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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§107)

2021-03-06 01:54:13 | SOTUS The other side
同じ頃。
チェンマイのネオジェネシス社では、コングを含めた10人の社員が、来年から始まる中国支社建設プロジェクトについての打ち合わせが終わったところだった。
机上に広げていた資料を片付けているコングに、課長のナラックが話しかけてきた。
 「コング、よく決心してくれたな」
ポン、と肩に手を置いてにこやかに話すナラックを見上げたコングが、笑顔を返しながら答える。
 「はい、返事が遅くなってすみませんでした」
 「いや、内心良い返事をもらえると信じてたから、実はそんなに心配してなかったんだ」
そう言ってニヤリとほくそえんだナラックに、思わずコングが苦笑いを返す。 すると、不意にコングの耳元へ顔を近づけたナラックが、小声で囁いた。
 「で、彼女は説得できたのか?」
予想もしない言葉に、ぎょっとしたコングがナラックを見返す。 しばしどう答えればいいかわからず、ひきつった苦笑いを浮かべる。
自分の台詞がコングを困らせたと悟ったナラックが、すかさず冗談だよと笑いながら離れていった。
遠ざかる彼の背中を見つめながら無意識に深く息を吐いたコングに、今度は先輩であるジェーンが話しかけてきた。
 「・・・あなたならこのプロジェクトを断るわけないって信じてたわ。 これから数ヶ月間、一緒に頑張りましょうね」
どこか自信に満ちた笑顔で手を差し出す彼女の、少しきつめのパヒュームが鼻につく。 だがコングはしっかりと笑顔を貼り付けて、よろしくお願いします、と告げながら握手を交わした。
 「でも、先輩お子さんまだ小さいのに、よく中国行きを決心しましたね」
ジェーンには昨年生まれたばかりの子供がいることを知っているコングが、素朴な疑問を投げかけた。
 「このプロジェクトは、私にとって何よりも大切なことなの。 こんなチャンス、もう二度とないかも知れないから」
 「旦那さんは反対しなかったんですか?」
 「はじめはね。 でも、これがどれだけ重要なことか何度も訴えたら、ようやくOKしてくれたわ」
ニッと笑ってそう言うジェーンの気持ちが、正直コングにはよくわからなかった。
家族や恋人が何よりも大事なコングには、ジェーンのように子供を投げ打ってまでも仕事を優先するなど考えられないことだ。
事実、この中国行きも、アーティットが後押ししたから決心したようなものだ。 彼がもし行ってほしくないと言っていれば、迷うことなく辞退しただろう。
とはいえ、彼がそんなことを言うはずないのは、百も承知だが。
 「・・・ところで、打ち合わせで決まった買い出しのことだけど」
ジェーンの言葉で我に返ったコングが、雑念を振り払って彼女に向き直る。
先ほどの打ち合わせの中で防寒対策の話になり、一番若輩者のコングと、次に若いジェーンが冬用衣服を購入しに行くことに決まったのだった。
熱帯気候のタイとは違い、1月の中国は厳寒だ。 冬用の作業服と、防寒着を10人分購入しなければならない。
 「今週中でもいい? 都合の悪い日ある?」
 「いえ、いつでも大丈夫です。 先輩の都合が良い日でいいですよ」
 「そう、じゃあ土曜日でもいい?」
 「え、平日じゃないんですか?」
業務上の買い物なのでてっきり仕事中に行くと思っていたコングが、意外そうに尋ねる。
 「今週は私の予定が詰まってて、休日しか空いてないのよ。 来週は一週間研修で出張だし」
 「そう・・・ですか。 わかりました」
この週末はバンコクへ帰ろうと思っていたが、仕方がない。 もし買い物が早く終われば、その足で向かってもいい。
そんなことを内心考えていると、ジェーンが思い出したように付け足した。
 「あ、そうだ。 買い物が終わったら、新しくできた中華料理のお店へ行かない? 私がご馳走してあげる」
 「え? そんな、いいですよ」
 「遠慮しなくていいわよ。 車出してもらうんだし、私の気持ちだから」
 「でも・・・」
買い物をしたうえ食事までとなると、たっぷり一日かかってしまう。 何しろ防寒着を売っている店がチェンマイにはなく、車で2時間近くかかるところまで行かなければならないのだ。
だがコングの胸中を知る由もないジェーンは、単純に遠慮をしているだけと思っているようだ。
 「ね、行きましょ。 とっても美味しいらしいから」
これ以上返事を渋るとジェーンの機嫌を損ねてしまうと危惧したコングが、仕方なく頷いた。
 「・・・はい、ありがとうございます」
ようやく思い通りの返事を聞いたジェーンが、満面の笑みを浮かべた。
 「じゃ決まりね。 当日はなるべく早いうちに出た方がいいわね。 9時くらいに出発する?」
 「そうですね。 住所教えてもらえたら先輩の家まで迎えに行きますよ」
 「ほんと? じゃあそうしてもらおうかな。 あとで住所教えるわね」
ぱっと明るい笑顔になったジェーンが、嬉しそうに答える。 浮かれた口調で、まるでデートの約束みたいね、と楽し気に呟く。
 「そんなこと言うと、旦那さんに叱られますよ」
ぼそりと低く零したコングの言葉を聞いて、ジェーンの表情が一瞬にして曇る。
 「シラけること言わないでよね。 旦那のことなんか口にしないで」
口を尖らせて不服そうにぼやくジェーンを、コングが不思議そうに見る。 当たり前のことを言ったつもりだったが、何が彼女を不機嫌にさせたのだろうか。
 「・・・あの?」
何か気に障ることでもあったのか訊こうとしたコングを、ジェーンが遮る。
 「もういい。 とにかく土曜日、頼んだわよ」
それだけ言い残すと、さっさと背を向けて立ち去ってしまった。
 「・・・なんだかな・・・」
感情の起伏が激しい彼女の言動には、いつも振り回される。 それがコングには少々頭痛のタネだった。
何かにつけてコングに構いたがるのも、コングの私生活にまで干渉してくるのも、正直面倒に思っていた。
これから数ヶ月間そんな彼女とともに行動することを思うと、気分が重くなりそうだった。
だが、そんなことをうじうじ考えていても仕方がない。 もう決まったことだ。
そして何より、この中国行きは自分で決めたことなのだ。 誰に強制されたわけでもない。
アーティットの助言を受けて、すべてを承知のうえで答えを出したのだから。
そう心の中で呟くと、ようやく胸に広がっていた靄が晴れた気がした。
もうすっかり人気がなくなった会議室で一度だけ深呼吸をすると、コングは書類を手にドアへと向かった。
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SOTUS・Season3(§106)

2021-03-06 01:53:37 | SOTUS The other side
会議室を後にしたアーティットたちは、3階にある製造業務部へとやってきた。
ざっと見渡したところ、20人あまりの社員が在席しているようだ。
その中にリーザの姿を見つけたが、アーティットは彼女のところへは行かず、部長席へと向かった。
 「トゥルク部長、オーシャンエレクトロニック社のアーティットです」
デスクの横に立ち、心もち頭を下げたアーティットがそう呼びかけると、トゥルクが書類に落としていた視線を上げた。
 「おお、アーティットくんか。 もう社長との面談は終わったのか?」
 「はい、終わりました」
トゥルクに向かって頷いたアーティットが、ふとサットの方を見た。
 「サット、こちらは製造業務部長のトゥルクさんだ。 挨拶を」
そう言ってサットの背中を軽く叩く。 一歩前へ出たサットが、深くお辞儀をして名乗った。
 「今月から新たにプロジェクトの一員に加わりましたサットと申します。 どうぞよろしくお願いします」
 「こちらこそよろしく頼むよ。 そうそう、うちの担当を紹介しよう。 リーザ、マックス。 こっちに来てくれ」
トゥルクの呼びかけを受けて、リーザとマックスが顔を上げた。 マックスは即座にトゥルクのもとへやってきたが、リーザは立ち上がったままアーティットとサットを凝視し、しばしその場から動かなかった。
 「リーザ、どうした?」
再度の呼びかけに、ようやくリーザが渋々といった感じでトゥルクのところへ来た。
 「マックスです。 主に設計を担当してます。 よろしく」
アーティットたちよりひと回り近く年上のはずだが、どこか愛嬌のある顔だちのせいで、実年齢よりも若く見える。 
差し出された手を握ったサットが、会釈をしながらよろしくお願いします、と返す。
 「・・・リーザです」
ぼそり、と小さな声で一言だけそう告げたリーザが、目の前に並ぶアーティットとサットを一瞥する。 そのあまりに無礼な態度に、さすがのトゥルクも苦言を呈した。
 「リーザ、彼らは仲間なんだよ。 一緒にプロジェクトを推進していく同志なんだ。 いつまでもそんな頑なな態度を取るのはやめないか」
大きくため息を吐きながら苦々しくそう言うトゥルクをチラリと見たリーザが、それには構わず別のことを口にした。
 「・・・部長、なぜ彼らは社長と面談していたんですか。 いったいどういう用件だったんですか」
質問というよりは尋問のような口調で迫るリーザに、やれやれといった感じでトゥルクが答えた。
 「今回の増員は、人手が足りないオーシャンエレクトロニック社の現状を見かねた社長が、自らダナイ部長に直談判して叶ったことなんだ。 今日はその報告をしに来られたんだよ」
 「社長が? なぜ社長がそこまでされるんですか。 いくら提携先とはいえ、少し過干渉な気がしますが」
 「社長はアーティットくんをすごく気に入っていてね。 彼が忙殺されているのを見かねたんだろう」
その言葉にギョッとしたのはアーティットだった。 とっさにリーザを見ると、案の定不満を露わにした表情でアーティットを見据えている。
要はグレーグライ社長のお気に入りのアーティットが困っているから、個人的に助け舟を出したと思ったのだろう。 そしてその好意をのうのうと受け取ったアーティットを軽蔑したのかも知れない。
いや、それだけではなく、社長のお気に入りだからこのプロジェクトの要員に選ばれたと思ったのだとしたら。
人一倍プライドが高い彼女のことだ。 きっとアーティットのことを蔑み、見下すに違いない。
自分ひとりの力では、何もできない人間というレッテルを貼られたかも知れない。
別に彼女に好かれようとは思わないが、それでも謂れのないことで見下されるのは御免だ。 そう思ったアーティットが、物申そうとした時。
それまで黙っていたサットが、不意に口を開いた。
 「・・・あの、僕がこんなこと言うのもおかしいですけど、アーティット先輩はグレーグライ社長に助けを求めたわけじゃありません。 先輩は人の力を借りることをすごく嫌いますから。
  先ほどの社長との面談の中でも、余計なことをしたのでは、と心配しておられました。 そういう先輩の性格をよくご存じだからでしょう」
訥々と語るサットの言葉を、トゥルクとリーザが驚いたように聞いている。
 「上層部の思惑がどうであれ、僕たちは全力で業務に励むだけです。 このプロジェクトを成功させることこそが、今の僕たちの使命ですから」
いつしかアーティットまでもが、呆気に取られたようにサットを見つめている。 そのことに気付いたサットが、少々バツが悪そうに呟いた。
 「・・・あ、すいません。 若輩者の身で、何だか生意気なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
そう言って頭を下げるサットに、我に返ったトゥルクが慌てて口を開く。
 「あ、いや。 そう、そういうことだ。 サットくんの言うように、今はとにかくこのプロジェクトを順調に進めていくことが重要だ。 今回の増員は、お互いにとって
  メリットなんだから、そこに妙な猜疑心を持ち込む必要はない。 いいねリーザ」
念を押すようにじっと目を見てそう言い放つトゥルクに、さすがのリーザももうそれ以上何も言えなかった。 不承不承ではあるが、小さくため息を吐いて目を伏せる。
 「・・・じゃ、現場を案内するとしよう」
そう言って席を立ちかけたトゥルクに、アーティットが両手で牽制しながら告げた。
 「いえ、僕が案内しますので大丈夫です」
 「そうか? じゃあそうしてもらおうか」
二、三度頷きながら、トゥルクが上げかけた腰を再び椅子へと下ろした。
 「では、失礼します」
アーティットとサットが会釈を残し、部屋を出た。 後ろ手にドアを閉め、無意識にほぅっと息を吐いたアーティットに、サットが遠慮がちに話しかける。
 「・・・先輩、すいませんでした。 先輩を差し置いて、あんなことを・・・」
 「ん?」
 「本当なら、担当になって日が浅い僕が言うべきことじゃないですよね。 差し出がましいことを言って、すみませんでした」
申し訳なさそうな顔でそう詫びるサットを見つめていたアーティットが、ふと表情を和らげ、サットの頭をポンポンと軽く叩いた。
 「謝る必要なんかないさ。 おまえが言ったことは正論だ。 全然余計なことじゃない」
 「でも・・・」
 「トゥルクさんだってそう言ってただろ? それにおまえが言ってくれたおかげで、リーザさんも黙ったしな」
そう言って苦笑いを浮かべるアーティットにつられ、思わずサットも微笑んだ。
 「彼女のこと、苦手なんですか?」
 「ん・・・まぁな。 ああいうタイプは正直苦手だ」
 「僕は平気ですけどね。 じゃあ今度から、僕が彼女から先輩を守ってあげますよ」
冗談めかして言った言葉だが、なぜかアーティットの胸がドキリとした。 思わずサットを凝視する。
 「・・・どうかしましたか?」
自分を見つめたまま言葉を失っているアーティットに気付いたサットが、何気なく尋ねてくる。 とっさに何か言い訳をしようとするが、うまい言葉が出てこない。
不思議そうな顔をしたサットだったが、それ以上追及はせず、特に気にしたようでもなかった。
ぎこちなく彼から視線を外したアーティットが、ぼそりと告げた。
 「・・・行くぞ」
それだけ言うと、くるりと背を向けて廊下を歩き出す。 慌ててサットが、その背中を追った。
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SOTUS・Season3(§105)

2021-03-06 01:53:00 | SOTUS The other side
翌日。
アーティットは、サットの運転する車でサイアムポリマー社へと向かっていた。 相変わらず激しく渋滞している幹線道路にげんなりしながらも、 二人はようやく会社へたどり着いた。
来客用の駐車スペースに車を停めながら、サットが助手席のアーティットに話しかける。
 「ほんとに一時間かかるんですね。 渋滞がこんなにすごいとは思いませんでした」
 「平日はいつもこんなだよ。 だからここへ来る時は最低でも一時間はみておいた方がいい」
シートベルトを外してそう言うアーティットに、納得したようにサットが小さく頷いた。
いつものように受付でアポイントメントを伝え、指示された12階の会議室へ向かおうとエレベーターへ乗り込むと、そこに見覚えのある人物がいた。
すると相手もアーティットに気づいたのか、あ、と短く声を発した。
 「リーザさん・・・でしたよね」
先に声をかけたのはアーティットの方だった。 初対面の時と同じように、作業服姿で眼鏡をかけた化粧気のない彼女が、形式的な会釈を返す。
 「どうも。 そちらの方は? 初めてお見かけしますが」
相変わらず威圧感を感じさせる目が、サットを捉える。 だがサットは大して気にした様子もなく、自分から挨拶を始めた。
 「初めまして、サットと申します。 業務提携プロジェクトの担当として、今月から新たに購買部へ配属されました」
ぺこりと頭を下げるサットを、リーザが少し驚いて見る。
 「え、トードさんは? 先日新任として挨拶しにきたばかりですよね」
 「彼と僕に加え、このサットも新たに担当となったんですよ」
なぜか厳しい視線でサットを見据えたままのリーザに、横からアーティットが説明する。 
さすがのサットも、初対面の相手ににこりともせず、怪訝そうに見つめてくる彼女に対し違和感を覚えた。
 「・・・あの、僕が何か・・・?」
たまらずサットが尋ねると、ようやくリーザが視線を外した。 だがサットの問いかけには答えず、違うことを問い返してきた。
 「今日はどんなご用件でここに? 私はあなた方との共同の仕事があるとは聞いてないですけど」
顔を背けたままで棘のある言葉を投げつけるリーザに、初めてサットがムッとした表情を浮かべた。 思わず一歩前へ出て何か物申そうとしたサットを、アーティットが牽制する。
 「やめろ」
 「でも・・・」
止められて不服そうなサットにかまわず、アーティットが静かに答えた。
 「今日はグレーグライ社長と約束があるんです」
 「え?」
意外な答えに、思わずリーザが訊き返した。 だがちょうどその時、リーザが降りる階へとエレベーターが到着し、チンという音と共に扉が開いた。
一瞬足を踏み出すのを躊躇したリーザだったが、乗り込んでくる人にアーティットとの間を埋められ、仕方なく踵を返して降りて行った。
やがてエレベーターは最上階である12階に到着した。
 「・・・先輩、さっきの女性は何なんですか? ずいぶん失礼な態度でしたよね」
 「そう言うな。 このプロジェクトを一緒に遂行するメンバーなんだから」
 「え? それはつまり、サイアムポリマー社のプロジェクト担当ってことですか?」
 「そうだ。 あともう一人、マックスっていう男性社員もいる。 そのうち会えるだろう」
そんな話をしながら、二人は指定された会議室へとたどり着いた。 
予定の時刻より20分ほど早く到着したため、おそらくまだ誰もいないと思われたが、一応ノックをしてから入室する。
 「・・・やっぱりまだ誰もいないな」
楕円形に配置された会議机の一角に鞄を置き、ぐるりと室内を見渡す。 このフロアの会議室は、社長が会談する際に使用されることが多いためか、他のフロアより豪奢なつくりになっているようだ。 
木目調の会議机はどこか高級感を感じさせ、足元に敷き詰められた絨毯も、毛足が長く足音を立てさせないようになっている。
見るからに座り心地の良さそうな椅子に腰かけてみると、体をすっぽりと包み込むようなフィット感があった。
しばらくそうして居心地の良い空間を堪能していると、不意にドアをノックする音が静かな室内に響いた。 慌てて二人が椅子から立ち上がって、来訪者を迎えた。
 「やあ、待たせたね。 久しぶりだな、アーティットくん」
にこやかな笑顔を浮かべて入室してきたグレーグライが、手を差し出しながら話しかける。 その手をしっかりと握ったアーティットが、お久しぶりです、と会釈しながら笑顔を返す。
 「この度は、増員の要望をいただきましてありがとうございます」
そう言って再び頭を下げるアーティットに、グレーグライが頭を上げるよう促す。
 「いや、わたしとしては余計なことをしたんじゃないかと内心思っていたんだよ」
 「・・・コングポップから言われたんですよね」
静かにそう告げたアーティットを、グレーグライが驚いて見る。
 「知っていたのかね」
 「ええ・・・。 最初は確かに、あいつの気持ちをなかなか受け入れることができませんでした。 でも今は、素直にありがたいと思ってます」
 「そうだったのか・・・。 きみの性格からすれば、他人からの助力はきっと喜ばないと思っていたよ。 だからコングポップにもそう忠告したんだ」
 「はい・・・」
 「だがコングポップはそれも承知の上でわたしに懇願してきた。 何よりもきみのことが心配だからと」
 「・・・・・・・・・」
グレーグライの口から語られるコングの思いに、さすがのアーティットも気恥ずかしさを隠しきれず、黙って俯いた。
 「・・・正直、きみがコングポップの気持ちを受け入れてくれたのは、父親として嬉しく思うよ。 ありがとう」
 「いえ、僕の方こそお礼を言わせてください。 増員を進言していただいたおかげで、ずいぶん助かりました。 どうもありがとうございます」
いつしか二人して礼を言いながら会釈の応酬となっていることに気付いて、グレーグライとアーティットが顔を見合わせて笑った。
 「おおそうだ、内輪話ばかりしてしまって申し訳ない。 こちらが、新しく担当となった方なのだね?」
二人のやりとりを呆気に取られて見つめていたサットに向かって、グレーグライが話しかけた。
 「あ、はい。 今月から担当になったサットです」
思い出したようにアーティットがサットの背を押し、グレーグライの前へと押しやる。 ようやく我に返ったサットが、慌てて挨拶をした。
 「サットと申します。 どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げるサットに、深く頷いたグレーグライが期待の言葉をかける。
 「こちらこそ、よろしく頼みますよ。 アーティットくん、トードくんとともに、一致団結してこのプロジェクトが成功裏に終わるよう願っています」
そう言って差し出されたグレーグライの手を、サットが力強く握った。
 「はい、精一杯頑張ります」
目に力を込めてきっぱりと告げたサットを見て、満足そうに目を細めたグレーグライが、再度頷いた。
 「ではサットくんに、さっそく現場を見てもらうこととしよう。 わたしはこれから打ち合わせに入るから、アーティットくん案内を頼むよ」
 「はい、わかりました。 どうもありがとうございました」
 「ありがとうございました」
頭を下げて礼を述べるアーティットにならい、サットも頭を下げる。 やがてグレーグライがドアを開けて出て行くと、二人は揃って頭を上げた。
 「・・・じゃ、行くか」
どこかぎこちない口調で、アーティットが足を踏み出そうとしたとき。 不意にサットがアーティットの腕を掴んだ。
 「先輩、先輩はグレーグライ社長と知り合いなんですか?」
 「・・・まあな」
想定していた問いかけに内心苦笑いしながら、アーティットが小さく頷く。 すかさず、サットが重ねて問う。
 「さっき社長が言ってた、コングポップという人・・・。 何だか聞き覚えがあると思ったら、こないだトードさんが言ってた人のことですよね。 社長の息子さんだったんですね」
 「ああ・・・」
ここまで言われ、アーティットは心の中で覚悟を決めた。 きっともうサットは気付いたに違いない。 コングがアーティットの恋人だということに。
 「・・・・・・・・・」
しばし、何ともいえない沈黙が続く。 だが、なぜかサットはそれ以上コングのことには言及はせず、違うことを口にした。
 「・・・アーティット先輩は、グレーグライ社長にとても信頼されてるんですね」
 「え?」
拍子抜けしたアーティットが、思わず気の抜けた返事をする。
 「さっきの社長の様子をみてたらわかりました。 とても素晴らしいことだと思います。 僕も、社長や先輩の期待に沿えるよう、頑張らなきゃって改めて思いましたよ」
ぽかんとして自分を見つめるアーティットに、サットがニッと笑って見せる。
 「さ、現場へ案内してください、アーティット先輩」
棒立ちになっているアーティットの背中を軽く押しながら、サットがドアへ向かって足を踏み出した。

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SOTUS・Season3(§104)

2021-03-06 01:52:00 | SOTUS The other side
 「・・・はい」
誰もいなくなったオフィスに、少し掠れたアーティットの声が響いた。
 『先輩、何だか疲れた声してますね。 まだ仕事中ですか?』
 「ああ。 でも別に疲れてるわけじゃない。 ずっと喋ってなかったから、声が出にくいだけだ」
そう言って、ひとつ咳払いをする。 すると、少しだけ声の掠れが改善された気がした。
 『あまり無理しないでくださいね。 ご飯もちゃんと食べてますか? 夜はビールだけなんてことになってませんか?』
次から次へと図星を指されて、たまらずアーティットがその言葉を遮る。
 「いちいち言われなくてもわかってるよ。 おまえは俺のおふくろかよ」
はぁ、と、これ見よがしにため息をつきながらぼやくアーティットの虚勢が、コングには手に取るようにわかった。
相変わらず嘘をつくのも誤魔化すのも下手な恋人が、コングには微笑ましかった。
 「で、何の用なんだよ。 まさかこんな小言言うために電話してきたわけじゃないだろ」
話の矛先を変えられ、思わずコングが言葉を途切れさせた。 束の間、心の中で自身に言い聞かせる。 お互いを信じていれば、どんな試練も乗り越えていけるはずと。
密かに小さく深呼吸したコングが、おもむろに本題を切り出した。
 『・・・実は、先輩に報告することがあるんです』
先ほどまでとは違い、真剣な声音になったコングの言葉に、アーティットも真摯な表情になって耳を傾ける。
 『来年から、うちの会社の中国支社の建設が始まるんですが、現地への派遣要員に俺も選ばれました』
 「え・・・、中国に?」
 『はい。 俺の所属している部署がこの支社建設の担当で、部員の中から数名が代表で現地へ派遣されることになったんです』
 「おい、それってすごいことじゃないか? そんな重要なプロジェクトにまだ新人のおまえが選ばれるなんて」
最初は驚いた様子のアーティットだったが、次第に興奮ぎみの口調へと変わってきた。 それが嬉しいときの彼のくせだと知っているコングには、彼の綻んだ顔が目に浮かぶようだった。
 『はい・・・父にもそう言われました』
 「なんだおまえ、他人事みたいに。 こんな栄誉あること、もっと喜べよ」
自分以上に喜ぶアーティットの素直な反応に、コングの頬も緩んだ。 だが、離れ離れになるという現実が頭をよぎり、綻びかけた表情が萎む。
 「で、いつから中国へ行くんだ? どれくらいの期間?」
興奮冷めやらぬ声で次々と質問攻めしてくるアーティットへ、コングが静かに告げる。
 『・・・実は、まだ返事をしてないんです。 今週中に答えを出すことになってて・・・』
 「はぁ? こんないい話断るなんてありえないだろ。 何を迷う必要がある?」
予想外の言葉に、思わず呆れた声でアーティットがごちる。 予想どおりの彼の反応ではあるが、長期間離れ離れになることに対し微塵も不安を感じていないようで、たまらずコングが問いかけた。
 『でも、俺たち離れ離れになるんですよ。 年が明けたらすぐに中国行って、数ヶ月は戻れないんです。 これまでそんな長い間離れたことないし、先輩は不安じゃないですか?』
 「不安って・・・」
 『今は離れてると言っても休日になればバンコクへ帰れるけど、海外に行ったらそう簡単には帰って来れません。 それでも先輩は本当に大丈夫なんですか?』
矢継ぎ早にそうまくし立てられ、しばしアーティットが黙る。 確かにコングの言うとおりだった。 正直、アーティット自身にも答えはわからない。 
だが、それでも。 コングに与えられた千載一遇のチャンスを、みすみす逃すような真似はさせたくない。
自分の正直な気持ちを告げることがその足枷になるなど、言語道断だ。
 「・・・俺は、信じてるから。 たとえ離れ離れになっても、俺たちの気持ちが変わることはないと」
 『先輩・・・』
 「おまえは違うのか? たかが数ヶ月離れるだけで、俺たちは駄目になってしまうと思ってるのか? 俺たちはその程度の関係なのか」
 『いえ、違います! そんなことありません』
 「だったら、何も問題はないだろう? 明日にでもきちんと返事をしろよ」
 『・・・・・・・・・」
なぜか急に押し黙ったコングを不審に思ったアーティットが、どうした?と尋ねると、やや声のトーンを落としたコングがぼそりと呟いた。
 『・・・先輩の言うことは正しいです。 でも、建前じゃなく本音を聞かせてほしい。 どんなに頭ではわかってても、やっぱり先輩と会えなくなるのは寂しいです。
  先輩も、そう思ってくれますか』
 「それは・・・」
痛いところを突かれ、思わず口ごもる。 だがそんな時、ふと頭に先ほどのサットの言葉が鮮やかに蘇った。
【寂しい時は、素直に寂しいって相手に伝えたらいいと思いますよ・・・】
あの時のサットの優しい口調を思い出すと、不思議と胸がすぅっと穏やかになった。
 「・・・寂しいよ」
それは小さな呟き声だったが、コングの耳にしっかりと届いた。 だがすぐに、でも!と強い口調でアーティットが続ける。
 「前にも言ったけど、寂しくなったらギアを握る。 たかが数ヶ月だ。 きっと乗り切れるはずさ」
 『先輩・・・』
ほんのわずかではあるが、アーティットが本音を言ってくれたことが、コングには嬉しかった。 そして今頃はきっと自分で言ったことに照れて、耳を赤くしていることだろう。
ようやく、コングにも決心がついた。
 『・・・ありがとうございます。 先輩のその言葉で、踏ん切りがつきました。 明日、上司に報告します』
 「よし、それでいい。 中国には、新年早々発つのか?」
 『はい、1月6日に出発です。 でも年末にはそちらへ帰るので、久々に先輩とゆっくりできますよ』
 「でも赴任の準備があるだろ? それに家族との時間も必要だろう」
 『先輩は俺にとって家族同様ですから。 先輩が嫌だと言っても、押しかけますからね』
 「勝手なこと言うな! 俺にだって都合ってもんがある」
 『へえ、どんな都合ですか? 俺が納得できる都合じゃないなら、無視します』
 「おまえな・・・」
いつの間にかすっかりコングのペースに嵌ってしまったことに気付いたアーティットが、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
電話越しにくすくす笑うコングが癪に障り、切るぞ!とだけ告げて、さっさとアーティットは通話を終えた。
コングの栄誉と、離れ離れになる寂しさ。 相反する気持ちが胸の中でせめぎ合い、しばしアーティットは携帯を握りしめたまま感慨に浸っていた。
すると、静かに部屋のドアが開いてサットが戻ってきた。
 「・・・先輩、ちゃんと寂しいって言えましたね」
席に座りながらそう言うサットを、アーティットが見る。 すいません、とサットが詫びた。
 「会話が聞こえてしまって。 でも素直な気持ちを言うのは、お互いにとっていいことだと思いますよ。 口にしないとわからないこともありますから」
 「・・・・・・・・・」
 「きっと、相手も安心したと思いますよ。 あなたの本音が聞けて」
アーティットの目を見てそう告げるサットの言葉が、胸に沁みていくのがわかる。 それはまるで、傷口に優しく浸透する特効薬のように。
不思議だった。 なぜサットの言動は、こんなにも心に直接響くのか。
自問自答しても答えなど出そうもない難題を、アーティットは早々に諦めた。 そういう人間もいるのだと、自分に言い聞かせて。
軽く頭を左右に振り、雑念を追い払うことに成功したアーティットは、やりかけの仕事へ再び手を付けた。

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SOTUS・Season3(§103)

2021-03-06 01:51:15 | SOTUS The other side
アーティットとトード、そしてサットは、誰もいなくなったオフィスで今日も残業に勤しんでいた。
サットが加わって3人になったとはいえ、相変わらず忙しい日が続いている。
いつもは一心不乱にパソコンに向かっているトードが、今日はいつになくそわそわしていることに向かいの席のアーティットが気づいた。
 「・・・おいトード、さっきから落ち着かないけど、どうかしたか」
今また時計に目をやっていたトードが、はっとしてアーティットを見た。
 「いや、その・・・」
困惑の表情を浮かべて言い淀むトードに、穏やかな口調でアーティットがさらに問いかける。
 「なんだ? 気になることがあるなら言ってみろよ」
 「ん・・・実は、今夜アース先輩から食事に誘われてて・・・」
 「アース先輩に?」
思わずアーティットが聞き返す。 毎日多忙な日々が続き、残業に追われているのを熟知しているアースが、週末ではなくあえて平日に誘うのが何だか妙に引っかかった。
そんな思いが顔に出ていたのか、トードがさらに説明を付け加える。
 「今日は、アース先輩の両親も一緒なんだ。 親父さんの予定が今夜しか空いてないらしくて」
言い訳じみた口調だと自分でも自覚したのか、少しばつが悪そうに苦い顔をするトードを、アーティットが少々呆れた目で見た。
 「そんな大事なことなんで早く言わないんだよ」
 「いや、忙しいのわかってるから、アース先輩も来れたらでいいからって言ってたし・・・」
相変わらずぼそぼそと歯切れの悪い言葉を並べるトードを、完全に呆れ顔になったアーティットが一喝した。
 「おまえ、まさかそれ本気にしてないだろうな? 今日しか予定が空いてない親父さんなんだろ?」
 「え? それはそうだけど・・・」
 「あのな、アース先輩にしてみれば家族とおまえが揃う貴重な日なんだぞ。 いくら口ではそんなこと言ってても、本音は絶対来てほしいに決まってる」
 「・・・そうなのかな・・・」
ここまで言ってもまだ煮え切らない態度のトードに、ああもう!と痺れを切らしたアーティットが机をひとつバンと叩いた。
 「何でもいいから早く行け! もう約束の時間なんだろ? 先輩たちをこれ以上待たせるなよ」
しっしっと邪魔者を追い払うように手をひらひらさせるアーティットを、束の間トードがじっと見つめた。 その視線に気付いたアーティットが、なんだ?と尋ねる。
 「いや・・・おまえって、自分以外のことにはよく気が付くなと思って」
 「はあ? どういう意味だよ」
 「自分のことには超鈍感なのにさ。 じゃあお言葉に甘えて行かせてもらうよ。 お先にな!」
すっかり気持ちを切り替えたのか、ニッと笑ったトードがあっという間に部屋から出て行った。 
 「まったくもう・・・」
やれやれ、といった感じでひとつため息を吐いて再び仕事に戻ろうとしたアーティットに、それまで黙ってやり取りを聞いていたサットが話しかけた。
 「・・・トード先輩とアース先輩って、付き合ってるんですか」
 「ん? ああそうだよ。 もう二年目になるかな・・・」
そこまで言ったアーティットが、ふと何か思い出したようにあ、と短く声を上げた。
 「おまえも大事な約束とかあったら、遠慮なく言えよ。 デートでも構わないぞ」
ニヤリと悪戯っぽく笑ってそう言うアーティットに、なぜかサットはふっと少し寂し気な微笑を浮かべた。
 「・・・ありがとうございます。 でも、僕の彼女はいま海外に留学中でここにはいないんです。 だからデートの約束もないので、当分仕事に没頭しますよ」
穏やかな口調でそう話すサットを、目を細めたアーティットが見つめた。 自分の軽はずみだった台詞を少しだけ反省して、代わりに小さく頷いてみせる。
すると、サットが意外なことを口にした。
 「そういえば、アーティット先輩はいつか恋人宣言したパートナーがいるんですよね」
不意打ちをくらってギョッとしたアーティットが、思わず目を見開いた。 だがサットはかまわず続ける。
 「名前までは覚えてないんですが・・・。 今も変わらずお付き合いしてるんですか?」
 「う・・・まぁ、その・・・。 うん・・・」
先ほどまでのトードのように、今度はアーティットが口ごもりながら、それでも小さく頷いてみせる。 恥ずかしさからか、俯いてしまったアーティットの耳が赤くなっているのが見えた。
 「先輩こそ、こんな忙しい毎日で恋人との仲はうまくいってるんですか? たまにはゆっくり二人で過ごしたらどうです」
 「いや、いいんだ。 俺もおまえと一緒さ。 あいつとは遠距離なんだ」
 「え、そうなんですか? どこに?」
 「チェンマイだ。 まぁ相手が海外のおまえにしたら、全然近いって思うだろうけどな」
ふふっと笑ったその笑顔が、サットの目にはどこか憂いを帯びて見えた。 強がってはいるが、やはり寂しさは隠せないのだろう。
 「・・・それでも、やっぱり寂しいときだってあるでしょう。 僕もそうです。 寂しい時は、素直に寂しいって相手に伝えたらいいと思いますよ」
何気なく呟かれたサットの言葉が、思いがけずアーティットの胸に響いた。
それは、コングが旅立つ直前。 会えなくなる寂しさを必死で隠そうとしていたアーティットへ、コングが囁いた言葉そのものだった。
『寂しい時は正直に寂しいって言えばいいんですよ・・・』
ふと、斜め前に座るサットを見る。 前から少しずつ感じていた、彼に対する不思議な既視感。
それは、彼のもつ雰囲気がどことなくコングと似通っていることだったのだと、今ようやく気付いた。
物腰の柔らかさ、心に素直に訴えかけてくる素朴な言葉。 そして、一緒にいて不思議と落ち着ける居心地の良さ。
 「・・・どうかしましたか?」
じっと自分を見つめたまま微動だにしないアーティットを不思議に思ったサットが、声をかける。 その声で我に返ったアーティットが、慌てて目を逸らす。
急に、動悸が激しくなった。 サットはコングに似ている。 いや、厳密にはコングの方が年下だから、コングがサットに似ているのか。
逸らした視線を、サットに気付かれないよう密かに戻す。
再びデスク上の書類に目を落として仕事に戻ったサットの、俯き加減の顔が目に入る。
顔をはじめ、姿かたちが似ているわけではない。 やはり、彼の醸し出す雰囲気や些細な仕草等が似ているのだ。
サットがここへきて二週間。 まだ決して長い歳月が経ったわけではない。 
だがこの短期間で、元来人見知りのはずのアーティットが、サットにはすぐ気安い気持ちで接することができているという現実。
すべては、彼とコングを無意識のうちに重ねて見ていたからだったのか。
 「・・・・・・・・・」
思わず、アーティットが手で口元を押さえる。 気付いてしまった以上、もう目を逸らすことはできない。
初めて出会った、コングと似た人物。 そんな彼と、これからもずっと一緒に仕事をしていくのだ。
だがどんなに似ていたとしても、サットはサットだ。 当然ながらコングとは違う。
動揺しそうになっていた心に喝を入れ、両手で頭を軽く叩く。 浮ついた気持ちなど洗い流して、目の前の仕事を片付けるべきだと。
ようやく気持ちを切り替えることに成功したアーティットが、スクリーンセーバーが作動しているパソコンへと向き直り、マウスへと手を伸ばした時。
不意に、デスク上に置いていた携帯が鳴り響いた。
ディスプレイには、コングの表示。 先ほどまでの複雑な気持ちが蘇り、しばし出るのがためらわれた。
すると、なぜかサットがいきなり立ちあがって告げた。
 「先輩、僕ちょっと息抜きしてきますね」
そう言い残すと、アーティットの返事も待たずに部屋を出て行った。 しばらく呆気に取られて彼の出て行った後を見つめていたが、ふとそれが電話の邪魔にならないよう気を利かせてくれたのだということに気付く。
少しだけほっこりした気分になったアーティットが、ようやく電話を手に取った。
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