠ざかっていく後ろ姿を、アーティットがじっと見つめる。
サットの温かい言葉の数々が、心に沁みた。
やがてサットの姿が人混みに紛れて見えなくなると、アーティットはひととき目を閉じて、胸に渦巻く様々な感情に思いを馳せた。
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SOTUS・Season3(§138)

2021-03-07 00:41:01 | SOTUS The other side
トードたちが帰ってしばらくした頃、ようやくコングが目を覚ました。
うっすらと目を開け、ぼんやりと目に映る景色を眺める。 高くて白い天井は、見慣れたものだった。
どうやらここは自分の部屋らしい。
だが、どうやってここに帰ってきたのか記憶にない。 確か自分は、アーティットのアパートにいたはずだ。
ふと腕を動かそうとして、何か違和感を感じた。 見てみると、腕から細いチューブのようなものが伸びている。
ベッドサイドには点滴スタンドがあり、チューブはそこに繋がっていた。
 「点滴・・・?」
無意識に呟いたが、それはうまく声にならなかった。 
自分の置かれている状況がいまいち把握できず、ひとまずベッドに起き上がろうと体を動かすが、全身に錘が付いたようで容易に力が入らない。
それでもどうにか体を起こそうと四苦八苦していると、不意にドアから誰かが入ってきた。
 「コング、気が付いたのね、よかった!」
 「・・・母さん・・・。 俺・・・?」
 「ああ、点滴してるんだから急に起き上がっちゃダメよ」
起き上がろうとしているコングの体を、プイメークが慌てて押しとどめた。
 「俺、いったい・・・」
 「あなた倒れちゃったのよ。 それでその場にいたトードさんとサットさんがここまで運んできてくださったの」
 「トード先輩が・・・」
 「さっきお医者さまに来ていただいて診てもらったら、脱水と過労だそうよ。 しばらく点滴して安静にするようにって」
 「・・・・・・・・・」
プイメークの説明を聞きながら、改めて腕に伸びる点滴を見つめる。 心なしか、腕が以前より細くなったように見えた。
 「・・・ねえコング。 あなたの辛い気持ちはわかるわ。 でもそんなあなたを見てる私たちだって辛いのよ」
ぽつりと漏らされたプイメークの言葉に、コングが反応する。
 「母さん・・・」
 「ね、お願いだから少しでも食べてちょうだい。 おかゆを作ってきたの。 これなら食べれるでしょ?」
そう言って、プイメークはそばにあったワゴンを引き寄せた。 
相変わらず食欲は皆無だが、それでもこれ以上プイメークを心配させないよう、コングはのろのろとベッド上に起き上ろうと体を動かした。
プイメークの手を借りて、どうにか上体を起こしたコングが、レンゲを手に取りひと口おかゆを口に入れた。
ゆっくりと咀嚼するコングの様子を、プイメークが注意深く見守る。 もうひと口だけ食べると、そのままコングがレンゲを置いた。
 「・・・もういい」
 「え、たった二口じゃない。 もう少し食べなさい」
 「ごめん・・・これ以上は無理です」
不意に顔を歪めたコングが、苦し気に口元に手を当てた。 そしてそのまま、ベッドへ再び体を横たえてしまった。
どうやら、体が食べ物を受け付けないようだ。
プイメークの脳裏に、先ほどのドクターとの会話がよぎる。
食事をとらないこと、精神的に追い詰められていることなどを話した時、ドクターは拒食症の可能性もあると言っていた。
自分の意志で食事をしないならまだいいが、食べようとしても吐いてしまったり、飲み込むことができなかったりすると、それはもう治療が必要な状態なのだと。
プイメークの表情が、苦し気に歪んだ。 
可哀想な息子。 なぜこんなことになってしまったのだろう。 つい数週間前までは、前途洋々たる順風に背中を押されていたというのに。
こんなにもコングを翻弄するアーティットが、いっそ恨めしくなる。
コングを置き去りにして、いったいどこへ行ってしまったのか。 せめて一言、コングに言葉を残してやってほしかった。
だが、今さらそんな恨み言を口にしたところでどうにもならない。
今はただ、コングの傷ついた心身を癒すことが最優先だ。 
 「・・・じゃあここに置いておくから、また食べたくなったら食べなさい」
そう告げて、プイメークがワゴンにおかゆの入った器を静かに置いた。 すると、コングが掠れた声で話しかけてきた。
 「母さん、その辺に俺の携帯ありますか?」
 「え? ああ、サイドテーブルにあるわ」
プイメークがテーブルから携帯を取ると、すかさずコングが手を差し出した。 受け取ると、すぐに何やら操作を始める。
 「コング、今は休んでなきゃいけないのよ。 後にしなさい」
だがそんなプイメークの注意も、コングの耳には届いていないようだ。 一心不乱に携帯の画面を見つめる目は血走り、何かに憑かれたように鬼気迫るものがある。
思わず背筋が寒くなったプイメークは、もう何も言えず、そのまま部屋を後にした。
後ろ手にドアを閉め、無意識に深く息を吐いたプイメークがおもむろに歩き出すと、階段を上ってくるグレーグライと鉢合わせた。
 「コングポップは目覚めたか?」
 「え・・・ええ。 さっき目が覚めたみたいで」
 「よし、じゃあ会ってこよう」
そう言ってコングの部屋に向かおうとするグレーグライの腕を、不意にプイメークが掴んだ。
 「あの、でもまた眠ってしまったから、後にしてくださいな」
 「なに? また眠ったって?」
 「その、点滴の影響かもしれません。 今は寝かせておいてあげましょう」
 「ふむ・・・」
なぜかプイメークは、今のコングをグレーグライに見せたくなかった。 あんな様子のコングを見たら、グレーグライは携帯を取り上げて無理やりベッドに縛り付けてしまうような気がしたからだ。
訝しそうな様子のグレーグライだったが、それでも不承不承ながら小さく頷くと、プイメークとともに踵を返した。

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