それからしばらくはアーティットもコングも多忙な日々が続き、ようやく忙しさもひと段落したのは3月も半ばになってからだった。
季節もそろそろ乾季から暑季へと移り変わろうとしており、日に日に強くなる日差しに手をかざしながら、コングは車から荷物を下ろした。
約2ヶ月ぶりの帰省。 庭園に咲く花々も、季節の移ろいを感じさせる。
平日の昼間だからか、ガレージに父グレーグライの車はない。 今日は自家用車で出勤したらしい。
自分の車しかない広々としたガレージで、コングは大きなスーツケースを手にひとつ深呼吸をした。
いつもの帰省なら荷物もほとんどないが、今回はエムとメイの結婚式に出席するため、たくさんの荷物がある。
キャスターを転がしながら玄関へのアプローチを歩いていくと、庭の花に散水していたプイメークがコングに気づいた。
「おかえりなさい、早かったのね。 お昼ごはん食べるでしょ? すぐ用意するから」
「ただいま。 じゃあ先にシャワー浴びます。 チェンマイは涼しかったけど、バンコクはもうすっかり暑季ですね」
「そうね、チェンマイは涼しいからねえ。 こっちはもう真夏のような暑さよ」
そう言いながら麦わら帽子の下で流れる汗を拭いたプイメークが、散水用のホースを置き、コングを伴って玄関に向かった。
部屋に荷物を運び入れ、着替えを用意してから、コングはスマホを取り出した。
『さっき帰ってきました。 今からシャワー浴びて、昼食です。 また連絡しますね』
ただいまのスタンプとともにそうラインを送る。 が、すぐに既読にはならなかった。 おそらく仕事中なのだろう。
エムたちの結婚式は明日の土曜日だが、コングは遠方からの出席になるため、前日の今日休暇を取って帰ってきたのだった。
しばらくは返事がないと悟り早々にスマホを手放したコングは、着替えを手にシャワールームへと向かった。
久々のプイメークの手料理に舌鼓を打ち、若干食べすぎでもたれた胃のあたりを撫でながら部屋に戻ってきたコングは、ベッド上で着信ありのランプが光っているスマホが目に入った。
『今日は定時で上がれると思う。 久しぶりにメシでも食いに行くか?』
メッセージの着信時刻は12時半。 きっと昼休みに送ってきたのだろう。
『いいですね、行きましょう。 仕事が終わる頃に職場へ迎えに行きます』
送信して時計を見ると、14時前だった。 あと4時間ほどで、この苦しいほどの満腹がどこまで消化されるだろう。
ぼんやりそんなことを考えながら、何気なく窓辺へ歩み寄り、眼下の庭を見渡した。
すると、さっきまでコングの車しか停まっていなかったガレージに、いつの間にかグレーグライの愛車があることに気づいた。
それを見たコングは、スマホをポケットにしまうと足早に1階へと下りて行った。
「父さん、もう仕事は終わったんですか?」
リビングに入ると、上着を脱いでソファで寛ぐグレーグライの姿があった。 コングに気づいたグレーグライが、ああ、と答える。
「今日は珍しく早く片付いてね。 それより、久しぶりだな。 それこそ療養から復帰して以降、初めて帰ってきたんじゃないか?」
「そうですね、とにかく仕事が忙しくて。 まぁ自業自得なんですけど」
「今回の帰省は、確かエムくんの結婚式のためだったな。 式は明日か?」
「ええ、明日の10時からなので、余裕をもって今日休みを取ってきたんです」
近況報告などの雑談を交わしながら、グレーグライの向かいに腰を下ろしたコングが、ふと真顔になった。
「・・・父さん。 うちの社長に忠言したこと、聞きました」
「ん?」
「LGBTに対する偏見をなくすようにって」
「ああ・・・」
最初は不思議そうな顔をしていたグレーグライだったが、コングのその言葉を聞いて納得顔になる。
「驚きましたけど、嬉しかったです。 あんなに同性愛を嫌ってた父さんが、そこまでしてくれるようになるなんて」
やや俯き加減で、言葉どおり嬉しさを隠し切れない様子で話すコングを、感慨深げな目でグレーグライが見つめた。
「・・・まるで昔のわたしを見ているようで、何ともいたたまれなくてね」
やや自嘲ぎみにそう呟くと、テーブルに置かれたコーヒーをひとくち口にする。
「ネオジェネシスの社長・・・クラウスとは、もう20年くらいの付き合いなんだ。 わたしの方が年下だが、まるで幼馴染のように親しくてね」
「へぇ・・・」
「以前はそれこそ一緒になって、LGBTの人たちを軽蔑したり糾弾したりしていたものさ。 今となっては情けない話だが」
「・・・・・・・・・」
「そんな偏見のせいで、いったいどれほどの優秀な人材を逃していたことか。 性的思考など、仕事には何の関係も影響もないというのに」
穏やかな口調の中にも、忸怩たる思いが見え隠れする。 己の愚行を、深く後悔しているのだろう。
「それに気づかせてくれたのが、おまえとアーティット君だ。 異性を愛するのじゃなく、人を愛するのだということを身をもって教えてくれた」
「父さん・・・」
次第に、コングの胸が熱くなってきた。 自分たちのことを認めてくれただけでなく、心から改心して、周囲の人々にも偏見をなくすように働きかけてくれる父。
かつての自分たちのように、同性愛の関係を理解してもらえず苦しんでいるLGBTの人々が、少しでも救われてくれたらと願わずにはいられない。
「・・・父さんのおかげで、ジェーン先輩が謝罪してくれましたよ」
「ジェーン? 確か、おまえが倒れた元凶の先輩か」
「ええ。 クラウス社長から、俺に謝罪するようにって言われたらしいです。 でも上辺だけの謝罪ではなく、心からちゃんと謝ってくれましたよ。 自分が間違ってたと、頭を下げてくれました」
「ほう・・・。 クラウスはよほど熱心に部下に働きかけてくれたようだな」
頷きながら満足そうに目を細めるグレーグライを見て、コングも穏やかな笑みを浮かべた。
季節もそろそろ乾季から暑季へと移り変わろうとしており、日に日に強くなる日差しに手をかざしながら、コングは車から荷物を下ろした。
約2ヶ月ぶりの帰省。 庭園に咲く花々も、季節の移ろいを感じさせる。
平日の昼間だからか、ガレージに父グレーグライの車はない。 今日は自家用車で出勤したらしい。
自分の車しかない広々としたガレージで、コングは大きなスーツケースを手にひとつ深呼吸をした。
いつもの帰省なら荷物もほとんどないが、今回はエムとメイの結婚式に出席するため、たくさんの荷物がある。
キャスターを転がしながら玄関へのアプローチを歩いていくと、庭の花に散水していたプイメークがコングに気づいた。
「おかえりなさい、早かったのね。 お昼ごはん食べるでしょ? すぐ用意するから」
「ただいま。 じゃあ先にシャワー浴びます。 チェンマイは涼しかったけど、バンコクはもうすっかり暑季ですね」
「そうね、チェンマイは涼しいからねえ。 こっちはもう真夏のような暑さよ」
そう言いながら麦わら帽子の下で流れる汗を拭いたプイメークが、散水用のホースを置き、コングを伴って玄関に向かった。
部屋に荷物を運び入れ、着替えを用意してから、コングはスマホを取り出した。
『さっき帰ってきました。 今からシャワー浴びて、昼食です。 また連絡しますね』
ただいまのスタンプとともにそうラインを送る。 が、すぐに既読にはならなかった。 おそらく仕事中なのだろう。
エムたちの結婚式は明日の土曜日だが、コングは遠方からの出席になるため、前日の今日休暇を取って帰ってきたのだった。
しばらくは返事がないと悟り早々にスマホを手放したコングは、着替えを手にシャワールームへと向かった。
久々のプイメークの手料理に舌鼓を打ち、若干食べすぎでもたれた胃のあたりを撫でながら部屋に戻ってきたコングは、ベッド上で着信ありのランプが光っているスマホが目に入った。
『今日は定時で上がれると思う。 久しぶりにメシでも食いに行くか?』
メッセージの着信時刻は12時半。 きっと昼休みに送ってきたのだろう。
『いいですね、行きましょう。 仕事が終わる頃に職場へ迎えに行きます』
送信して時計を見ると、14時前だった。 あと4時間ほどで、この苦しいほどの満腹がどこまで消化されるだろう。
ぼんやりそんなことを考えながら、何気なく窓辺へ歩み寄り、眼下の庭を見渡した。
すると、さっきまでコングの車しか停まっていなかったガレージに、いつの間にかグレーグライの愛車があることに気づいた。
それを見たコングは、スマホをポケットにしまうと足早に1階へと下りて行った。
「父さん、もう仕事は終わったんですか?」
リビングに入ると、上着を脱いでソファで寛ぐグレーグライの姿があった。 コングに気づいたグレーグライが、ああ、と答える。
「今日は珍しく早く片付いてね。 それより、久しぶりだな。 それこそ療養から復帰して以降、初めて帰ってきたんじゃないか?」
「そうですね、とにかく仕事が忙しくて。 まぁ自業自得なんですけど」
「今回の帰省は、確かエムくんの結婚式のためだったな。 式は明日か?」
「ええ、明日の10時からなので、余裕をもって今日休みを取ってきたんです」
近況報告などの雑談を交わしながら、グレーグライの向かいに腰を下ろしたコングが、ふと真顔になった。
「・・・父さん。 うちの社長に忠言したこと、聞きました」
「ん?」
「LGBTに対する偏見をなくすようにって」
「ああ・・・」
最初は不思議そうな顔をしていたグレーグライだったが、コングのその言葉を聞いて納得顔になる。
「驚きましたけど、嬉しかったです。 あんなに同性愛を嫌ってた父さんが、そこまでしてくれるようになるなんて」
やや俯き加減で、言葉どおり嬉しさを隠し切れない様子で話すコングを、感慨深げな目でグレーグライが見つめた。
「・・・まるで昔のわたしを見ているようで、何ともいたたまれなくてね」
やや自嘲ぎみにそう呟くと、テーブルに置かれたコーヒーをひとくち口にする。
「ネオジェネシスの社長・・・クラウスとは、もう20年くらいの付き合いなんだ。 わたしの方が年下だが、まるで幼馴染のように親しくてね」
「へぇ・・・」
「以前はそれこそ一緒になって、LGBTの人たちを軽蔑したり糾弾したりしていたものさ。 今となっては情けない話だが」
「・・・・・・・・・」
「そんな偏見のせいで、いったいどれほどの優秀な人材を逃していたことか。 性的思考など、仕事には何の関係も影響もないというのに」
穏やかな口調の中にも、忸怩たる思いが見え隠れする。 己の愚行を、深く後悔しているのだろう。
「それに気づかせてくれたのが、おまえとアーティット君だ。 異性を愛するのじゃなく、人を愛するのだということを身をもって教えてくれた」
「父さん・・・」
次第に、コングの胸が熱くなってきた。 自分たちのことを認めてくれただけでなく、心から改心して、周囲の人々にも偏見をなくすように働きかけてくれる父。
かつての自分たちのように、同性愛の関係を理解してもらえず苦しんでいるLGBTの人々が、少しでも救われてくれたらと願わずにはいられない。
「・・・父さんのおかげで、ジェーン先輩が謝罪してくれましたよ」
「ジェーン? 確か、おまえが倒れた元凶の先輩か」
「ええ。 クラウス社長から、俺に謝罪するようにって言われたらしいです。 でも上辺だけの謝罪ではなく、心からちゃんと謝ってくれましたよ。 自分が間違ってたと、頭を下げてくれました」
「ほう・・・。 クラウスはよほど熱心に部下に働きかけてくれたようだな」
頷きながら満足そうに目を細めるグレーグライを見て、コングも穏やかな笑みを浮かべた。