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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§112)

2021-03-06 02:00:11 | SOTUS The other side
 「・・・ちょっと、失礼します」
相変わらず鳴り続けている携帯を手に、コングがアーティットの側から離れた。 ようやく電話に気づいたアーティットが、顔に当てていた手を下ろしてコングを見る。
部屋の隅へ移動してからコングが通話ボタンを押すと、やけに耳に響くジェーンの声が飛び込んできた。
 『あ、私だけど。 さっきあなたの部屋にピアス落としたみたいなの。 今から探しに行ってもいい?』
 「はい、落ちてたので拾っておきました。 今はちょっと都合悪いので、月曜日に会社へ持って行きますよ」
 『え、家にいないの?』
 「家にはいますけど、来客中なんです」
 『明日そのピアスがいるのよ。 それに実はもうあなたのマンションのすぐ近くまで来てるの。 受け取ったらすぐ帰るから、悪いけど行くわ』
 「あ、ちょっと」
とっさに異議を唱えようとしたコングだったが、それより先に電話は切れてしまった。 あまりに強引で自己中心的な彼女に、コングは心の底から大きなため息を吐いた。
 「・・・どうかしたか」
じっと電話のやり取りを見守っていたアーティットが、控えめに尋ねる。 その声で我に返ったコングが、慌てて事情を説明しようとしたその時、静かな室内にインターホンの音が鳴り響いた。
どうやらジェーンは、本当にすぐ近くまで来てから電話したらしい。 おそらく、断りにくくさせるための姑息な作戦だろう。
迷いから一瞬チラリとアーティットを見たコングだったが、対応しないわけにもいかず、仕方なくドアへと向かった。
 「・・・はい」
ゆっくりとドアを開けると、そこには予想に違わずジェーンが立っていた。
 「ごめんなさいね、急に押しかけて」
形式だけの薄い謝罪を口にしたジェーンが、そのままずいと中へ入ろうとする。 慌ててそれをコングが阻止した。
 「あの、ちょっとここで待っててください。 すぐ持ってきますから」
中へ入れてもらえず不服そうなジェーンをどうにか押し止めたコングが踵を返すと、すぐ後ろにアーティットが立っていた。
 「これ・・・」
そう言って差し出された手には、ピアスが載せられている。
 「取りに来たんだろ」
どうやら先ほどの電話の相手と内容を悟ったらしい。 気を利かせて玄関口まで持ってきたアーティットの手から素早くピアスを取ると、慌てて彼を中へと押し返した。
そんなコングの不可解な態度に、アーティットとジェーンが怪訝そうな顔をする。
 「何すんだよ」
強めの力で押し返されて、少しムッとしたアーティットがごちる。 
 「先輩は出てこないでください」
短く一言だけ告げると、コングがドアへと急ぐ。 何だか邪険に扱われたようで、アーティットは非常に不愉快な気分になった。 だがそんな彼にかまわずドアまで戻ったコングが、ジェーンへピアスを差し出す。
すると、ジェーンがコングの肩越しに部屋の中を探りながら言った。
 「・・・ねえ、もしかして彼女?」
 「違いますよ。 大学の先輩です」
 「そうなの? じゃ何でさっきあんなに慌てて押し止めてたの」
やはりしっかり見られていたことに心の中で舌打ちをしたコングが、思わず言葉に詰まる。 どうしたものかと逡巡していると、背後からアーティットが近づいてくる気配がした。
とっさに振り返って出てくるのを阻止しようとしたコングより先に、アーティットが言葉を発した。
 「初めまして、コングポップの会社の方ですよね? 僕はアーティットといいます」
ぐい、とコングの肩を押しやってジェーンの前へ出ながらなぜか自己紹介するアーティットを、コングが呆気に取られたように見つめる。
しかしジェーンもまた、驚いた表情を浮かべていた。
 「あら、男性だったのね。 初めまして、ジェーンといいます。 コングとは仲良くさせてもらってます」
その言葉にギョッとしたのはコングだ。 いつ彼女と仲良くなったのだろう。 そんなことを考えて棒立ちになっているコングへジェーンが近づき、不意に腕を組んできた。
 「ちょ、先輩!」
 「あらいいじゃない。 アーティットさん、私コングが気に入ってるんです。 先輩のアーティットさんとも仲良くしたいわ」
 「先輩! いい加減にしてください」
 「ふふ、照れちゃって。 中国行ったらずっと一緒なんだから、これくらいのスキンシップいいでしょ」
よくわからないジェーンの理論に翻弄されて、コングはパニックを起こしそうになった。 だがジェーンにはどこ吹く風で、持論を展開し続ける。
 「ねえアーティットさん、コングには恋人がいるって聞いたんですけど、どんな人か知ってますか? 知ってたら教えてください。 ライバルのこと、よく知っておきたいから」
とうとうコングは本気で眩暈を起こしそうになった。 いったい彼女の頭の中はどうなっているのだろう。 初対面のアーティットに向かって、何を言い始めるのか。
しかしその時、アーティットの様子がおかしいことに気付いた。
先ほどから一言も言葉を発せず、何か思いつめたような表情で首をうなだれている。 
 「・・・アーティット先輩?」
不意に名前を呼ばれて、はっとしたアーティットが顔を上げる。 腕を組んだままのコングとジェーンを交互に見た後、下手くそな笑顔を貼り付けて、ぼそりと零した。
 「あ・・・その、僕はよくわからないのでコングポップに聞いて下さい」
それだけ言い残すと、なぜかアーティットはそのまま外へと出て行った。
 「先輩! どこ行くんですか!? 待ってください!」
とっさにコングがジェーンの手をふりほどき、飛び出して行ったアーティットの後を追いかけた。
 「ちょっと、コング!?」
置き去りにされたジェーンが慌てて叫ぶが、あっという間にコングは消えてしまった。
開けっぱなしのドアの前で、ジェーンが思わず大きくため息を漏らす。 しばらくそのまま彼らが戻って来るのを待っていたが、どうにも戻って来る気配がない。
再びため息を吐いたジェーンが、ふと部屋の中を見る。 昼間来た時と同じように、整理が行き届いた室内。 だがそこに見慣れないものを見つけ、思わず中へと足を踏み入れる。
ベッド上に、きちんとラッピングされた大きめの紙包みが置かれている。 よく見ると、小さなグリーティングカードが添えられている。
【HappyBirthday Dear Kongpop】
カードには、そう書かれていた。 どうやらコングへの誕生日プレゼントのようだ。
だが、さっきここへ来た時にはなかった。 ということは、アーティットが持ってきたのだろうか。
 「・・・・・・・・・」
じっとカードを見つめるジェーンの目に、小さな疑惑の炎が灯る。 ToではなくDearと書いてあることが妙に気になった。
それに、先ほどのコングのあの態度。 まるでアーティットを自分から隠すように押し止めていた。
ふと、彼らが出て行ったドアの外に目をやる。
彼らは本当に、ただの先輩後輩なのだろうか。
そう考えた時、何やら足元から冷たい何かが体へと這い上がってくるのを感じて、思わずジェーンは部屋を飛び出した。

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SOTUS・Season3(§111)

2021-03-06 01:57:37 | SOTUS The other side
その頃アーティットは、慣れないレンタカーでの長距離運転に苦労しながらも、どうにかチェンマイ市内までやってきた。
以前訪れた時の記憶と、カーナビの助けを借りて、時折迷いながらも徐々にコングのマンションへと近づいていく。
次第に見たことのある風景が目に入ってきたことで、アーティットは無意識にほうっと安堵のため息を吐いた。
そのまま記憶を頼りに車を進め、ついにマンションまでたどり着いた。 来客用の駐車場に車を停めると、両腕を上に上げて思いきり体を伸ばす。
ほぼ休憩なしで6時間近く走り続けてきたせいで、全身がガチガチに固まっている。 伸びをするたび、肩や首の関節からポキポキと音がした。
ひとしきり体をほぐしたアーティットが、ふと腕時計に目をやった。
午後3時半。
コングはまだ仕事中だろうか。 何時まで仕事なのか聞いていないが、帰省できないと言っていたことから、もしかしたら夜までかかるのかも知れない。
 「・・・・・・・・・」
しばしハンドルを抱えて考え込んでいたアーティットだったが、ふと体を起こしシートベルトを外した。
とりあえず、部屋まで行ってみよう。 いないのを確認したら、帰宅するまでどうするか改めて考えることにしよう。
そう決め、用意したプレゼントを手に速やかに車を降りた。
7階の703号室。 真っ白な壁と同様、ドアの白さが疲れた眼に眩しい。
ドア横のインターホンを押そうと手を上げた時、不意にアーティットの動きが止まる。
もしコングがいたら、何と言おうか。 きっと彼は驚くだろう。 なぜここまでやって来たのか、そんなことは後回しにして、まずは誕生日おめでとうと言うべきか。
手のプレゼントに目を落とす。 アーティットなりに色々考えて選んだものだが、果たしてコングは気に入ってくれるだろうか。
すると不意に、部屋の前まで来ておいてためらう自分が唐突に馬鹿々々しくなって笑えた。
気持ちを改め、今度こそインターホンを押した。 だが、返事はない。 もう一度押してみるが、結果は同じだった。 やはりまだ帰っていないようだ。
 「・・・・・・・・・」
安堵なのか、落胆なのか。 自分でもよくわからないため息が漏れた。 しばし考えた後、ポケットの携帯を取り出してコングのナンバーを呼び出そうとした。
だが、寸前でその指が止まる。 
もし仕事中なら、仕事の邪魔をしてしまうかも知れない。 ラインにしようかとも思ったが、それもやはり邪魔になる気がする。
小さく首を左右に振ったアーティットは、思い直したように携帯をポケットにしまった。
チラリとドアに目をやると、踵を返して車へと戻った。
運転席に座り、シートを少し倒して目を閉じる。 長時間の運転のせいで蓄積された疲労は、思考能力を鈍くさせる。
目を開けようとしたが、瞼に錘がついたように重い。 そしてそのまま、アーティットは吸い込まれるように眠りに落ちていった。


どれくらい眠っていたのか、アーティットは蒸し暑さで目が覚めた。
窓を閉めきっていたせいで、車内はムッとしている。 全身にじっとり滲んだ汗が衣服に張りついて、何とも言えない不快さだ。
シートを起こし、全部の窓を開け放つ。 いつの間にかあたりはすっかり暗くなり、少しだけひんやりした夜風が吹き込んできた。
ふと、マンションを仰ぎ見る。 7階のコングの部屋のあたり。 閉じられたカーテンの隙間から、かすかに光が漏れている。
それを確認したアーティットは、素早く窓を閉めると速やかに車を降りた。
再び703号室の前に立ち、意を決してインターホンを押す。
しばらくすると、インターホン越しにコングのえ?という声が聞こえた。 それとほぼ同時に、素早くドアが開いた。
 「え、アーティット先輩? なんで・・・」
目の前に佇むアーティットを指さし、驚きのあまり口を開けたまま言葉を失う彼を見て、アーティットが微かに笑う。
 「・・・誕生日、おめでとう」
そう言って、後ろ手に隠していたプレゼントの包みを彼の眼前に差し出す。 しばしその包みとアーティットを交互に見たコングが、あっと声を上げた。
 「そう言えば、今日は俺の誕生日だ・・・」
予想どおり、コングは完全に自分の誕生日を忘れていたようだ。 独り言のように小さくそう呟くと、再びアーティットを見た。
 「え、まさか俺の誕生日を祝ってくれるためにここまで来てくれたとか・・・?」
ここまできてもまだ信じられない様子のコングに、やや呆れたアーティットがとにかく!と前置きして告げた。
 「中へ入れてくれよ。 いつまでここで立ち話してるんだよ」
そう言われ、慌ててコングが身をずらしてどうぞ、と入室を促した。
 「お邪魔しま・・・」
玄関で靴を脱ぎながらそう呟きかけたアーティットの動きが、ふと止まる。 その様子に気づいたコングが、どうしました?と尋ねた。
とっさに笑顔を浮かべて何でもない、と返すが、その表情はどこか強張っているように見える。
いつまでも立ち止まっているとさらにコングが訝しがると思い、無理やり足を動かして靴を脱ぐ。 そして一歩足を踏み出した時、アーティットの目が何かを捉えた。
床の片隅で煌めく、小さな物体。 アーティットはコングに気づかれないよう、そっとそれを手に取った。
それが何なのかがわかった瞬間、アーティットの目が大きく見開かれた。
片方だけのピアス。
コングはピアスなどしない。  だがこれだけなら、単にピアスをしている友人のものかと思えたかも知れない。
だが。
先ほど、この部屋に足を踏み入れた瞬間から感じているこの香り。 室内に充満しているフローラル系の甘いパフュームが、アーティットの心を凍り付かせた。
そして、このピアス。 否応にも、アーティットの心中に不穏な予感を掻き立てる。
そんなことに全く気づいていないコングは、はるばるチェンマイまでサプライズで来てくれたことが嬉しくて、やけに饒舌だ。
 「それにしても、ほんとよく来てくれましたね」
 「疲れたでしょう、とりあえず休んでください」
 「自分でも忘れてたくらいなのに、よく誕生日覚えててくれましたね」
嬉しそうに色々話しかけてくるのが、アーティットにはやましさを隠すための行動に思えてしまう。
やがてアーティットの様子がおかしいことに、コングが気づいた。
 「・・・先輩? どうしたんですか。 なんかおかしいですよ」
言いながら自分に向かって手を伸ばすコングから、反射的に逃げる。 それがコングの違和感を加速させた。
 「先輩? 何かありました?」
 「何でもない・・・」
何かあったのは明白なのに、白々しくそう言うアーティットをコングが訝しげに見る。
 「何でもないって態度じゃないですよ。 正直に言ってください」
ずい、と身を乗り出してアーティットに迫る。 これからの甘いひとときが何よりのプレゼントと胸を踊らせるコングにとって、アーティットのこの態度はひどく気にかかった。
思い詰めたような目で、ちらりとアーティットがコングを見る。 だがすぐに目を逸らし、ぼそりと呟いた。
 「・・・今日は、仕事だったんだろ」
 「え? はい、そうですけど・・・」
それが何か?と尋ねるコングを、再びアーティットが見る。
 「会社へ行ってたのか」
何か仕事のことで気になることがあるのだろうか。 彼の真意がわからない中、それでもコングは誠実に答えた。
 「いえ、今日は職場の先輩と、中国行きのための買い出しに行ってたんです。 30分ほど前に帰ってきたばかりです」
そう説明して、コングがリビングの隅を指さす。 そこには大きな段ボールが6箱積まれている。
 「日用品や防寒着、買うものがたくさんあったので、予想以上に時間がかかっちゃって・・・」
自分の説明でアーティットが納得したか確認するように、彼の表情を窺う。 だがアーティットは相変わらず硬い表情のまま、唇を噛みしめている。
そのままじっと返事を待つコングに向かって、アーティットがためらいがちに口を開いた。
 「・・・おまえは、気づいてないのか?」
 「え?」
唐突にそう問いかけられ、思わずコングが訊き返す。
 「この部屋に、残る香り・・・」
一言だけそうこぼし、アーティットが俯く。 しかしコングは何のことかすぐにはわからず、無意識に口の中で反芻する。
 「香り・・・」
すると、不意に頭の中で符号が一致した。
 「あ、もしかして香水の匂いですか? 一緒に買い出しに行った先輩の香水ですよ。 ここに荷物を運び込むの手伝ってもらったんで・・・」
ようやくアーティットの不可解な態度の理由がわかったコングが、あらためて説明する。
ずっと一緒にいたせいで鼻が麻痺してしまったのか、自分は匂いがわからなくなっているようだ。 アーティットに指摘されるまで気づかなかった。
おそらく、彼は誤解したのだろう。 だが同時に、彼が嫉妬してくれたことが嬉しくもあった。
たまらなくなったコングが、アーティットの体を抱き寄せようとした。 しかしアーティットはそれを許さなかった。
コングの腕を振りほどき、すっくと立ち上がる。
 「・・・帰る」
 「え、何言ってるんですか? いま来たばかりじゃないですか。 今夜は泊まってってくださいよ」
再び腕を掴んだコングが、不満げに言葉を吐く。 アーティットは俯いたまま、目を合わそうとしない。
 「先輩、まだ何かありますね? 一体どうしたっていうんです。 はっきり言ってくださいよ」
両肩を掴まれ、正面からそう詰め寄られたアーティットが、不意に手を差し出した。 そこには、小さなピアスが乗せられている。
 「え? これは何です」
 「・・・そこに、落ちてた」
フロアの隅を指さして呟くアーティットと、手のピアスを見比べる。 しばらくコングには何のことだかわからなかったが、ふとジェーンのことが目に浮かんだ。
そう言えば、彼女はピアスをしていたような気がする。
密かに心の中で舌打ちをしジェーンを恨みたくなったが、今はアーティットの疑惑を晴らすのが最優先と考えたコングが、今日の出来事を詳しく語り始めた。
 「・・・じゃあ、本当に何もなかったんだな」
ひとしきり説明を聞いたアーティットが、まだ完全には納得していないものの、不承不承ながらぼそりと呟いた。
 「当たり前ですよ。 何もあるわけないです。 でも・・・」
そこで言葉を切ったコングが、不意にアーティットへ顔を近づけて囁いた。
 「先輩が嫉妬してくれて、ちょっと嬉しい」
息がかかるほど近くでそう囁かれて、アーティットが戸惑う。 もぞ、と身じろぎしてコングとの距離をとろうとするが、それは先ほどまでの拒絶とは違い、照れ隠しのように見えた。
ようやくアーティットの緊迫した気持ちがほぐれたのを確認したコングが、とろけるような笑顔で告げる。
 「・・・今夜は、寝かせてあげられないかも知れません」
反射的にコングを凝視したアーティットの顔が、みるみる赤く染まっていく。 とっさに何か反撃の言葉を言おうとするが、意に反してどもるばかりで言葉にならない。
しばらくそんな彼の微笑ましい反応を楽しんでいたコングの耳に、携帯の着信音が飛び込んできた。
ポケットから取り出して画面を見たコングの表情が、怪訝そうに曇る。
しかしアーティットは、火照った顔をどうにかしようと躍起になっていたせいで、そんなコングに気付かなかった。
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SOTUS・Season3(§110)

2021-03-06 01:56:52 | SOTUS The other side
 「・・・綺麗なマンションね」
10階建ての真新しい白亜の建物を前に、ジェーンがぽつりと呟いた。
 「今年完成したばかりだそうです」
そう簡潔に説明したコングが、トランクから荷物を降ろし始める。
 「先輩、すみませんが後部座席の荷物を降ろしといてもらえますか。 俺その間に管理人から台車借りてきますので」
 「OK、わかったわ」
踵を返してマンションへ向かうコングの姿が見えなくなると、それまでじっとその背中を見つめていたジェーンは、おもむろに後部座席のドアに手をかけた。


 「すいません、こんな小さい台車しかなくて」
戻ってきたコングが、台車を指さしながら詫びる。 車の脇に積み上げられた6箱の段ボールを載せるには、確かに心もとない大きさだ。
 「あなたが謝ることじゃないわよ。 とにかく運びましょう」
 「そうですね」
頷いたコングが、一番大きな段ボールを台車に載せる。 そこから二人がかりで、次々と段ボールをパズルゲームのようにバランス良く積み上げていく。
かなり危なっかしい見た目ではあるが、どうにか全ての箱を載せることができた。
 「俺が台車を押しますから、先輩は箱が崩れないよう支えてもらえますか」
 「了解。 慎重にね」
その声を合図に、コングがゆっくりと台車を押し始める。
タイヤから振動が伝わるたび、うず高く積まれた箱がグラグラと揺れるのを、ジェーンが両手で支える。 その様子を、コングが心配そうに見守る。
 「先輩、気をつけてくださいね」
 「大丈夫よ」
そんなやり取りを交わしながら、何とか二人はコングの部屋の前までたどり着いた。
 「いま鍵を開けますね」
ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込んだコングが、そのままドアを開ける。
 「このまま玄関に台車ごと入れちゃった方がいいわね」
そう言うが早いか、ジェーンが台車のハンドルに手をかけ、ぐっと押した。
 「あ、危ない!」
玄関のわずかな段差にタイヤが乗り上げた瞬間、辛うじてバランスを保っていた箱が、グラリとジェーンの方へ傾いた。
とっさにコングが箱へと手を伸ばしたが間に合わず、6箱のうち3箱がジェーンの体に向かって崩れ落ちた。
 「きゃあッ!」
箱が崩れる鈍い音に、ジェーンの鋭い悲鳴が重なる。 箱とともに床に倒れ込んだジェーンへ、コングが慌てて駆け寄った。
 「先輩、大丈夫ですか!?」
素早くジェーンに覆い被さっている箱をどけ、横倒しに倒れている彼女に向かって叫んだ。 腕で顔を庇い、くの字に体を曲げていたジェーンが、ゆっくりと腕を動かした。
 「・・・痛っ!」
短く声を上げて、とっさに右手で左腕を押さえる。 どうやら、腕を痛めたようだ。
 「先輩、起き上がれますか? 俺に掴まってください」
そう言いながらジェーンの体をそっと支えて座らせる。 そしてゆっくりと立ちあがった時、再びジェーンが苦痛の表情を浮かべた。
 「足も・・・」
見ると、足首に擦り傷ができている。 思わず顔をしかめたコングが、失礼します、と断って彼女の体を抱き上げた。 そしてそのまま、部屋の中へと運び込む。
ベッドに彼女を座らせ、怪我の具合を見る。 外傷があるのは足首だけのようだが、左腕を強く打ったようで、赤く変色している。
 「どうします、病院行きますか? 腕の状態が気になります。 もし骨をどうかしていたら…」
心配そうにそう提案するコングに、ジェーンが首を左右に振った。
 「大丈夫、骨は何ともないと思うわ。 腕も動くし、痛むけど腫れてないしね」
痛みを堪えながら腕を動かしてみせるのを無言で見つめていたコングが、ふと立ち上がってベッドサイドの引き出しから救急箱を取り出した。
 「救急箱なんて持ってるの?」
感心したように呟くジェーンの言葉を軽く受け流し、手早く足首の傷を消毒して絆創膏を貼った。
 「・・・ありがとう」
手当てに対し礼を言うジェーンに、なぜかコングが頭を下げた。
 「・・・すいません。 俺がもっと気を配っていたら・・・」
絞り出すようにそう謝罪の言葉を述べるコングに、ジェーンが少し戸惑う。
 「私が悪いのよ。 あなたが謝る必要はないから」
 「でも・・・」
 「いいの。 とにかくありがとう。 悪いけど、荷物は運んでおいて」
 「もちろんです」
ようやく微笑みを見せたコングに、ジェーンもほっとしたように笑顔を浮かべる。 救急箱をしまい始める彼を尻目に、ジェーンは部屋の中を見渡した。
汚れひとつない壁や床。 完成して間もないこともあるが、きちんと掃除をしている証拠でもある。 あたりには無駄なものなどなく、整然としている。
それは彼の持つ清潔感そのままのようで、思わず微笑みが漏れた。
ふと、机の上に置かれた奇妙な物が目に入った。 興味を引かれたジェーンが、ゆっくりと立ち上がって机へと向かう。 
その様子に気付いたコングが問いかけた。
 「どうかしましたか?」
だがジェーンは構わず、机の上に置かれた物をまじまじと見つめた。
Y字型の支柱に掛けられた、ペンダントのようなもの。 しかしそれは、なぜか歯車の形をしている。 しかも中央で二色に分かれていて、見たことのないデザインだった。
ジェーンの視線がギアに注がれているのを知ったコングは、素早く立ち上がるとギアを手に取った。
 「ねえ、それ何なの?」
まるで自分から取り上げるようにギアを持ち去ったその行動を訝しみながら、ジェーンが尋ねる。
 「これは・・・大学時代に先輩からもらった大切なものです」
 「大切なもの?」
 「ええ。 これだけは誰にも触れてほしくないんです」
 「・・・・・・・・・」
手のひらにかざしたギアを、愛おしそうに見つめながらそう呟くコング。 その様がまるで恋人に話しかけているように見えて、たまらずジェーンが目を逸らす。
 「・・・そろそろ帰るわ。 送ってちょうだい」
急に不機嫌になった彼女を不思議そうに見たコングだったが、はい、と返事をしてギアをポケットに入れた。
 「手を貸して」
ついさっきは自力で立ち上がって机まで歩いていたのに、再びコングに支えるよう命じる彼女の意図がわからない。 
だがそれでもコングは密かにため息を吐くと、言われるまま彼女へと手を差し出した。 
 「あ・・・」
よろ、と不意に体勢を崩したジェーンがコングの胸へと倒れ込む。 とっさに抱きかかえるように支えたコングに気付かれぬよう、ジェーンはそっと左耳のピアスを外し、床に落とした。
もう一度部屋を訪れる口実にするために。
 「大丈夫ですか?」
 「ごめんなさい、ちょっとフラついちゃって」
戸惑うコングの様子を楽し気に観察したジェーンが、ひと際ぐっとその身をコングの胸へと押し付ける。 それはまるで、自分の香りを彼に染みつかせるようでもあった。
見えない彼の恋人への、挑戦状のように。
体を密着させて動かない彼女にコングが声をかけようとした時、ふと彼女が体を離した。 再びコングが大丈夫ですか?と声をかける。
 「ええ、ごめんなさい。 もう大丈夫だから」
もういつもの彼女に戻ったのを確認したコングが、今度こそ玄関に向かって歩き出す。
背後の床には、ダイヤのピアスがひっそりと煌めいていた。

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SOTUS・Season3(§109)

2021-03-06 01:56:18 | SOTUS The other side
土曜日。
大量の買い物を終えたコングとジェーンがチェンマイ市内に戻ってきたのは、もう14時を回った頃だった。
 「予定よりだいぶ遅くなっちゃったわね。 お腹すいたでしょ」
 「そうですね、少し。 あ、あの看板のお店ですか?」
前方に「白楽天」と漢字で書かれた看板を見つけたコングが、指さしながら尋ねた。 以前ジェーンと会話していた中で、確かこんな店名を聞いたような記憶がある。
 「そうそう、そこよ。 駐車場はその手前ね」
言われるまま駐車場に車を入れ、停めた車から降りた二人は、すみやかに店の中へと入って行った。
先月オープンしたばかりの店とあって、店内には真新しい木材の匂いがまだかすかに残っているようだ。 明るい色彩で彩られた壁面には、中国の墨絵がいくつか飾られている。
それらに目をやりながら、コングはジェーンの後に続いて窓際のテーブル席へとたどりついた。
 「飲茶ランチをふたつ」
そうオーダーすると、立ち去る店員の背中を見送ったコングへジェーンが話しかけてきた。
 「お昼どきを過ぎてるせいか、空いてて良かったわね。 休日はいつも満席らしいから」
 「そうですね」
コップの冷水を一口飲んだジェーンが、ふーっと大きく息を吐いた。
 「それにしても、疲れたわ。 あ、運転してくれてるあなたはもっと疲れたでしょうけど」
 「そんなことないですよ」
 「正直、こんなに時間がかかるとは思わなかった。 荷物もすごいことになってるし」
そこまで呟いたジェーンが、あ、と何か思いついたように言った。
 「買った荷物、悪いけど一旦あなたの部屋に置いといてくれない? うちは小さい子供がいて狭いから」
 「はい、わかりました」
車の後部座席とトランクが一杯になるほどの大荷物。 一時は車に積みきれるのか心配もしたが、どうにか納めることができてホッとしたものだ。
 「・・・ねえ、休日はいつも何してるの?」
ふとそう尋ねられて、何気なくコングが答える。
 「だいたいバンコクへ帰ってますね」
 「ここからだとだいぶ時間かかるでしょ」
 「車でだいたい5~6時間です。 そんな大したことないですよ」
 「・・・彼女に会うため?」
コップの水を飲もうとしたコングが、ふと手を止めた。 じっと窺うように自分を見つめるジェーンと、しばし目が合う。
 「・・・それだけが理由じゃないです」
一言呟いたコングへ、ジェーンが驚いた顔をしてみせた。 
初めて、彼女の存在を否定しなかった。 これまでは、いつもうまくはぐらかされていたのに。
 「へえ・・・やっぱり彼女いるのね。 でも遠距離なんて、辛いことの方が多いでしょ」
 「そんなことないですよ。 お互いが信頼しあってれば、全く問題ないです」
 「そんなの詭弁よ。 綺麗ごとだわ」
なぜか突然険しい表情になってそう吐き捨てるジェーンを、コングが不思議そうに見る。 その視線に気付いたジェーンが、ぼそりと零した。
 「・・・私にも昔遠距離の恋人がいたわ。 最初のうちは、あなたのように信じてたら大丈夫って思ってた。 だけど、時間が経つうちに二人の気持ちがどんどんすれ違って、
  結局お互いが身近に別の恋人を作って終わりになった」
 「・・・・・・・・・」
 「人の心なんて、そんなものよ。 だって遠く離れてたら、相手がどんな気持ちでいるか、相手の傍にどんな人がいるか、何もわからないのよ。  信じ続けるなんて、
  土台無理な話だわ」
後半はほぼ独言のような呟きを漏らすジェーンの言葉を、それまで黙って聞いていたコングが、不意に口を開いた。
 「・・・それは、先輩の場合の話ですよね。 俺たちは違いますから」
それは静かな口調だったが、そこには強い意思が見て取れる。 揺るぎのない眼をして告げるコングに、ジェーンは猛烈に反発したくなった。
 「そこまで言い切るなんて、よっぽど自信があるのね。 じゃあなぜ中国行きの返事を渋ってたの? 恋人と離れるのが不安だったからじゃないの」
強い口調でそうまくしたてられ、コングが思わず口ごもる。 違う、とは即答できなかった。 ジェーンの言うことが間違っていないからだ。
だが、それでも。 
 「・・・・・・確かに、そう思ってた時もありました。 でも今は、もう迷いはありません。 相手も、同じように思ってくれてるということがわかりましたから」
再び真っすぐ自分を見つめてそう言い切るコングに、今度はジェーンが言葉に詰まる。 
無性に、腹が立った。 自分は遠距離で失敗したというのに、なぜ彼はこんなに自信たっぷりでいられるのか。
いや、それだけではない。 
コングに惹かれ始めているジェーンにとって、先ほどの彼の言葉は、恋人との愛の深さを見せつけられているようでたまらなかったのだ。
 「・・・・・・そう。 そこまで言えるなんて大したものね。 だけど、何が起きるかわからないのが人生というものよ。 それを肝に命じておくのね」
好戦的な眼差しで言い放つジェーンを、目を見開いたコングが見据える。 なぜ彼女は、自分に対してこうも強く感情をぶつけてくるのだろうか。
それは以前から思っていたことだったが、今日はいつもに増して激しく感じる。
その根底に恋慕の感情があるということに気づいていないコングには、ジェーンの気持ちなどわかるはずもない。
二人の間に何とも言えない空気が流れる中、その重苦しさを打ち破るように、店員が料理を運んできた。
美味しそうな匂いと出来たての湯気を放つ料理を見て、ふとジェーンの表情が和らいだ。
 「・・・ごめんね。 せっかく美味しいランチ食べに来たのに、気分が悪くなるようなこと言って。 さ、食べましょ」
自分からランチに誘ったのに、コングの気分を害したことをほんの少し悔やんだジェーンが、苦笑いのような笑みを浮かべた。
 「気にしてませんよ。 じゃあ、いただきます」
ひとまず彼女の気持ちが落ち着いたことを確認したコングが、手を合わせてから箸を持つ。
そうして二人は、しばし絶品の料理たちに舌鼓を打った。

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SOTUS・Season3(§108)

2021-03-06 01:55:31 | SOTUS The other side
間が悪い、とはこのことだ。
つい先ほど、アーティットから今週末は帰ってくるのかとラインが入った。
彼からこういう内容のラインがくることは珍しい。 何か用があるのかと思い尋ねたが、特にないという。
何もないのにこんなことを訊いてくることなどなかっただけに気になったが、土曜日はジェーンと約束をしてしまった以上、どうしようもない。
非常に不本意ではあったが、コングは仕事の都合で帰省できないことを伝えた。
 『そうか。 わかった』
アーティットからの返信はただこれだけだった。 この短い文面からは、彼の心中など図ることもできない。
しばらくデスク上で携帯の画面をじっと見つめていたコングに、隣席からジェーンが声をかけてきた。
 「・・・また彼女から?」
携帯を覗き込むようにしてそう言うジェーンに気づき、コングが速やかに携帯をポケットにしまいながら否定する。
 「違いますよ」
 「ならなぜそんなに慌ててしまうの? 見られたら困る相手なの」
勝手に他人の携帯を見ることが失礼なことだと、彼女にはわからないのだろうか。 人とは異なる常識観念をもつ彼女には、いつもながら驚かされる。
 「・・・プライベートなことですので、答える必要はないと思います」
言葉こそ丁寧だが、明確に拒絶されたと悟ったジェーンが、あからさまに不快な表情になって言い返した。
 「今は仕事中よ。 プライベートなことだって言うなら、時間外にするのね」
普段仕事中だろうが、しょっちゅう携帯を触っている自分のことは完全に棚上げで勝手なことを宣う彼女に、コングは密かにため息をこぼした。
だが、そんな彼女にもしアーティットのことを知られたら、それこそ根掘り葉掘りしつこく追及されるのは目に見えている。 それだけはどうしても避けたい。
これからは、彼女のいるところでは携帯を手にしないよう、コングは心の中で誓った。


同じ頃、オーシャンエレクトロニック社の購買部では、アーティットが携帯を見つめてため息を吐いていた。
忙しさにかまけてすっかり忘れていたが、この土曜日はコングの誕生日だ。
先ほどのラインで帰省の理由を尋ねていたことから察するに、きっとコング自身も忘れているのだろう。
誕生日プレゼントを用意して一日一緒に過ごすつもりだったが、こればっかりは仕方がない。 忙しいのはお互いさまだ。
落胆が顔に出ていたのだろう。 向かいからトードが話しかけてきた。
 「おい、なんか落ち込んでないか? 顔が暗いぞ」
パソコン越しにこちらを見ながらそう言うトードを、はっとしたようにアーティットが見た。 とっさに笑顔を張り付けようとして失敗し、たまらず苦笑いを浮かべる。
 「・・・なんでもないよ」
そう言って再び仕事に戻ろうとしたアーティットに、そういえば、と何かを思い出したトードが続けた。
 「もうすぐコングの誕生日じゃないか?」
まさについさっきまで考えていたことを口にされて、アーティットがひどく驚いた。
 「な、なんで知ってるんだ?」
 「アース先輩と2日違いなんだよ。 前にコングが言ってたんだ。 えーっと、先輩が来週の月曜だから・・・」
 「・・・この土曜日だよ」
 「あ、そうそう! そうだった。 ちょうど週末だし、コングもこっちに帰ってくるんだろ?」
 「それは・・・」
アーティットの表情がわずかに曇ったのを見たトードが、意外そうに尋ねる。
 「え、まさか帰ってこないのか? せっかくの誕生日なのに」
 「・・・仕事が忙しいみたいで」
それだけ答えて俯いてしまったアーティットを見て、トードが発破をかけた。
 「なんだよ、それならおまえがコングのとこへ行けばいいんだよ。 そうだ、行くって言わずにサプライズで行けば、あいつすごく喜ぶんじゃね?」
最高のバースデープレゼントじゃん!と付け足して、自分のことのようにトードが喜ぶ。
しかしアーティットにとっては、目から鱗の話だった。
自分からコングに会いに行く。 これまでそんなこと思いつきもしなかった。
しかし考えてみれば、いつもコングが来てくれるのが当たり前だと思っていた。 たまには、自分の方がコングへ会いに行ってもいいのではないか。
何気なく呟かれたトードの言葉が妙案に思えて、アーティットは小さくうなずいた。
 「・・・そうだな。 悪いけど、土曜日は休ませてくれ」
 「なに言ってんだよ、土日とも休めよ。 チェンマイ日帰りとか無理だろ。 それに」
そこまで言うと、なぜか唇の端をニッと吊り上げたトードが、隣のサットに聞こえないよう囁いた。
 「泊まらなきゃプレゼントになんないだろ」
意味深に紡がれた言葉が、アーティットにはいまいちピンとこなかった。 だが数秒遅れでその意味を悟った時、猛烈に狼狽えた。
 「なっ・・・、何言ってんだおまえ! 俺は、その、そんな・・・!」
 「落ち着けよ。 まったくおまえはいつまでたっても初心だよなあ。 ま、そこがまた可愛いけどな」
 「か・・・可愛い!? ふざけてんのかおまえ!」
羞恥からなのか、はたまたからかわれた怒りからなのか、耳まで真っ赤に染めたアーティットが拳を振り上げて抗議する。
しかし当のトードは、そんなアーティットの罵声などどこ吹く風のごとく涼しい顔だ。
 「可愛いもんは可愛い。 なぁサット、おまえもそう思うよな?」
突然話を振られたサットが、驚いて書類から顔を上げて、え?と訊き返す。
 「アーティットさ。 こいつ時々マジ可愛いと思うときあるんだよ」
 「おま・・・っ、おちょくるのもいい加減にしろ!」
面白そうに話すトードと、真っ赤になって叫ぶアーティットを交互に見たサットが、小さく頷きながら答えた。
 「ああ・・・そうですね。 後輩の立場から言うのもあれですけど、確かに可愛く思うときがあります」
 「だろー!? やっぱおまえもそう思ってたか~!」
 「な・・・おまえら・・・」
サットまでもが一緒になって同調するのを見たアーティットが、呆然となる。 またしても、後輩からからかわれてしまった。
もう抗議する気力も失せたアーティットが、ずるずるとデスク上に突っ伏す。
これが大学時代にSOTUSのチームリーダーとして君臨していた人間だとは、もはや誰も信用しないだろう。
あの頃はどこをどうとっても【可愛い】などという形容詞は出てこなかった。 そもそも、そんなふざけたことを口にする者など誰一人いなかった。
たった一人、コングを除けば。
 「・・・・・・・・・」
ふと頭に浮かんだコングの姿が、不意にアーティットの胸をくすぐる。 やっぱり、会いたい。 会いに行こう。
バンコクから引っ越す際に同行したから、マンションの場所はわかっている。
突然訪れたアーティットを見て、コングはどんな顔をするだろう。 デスクに伏せていてトードたちには見えないのを幸いに、アーティットが密かに微笑む。 
行くと決まれば、プレゼントを何にするか考えなければならないな、と心の中で呟いて、にやけた顔をどうにか元に戻したアーティットがゆっくりと顔を上げた。

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