<おはようございます。 今日は久しぶりに出かけませんか? ちょうど見たい映画があるので一緒にどうですか?>
起きてから30分ほどアーティットへの連絡をどうするか悩んだ挙句、ようやくコングはメッセージを送信した。
しばらくそのまま画面を見つめていたが、一向に既読にならないのを確認すると、小さくため息を吐いて携帯をベッド上へ置いた。 時刻は8時すぎ、きっとまだ眠っているのだろう。
我ながら、姑息な考えだと思った。 外出を提案したのは、少なくとも彼の部屋にいるよりもじっくりと話す時間が減るから。
そんなことをしたところで、単なる時間稼ぎにしかならないのはわかっている。 だがそれでも、一刻でも長くこの仮初めの平穏を守りたかった。
一旦起こした体を再びベッドに横たえ、苦く目を閉じる。
アーティットに会いたい気持ちと、会うのが辛い気持ちがせめぎ合い、自分でもどうしていいかわからなくなる。
そうして悶々とした時間を過ごしていると、不意にライン着信音が鳴り響いた。 閉ざされたカーテンで薄暗い中眩い光を放つ携帯を手に取ったコングは、恐る恐るメッセージを開いた。
『珍しいな。 いいよ、任せる。 何時にする?』
メッセージに隠した己の邪な思惑を見透かされるのでは、と密かに危惧していたコングだったが、意外とあっさりしたアーティットの返事を見て少々気が抜けた。
無意識のうちに手からすり落ちた携帯を握り直し、再び短く返信する。
<じゃあ11時に迎えに行きます>
今度は送信してすぐに既読になった。 それを見届けたコングは、大きく息を吐いて目を閉じた。
すると、静かな部屋のドアをノックする音が耳に飛び込んできた。
一瞬グレーグライかと思って身構えたが、ドアの外から聞こえてきたのは母プイメークの声だった。
「コング、開けてちょうだい」
おそらくグレーグライから中国行きがなくなったと聞かされたのだろう。 心配そうに佇む母の姿が目に浮かぶようで、コングは口の中に広がる苦さを噛みしめながら、ゆっくりとドアへと向かった。
「お父さんから聞いたわ、中国行きがなくなったって。 本当なの?」
ベッドに並んで腰かけたプイメークが、戸惑いながら尋ねる。 予想どおりの展開に、密かに苦笑いを噛み殺したコングが頷いてみせた。
「どうしてなの? お父さんは理由を聞いても言わないって怒ってたけど・・・」
「・・・・・・・・・」
不安と心配が入り混じった表情で答えを待つプイメークに対し、コングが困惑した表情を見せる。
ふと、母にだけは本当の理由を話そうかという誘惑にかられた。 父とは違い、いつもコングの心に寄り添ってくれる母なら、本当のことを話しても良いような気がした。
何より、こうして一人で抱え込むにはもう限界がきていることも大きかった。
「・・・父さんには言わないって、約束してくれますか」
「え? あなたがそう言うなら、言わないわ。 だから正直にお母さんに話してちょうだい」
一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しに戻ったプイメークが、コングを促す。
やがてコングがおもむろに口を開いた。
「・・・実は、俺の恋人が同性っていう話が社内に広まって、それが上層部の耳にも入ってしまって」
「え、それってアーティットさんのことよね?」
「ええ。 うちの会社は同性愛に対して強い偏見があるみたいで。 同性愛者が中国へ行って、中国側の関係者にそれがバレたら、最悪の場合
プロジェクト自体にも悪影響が出る恐れもあるっていう理由で、中国行きのメンバーから外されました」
「そんな・・・」
口に手を当てて驚きと悲しみの混じった目でコングを見つめ、言葉を失うプイメークにコングがさらに続ける。
「思えば、これまでが恵まれすぎてたんです。 少なくともバンコクにいた頃は、同性愛に対してみんな寛容な人ばかりだったから」
そこまで言ったコングが、何か思い出したのかふと苦笑いを零した。
「・・・あ、一番身近にいる父さんだけは、そうじゃなかったんだった」
自嘲にも見える笑いを張り付け、独り言のように呟くコングに、プイメークが話しかける。
「・・・でも、今はお父さんもあなたたちのこと認めてると思うわよ。 それはあなたもわかってるでしょ?」
「そうですね。 今回の中国行きの任務を無事に終えることができたら、俺とアーティット先輩のことを正式に認めてくれるようなことを言って
ましたから」
「お父さんがそんなことを・・・」
意外そうに呟くプイメークに、なぜかふ、と鼻で嗤ったコングが吐き捨てた。
「だけど、もうそのチャンスもなくなった。 それに何より、このことをアーティット先輩にどう言えばいいのかわからない。 本当のことを言え
ば、きっと先輩は自分を責めてひどく傷ついてしまう!」
アーティットに対する思いが一気に溢れたのか、急に頭を両手で抱えてそう叫ぶコングを、プイメークが痛ましそうな目で見た。
「・・・コング、落ち着いて。 今はとても辛いと思うけれど、あなたたちが信頼しあっていれば、きっとうまく乗り越えていけるはずよ」
「・・・・・・・・・」
ぐしゃりと髪の毛を掴んでいた手をほどき、ゆっくりとコングがプイメークを見る。
「アーティットさんに本当のことを話すかどうかは、あなたが決めること。 でもひとつ言えることは、誤魔化してその場を凌いだとしても、いつか
きっと事実は明るみになるものよ」
「・・・・・・・・・」
「アーティットさんはもちろん、お父さんにもね。 だからよく考えて、どうするか決めなさい。 私が言えるのはそれだけ」
じっと自分の話に耳を傾けているコングの髪に手を伸ばし、優しく撫でる。 そして最後にひとこと、プイメークが言葉をかけた。
「・・・愛しい私の息子。 私はいつでも、あなたの幸運を祈ってるわ」
ゆっくりとコングの頭を引き寄せ、そっと額にキスすると、優しく微笑んだプイメークが立ち上がった。
「もう朝食の支度できてるわよ。 お父さんは今朝早く出かけていないから、食べに来なさい」
そう言い残して、プイメークが部屋を出て行った。
一人残されたコングは、先ほどの母の言葉を思い返してみた。 真実は遅かれ早かれ、いつか必ず明るみになるもの。
その通りだと思う。 頭ではわかっているのだが、いざアーティットを前にしたら、真実を告げる自信がない。
彼の傷ついてひどく落胆する様子を、目の当たりにする勇気がないのだ。
「・・・・・・・・・」
堂々巡りの思考にいい加減嫌気がさしたコングは、大きく深呼吸してやにわに立ち上がった。
食欲はほとんどないが、それでもせっかく母が用意してくれた朝食をとるために部屋を出た。
起きてから30分ほどアーティットへの連絡をどうするか悩んだ挙句、ようやくコングはメッセージを送信した。
しばらくそのまま画面を見つめていたが、一向に既読にならないのを確認すると、小さくため息を吐いて携帯をベッド上へ置いた。 時刻は8時すぎ、きっとまだ眠っているのだろう。
我ながら、姑息な考えだと思った。 外出を提案したのは、少なくとも彼の部屋にいるよりもじっくりと話す時間が減るから。
そんなことをしたところで、単なる時間稼ぎにしかならないのはわかっている。 だがそれでも、一刻でも長くこの仮初めの平穏を守りたかった。
一旦起こした体を再びベッドに横たえ、苦く目を閉じる。
アーティットに会いたい気持ちと、会うのが辛い気持ちがせめぎ合い、自分でもどうしていいかわからなくなる。
そうして悶々とした時間を過ごしていると、不意にライン着信音が鳴り響いた。 閉ざされたカーテンで薄暗い中眩い光を放つ携帯を手に取ったコングは、恐る恐るメッセージを開いた。
『珍しいな。 いいよ、任せる。 何時にする?』
メッセージに隠した己の邪な思惑を見透かされるのでは、と密かに危惧していたコングだったが、意外とあっさりしたアーティットの返事を見て少々気が抜けた。
無意識のうちに手からすり落ちた携帯を握り直し、再び短く返信する。
<じゃあ11時に迎えに行きます>
今度は送信してすぐに既読になった。 それを見届けたコングは、大きく息を吐いて目を閉じた。
すると、静かな部屋のドアをノックする音が耳に飛び込んできた。
一瞬グレーグライかと思って身構えたが、ドアの外から聞こえてきたのは母プイメークの声だった。
「コング、開けてちょうだい」
おそらくグレーグライから中国行きがなくなったと聞かされたのだろう。 心配そうに佇む母の姿が目に浮かぶようで、コングは口の中に広がる苦さを噛みしめながら、ゆっくりとドアへと向かった。
「お父さんから聞いたわ、中国行きがなくなったって。 本当なの?」
ベッドに並んで腰かけたプイメークが、戸惑いながら尋ねる。 予想どおりの展開に、密かに苦笑いを噛み殺したコングが頷いてみせた。
「どうしてなの? お父さんは理由を聞いても言わないって怒ってたけど・・・」
「・・・・・・・・・」
不安と心配が入り混じった表情で答えを待つプイメークに対し、コングが困惑した表情を見せる。
ふと、母にだけは本当の理由を話そうかという誘惑にかられた。 父とは違い、いつもコングの心に寄り添ってくれる母なら、本当のことを話しても良いような気がした。
何より、こうして一人で抱え込むにはもう限界がきていることも大きかった。
「・・・父さんには言わないって、約束してくれますか」
「え? あなたがそう言うなら、言わないわ。 だから正直にお母さんに話してちょうだい」
一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しに戻ったプイメークが、コングを促す。
やがてコングがおもむろに口を開いた。
「・・・実は、俺の恋人が同性っていう話が社内に広まって、それが上層部の耳にも入ってしまって」
「え、それってアーティットさんのことよね?」
「ええ。 うちの会社は同性愛に対して強い偏見があるみたいで。 同性愛者が中国へ行って、中国側の関係者にそれがバレたら、最悪の場合
プロジェクト自体にも悪影響が出る恐れもあるっていう理由で、中国行きのメンバーから外されました」
「そんな・・・」
口に手を当てて驚きと悲しみの混じった目でコングを見つめ、言葉を失うプイメークにコングがさらに続ける。
「思えば、これまでが恵まれすぎてたんです。 少なくともバンコクにいた頃は、同性愛に対してみんな寛容な人ばかりだったから」
そこまで言ったコングが、何か思い出したのかふと苦笑いを零した。
「・・・あ、一番身近にいる父さんだけは、そうじゃなかったんだった」
自嘲にも見える笑いを張り付け、独り言のように呟くコングに、プイメークが話しかける。
「・・・でも、今はお父さんもあなたたちのこと認めてると思うわよ。 それはあなたもわかってるでしょ?」
「そうですね。 今回の中国行きの任務を無事に終えることができたら、俺とアーティット先輩のことを正式に認めてくれるようなことを言って
ましたから」
「お父さんがそんなことを・・・」
意外そうに呟くプイメークに、なぜかふ、と鼻で嗤ったコングが吐き捨てた。
「だけど、もうそのチャンスもなくなった。 それに何より、このことをアーティット先輩にどう言えばいいのかわからない。 本当のことを言え
ば、きっと先輩は自分を責めてひどく傷ついてしまう!」
アーティットに対する思いが一気に溢れたのか、急に頭を両手で抱えてそう叫ぶコングを、プイメークが痛ましそうな目で見た。
「・・・コング、落ち着いて。 今はとても辛いと思うけれど、あなたたちが信頼しあっていれば、きっとうまく乗り越えていけるはずよ」
「・・・・・・・・・」
ぐしゃりと髪の毛を掴んでいた手をほどき、ゆっくりとコングがプイメークを見る。
「アーティットさんに本当のことを話すかどうかは、あなたが決めること。 でもひとつ言えることは、誤魔化してその場を凌いだとしても、いつか
きっと事実は明るみになるものよ」
「・・・・・・・・・」
「アーティットさんはもちろん、お父さんにもね。 だからよく考えて、どうするか決めなさい。 私が言えるのはそれだけ」
じっと自分の話に耳を傾けているコングの髪に手を伸ばし、優しく撫でる。 そして最後にひとこと、プイメークが言葉をかけた。
「・・・愛しい私の息子。 私はいつでも、あなたの幸運を祈ってるわ」
ゆっくりとコングの頭を引き寄せ、そっと額にキスすると、優しく微笑んだプイメークが立ち上がった。
「もう朝食の支度できてるわよ。 お父さんは今朝早く出かけていないから、食べに来なさい」
そう言い残して、プイメークが部屋を出て行った。
一人残されたコングは、先ほどの母の言葉を思い返してみた。 真実は遅かれ早かれ、いつか必ず明るみになるもの。
その通りだと思う。 頭ではわかっているのだが、いざアーティットを前にしたら、真実を告げる自信がない。
彼の傷ついてひどく落胆する様子を、目の当たりにする勇気がないのだ。
「・・・・・・・・・」
堂々巡りの思考にいい加減嫌気がさしたコングは、大きく深呼吸してやにわに立ち上がった。
食欲はほとんどないが、それでもせっかく母が用意してくれた朝食をとるために部屋を出た。