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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§117)

2021-03-07 00:28:06 | SOTUS The other side
月曜日の朝。
休み明けでどこか気だるげな顔をした社員が出勤してくる中、ジェーンは速足で社屋の廊下を歩いていた。
まっすぐ前を見据え、一心不乱に歩くその表情は険しい。
時折すれ違う社員が挨拶をしてくるのも構わずに、歩を緩めずひたすら足を進める。
やがてたどり着いたのは、建設部長室だった。
ドアの前で立ち止まり、一瞬あたりを窺ったジェーンは、誰もいないことを確認するとノックもそこそこに素早くドアを開けた。
 「なんだ、随分早かったな」
入室してきたジェーンとスマホの画面を交互に見て、部長のブランカが意外そうに告げた。
 「まだラインきてから数分しか経っていないのに」
 「もう少ししたら出張に出かけなきゃいけないの。 その前にどうしても部長に言っておきたいことがあるのよ」
到底部下とは思えない親しげな口調でそう訴えるジェーンを、驚いた様子もなくブランカが見つめる。 
すると、なぜかブランカがニヤリと唇を歪めた。
 「そうか、出張で会えなくなる前に私に抱かれたくなったか」
そううそぶきながら席を立ち、ゆっくりとジェーンに近づいたブランカが、彼女の腰に手を回した。
だがジェーンはその手を振りほどき、首を左右に振った。
 「違うわ。 重要な話があるの」
目論見が外れたことに少々落胆したブランカが、ため息をこぼしながら再び席へと戻ると、ジェーンがデスクへ歩み寄って口を開いた。
 「来月からの中国行きのことだけど、とても心配なことが起こったの」
 「心配なこと? 何だそれは」
デスク上で両手を組んだブランカが、予想外の言葉を受けてジェーンの顔を見上げる。
 「・・・コングが、ゲイだったのよ」
 「なに?」
単刀直入に言われて、ブランカにはすぐにはどういうことかわからなかった。 
言葉の意味を図りかねて不可思議な顔をしているブランカへ、さらにジェーンが付け加える。
 「コングには、男の恋人がいるの。 ゲイが中国行きのメンバーにいるのは、まずいでしょ。 中国は同性愛に強い偏見があるって聞くし」
 「・・・そういうことか。 しかし、あのコングがゲイだったとは・・・」
ようやく彼女の言わんとすることを理解したブランカの表情が、にわかに険しくなる。
この中国行きプロジェクトの責任者は、このブランカだった。 
彼の名の下にあらゆるプランが練られ、もちろん派遣メンバーについても、彼が太鼓判を押した精鋭たちが集められたのだ。
その中でも、コングは特に優れたメンバーだった。 
そして、愛人であるジェーンも彼のことを絶賛し、共に中国で仕事をしたいと熱望したほどだ。
滅多に他人を誉めたりリスペクトしたりしない彼女が、これほどに絶賛するのを珍しく思いながらも、そこまで言うならとメンバーに加えたのだった。
しかし、そんな彼がまさかゲイだったとは。
ジェーンの言うとおり、中国には未だ根強く同性愛者への偏見があり、大企業になるほどその傾向は強い。
このネオジェネシス社と提携している中国企業も、業界内では最大手と言われている大会社だ。
もしそんな相手に、派遣社員の中にゲイがいると知れたらどうなるか。
恐らく問題になり、最悪の場合業務にも悪影響を及ぼすことになるかも知れない。
頭の中で様々な思案を巡らせているであろうブランカに、ジェーンがとどめの一言を突き付けた。
 「・・・それに私、ゲイと一緒に中国へなんか行きたくないわ」
唇を歪め、心底憎らしそうにそう吐き捨てる彼女を、ブランカが見る。
ついこの前までは、コングのことをあんなに褒めちぎっていたのに、彼がゲイだとわかった途端手の平を返したようにその態度を豹変させた。
彼女には、以前からゲイに対する嫌悪が見受けられた。 
周囲にいるゲイカップルを目にするたび、彼らを強く非難し、激しい拒絶反応を見せていた。
ブランカには、なぜ彼女がそこまでゲイを毛嫌いするのかはわからない。 
恐らく過去に何かしらの因縁があるのだろうが、それが自分たちの関係に影響を及ぼすわけでもないため、さほど気にはしていなかった。
ふと、その疑問をぶつけてみたくなった。
 「・・・おまえ、前からゲイに対して過剰な反応するよな。 何か理由でもあるのか」
何気なく投げかけられたその言葉に、ジェーンが明らかに狼狽した。 一瞬、言葉に詰まる。 そんな彼女の反応が、ブランカの好奇心をさらに煽った。
 「おまえがそんなに狼狽えるなんて珍しいな。 やはり何かあるんだな?」
 「な、何でもないわ。 あなたには関係ないでしょ」
 「そりゃ関係ないが・・・」
尤もなことを言われ、今度はブランカが口をつぐむ。 これ幸いに、ジェーンがとにかく、と強制的に話題を戻した。
 「コングをメンバーから外してちょうだい。 じゃなきゃ私が行かないから」
 「おいおい、それは困るよ。 おまえは派遣される中で唯一の女性なんだから」
 「だったらなおさらコングを外すべきね。 頼んだわよ」
そう言い残すと、さっさと踵を返してジェーンが部屋を出て行った。
それまで身を乗り出して彼女と向かい合っていたブランカが、やれやれ、とでも言うように背もたれへと体を投げ出し、大きくため息を吐く。
ジェーンが中国へ行くことには、深い意味がある。
この建設業界は、未だに女性の進出が遅れている。 
男女平等と叫ばれて久しい中、遅々として進まない女性の地位が、この業界でも問題視されている。
そんな中で、今回のこのプロジェクトに女性を登用したことの意味は大きい。
その栄えあるメンバーにジェーンを抜擢できたことは、公私ともにブランカの自尊心を大いに満足させた。
そんな彼女を、コングといういち新人のためにメンバーから外すわけにはいかない。
こんなタイミングで暴露されたコングの正体が恨めしく思える一方で、なぜジェーンがそんな情報を手に入れたのかも気になった。
だが、今はそんなことを詮議している場合ではない。
 「・・・仕方ないな・・・」
誰にともなくそう呟いたブランカは、おもむろに体を起こすとデスク上の電話に手を伸ばした。
 「・・・あ、ナラック君か? ちょっと緊急で重要な話があるんだ。 今から私のところへ来てくれ」
それだけ告げて電話を切ったブランカは、気疲れした気持ちを切り替え、ナラックとの話し合いのために応接セットへと移動した。
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SOTUS・Season3(§116)

2021-03-07 00:27:16 | SOTUS The other side
コングが作った茶わん蒸しとサラダ、中華スープをあっという間に平らげたアーティットが、満足そうに腹を撫でている。
自分が作った料理を、愛する人が美味しそうに完食するのを嬉しそうに見つめていたコングが、ふと表情を曇らせた。
 「・・・先輩、ジェーン先輩のこと・・・。 俺たちの関係は気付かれてないとは思うんですが、もし彼女が俺たちのこと知ったら、本当に何をしでかすかわかりません。
  先輩のところまで影響が及んだらと思うと、俺・・・」
テーブルの上で、思わず握った拳に力が入る。 
同僚からも、これまで彼女の様々な素行を見聞きしている。 中には、自分の恋人に横恋慕した挙句、彼氏にストーカーまがいのことまでされたという女性社員もいた。
今日、アーティットを見た時の彼女の目。 興味津々といった感じで、ねっとりと見つめていた。
返す返す、アーティットを彼女に見られたことが悔やまれる。 こうなると、自ら彼女の前へ出てきたアーティットが恨めしい。
焦燥と不安を色濃く漂わせるコングの様子をじっと見守っていたアーティットが、コングの拳にそっと手を載せて呟いた。
 「・・・俺のことは、心配しなくていい。 そもそも、何も起こるわけないさ。 おまえ気にしすぎなんだよ」
 「先輩は彼女のこと知らないからそんなことが言えるんですよ。 彼女はあなたが思ってる以上に不可解な人間なんです」
危機感のかけらも見受けられないアーティットの態度が癪に障り、つい強い口調でコングがまくし立てる。 
およそ彼には似つかわしくないその様子に、アーティットが驚いたように目を見開く。 そのまま黙ってしまった彼を見て、コングはようやく自分の強硬な態度を自覚した。
 「あ・・・すいません、つい・・・。 でも、俺の言うこともわかってほしかったんです。 あなたにも、危機感を持ってほしいんです」
 「危機感って・・・」
怪訝そうにそう反芻したアーティットだったが、ふと先ほどジェーンと出くわした時のことを思い出す。
確かに、舐めるような眼で自分を見ていた。 そして、何やら意味深な言葉を吐いていたように思う。
 「・・・・・・・・・」
そう思うと、コングの言っていることが俄かに信憑性を増してくる。 そう言われてみると、あれは何かを企んでいるような目だった気もする。
思わず、生唾を飲んだ。 
だが、アーティットはそのことをコングに伝える気にはならなかった。 もし言ってしまえば、それこそコングは過大に捉えて、今後の仕事や人間関係にまで影響を及ぼしかねない。
それに、こことバンコクは遠い。 自分がバンコクへ戻れば、もう彼女と会うこともないだろう。 しかも、来月からは中国へ行ってしまうのだ。
余計なことは言わないに限る。 そう心に決めたアーティットは、それより、と告げて強制的に話題を変えた。
 「ここは片付けておくから、おまえも早くシャワー浴びて来いよ」
 「え? 片付けも俺がやりますよ」
 「いいから! 今日は誕生日なんだ、俺にやらせろ」
そう言うが早いか、目の前の皿を素早く重ね始めたアーティットをポカンと眺めていたコングに、再びアーティットが喝を入れる。
 「ほら、早くしろって」
まるで追い払うように手をシッシッと振られ、苦笑いを浮かべて仕方なくコングが立ちあがった。
クローゼットの着替えに手を伸ばしかけて、ふと動きを止めたコングがアーティットを振り返る。
食器を持ってシンクへと向かう彼に何か言おうとしたが、喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、コングは思い直したように着替えを手にシャワールームへと向かった。


二人分の食器と調理器具を洗い終え、食器乾燥器のスイッチを入れたアーティットは、満足したように小さく頷くと、窓際へと向かった。
開け放たれた窓からは、微かな夜風とともに街路樹の梢が揺れる音が聞こえる。
窓際に佇んだアーティットは、おもむろに窓ガラスに手をかけると静かに閉めた。
室内に充満していた忌まわしい香りは、もうすっかり消えている。 しかしアーティットの脳裏には、ジェーンが見せた不可解な態度が焼き付いて離れない。
(女にも、男にも)
たっぷりと含みを持たせた口調で、耳元に囁かれた言葉が耳の奥で幾重にも反響する。
コングには心配をかけたくない一心で気にするなと言ったが、その実アーティット自身が一番不安を感じていた。
彼女の眼はひどく虚ろで昏く、何か得体のしれない恐怖すら覚えた。 コングが言うように、あんな眼をした彼女なら、確かに何をしでかしても不思議ではない気がする。
不意に背筋をゾワリと何かが這い上がったように感じて、思わずアーティットが両手で自分の体を抱きしめた。
急に室内の温度が下がったかのように、冷たい汗が滲みそうになる。
しばらくそうして訳のわからない恐怖に慄いていたアーティットの耳に、シャワールームのドアが開く音が聞こえた。 無意識にホッと安堵の息を漏らし、ゆっくりと己を抱いていた両手をほどく。
頭から被ったタオルで髪を拭きながら出てきたコングが、窓際に立ち尽くしているアーティットに気づいて不思議そうに尋ねた。
 「先輩、そんなとこで何してるんですか?」
 「あ・・・、窓を閉めに」
とっさに窓を指さすアーティットにつられて目をやると、確かに開けてあった窓が閉められている。
 「もうよかったんですか? 匂いは消えました?」
 「ああ、大丈夫だ」
アーティットの答えに安心したように、コングが目を細めた。 そのまま冷蔵庫へ向かい、中からミネラルウォーターを二本取り出して、アーティットのもとへやって来た。
一本を差し出しながら、コングが呟く。
 「こんなものしかなくて・・・。 先輩が来るってわかってたら、ビールでも買っておいたんですけど」
 「いいよ、そんなの。 これで充分だ」
サンキュ、と付け足してペットボトルを受け取る。 手に浸透する心地よい冷たさを感じているアーティットの傍らで、コングはすぐにキャップを開けてゴクゴクと飲み始めた。
よほど喉が渇いていたのか、あっという間にボトルを空けてしまったコングに、アーティットが問いかける。
 「まだ足りないんじゃないのか? これも飲めよ」
そう言って手のボトルを差し出すアーティットに、コングが首を左右に振って見せた。
 「いえ、もう。 ちょっと、洗濯まわしてきますね」
空になったボトルをシンクに置くと、肩にかけていたタオルを洗濯カゴに放り込み、そのまま洗面所へと向かう。
再び一人になったアーティットは、しばらく手渡されたボトルを見つめていたが、やがてベッドへと足を運んだ。
ベッドサイドの小さなテーブルにボトルを置いて、ベッドに入る。 薄い羽毛布団をめくり、糊のきいたシーツへと体を横たえる。
ほのかに、コングの匂いがした。 いつも自分を包み込んでくれる、愛しい香り。
ひとしきりその香りを堪能したアーティットが、おもむろに着ている衣服を脱ぎ始めた。 やがて生まれたままの姿になったアーティットは、再び横になって、コングが戻ってくるのをじっと待った。
次第に高まる鼓動が、耳の中で乱反射する。 およそ自分らしくないことをしようとしている自覚が蘇り、恥ずかしさで逃げ出したくなった。
だが、今日は特別な日。 コングの誕生日に、精いっぱいの気持ちを込めて。
 「・・・先輩?」
いつの間にかベッドサイドまで戻ってきたコングが、ベッドのアーティットを見て驚きの声を上げた。
羽毛布団から覗く彼の上半身は、裸だった。 いつもベッドに入るときは衣服を身に着けているはずなのに。
しばし状況が掴めず立ち尽くすコングに向かって、アーティットがおもむろに腕を差し伸べた。
 「・・・来いよ。 今夜は、俺がお前の抱き枕になってやる」
やや小さな声で、それでもはっきりとそう告げる彼の顔は、ほのかに赤らんでいるように見える。
 「・・・誕生日、だから・・・」
さらに小さな声でそう付け足す。 ようやくコングにも、彼の意図がわかった。 みるみるコングの表情が緩んでいく。
 「先輩・・・俺にとってこれが一番のプレゼントです。 あなたが、こんなことしてくれるなんて・・・」
 「いいから、早く来いって」
すぐそばに立つコングのスエットをつまみ、くいっと引っ張る。 いつまでもこんな自分の様子をまじまじと見られるのがたまらず、思わず目を伏せた。
そんなアーティットの様子が、コングの胸を射抜いた。 素早くベッドへ入ると、素肌のままのアーティットをぎゅっと抱きしめた。
 「ああ・・・先輩。 あなたの肌はとても綺麗だ。 白くて、すべすべしてて・・・」
アーティットの体に絡みつかせた手を、肩や背中、首筋、そして胸へと縦横無尽に動かしていく。 そして、その手が下腹部へと到達したとき。
 「・・・ここは、とても熱いですね・・・」
無意識に腰を引こうとするアーティットを許さず、片手でしっかりと腰を抱えたコングが、もう片方の手で緩急ないまぜな愛撫を始める。
 「・・・ぁ・・・」
いやいやをするように顔を左右に振りながら、アーティットがコングの手に手をかけるが、そんなささやかな抵抗などすぐに封じられてしまう。
その間にも、桜色に染まり始めたアーティットの首筋へとコングの唇が這っていく。
次第にコングの吐息も乱れ始め、二人の呼吸がどんどん荒くなる。 シーツを握りしめていたアーティットの手が、いつしかコングの背中に回されて、指先に力が入る。
 「う・・・!」
くぐもった呻き声は、もはやどちらのものかわからない。 短く発されたその声とともに、二人の動きが止まる。
アーティットの上に倒れ込むように覆いかぶさるコング。 二人はそのまま乱れた呼吸が収まるまで、微動だにせずにいた。
やがてコングがゆっくりとアーティットの上から退いて、隣へ仰向けに寝転んだ。
そんな彼を愛おしそうに見つめていたアーティットが、ゆっくりと手を動かした。
 「・・・先輩?」
コングの体を抱き寄せ、自分の胸にコングの頭を載せる。 彼の髪の毛を撫でながら、穏やかな声で囁いた。
 「今夜はずっと、こうしてるよ。 言ったろ? 抱き枕だって。 ゆっくり眠れよ」
 「先輩・・・」
微笑みながら髪を撫でるアーティットを見上げたコングが、やがて満面の笑顔になってうなずいた。
 「今夜はあなたの鼓動を聞きながら、眠ります」
そう言いながらぎゅっとアーティットの体を抱いたコングが、ぴったりと胸に耳を当てて目を閉じた。
熱い胸からは、規則正しい拍動が聞こえる。 まるで母の胎内にいるような不思議な安心感に満たされたコングは、少しずつ心地良い微睡へと堕ちていった。

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SOTUS・Season3(§115)

2021-03-07 00:26:36 | SOTUS The other side
コングの腕から逃れてシャワールームに駆け込んだアーティットは、思いきり蛇口を捻り、勢いよく吹き出すシャワーを頭から被った。
少し熱めのお湯は、コングによって呼び醒まされそうになった体の妖しい熱を一気に吹き飛ばしてくれる。
完全に熱が冷めて頭がすっきりとしたアーティットは、しとどに濡れた顔をぐいっとぬぐうと、シャンプーを手に取った。
一方アーティットのために着替えを用意し終えたコングは、ふと冷蔵庫へと手を伸ばした。
扉を開けると、卵と野菜が目に入った。 
アーティットがシャワーを浴びている間に、彼の好きな茶わん蒸しを作ろうと思い立ったコングは、さっそく卵を取り出した。
それから20分ほど経った頃、タオルを首にかけたアーティットがシャワールームから出てきた。 
髪の毛から滴る水滴を拭きながら、クン、と鼻を鳴らす。
 「なんか、旨そうな匂いがする」
キッチンに立っていたコングがその声に気づき、振り向きながら答える。
 「茶わん蒸しを作ってます。 蒸し上がるまで、もう少し待っててくださいね」
そう言って再びキッチンへ向き直ると、止めていた手を動かした。 そんな彼の背後へと近づいたアーティットが、彼の肩越しに手元を覗き込む。
キャベツと人参、キュウリなどを乱切りにして器へ盛り付けついる。 どうやらサラダを作っているようだ。
隣のIHコンロに置かれた蒸し器からは、白い蒸気がシュンシュンと音を立てて吹き出ている。
 「・・・・・・・・・」
少し後ろに下がったアーティットは、そんな風景を妙に感慨深い気持ちで見つめた。
愛しい恋人がそこにいて、自分のために食事の準備をしてくれる。 そんな何気ない日常の光景が、ひどく貴重に思えた。
バンコクとチェンマイでそれぞれ別々の生活を送るようになって数ヶ月。 
お互い多忙な日々に追われ、会うこともままならない時もある。
ようやく会えても、今回のようにトラブルが起きたり、妙な意地を張ったりして大切な時間を無駄にしてしまうこともある。
互いがただの一社員でいられる今しか、共に過ごせる時間はない。 コングがサイアムポリマー社のトップになってしまったら、今のように気安く過ごすことはできなくなるだろう。
そう心の中で思ったアーティットは、切なく胸が締めつけられるのを感じて、思わずコングに駆け寄り背後から彼を抱きしめた。
 「先輩・・・?」
はらり、と首にかけていたタオルが床に落ち、まだ乾ききっていない髪がコングのTシャツをしっとりと濡らす。
 「・・・・・・・・・」
不思議そうにコングが声をかけるが、返事はない。 その代わりにコングの胸元で重ねられたアーティットの両手に、ぐっと力が込められる。
包丁をまな板の上へ静かに置いたコングが、そっとアーティットの手に自分の手を重ねる。 
白いその手は、以前よりも少し骨ばって、細くなった気がした。
そう感じた瞬間、勢いよく振り返ったコングが、強くアーティットを抱きしめた。 突然のことに、今度はアーティットが驚く。
腕の中の温かい体が、やはり以前よりもほっそりとしていることに今さらながら気づいて、コングの胸が苦しくなった。
 「先輩・・・。 辛い想いをさせて、すみません」
 「え? 辛い想い・・・?」
意外な言葉に、思わずアーティットが反芻する。 
思い当たることがすぐには浮かばず少し戸惑うアーティットに、優しくコングが語りかける。
 「先輩は何も言わないけど、きっと俺の知らないところで色んなことを考えて、悩んで、傷ついたりしてるでしょう。 そばにいたら、そんな時すぐにあなたを慰めて
  あげられるのに・・・」
 「コングポップ・・・」
 「会うたび、あなたが痩せていくような気がして・・・。 胸が痛いです」
 「・・・・・・・・・」
静かに紡がれるコングの言葉の語尾が、かすかに震えたように聞こえた。 
心から自分のことを想っているということが伝わってきて、アーティットの胸まで切なさで苦しくなる。
うまく出てこない言葉の代わりに、コングの背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめ返す。
 「・・・そんなこと言うな。 俺はおまえが思うほどヤワじゃないよ。 痩せたのは、仕事のせいだ。 おまえだって痩せただろう? お互いさまさ」
 「先輩・・・」
わかっていた。 たとえ辛いことや苦しいことがあっても、決してアーティットは口に出さない。 コングに余計な心配をかけないためだ。
そんな彼の性格がわかっているからこそ、余計にコングは切なくなる。 
口癖のような強がりの言葉も、裏を返せば弱い部分を見せないためのカモフラージュだということも。
自分の気持ちをなかなか正直に口にできず、でも自分に嘘もつけない不器用な恋人を、心から愛しく思った。
 「ああ・・・先輩、俺は今先輩のことがすごく愛しい。 もう付き合って何年も経つけど、いつだって俺は先輩に恋してやみません。 ほら、今だってこんなに」
そこまで言うと、不意に体を離したコングがアーティットの手を取って自分の胸へと当てさせた。
手のひらからは、コングの高鳴った鼓動がしっかりと伝わってくる。 思わず、アーティットがコングを見た。
 「俺の鼓動、わかるでしょう。 こんなにドキドキしてる。 あなたの鼓動も、感じさせてください・・・」
じっと目を見つめてそう懇願するコングに戸惑いながらも、アーティットはゆっくりとコングの髪に指を指し込み、そのままそっと頭を自分の胸へ抱いた。
徐々に速まっていく鼓動をコングに聴かれているのが何だか恥ずかしくて、アーティットはすぐにぐいっとコングの頭を胸から剥がした。
すると不服そうな目をしたコングがすかさず訴えた。
 「もっと先輩の鼓動を聴かせてくださいよ。 まだ全然足りない」
 「もういいだろ。 それより茶わん蒸し、まだいいのかよ」
恥ずかしさからか、顔を逸らしたままぶっきらぼうにそう吐き捨てるアーティットに、やれやれといった感じでコングがため息を吐く。
照れ隠しなのはわかっているが、しかし言われてみれば確かにそろそろ蒸し上がる時間だった。 シンクには、切りかけの野菜もまだそのままになっている。
まだ後ろ髪を引かれる気持ちはあるが、それでもお腹を空かせているであろう恋人の胃袋を満たすことが優先と踏んだコングは、ふっと小さな微笑を漏らしておもむろにシンクへと向かった。

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SOTUS・Season3(§114)

2021-03-07 00:25:52 | SOTUS The other side
半ば強制的に部屋へ連れ戻されたアーティットは、室内に入ったところで不意に立ち止まった。
まだ部屋にしつこく残る、あの香り。
その残り香を嗅いだ瞬間再び頭がクラクラし、不快感が足先から沸き上がってくるのを感じて、思わず口元を押さえる。
苦渋に歪んだその表情を見たコングが、心配そうな目で問いかけた。
 「先輩、どうしたんですか? なんだか顔色が・・・」
 「窓を・・・開けてくれ」
呻くように絞り出されたその声を受けて、コングが事情を呑み込めないまま窓を開け放した。 少しだけひんやりとした空気が流れ込み、室内を満たしていく。
その新鮮な空気を取り込むために数回深呼吸を繰り返すと、ようやくアーティットの血色が少し良くなった。
 「・・・いったい、どうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか」
少しずつ様子が落ち着いてきたのを確認したコングが、アーティットへ歩み寄りながら問いかける。 だがアーティットはその問いかけにはすぐには答えず、ゆっくりとベッドに腰かけた。
すると、コングも彼の隣へと腰を下ろした。 やや俯いて足元に視線を落とすアーティットを、じっとコングが見つめる。
 「・・・・・・自分でも、わからないんだ」
ぽつりと、アーティットが零した。 彼が何を言わんとしているのか、まだコングにはわからない。
そのまま根気強く次の言葉を待っていると、やがてぽつぽつとアーティットがその続きを語り始めた。
 「おまえのことは、信じてる。 だけど、彼女の香りや、おまえたち二人の姿を見た途端、体が言うことをきかなくなって・・・」
 「言うことをきかない・・・?」
 「頭で考えるより先に、体が拒絶反応を起こしたっていうか・・・。 とにかく、体が勝手に動いちまった」
 「・・・・・・・・・」
アーティット自身も、己の体の反応に戸惑っているようだった。 しばらく自分の両手を見つめていたアーティットが、不意にコングを見た。
 「・・・それに、おまえが彼女に言った言葉・・・」
 「え?」
 「恋人なのって聞かれた時、違う、ただの先輩だ、って・・・」
独り言のように小さな声で呟くアーティットの目が、哀しく揺れたように見えた。 それを目の当たりにした時、コングの胸が一気に締めつけられ、たまらずアーティットの体を抱き寄せた。
 「違うんです。 あれは、彼女に先輩のこと知られたくなかったからです。 もし知られたら、根掘り葉掘りしつこく問い質されて、きっと先輩に迷惑がかかると思って・・・」
 「迷惑・・・」
 「そうです。 本当なら俺だって、先輩のこと恋人だって堂々と宣言したい。 だけどもし彼女にそんなこと言ったら、会社じゅうに触れ回って、大変なことになるかも
  知れないから」
彼女はそういう危険な人間なんです、と付け足して、アーティットを抱く腕に力を込めた。
自分を抱く温かい腕に包まれて、アーティットの心がゆっくりと解れていく。 おずおずと、彼の背中に手を回す。 そんなアーティットの反応を心地よく感じながら、さらにコングが続ける。
 「本当なら、あなたを彼女に見せたくなかった。 だけどあなたが玄関まで出てきたから・・・」
あの時の様子を思い出しながらコングが少し不満そうにぼやく。 慌てて押し止めたが、結局ジェーンに見られてしまった。
 「・・・そうだ、あの時俺が止めたのに、なんで先輩はそれを振り切ってわざと彼女に挨拶なんかしたんです?」
抱きしめていた腕を解き、彼の両腕を掴んで正面からコングが尋ねる。 じっと目を見つめられて、しばしアーティットが目を泳がせた。
 「・・・それは、何となく・・・。 ちょっとした反発、かな」
 「反発? どういう意味です」
 「その・・・、恋人として紹介してもらえなかった腹いせっていうか・・・」
どこか言い訳じみた口調で、ボソボソと呟くアーティットの顔を覗き込んでいたコングが、ニッと唇を吊り上げて笑った。
 「それって、拗ねたってことですか?」
 「拗ねたとか、そんなんじゃない! おまえへの当てつけだ」
 「でも俺には拗ねたとしか思えません。 まったく、可愛いんだから・・・」
そう言うが早いか、再びコングがアーティットをぎゅっと抱きしめた。 
 「か、可愛いとか言うな! 暑いから離せよ!」
腕の中でジタバタともがく可愛い恋人を、コングが離すはずもなく。 みるみる耳まで赤く染め上げる彼の反応が、ますますコングの胸を甘く満たした。
しばらくそうして至高のひとときを味わっていたコングの目に、置き去りにされたままのプレゼントの包みが映った。
 「あ、そうだ。 先輩からのプレゼント、開けてもいいですか?」
 「あ、ああ」
ようやく体を離してもらえたアーティットが、うんうんと首を何度も振る。 赤くなった頬を隠すように、思いきり顔を背けて答える様が何とも微笑ましい。
包装紙に貼り付けられたグリーティングカードを目を細めて見てから、丁寧に紙を剥がしていく。 そして中から出てきたものは、どうやら上着のようだった。
 「・・・寒いとこへ行くから、防寒着をと思ったけど・・・」
黒い厚手のジャケットを嬉しそうに目の前に広げているコングに、ぼそりとアーティットが呟く。
 「おまえ、今日買ってきたんだよな」
そう言って、部屋の片隅に詰まれている荷物に目をやる。
 「あれは仕事用ですよ。 先輩からのものは、プライベートで着ます。 ありがとうございます。 大切に着ますね」
満面の笑顔でそう告げるコングの顔が、何だか恥ずかしくて見れない。 照れ隠しに、どうでも良いことを言ってみる。
 「その、おまえの好みよくわかんないから、テキトーに選んだ」
 「でも、俺が黒好きってことわかってくれてるじゃないですか。 それに、先輩が俺のために選んでくれたものだし。 気に入らないわけないですよ」
そう言いながら、Tシャツの上に羽織ってみせる。
 「ほら見てください、サイズもぴったり。 似合いますか?」
両腕を広げ、嬉しそうにそう尋ねる彼を見る。 シンプルなデザインのジャケットは、彼の言うとおりよく似合っていた。
 「・・・ああ、似合うよ」
ほんの少し微笑んでそう答えると、いっそう嬉しそうに笑顔を深めたコングが再び礼を言った。
 「ありがとうございます。 プレゼントも、誕生日覚えててくれたことも。 そして、遠いのにこうして会いに来てくれたことも・・・」
ゆっくりとジャケットを脱ぎ、ゆるくたたんでサイドボードの上に置いたコングが、アーティットへと近づく。
 「・・・先輩、会いたかった・・・。 先輩の姿を見た時、会いたさが募り過ぎた幻影かと思いました」
アーティットの背に両手を回し、ふわりと抱きしめる。 薄いTシャツ越しに、お互いの体温が伝わる。 同時に、少しずつ速くなっていく鼓動も。
 「コングポップ・・・」
それまで優しく背を包んでいたコングの手に、ぐっと力がこもる。 そしてコングの右手が、背中から腰へとゆっくり下りていく。
耳にかかるコングの吐息が、徐々に熱を持ち始めていることに気付いたアーティットが、思わずゴクリと唾をのむ。
 「・・・アーティット先輩・・・」
甘く気だるげなその呼びかけに、アーティットの理性も妖しく揺らぎだす。 気を抜くと、力が抜けて足元から崩れ落ちてしまいそうだ。
 「ん・・・コングポップ・・・」
思わずのけぞった首筋に、コングの熱い唇が吸い付く。 反射的に逃れようとする体をしっかりと捉え、意地悪く言葉攻めをする。
 「先輩、なんで逃げるんですか・・・。 先輩だって、こんなになってるくせに・・・」
ツ・・・と舌で首筋を舐めあげると、アーティットの口から小さな喘ぎ声が漏れた。 そのひどく淫靡な声が、不意にアーティット自身の羞恥を呼び戻した。
 「や、やめろ! シャワー浴びなきゃ・・・」
呼吸と鼓動を激しくさせながら、アーティットが慌ててコングから離れる。 と同時に、素早くシャワールームへと駆け込んだ。
 「き、着替え出しといてくれ!」
勢いよく閉じられたドアの中からそう声がすると、すぐさま大きな水音が聞こえてきた。
突然のことに呆気に取られていたコングが、ふっと苦笑いを零した。
たった今までこの腕にあった愛しい温もりを名残惜しそうに見つめたが、夜はまだこれからだと心の中で呟いて、コングは着替えの用意を始めた。 

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SOTUS・Season3(§113)

2021-03-07 00:24:42 | SOTUS The other side
コングの部屋から飛び出したアーティットは、そのままマンションから外へと出たところで足を止めた。
しばし乱れた呼吸を繰り返していたアーティットの耳に、自分の名を呼ぶコングの声が聞こえた。 慌てて近くの物陰に身を隠す。
 「先輩、アーティット先輩!」
エントランスを出たところで立ち止まり、あたりをキョロキョロしながらコングが呼びかける。 そんな彼の様子をアーティットが息を潜めて窺う。
やがてアーティットがいるところとは別の方向へと向き直ったコングが、再び走り出した。
彼の姿が見えなくなると、アーティットはほうっと大きく息を吐いた。 そしてそのまま、ずるずるとその場へしゃがみこんだ。
いつかナタウッドが言っていた、不吉な言葉。
『寂しい時、そばにいて慰めてくれる別の誰かがいたとしたら・・・』
今こそそれが、邪悪な呪文のように頭の中で幾重にも木霊する。
コングの腕に手を絡ませ親しげに寄り添うジェーンと、その手を振りほどくこともせず受け入れているコング。 そして、彼女の甘く香るパヒューム。
それらを目の当たりにした瞬間、猛烈な嫌悪感と吐き気に襲われ、たまらずその場から逃げ出してしまった。
 「・・・・・・・・・」
頭ではわかっていたはずだ。 自分たちの愛と絆は強固なものだと。
たとえジェーンがコングに想いを寄せていたとしても、コングの気持ちが揺らぐことなどないと信じている。
しかし。
二人の姿を見た途端、体がカーッと熱くなり、目の前が白くスパークして何も考えられなくなってしまった。
まるで体が、拒絶反応でも起こしたようだった。
ジェーンの香りが鼻について、脳髄が爛れてしまいそうな不快感が押し寄せ我慢ができなかった。
こんなことは、初めてだった。 以前コングが見合いした時は、シャーリーンに対してここまでひどい反応はしなかった。
アーティット自身にも理由がわからず、ひどく戸惑う。 だが今は、どうしても彼らを見ていたくない。
しばらく混乱する頭を抱えて途方に暮れていたアーティットだったが、いつまでもこんなところでこうしているわけにもいかず、ゆっくりと立ち上がった。
あたりの様子を窺うが、コングの姿は見当たらない。 ひとまず駐車場にある自分の車へ向かおうと足を踏み出した時、エントランスから出てきたジェーンとばったり会ってしまった。
 「あ・・・」
反射的にアーティットの動きが止まる。  ジェーンも一瞬驚いたようだったが、すぐにアーティットのもとへと近づいてきた。
 「・・・ねえ」
他人にしては近すぎる距離まて顔を近づけ、ジェーンがねっとりと話しかける。
 「あなた、よく見ると綺麗な顔してるのね。 色白だし、さぞモテるでしょう」
至近距離で突然不可解なことを言い出すジェーンを、アーティットが訝しそうに見る。 だがジェーンはさらに顔を寄せ、ひときわゆっくりと言葉を吐いた。
 「女はもちろん、・・・男にも」
その瞬間、はちきれんばかりに目を見開いたアーティットが、ジェーンを凝視した。
そんな彼の反応を見たジェーンは、なぜか一瞬真顔になった。 だがすぐにフッと鼻で嗤うと、もう興味を無くしたようにアーティットから離れ、そのまま去って行った。
 「・・・・・・・・・」
次第に遠ざかっていく彼女の後ろ姿をじっと見つめていたアーティットは、すぐ近くにコングが来ていることに気づかなかった。
棒立ちになっているアーティットを見つけたコングが、素早く駆け寄る。
 「アーティット先輩、探しましたよ」
そう言うが早いか、コングがアーティットの腕を掴む。 アーティットが逃げ出さないよう、掴む手にさらに力を込める。
 「痛い・・・」
小さくアーティットが抗議するが、コングは聞かないふりをした。
 「逃げないで、俺の話をちゃんと聞いてください。 約束してくれるまで、離しません」
掴んだ腕をぐいっと引き寄せ、鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離で、コングが真剣な眼差しで訴える。
 「・・・わかったよ。 わかったから、腕を離してくれ」
ここまで言われてもう反抗するわけにもいかず、渋々アーティットが頷く。 ようやく安心したコングが、手から力を抜いた。 しかし腕から手は離さない。
 「じゃ部屋に戻りましょう。 それまで手は離しません」
 「なんでだよ。 ちゃんと言うとおりにするって言ってるだろ。 離せよ」
 「先輩はわかってないでしょうけど、俺は怒ってるんですよ」
その言葉で不意にアーティットが顔をあげると、ひどく真剣な表情をしたコングと目が合う。
 「怒る・・・?」
 「そうです。 だって先輩、俺のこと信用してないでしょ? 彼女とは何もないって何度も言ってるのに、なんで信じてくれないんですか」
 「・・・・・・・・・」
違う、信じていないわけじゃない。 心の中で強くそう訴えるが、なぜか声にならない。
もどかしさから目を伏せて唇を噛み締めるアーティットを、しばしじっとコングが見据える。
しかしアーティットの口から言葉が発せられないとわかると、大きく息を吐いてコングが告げた。
 「・・・とにかく、部屋に戻りましょう。 話はそれからです」
そう言い残すと、再びアーティットの腕を掴み直して足早に歩きだした。 コングに腕をひっぱられながら、アーティットは密かにため息を漏らした。
二人が建物の中へと消えると、植え込みの樹木の陰から、立ち去ったはずのジェーンが姿を現した。
 「・・・・・・・・・」
目を見開き驚愕の表情で、彼らが消えていったエントランスを凝視する。
やはり彼らはただの先輩後輩ではなく、恋人同士だった。 先ほどの会話を聞く限り、もう疑う余地はない。
握りしめた手が、わなわなと震える。 
これは悔しさなのか、嫌悪なのか。 訳のわからない感情が吹き荒れ、ジェーンの胸をかき乱す。
同性の恋人をもつコング。 彼がゲイだったという衝撃の事実。
この予想もしなかった展開を、ジェーンは受け止めきれずにいた。 ただ呆然と、もうとっくにいなくなった彼らの残像を見つめる。
そんな彼女を、通行人が怪訝そうな目で見ながら通りすぎて行った。
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