「・・・ちょっと、失礼します」
相変わらず鳴り続けている携帯を手に、コングがアーティットの側から離れた。 ようやく電話に気づいたアーティットが、顔に当てていた手を下ろしてコングを見る。
部屋の隅へ移動してからコングが通話ボタンを押すと、やけに耳に響くジェーンの声が飛び込んできた。
『あ、私だけど。 さっきあなたの部屋にピアス落としたみたいなの。 今から探しに行ってもいい?』
「はい、落ちてたので拾っておきました。 今はちょっと都合悪いので、月曜日に会社へ持って行きますよ」
『え、家にいないの?』
「家にはいますけど、来客中なんです」
『明日そのピアスがいるのよ。 それに実はもうあなたのマンションのすぐ近くまで来てるの。 受け取ったらすぐ帰るから、悪いけど行くわ』
「あ、ちょっと」
とっさに異議を唱えようとしたコングだったが、それより先に電話は切れてしまった。 あまりに強引で自己中心的な彼女に、コングは心の底から大きなため息を吐いた。
「・・・どうかしたか」
じっと電話のやり取りを見守っていたアーティットが、控えめに尋ねる。 その声で我に返ったコングが、慌てて事情を説明しようとしたその時、静かな室内にインターホンの音が鳴り響いた。
どうやらジェーンは、本当にすぐ近くまで来てから電話したらしい。 おそらく、断りにくくさせるための姑息な作戦だろう。
迷いから一瞬チラリとアーティットを見たコングだったが、対応しないわけにもいかず、仕方なくドアへと向かった。
「・・・はい」
ゆっくりとドアを開けると、そこには予想に違わずジェーンが立っていた。
「ごめんなさいね、急に押しかけて」
形式だけの薄い謝罪を口にしたジェーンが、そのままずいと中へ入ろうとする。 慌ててそれをコングが阻止した。
「あの、ちょっとここで待っててください。 すぐ持ってきますから」
中へ入れてもらえず不服そうなジェーンをどうにか押し止めたコングが踵を返すと、すぐ後ろにアーティットが立っていた。
「これ・・・」
そう言って差し出された手には、ピアスが載せられている。
「取りに来たんだろ」
どうやら先ほどの電話の相手と内容を悟ったらしい。 気を利かせて玄関口まで持ってきたアーティットの手から素早くピアスを取ると、慌てて彼を中へと押し返した。
そんなコングの不可解な態度に、アーティットとジェーンが怪訝そうな顔をする。
「何すんだよ」
強めの力で押し返されて、少しムッとしたアーティットがごちる。
「先輩は出てこないでください」
短く一言だけ告げると、コングがドアへと急ぐ。 何だか邪険に扱われたようで、アーティットは非常に不愉快な気分になった。 だがそんな彼にかまわずドアまで戻ったコングが、ジェーンへピアスを差し出す。
すると、ジェーンがコングの肩越しに部屋の中を探りながら言った。
「・・・ねえ、もしかして彼女?」
「違いますよ。 大学の先輩です」
「そうなの? じゃ何でさっきあんなに慌てて押し止めてたの」
やはりしっかり見られていたことに心の中で舌打ちをしたコングが、思わず言葉に詰まる。 どうしたものかと逡巡していると、背後からアーティットが近づいてくる気配がした。
とっさに振り返って出てくるのを阻止しようとしたコングより先に、アーティットが言葉を発した。
「初めまして、コングポップの会社の方ですよね? 僕はアーティットといいます」
ぐい、とコングの肩を押しやってジェーンの前へ出ながらなぜか自己紹介するアーティットを、コングが呆気に取られたように見つめる。
しかしジェーンもまた、驚いた表情を浮かべていた。
「あら、男性だったのね。 初めまして、ジェーンといいます。 コングとは仲良くさせてもらってます」
その言葉にギョッとしたのはコングだ。 いつ彼女と仲良くなったのだろう。 そんなことを考えて棒立ちになっているコングへジェーンが近づき、不意に腕を組んできた。
「ちょ、先輩!」
「あらいいじゃない。 アーティットさん、私コングが気に入ってるんです。 先輩のアーティットさんとも仲良くしたいわ」
「先輩! いい加減にしてください」
「ふふ、照れちゃって。 中国行ったらずっと一緒なんだから、これくらいのスキンシップいいでしょ」
よくわからないジェーンの理論に翻弄されて、コングはパニックを起こしそうになった。 だがジェーンにはどこ吹く風で、持論を展開し続ける。
「ねえアーティットさん、コングには恋人がいるって聞いたんですけど、どんな人か知ってますか? 知ってたら教えてください。 ライバルのこと、よく知っておきたいから」
とうとうコングは本気で眩暈を起こしそうになった。 いったい彼女の頭の中はどうなっているのだろう。 初対面のアーティットに向かって、何を言い始めるのか。
しかしその時、アーティットの様子がおかしいことに気付いた。
先ほどから一言も言葉を発せず、何か思いつめたような表情で首をうなだれている。
「・・・アーティット先輩?」
不意に名前を呼ばれて、はっとしたアーティットが顔を上げる。 腕を組んだままのコングとジェーンを交互に見た後、下手くそな笑顔を貼り付けて、ぼそりと零した。
「あ・・・その、僕はよくわからないのでコングポップに聞いて下さい」
それだけ言い残すと、なぜかアーティットはそのまま外へと出て行った。
「先輩! どこ行くんですか!? 待ってください!」
とっさにコングがジェーンの手をふりほどき、飛び出して行ったアーティットの後を追いかけた。
「ちょっと、コング!?」
置き去りにされたジェーンが慌てて叫ぶが、あっという間にコングは消えてしまった。
開けっぱなしのドアの前で、ジェーンが思わず大きくため息を漏らす。 しばらくそのまま彼らが戻って来るのを待っていたが、どうにも戻って来る気配がない。
再びため息を吐いたジェーンが、ふと部屋の中を見る。 昼間来た時と同じように、整理が行き届いた室内。 だがそこに見慣れないものを見つけ、思わず中へと足を踏み入れる。
ベッド上に、きちんとラッピングされた大きめの紙包みが置かれている。 よく見ると、小さなグリーティングカードが添えられている。
【HappyBirthday Dear Kongpop】
カードには、そう書かれていた。 どうやらコングへの誕生日プレゼントのようだ。
だが、さっきここへ来た時にはなかった。 ということは、アーティットが持ってきたのだろうか。
「・・・・・・・・・」
じっとカードを見つめるジェーンの目に、小さな疑惑の炎が灯る。 ToではなくDearと書いてあることが妙に気になった。
それに、先ほどのコングのあの態度。 まるでアーティットを自分から隠すように押し止めていた。
ふと、彼らが出て行ったドアの外に目をやる。
彼らは本当に、ただの先輩後輩なのだろうか。
そう考えた時、何やら足元から冷たい何かが体へと這い上がってくるのを感じて、思わずジェーンは部屋を飛び出した。
相変わらず鳴り続けている携帯を手に、コングがアーティットの側から離れた。 ようやく電話に気づいたアーティットが、顔に当てていた手を下ろしてコングを見る。
部屋の隅へ移動してからコングが通話ボタンを押すと、やけに耳に響くジェーンの声が飛び込んできた。
『あ、私だけど。 さっきあなたの部屋にピアス落としたみたいなの。 今から探しに行ってもいい?』
「はい、落ちてたので拾っておきました。 今はちょっと都合悪いので、月曜日に会社へ持って行きますよ」
『え、家にいないの?』
「家にはいますけど、来客中なんです」
『明日そのピアスがいるのよ。 それに実はもうあなたのマンションのすぐ近くまで来てるの。 受け取ったらすぐ帰るから、悪いけど行くわ』
「あ、ちょっと」
とっさに異議を唱えようとしたコングだったが、それより先に電話は切れてしまった。 あまりに強引で自己中心的な彼女に、コングは心の底から大きなため息を吐いた。
「・・・どうかしたか」
じっと電話のやり取りを見守っていたアーティットが、控えめに尋ねる。 その声で我に返ったコングが、慌てて事情を説明しようとしたその時、静かな室内にインターホンの音が鳴り響いた。
どうやらジェーンは、本当にすぐ近くまで来てから電話したらしい。 おそらく、断りにくくさせるための姑息な作戦だろう。
迷いから一瞬チラリとアーティットを見たコングだったが、対応しないわけにもいかず、仕方なくドアへと向かった。
「・・・はい」
ゆっくりとドアを開けると、そこには予想に違わずジェーンが立っていた。
「ごめんなさいね、急に押しかけて」
形式だけの薄い謝罪を口にしたジェーンが、そのままずいと中へ入ろうとする。 慌ててそれをコングが阻止した。
「あの、ちょっとここで待っててください。 すぐ持ってきますから」
中へ入れてもらえず不服そうなジェーンをどうにか押し止めたコングが踵を返すと、すぐ後ろにアーティットが立っていた。
「これ・・・」
そう言って差し出された手には、ピアスが載せられている。
「取りに来たんだろ」
どうやら先ほどの電話の相手と内容を悟ったらしい。 気を利かせて玄関口まで持ってきたアーティットの手から素早くピアスを取ると、慌てて彼を中へと押し返した。
そんなコングの不可解な態度に、アーティットとジェーンが怪訝そうな顔をする。
「何すんだよ」
強めの力で押し返されて、少しムッとしたアーティットがごちる。
「先輩は出てこないでください」
短く一言だけ告げると、コングがドアへと急ぐ。 何だか邪険に扱われたようで、アーティットは非常に不愉快な気分になった。 だがそんな彼にかまわずドアまで戻ったコングが、ジェーンへピアスを差し出す。
すると、ジェーンがコングの肩越しに部屋の中を探りながら言った。
「・・・ねえ、もしかして彼女?」
「違いますよ。 大学の先輩です」
「そうなの? じゃ何でさっきあんなに慌てて押し止めてたの」
やはりしっかり見られていたことに心の中で舌打ちをしたコングが、思わず言葉に詰まる。 どうしたものかと逡巡していると、背後からアーティットが近づいてくる気配がした。
とっさに振り返って出てくるのを阻止しようとしたコングより先に、アーティットが言葉を発した。
「初めまして、コングポップの会社の方ですよね? 僕はアーティットといいます」
ぐい、とコングの肩を押しやってジェーンの前へ出ながらなぜか自己紹介するアーティットを、コングが呆気に取られたように見つめる。
しかしジェーンもまた、驚いた表情を浮かべていた。
「あら、男性だったのね。 初めまして、ジェーンといいます。 コングとは仲良くさせてもらってます」
その言葉にギョッとしたのはコングだ。 いつ彼女と仲良くなったのだろう。 そんなことを考えて棒立ちになっているコングへジェーンが近づき、不意に腕を組んできた。
「ちょ、先輩!」
「あらいいじゃない。 アーティットさん、私コングが気に入ってるんです。 先輩のアーティットさんとも仲良くしたいわ」
「先輩! いい加減にしてください」
「ふふ、照れちゃって。 中国行ったらずっと一緒なんだから、これくらいのスキンシップいいでしょ」
よくわからないジェーンの理論に翻弄されて、コングはパニックを起こしそうになった。 だがジェーンにはどこ吹く風で、持論を展開し続ける。
「ねえアーティットさん、コングには恋人がいるって聞いたんですけど、どんな人か知ってますか? 知ってたら教えてください。 ライバルのこと、よく知っておきたいから」
とうとうコングは本気で眩暈を起こしそうになった。 いったい彼女の頭の中はどうなっているのだろう。 初対面のアーティットに向かって、何を言い始めるのか。
しかしその時、アーティットの様子がおかしいことに気付いた。
先ほどから一言も言葉を発せず、何か思いつめたような表情で首をうなだれている。
「・・・アーティット先輩?」
不意に名前を呼ばれて、はっとしたアーティットが顔を上げる。 腕を組んだままのコングとジェーンを交互に見た後、下手くそな笑顔を貼り付けて、ぼそりと零した。
「あ・・・その、僕はよくわからないのでコングポップに聞いて下さい」
それだけ言い残すと、なぜかアーティットはそのまま外へと出て行った。
「先輩! どこ行くんですか!? 待ってください!」
とっさにコングがジェーンの手をふりほどき、飛び出して行ったアーティットの後を追いかけた。
「ちょっと、コング!?」
置き去りにされたジェーンが慌てて叫ぶが、あっという間にコングは消えてしまった。
開けっぱなしのドアの前で、ジェーンが思わず大きくため息を漏らす。 しばらくそのまま彼らが戻って来るのを待っていたが、どうにも戻って来る気配がない。
再びため息を吐いたジェーンが、ふと部屋の中を見る。 昼間来た時と同じように、整理が行き届いた室内。 だがそこに見慣れないものを見つけ、思わず中へと足を踏み入れる。
ベッド上に、きちんとラッピングされた大きめの紙包みが置かれている。 よく見ると、小さなグリーティングカードが添えられている。
【HappyBirthday Dear Kongpop】
カードには、そう書かれていた。 どうやらコングへの誕生日プレゼントのようだ。
だが、さっきここへ来た時にはなかった。 ということは、アーティットが持ってきたのだろうか。
「・・・・・・・・・」
じっとカードを見つめるジェーンの目に、小さな疑惑の炎が灯る。 ToではなくDearと書いてあることが妙に気になった。
それに、先ほどのコングのあの態度。 まるでアーティットを自分から隠すように押し止めていた。
ふと、彼らが出て行ったドアの外に目をやる。
彼らは本当に、ただの先輩後輩なのだろうか。
そう考えた時、何やら足元から冷たい何かが体へと這い上がってくるのを感じて、思わずジェーンは部屋を飛び出した。