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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§152)

2021-04-11 23:35:24 | SOTUS The other side
30分以上にわたるグレーグライの独白を聞き終えたアーティットは、しばらく言葉が出てこなかった。 何を言って良いかわからなかった。
その内容は、まったく想像のつかないものだった。
あのサットがグレーグライの息子であり、コングの異母兄だったなんて。
 「・・・・・・・・・」
目を見開いたまま自分を凝視して絶句しているアーティットへ、グレーグライがゆっくりと語りかけた。
 「・・・自分の恥だともいえるこんなことを、本当なら人に話すべきじゃないのかもしれない。 だがきみなら、偏見や色眼鏡で見ないと確信があったから、こうして話せた」
 「グレーグライさん・・・」
 「それに何より、わたしのことを父親だと思ってるというきみの言葉が、わたしの中で燻っていた何かを解放してくれた。 ありがとう、聞いてくれて。 おかげでいくらか気持ちが軽くなったよ」
静かに語るグレーグライの表情は、言葉どおり清々しいものになっていた。 口元には微笑も浮かんでいる。
 「・・・あの、ひとつ聞いてもいいですか」
 「ん? なんだね」
それまでひたすら黙ってグレーグライの言葉を聞いていたアーティットが、意を決したように口を開いた。
 「このことを、サットには・・・」
そこまでで言葉を途切れさせたが、グレーグライの心にはその先に続く言葉がしっかりと伝わってきた。 小さく何度も頷いて、目を伏せる。
当然の質問だと思う。 自分が父親だと、サットに告げるのかどうなのか。
しばらく頭の中で様々な思考を巡らせた後、グレーグライがおもむろに答えた。
 「・・・それは、はっきり言ってまだわからない。 いや、迷っていると言った方がいいだろうな。 だが、母親であるマリアンとは話し合いたいと思ってる」
 「・・・・・・・・・」
正直に胸の内を話すグレーグライを、アーティットがじっと見つめる。 彼の迷いは、当然だと思った。
このことを話せば、サットの家庭を揺るがすことになりかねない。 そしてサットの心に、良くも悪くもきっと大きな影響を及ぼすだろう。
ふとアーティットの脳裏に、サットと交わしたいつかの他愛無い話が甦った。
 「・・・そういえば、以前サットが父親について話してたことがあるんです」
 「え?」
 「あの時は確か、お互いの家族のことを話してて。 僕の父親はもう亡くなっていないって言ったら、あいつも父親はいないんだと言ってて。 でも生まれた時からいないから、それが普通で寂しいとか思ったことなかったって」
 「・・・・・・・・・」
 「父親がどんな人なのか知りたくないのかって聞いたら、小さい頃はそう思ったこともあったけど、今はもう何も思わない。 母親が選んだ人だから、きっと良い人なんだろう、と」
 「・・・・・・・・・」
静かに紡がれるアーティットの言葉を聞いて、グレーグライの胸にじわりと温かい何かが広がった。 それは次第に熱を帯び、やがて胸全体を熱く支配していく。
 「・・・もしあなたが父親だと名乗り出たら、はじめは戸惑うかも知れないけど、きっと彼は受け入れてくれると思います」
 「・・・・・・・・・」
穏やかな微笑みを浮かべてそう告げるアーティットは、どこか少しだけ寂しそうに見えた。
父親はもう亡くなっていると言っていた。 やはりその寂しさは、いつまでたっても無くなることはないのだろう。
ゆっくりと立ち上がったグレーグライが、アーティットの隣へ移動して腰を下ろす。 不思議そうに見つめている彼の肩を、グレーグライがぐっと抱いた。
 「わたしは幸せ者だよ。 素晴らしい息子を3人ももつことができたのだから」 
驚いて目を見開いているアーティットの耳元へそう囁くと、そのまま彼の体ごと抱きしめた。
 「グレーグライさ・・・」
 「父さんだ。 そう呼んでくれ」
大きな手が、広い胸が、アーティットの体を温かく包み込む。 コングの抱擁とはまた違い、それはどこまでも慈しみに満ち溢れたものだった。
脳裏に、もう忘れたはずの遠い記憶が蘇る。
幼い頃の、父の大きな手。 大きな体。 小さかった自分の目に映る父は、何よりも大きくて力強く、そして優しかった。
 「う・・・」
不意に熱く込み上げるものを感じ、アーティットが低く呻く。 喉に何かが詰まったようになり、鼻の奥がツンと痛む。
記憶の中の父とグレーグライとが重なって、激しく感情を揺さぶる。 きつく閉じていた目から、ひとすじ涙が流れた。
 「お・・・父さん・・・。 お父さん・・・」
グレーグライの胸に顔をうずめたまま、何度も震える声でそう呟く。 アーティットの胸の中で渦巻く様々な思いを汲み取ったグレーグライが、抱きしめる手に力をこめる。
 「・・・亡くなったお父さんの代わりに、これからはわたしがいることを忘れないでくれ」
 「はい・・・」
涙をぬぐいながら、何度もアーティットが頷く。 そんな彼を満足そうに見つめたグレーグライが、そっと腕をほどいて告げた。
 「・・・わたしも、きみのおかげで決心がついたよ」
 「え?」
まだ涙の跡が乾ききらない目で、アーティットが尋ね返す。 上目遣いに自分を見つめる彼に、グレーグライがゆっくりと語り掛ける。
 「プイメークにも、コングポップにも、サットのことを包み隠さず話そうと思う」
 「えっ」
驚いて目を見張るアーティットを、真摯な目でグレーグライが見つめ返す。
 「わたしたちは家族だ。 隠しごとなどするべきではない。 折を見て、わたしの口からはっきりと告げることにするよ」
 「お父さん・・・」
グレーグライの目には、曇りがない。 もう迷いはないのだろう。
だが、アーティットはコングのことが気がかりだった。 サットよりも、コングの方が受ける衝撃は大きい気がするのだ。
コングはグレーグライを父として経営者として尊敬し、畏怖している。 そんな尊厳の対象たるグレーグライの予想もしない側面を見たとき、コングはどうなるのだろう。
 「・・・・・・・・・」
だが当事者であるグレーグライが告白すると決めた以上、それを阻むことはできないし、また阻む権利もない。
もしコングの受けたショックが大きければ、自分がその受け皿になってやればいい。 もし心に傷を受けたなら、傷が癒えるまで寄り添っていよう。
それが、自分の役割だ。
心の中でそう逡巡し、答えを見つけたアーティットは、もう余計なことは考えないと決めた。
 「・・・僕も、及ばずながら協力します」
まっすぐ目を見てそう言うアーティットに、小さく頷いたグレーグライがありがとう、と呟いて微笑んだ。


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SOTUS・Season3(§151)

2021-03-31 21:00:43 | SOTUS The other side
アーティットがトードとの電話を終えて振り向くと、グレーグライの書斎のドアが少し開いているのが目に入った。
何気なく覗いてみると、デスクに座って俯き加減で何かを見つめているグレーグライの姿が見える。
なぜか少し興味をひかれたアーティットは、いけないとは思いつつもそっとドアに近づき、さらにじっとグレーグライの様子を窺う。
彼の視線の先には、小さな木箱のようなものが見える。 それをじっと見つめる彼の表情は、どこか思いつめたようでもあり、何かを堪えているようでもあり。
やがてそっと箱の蓋を開けると、中からひも状のものを取り出した。 先ほどより、さらに表情が苦し気に歪む。
しばらくの後、大きなため息をひとつ吐いて、グレーグライが再び首をうなだれた。
 「・・・・・・・・・」
グレーグライの様子から察するに、何か重大な問題か悩みがあるように思える。 はじめはコングのことかと思ったが、どうもそうではないようだ。
アーティットがコング宅へ来て数日になるが、思えばその間にも何度かグレーグライの表情が不意に重くなるのを見た。
ふと、アーティットは思った。
大企業の社長であるグレーグライと、ただの若輩者の自分。 グレーグライにしてみれば取るに足らない存在だろうが、話し相手くらいにはなれるのではないか。
身内や自社の関係者には言いにくいことでも、部外者の自分になら逆に言いやすいこともあるかも知れない。
余計なお節介だと一笑に付されるかもしれないが、こんな自分でも何かの役に立つならと思い、アーティットは思い切ってドアをノックした。
 「・・・失礼します」
ドアをノックしてそう声をかけると、はっとしたグレーグライが慌てて手元の木箱を引き出しにしまうのが見えた。
 「どうした?」
何でもない風を装ってにこやかに答えるグレーグライに、軽く一礼をしたアーティットが静かに入室して後ろ手にドアを閉めた。
 「あの、さしでがましいとは思うんですが・・・。 何か、問題ごとでもあるんですか」
 「え? どういう意味だね」
デスクの上で手を組んで穏やかにそう尋ねるグレーグライの表情は、まだ温和なままだ。 アーティットが何を言わんとしているのか、本当に気づいていないのだろう。
 「その・・・最近のグレーグライさんは、何か思い詰めるような顔をしてたり、考え込んでることが多いものですから。 もし話せることなら、僕で良ければと思って」
 「アーティットくん・・・」
驚いたのはグレーグライだ。 まさかアーティットがそんなに自分を観察しているとは思いもしなかった。 コングしか目に入っていないと、勝手に思い込んでいた。
しかし彼の仕事ぶりを見れば、それもうなづける。
常に周りのことに注意を向け、物事を客観的に見つめる目を持っている。 そんな彼だからこそ、人の気持ちにも敏感に反応するのだろう。
やはり、公私ともどもコングのパートナーとしてこれ以上相応しい人物はいない。 改めてそう思った。
だがサットとのことをすべて打ち明けてしまうには、やはりまだ抵抗がある。 それはアーティットを信頼しているいないとは関係なく、己の不徳を暴露することの羞恥といった方が正しい。
しかし、一人で悩むのが少々疲れてきているのも事実だ。 目の前のアーティットは、真剣な眼差しでじっと自分の答えを待っている。
しばし考えあぐねたグレーグライは、ひとつの質問を投げかけてみた。
 「・・・・・・きみは、サット君のことをどう思う?」
 「え? サットですか?」
何か重大なことを打ち明けられるのかと内心ドキドキしていたアーティットだったが、何とも肩透かしなグレーグライの言葉に、思わず肩の力が抜けた。
 「そう。 同じプロジェクトメンバーとして、もう数ヶ月一緒に過ごしてきただろう? きみの目から見て、彼はどんな人物だね」
 「そう・・・ですね・・・」
思いもしなかった質問に意表をつかれたが、それでもアーティットは真摯に答えを探した。 やや俯き加減でしばし考えた後、おもむろに口を開く。
 「とても誠実な人間だと思います。 真面目だし、冷静で判断力もある。 それに素直で正直です。 人間性は素晴らしいと、僕は思ってます」
 「ほう・・・」
思わず、グレーグライの頬が緩んだ。 自分の息子を褒められて、悪い気がするはずがない。 よくぞ立派に育て上げてくれたものだと、マリアンに感謝したくなる。
目を細めて小さく頷くグレーグライに、そういえば、と何かを思いだしたアーティットが付け加える。
 「なぜかわからないんですけど、サットとコングポップが似てるなと思う時があるんです」
何気なく呟かれたアーティットの言葉が、グレーグライの胸に鋭く突き刺さった。 だがアーティットはそんな彼に気付くことなく、さらに続ける。
 「見た目じゃなくて、こう、何ていうか・・・雰囲気ですかね。 受け答えの仕方とか、話し方とか。 うまく言えませんが、どことなく似てるんですよ」
おかしいですよね、と言ってフフッと笑ったアーティットだったが、目の前のグレーグライがずっと黙ったままなことに気付いた。
 「あ、すいません。 やっぱりおかしいですよね、こんなこと」
自分の言ったことがグレーグライの気分を害したと思ったのか、それきりサットのことについては話さなくなったアーティットを、怖いものを見るような目でグレーグライが凝視する。
アーティットの、無意識の勘の良さを脅威に感じた。 恐らく本能で、恋人と血のつながった相手を感じ取っている。
 「・・・あの、グレーグライさん? どうしたんですか?」
いつまでも黙ったまま口を開かないグレーグライに、戸惑いながらアーティットが声をかける。
 「あ、いや・・・」
とっさに何か言い繕おうとするが、うまく言葉が出てこない。 すると、それまで心配そうに自分を見つめていたアーティットが、真摯な目になって告げた。
 「グレーグライさん。 あなたは僕のことを息子のように思ってると言ってくれました。 僕は本当に嬉しかったんです。 僕にはもう父はいませんから」
 「え・・・」
 「だから、僕もあなたを本当のお父さんだと思ってます。 親子として、何でも話せる存在になりたいんです」
 「アーティットくん・・・」
 「すいません、厚かましいことを言ってるかも知れません。 でも僕の本音なんです。 お父さんの重荷になってるものを、僕にも分けてください」
今こそ、グレーグライの心が大きく動いた。 心からのアーティットの言葉が、グレーグライの胸に静かに根を広げる。
彼の真心が、揺らいでいたグレーグライの気持ちを静止させた。
ようやく決心のついたグレーグライが、ひとつ深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
 
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SOTUS・Season3(§150)

2021-03-24 22:13:00 | SOTUS The other side
トードがサイアムポリマー社から帰ってきて購買部のオフィスに戻ると、それまで電話をしていたソムオーが、トードに向かって勢いよく手招きした。
 「ちょっと待って、いま帰ってきたから代わるわね」
ドアのところで立ち止まり、何ごとかとこちらを見ているトードに、ソムオーが受話器を差し出す。
 「アーティットからよ。 トードに話があるんですって」
 「アーティット?」
意外な名前に驚いたトードが、素早くソムオーから受話器を受け取る。
 「おい、大丈夫か? サットからだいたいの話は聞いたけど」
 『忙しい時に休暇もらって悪いな。 俺は大丈夫だよ。 コングポップのことでは世話になった』
 「あの時はビビッたぜ。 あいついきなり倒れちゃったからさぁ。 で、コングの様子はどうなんだ?」
 『もうだいぶ良くなったよ。 もうすぐ点滴も外れそうだし』
 「そうか、よかった」
一時は全く連絡がつかず、心配のあまりアーティットのアパートまで訪ねたトード。 同じく連絡が取れずにアパートに来ていたコングとばったり会ったが、そのコングが目の前で突然倒れてしまった。
心配なことだらけだったが、電話越しに聞く元気そうなアーティットの声で、ようやくトードの心に安心感が広がった。
ふと視線を感じて振り返ると、じーっとこちらの様子を窺っているソムオーと目が合った。 その目には好奇心いっぱいの色が浮かんでいる。
慌てて声を潜めたが、おそらくもう手遅れだろう。 電話を切った後の彼女からの激しい追及を想像して、トードは心からのため息を吐いた。
 『どうした? 疲れてる?』
盛大なため息を疲労と捉えたアーティットが、少し心配そうに尋ねてきた。
 「あ、いや・・・。 それはそうと、コングが元気になったんなら、おまえも休暇を切り上げて早めに出てくるのか?」
トードにしてみれば話題を変えようととっさに浮かんだ考えを言っただけだったが、なぜかアーティットはしばし言葉を途切れさせた。
やや間を空けてから、アーティットが重く口を開いた。
 『・・・そのことなんだけど、悪いが今月いっぱいは休暇を取らせてくれ。 コングポップが完全に良くなるまで、ずっとそばについててやりたいんだ』
 「おまえ・・・」
アーティットの口から紡がれた言葉が、トードの胸を揺さぶった。 
コングを愛しているくせに、いつも頑なにその思いを表に出すことを嫌っていた。 コングに対する気持ちや想いを口にすることもほとんどなかった。
そんなアーティットが、いま言った言葉。
やっと素直に自分の気持ちを口にしたことを、アーティット自身は気付いているだろうか。
自然に顔が綻びそうになったが、ソムオーのさらなる好奇心を刺激してしまいそうで、必死に堪える。 そしてさらに小さな声で、受話器へ囁いた。
 「いや、わかったよ。 あいつのそばにいてやれ。 おまえがそばにいれば、あいつもきっとすぐ良くなる」
 『トード・・・』
 「仕事のことは気にすんな。 そうそう、あのリーザさんが俺たちに協力してくれるって言ってくれたんだぜ」
 『え? リーザって、あの・・・?』
 「そうだよ。 おまえとサットには恩があるから、仕事上でそれを返したいって」
 『恩・・・って、いつかのあの・・・』
 「そう。 だからおまえは何も心配せずに、コングとゆっくりしてればいいから」
 『・・・ありがとう』
 「サットにも伝えとくよ。 あいつも心配してたから。 おまえが川に飛び込もうとしてるの見て、慌てて引き留めたら勘違いだったんだって?」
 『ああ・・・そんなこともあったな』
 「あいつめちゃくちゃビビッたって言ってたぜ。 おまえも紛らわしいことすんなよなー」
 『はは・・・悪かったって言っといてくれ』
 「ああ、了解。 コングにも早く元気になれって伝えてくれ」
 『わかった。 じゃあな』
そっと受話器を置いたトードが、ちらりとソムオーを見る。 すると、待ってましたと言わんばかりにソムオーが素早く立ち上がった。
だがそれと同時に、にゅっと手が伸びてソムオーの服の裾を掴み、その動きを阻止した。
 「ソムオー、この書類をコピーしてきてちょうだい」
片手で服の裾を掴んだまま、もう片方の手で書類の束を差し出すアースを、ソムオーが恨めしそうに見た。
 「え~、後でいいでしょぉ~」
 「だめ、今すぐ頼んだわよ!」
口を尖らせてゴネるソムオーに構うことなく強引に書類を押しつけたアースが、トードに向かって小さくウインクをした。 どうやら助け船を出してくれたらしい。
 「は~い」
さすがのソムオーも、先輩の言うことを無下にすることはできないようだ。 全身から渋々という雰囲気を醸し出しながら、仕方なくコピー室へと向かっていった。
ソムオーが部屋を出て行くのを見届けたトードが、アースに向かって礼を言った。
 「ありがとう。 助かったよ」
室内に他に誰もいない時は、先輩ではなく恋人として振る舞うトードに、アースが笑顔を返す。
 「いいのよ。 それより、コングは大丈夫なの?」
 「うん。 もうだいぶ良くなったらしい。 でも完全に良くなるまで、アーティットがそばについて看病するんだって」
 「アーティットがそう言ったの?」
 「ん。 そばについててやりたいって、そう言ってた」
 「へえ・・・」
あのアーティットが。 そう呟いた彼女は、意外そうな、でも何だか嬉しそうな表情だ。 きっと彼女も、自分と同じ気持ちなんだとトードは思った。
 「そう、あのアーティットがさ。 少なくとも俺は、初めてあいつの素直な言葉を聞いた気がしたよ」
 「ほんとね。 もしかしたらコングには素直な言葉を言ってるのかもしれないけど、私たちには言ったことなかった気がするわね」
 「今回ばかりはもうほんとにヤバいんじゃないかって思ったけど、やっぱりあいつらの絆はすごいよ」
微笑みながらそう独り言のように呟くトードを、じっとアースが見つめた。 その右手は、左手の薬指に嵌められたリングをそっとなぞっている。
 「・・・私たちも・・・」
 「え?」
ぽつりと零れたアースの言葉に、トードが反応する。
 「私たちの絆も、きっとどんなことがあっても壊れないわね」
 「アース・・・」
 「アーティットたちに負けないくらい、強い絆だって信じてる」
強い意志を持ってそう断言するアースを、トードがじっと見つめる。 そして、しっかりと頷いてみせた。
ひととき、甘い時間が流れた。 が、そんな時間はすぐに騒々しい音と声で強制的に終了させられた。
 「ただいまー! ちゃんとコピーしてきましたよ~!」
そう叫びながらドアから勢いよく入ってきたソムオーを、少し邪魔くさげに見たアースが残念そうに呟いた。
 「あら、予想よりだいぶ早かったわね」
 「頑張って早く終わらせたんですよ。 おかげで疲れちゃったから、ちょっと休憩してきま~す!」
 「あ、ちょっと! さっき休憩から帰ってきたばっかりでしょ!」
アースが言い終わるか終わらないかのうちに、あっという間にいなくなってしまった彼女に呆れたトードが、プッと笑った。
すると、ソムオーと入れ替わりにサットが部屋へ入ってきた。
 「ソムオー先輩がすごい勢いで走っていきましたけど、どうかしたんですか?」
 「休憩とランチの時だけよ、あの子が素早いのは」
 「ああ・・・そういうことですか」
いつものことと納得したサットが、苦笑いを浮かべて自席についた。 
時刻はもうすぐ終業時間だが、トードとサットはこれから本仕事とばかりに、気分を切り替えてデスクに向かった。
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SOTUS・Season3(§149)

2021-03-16 00:51:11 | SOTUS The other side
その頃オーシャンエレクトロニック社では、新年が始まって忙しい日々が続いていた。
アーティットが長期休暇を取ったため、サイアムポリマー社との業務提携プロジェクトは、当分トードとサットの二人だけでやっていかなければならない。
だが長期休暇といっても、おそらく一ヶ月程度に留まると予想され、ゆえにそんな短期間では人員補充もされない。 
とはいえ、これまでアーティットが中心になってプロジェクトを進めてきたため、その中心人物がいない今は、舵取りを失った船のごとくトードたちは右往左往して目の回るような日々を送っている。 
今日もこれから二人でサイアムポリマー社へ出向いて、増設した工場へ設置する製造機器や備品の入札についての打ち合わせをする予定だ。
もう打ち合わせに出発しなければいけない時間だが、トードは立ち上がる様子もなくデスクにかじりついて書類に没頭している。
 「トード先輩、もう行かなきゃいけない時間ですが」
サットにそう話しかけられて、ようやくトードが顔を上げる。 とっさに腕時計を見たトードが、目を見開いた。
 「わ、もうこんな時間か! やべ、行かなきゃ」
打ち合わせは15時からだが、時刻はすでに14時を過ぎている。 道中の渋滞事情を考えると、もう遅いくらいだ。
慌ててデスクに広がった書類をかき集め、荒く鞄に放り込んだトードがサットに車を回してくるよう指示する。 一足先に部屋を出て行ったサットの後に続こうと足を踏み出すが、すぐに踵を返してデスクへ戻った。
 「忘れるとこだった、ヘルメット! もういっそサイアムポリマー社に置いといてもらおうかな」
いつもはアーティットが出かける前に確認してくれるので忘れることはなかったが、今日は危うく忘れるところだった。 こういう些細なことですら、アーティットに頼りっぱなしだったとつくづく思う。
しっかりしなきゃな、と心の中で呟いて、トードは今度こそドアへと向かった。


会社を出るのが遅くなってしまったが、意外にも渋滞はそこまでひどくなかったこともあって、サイアムポリマー社には約束の時間よりほんの少し早く着いた。
そうは言っても、ギリギリなのは間違いない。 これ以上モタモタしていたら、それこそリーザに何を言われるかわからない。
リーザのことを思うと、一気にトードの気分が重くなった。
これまでならアーティットが盾になって、彼女の攻撃を和らげてくれていた。 だが今日はそうはいかない。 
しかも後輩であるサットを守らなければいけないという責務もある。
 「・・・ふぅ・・・」
打ち合わせ場所である製造業務部へと向かう廊下で、重々しく零れたトードのため息を聞いたサットが、どうかしましたか?と尋ねた。
 「あ・・・いや、何でもないよ。 ちょっと自分に喝を入れてただけだ」
 「喝? なぜ」
 「いつもアーティットに頼ってばかりいたんだよな。 でもいい加減しっかりしなきゃって思ってさ」
苦笑いを浮かべてそう呟くトードの気持ちが、サットにもわかった。 確かに、これまでアーティットに何でも任せすぎていたと思う。 それがアーティットにとって決して軽くはない負担になっていたことも。
これは、ある意味試練なのかもしれない。 アーティットの力を借りず、自分たちだけで乗り越えていくべき山。
そしてこの山を無事越えることができれば、ようやくアーティットとも対等になれる気がした。
 「・・・よし、入るぞ」
いつの間にか、製造業務部の部屋の前までやってきていた。 トードがひと呼吸おいてから、部屋のドアをノックした。
 「失礼します」
もう何度かここへ来ていて部屋のレイアウトもわかっている二人は、並んだデスクの合間を縫いながら、製造業務部長のトゥルクのところへと向かった。
 「遅くなりまして申し訳ありません。 オーシャンエレクトロニック社購買部のトードとサットです」
 「ああ、ご苦労さまです。 今年もどうぞよろしく。 あちらの会議室でうちのメンバーが待機してるから、行ってやってください」
 「はい」
トゥルクに促されて隣室の会議室へ入ると、そこにはもうリーザとマックスがすでに着席していた。
 「遅くなってすみません、今年もよろしくお願いします」
 「こちらこそ、どうぞよろしく。 ではさっそく始めましょうか」
にこやかにそう答えてさっそく書類を広げ始めるマックスの隣で、いつもどおりにこりともしないリーザが身じろぎせずその様子を見つめている。
だが、いつもなら少々遅くなったトードたちにキツい嫌味をお見舞いするはずの彼女が、どうしたわけか今日は何も言わない。
そんなことを何となく思っていたトードだったが、今はそんなことよりも、初めて入札という業務に携わる緊張の方が大きかった。 
それまで業務の流れを淡々と説明していたマックスが、ふと何か思い出したようにあ、と声を上げた。
 「このことについては、もっと詳しい資料があるんです。 ちょっと取ってきますね」
そう言い残して席を離れるマックスの背中を見送ったトードが、再び手元の書類に目を落とす。
 「・・・なかなか難しそうだな。 手続きも煩雑だし」
 「ですね・・・」
トードとサットがぼそぼそと囁き合っていると、それまで黙っていたリーザがふと口を開いた。
 「・・・あなたたち、入札は初めてなの」
 「あ、はい。 なので色々教えていただきたいと・・・」
サットがそう答えていると、その言葉に被せるようにリーザが尋ねた。
 「アーティットさんなら入札経験あるでしょ? 今日はお休みらしいけど、出てきたら教えてもらえばいいでしょう」
 「え・・・と、まぁそうなんですが・・・」
そう言葉を濁したのはトードだった。 困惑したような表情で切れ味の悪い答えを返す彼を、リーザが鋭く見た。 
 「何だか煮え切らない態度ね。 アーティットさんに聞いたらっていう私のアドバイス、間違ってる?」
自分の提案をなかなかすんなり聞き入れようとしない彼らへ少しイラついた様子でまくしたてるリーザに、とうとうトードが屈した。
 「いや、そうじゃなくて・・・。 実は、アーティットいつ出てくるかわからないんです」
 「え? どういうこと?」
意外な答えに、少し驚いたリーザが訊き返す。
 「ちょっと、色々ありまして・・・長期休暇を取ってるんです。 中心的人物のアーティットが不在で、あなた方には迷惑をおかけして申し訳ないんですが・・・」
 「色々って・・・」
 「それはまぁ、その、プライベートなことなのであれなんですが・・・」
歯切れの悪い受け答えをするトードを見て、リーザが押し黙った。 内心、アーティットのことが非常に気になった。
以前暴漢に襲われそうになったところを助けてもらってから、彼のことが頭にちらついて離れずにいる。 
そして今日、アーティットに会えると思っていたのに、欠席と聞いた時の落胆。 こうして彼に関することに一喜一憂している自分が信じられず、戸惑ってしまう。
仕事第一なはずの自分が、アーティットのことに思考を奪われて、気付けば集中力が疎かになっていることにも慄く。
もしかして、これが「恋」という感情なのだろうか。 これまで誰に対してもこんな気持ちになることはなかった。 生まれて初めての感覚に、リーザは翻弄されていた。
だが、それを表に出すことはできない。 そうするにはプライドが邪魔だった。
そして自分の中で必死に言い聞かせた。 これは、窮地を助けてもらったからだ。 それに対する、ただの恩義を感じているだけ。
だから、借りた恩は返すべきだ。 そうすれば、いずれこんな感情から解放されるに違いない。
奇妙な方程式を頭の中で組み立てたリーザは、目の前に広げられた入札用の書類を手に取り、おもむろにトードたちに告げた。
 「・・・わかりました。 この入札の件については、私がきちんと処理します」
 「え?」
先ほどまでとうって変わって静かにそう告げる彼女に、二人が驚いて顔を見合わせる。
 「それはどういう・・・」
ためらいがちにサットが問い質そうとすると、ふとサットを見たリーザが呟いた。
 「あなたと・・・アーティットさんには恩があります。 それを、この仕事でお返ししたいんです」
 「恩・・・?ですか」
 「いつか、あなたたちには助けてもらったから。 だからこれでチャラにしたいの」
そう言われて、ようやくサットがあの一件を思い出した。 しかしだからといって律儀に恩を返す、などと宣言する彼女が、何だか妙におかしかった。
 「・・・なに? 何がおかしいの」
口元を緩ませて自分を見つめるサットに気付いたリーザが、怪訝そうに尋ねた。 慌てて口を引き締めて、サットが首を左右に振る。
 「いえ、何でも・・・」
 「とにかく、そういうことで。 あとは私に任せてください」
もう異論は受け付けない、と言わんばかりに強い口調で彼女がそう言い切ったところで、マックスが席に戻ってきた。
 「マックス、この件は私が進めることにしたからもういいわ。 次の議題にいきましょう」
 「え、どういうこと? せっかく資料持ってきたのに・・・」
 「いいから」
有無を言わせぬ態度で一方的に会話を遮断したリーザに、少し疲れたような顔でマックスがはいはい、とため息交じりに頷いた。
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SOTUS・Season3(§148)

2021-03-07 02:36:05 | SOTUS The other side
アーティットに会えたことで安心したのか、どうやらコングは眠ってしまったようだ。 
安らかな寝息を立てて眠るその顔を、アーティットがじっと見つめる。 やつれてしまった顔貌は痛々しいが、その口元は優しい笑みを浮かべているように見える。
コングが握ったままの自分の手をそっとほどいたアーティットが、ゆっくりとコングの頬へ指を這わせた。
潤いを無くしカサカサと乾燥した肌は、冷たかった。 
 「・・・・・・・・・」
改めて、コングの負った傷の大きさを思う。 自分のせいで、彼をここまで追い詰めてしまったことに心が痛んだ。
コングの未来に傷をつけてしまったことを知り、ショックとパニックで気が動転し、思わず彼の前から姿を消した。 もう二度と彼に会うわけにはいかないと、勝手にそう決めつけていた。
だが、もしこれが逆の立場だったら。 ある日コングが何も言わず突然いなくなってしまったら。
やはり同じように、きっと倒れるまで彼を探し続けるだろう。
コングのためと言いながら、結局は自分のことしか考えていなかったのだ。 己の浅はかな自己満足のために最愛の人を深く傷つけてしまうなど、愚かすぎて言葉もない。
 「・・・ごめんな」
小さくそう呟いたアーティットが、そっとコングの額に口づけた。 深い眠りに落ちているのか、コングは微笑みを浮かべたまま目を覚ますことはなかった。
やがてゆっくりと立ち上がったアーティットは、静かに部屋を出た。


一階のリビングへとやってきたアーティットが、ドアをノックして開けた。 そこには、グレーグライとプイメークがいた。
 「あの、コングポップは眠ったみたいなので、僕はこれで帰ります。 明日また来ます」
会釈しながらそう告げてドアを閉めようとするアーティットを、グレーグライが呼び止めた。
 「アーティットくん、ちょっと来てくれ。 話がある」
ソファに座って手招きするグレーグライを一瞬不思議そうに見たアーティットだったが、言われるままリビングの中へと入った。
 「コングポップはどんな様子だね」
 「しばらく色々話してましたが、少し前に眠りました。 穏やかな表情をしてました」
グレーグライとプイメークが並んで座るソファの向かいに腰を下ろしながら、アーティットが答える。 その言葉を聞いて、グレーグライたちが満足そうに頷きながら目を細めた。
 「そうか、やっぱりきみに来てもらって本当に良かったよ。 それでこれは私たちからのお願いなんだが、しばらくコングポップの面倒を見てやってもらえないだろうか。 きみに面倒見てもらう方が、回復も早い気がしてね」
 「はい、ぜひ。 ちょうど仕事も休暇を取ってますので、毎日来ます」
 「いや、しばらくうちで過ごしてもらいたい。 毎日通ってもらうのは大変だからね」
意外な申し出に驚いたアーティットが、首を左右に振って恐縮する。
 「そんな、全然大丈夫ですよ。 お気遣いはありがたいですが」
 「いや、これはお願いだ。 ここにいてくれたまえ。 きみの体も心配だから」
 「え?」
 「きみは我慢強いようだが、本当はかなり参ってるだろう? その顔を見れば一目瞭然だ。 一人じゃろくなものも食べられないだろうし、ここを自分の家だと思って過ごしてほしい」
 「でも・・・」
それでもまだ遠慮しているアーティットへ、グレーグライが一言付け足した。
 「私たちは、きみを息子のように思ってるんだ」
 「え・・・」
静かに紡がれたその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。 目の前に穏やかな表情で佇むグレーグライの顔を、しばしぽかんと見つめる。 すると、隣にいたプイメークがさらに続けた。
 「そう、だってあなたはコングのパートナーですもの。 私たちにしたら息子が二人できたようなものなのよ」
 「あ・・・」
言葉の真意に気付いたアーティットが、口を半開きにしたままでグレーグライたちを凝視した。
いま二人が言ったことは、つまり・・・。
 「僕・・・が、あなた方の・・・」
 「そうだ。 これからはここを第二の実家だと思ってほしい。 歓迎するよ」
 「・・・・・・・・・」
温かいその言葉を耳にして、不覚にも涙が滲みそうになった。 とっさに俯いたアーティットに、プイメークが優しく声をかける。
 「あなたも、ずっと辛い思いをしてきたのでしょうね。 その分、これからは幸せになってほしいわ」
 「・・・あり・・・がとうございます・・・」
とうとう、こらえきれずに涙が頬を伝った。 二人の優しい言葉が、いくつもの傷がついた心に穏やかに染みわたっていく。
嗚咽をこらえて肩を震わせるアーティットに、プイメークがそっと近づいた。
 「さあ、もう泣かないで。 あちらに夕食の準備ができてるわ。 一緒に食べましょう」
 「・・・はい・・・」
手の甲で溢れる涙をぬぐいながら、泣き笑いの表情でアーティットが頷く。 それを見届けたプイメークが、おもむろにダイニングへと向かった。
その後ろ姿を見つめるグレーグライの表情が少し曇っていたことに、アーティットもプイメークも気付かない。
先ほどのプイメークの言葉が、グレーグライの頭の片隅にこびりついて離れなかった。
(息子が二人できたようなもの・・・)
脳裏に、サットの顔が浮かんでは消えた。
彼が自分の子供だということは、ほぼ間違いないだろう。 あずかり知らぬところで起こったこととはいえ、プイメークに対して後ろめたい気持ちが湧くのは止められなかった。
マリアンはどういう気持ちで、一人でサットを生んで育てたのだろうか。
彼女に会って、その真相を知りたい。 そしてもう遅すぎるかも知れないが、父親としての責務を果たすべきではないか。
だが、コングとプイメークはどう思うだろう。 事情がどうであれ、自分たちの他に血縁者がいるという事実を知ったら。
 「・・・・・・・・・」
不意に、背中を冷たいものが這う感覚に襲われた。 今日まで築き上げてきた幸せな家庭が、一瞬にして崩壊する恐怖。
両腕で自分の体を抱くようにして険しい表情を浮かべるグレーグライに、アーティットがためらいがちに声をかけた。
 「・・・あの、大丈夫ですか? 何だか顔色が・・・」
心配そうに自分を見つめるアーティットに気付いたグレーグライが、はっとして瞬時に作り笑いを貼り付けた。
 「いや、何でもない。 さ、食事にしよう」
自分から視線を逸らすようにグレーグライがアーティットの背中をぐいっと押し、そのままダイニングへと急かした。

 
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