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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§132)

2021-03-07 00:37:17 | SOTUS The other side
二人にとって永遠に続くかと思われた哀しい時間は、唐突に終わりを告げた。
ドアにすがって泣き崩れていたコングへ、不意に誰かの声が降りかかった。
 「・・・あんた、何してるんだ?  そこの住人と何かあったのか?」
反射的に顔を上げたコングの目に、こちらを訝しそうに見る男の姿が映る。 見知らぬ人間に泣き顔を晒したことに気付き、慌てて手の甲で涙をぬぐいながら立ち上がった。
 「いえ、その・・・」
だがとっさにどう答えて良いかわからず、思わず口ごもる。 すると何か思い出したのか、男があ、と小さく呟いた。
 「あんた、もしかして・・・以前にもここでドア叩いて叫んでたヤツじゃ」
コングを指さし、怪訝さを増した表情で、男が詰問する。 この男がいつか苦情を言われた隣人だったことを知って、コングがますます委縮する。
そのやり取りは、ドアの中のアーティットにも聞こえていた。
まだ哀しみは色濃く残っているが、それでもアーティットは瞬時に思考を巡らせ、コングの窮地を救う方法を考える。
男であるコングが男の部屋の前で泣き崩れている様子は、どう見ても尋常ではない。 きっと今頃、隣人の男は思い切り不審な目でコングを見ているだろう。
同性との痴情のもつれなどという不名誉な誤解をさせないために、アーティットは心を鬼にして叫んだ。
 「・・・もう帰れ! いつまでもそんなとこにいられても迷惑だ」
 「先輩!」
 「もし帰らないなら、おまえの父親に連絡して連れに来てもらうぞ!」
 「アーティット先輩!」
再びドアにすがってそう叫んだが、もうアーティットの声が聞こえることはなかった。 
声の限り叫び続けたかったが、背後からはじっと自分の様子を窺っている男の視線を感じる。
これ以上ここで醜態を晒しては、アーティットにも迷惑がかかってしまう。 何より、以降の隣人との付き合いにも影を落とすことになるだろう。
まさか本気でグレーグライに連絡するつもりはないだろうが、それでももう限界だと思った。
 「・・・・・・・・・」
ドアにかけていた手を下ろし、握りしめた拳を見る。 ドアを叩きすぎてうっすらと血がにじんでいた。
微かな痛みとともに拳をほどき、男の突き刺さるような視線から逃れるように、コングは速やかにその場を離れた。
コングの足音が遠ざかる気配と、隣人が部屋のドアを開ける音を確認したアーティットは、一気に力が抜けてずるずるとその場にへたり込んだ。
まるで長距離を走りぬいた後のような、鈍麻な疲労が全身を支配していた。 四肢に鉛が入ったかの如く重い。
両膝を立てた上に額を付け、丸く蹲る。 思考は停滞し、もう何も考えることもできない。
静まり返った空間で、アーティットはいつまでもそのまま動けずにいた。


どうやって家に帰ってきたのか、はっきり覚えていない。 ただ途中何度か他車にクラクションを鳴らされていたような気がする。
今思えば、よく事故らずにここまで辿り着けたと妙に感心した。
ガレージには、父の車がなかった。 仕事は年内いっぱいは休みだと言っていたから、どこかへ外出でもしているのか。
そんなことをぼんやり考えながら、コングはのろのろと車から降りた。
屋内へ入り、リビングのドアをくぐると、そこには母プイメークの姿があった。
 「コング、遅かったのね。 夕飯まだでしょう? 温めなおすから食べなさい」
そう言いながらキッチンへと向かう母に、コングが力なく答えた。
 「いえ・・・食欲がないからいいです」
それは自分でも驚くほどの嗄れ声だった。 まるで老人のようなその声に、プイメークが思わず立ち止まって振り返った。
 「・・・コング?」
声だけでなく、憔悴しきったその顔を見て、プイメークが異変に気付いた。
 「あなた、ひどい顔してるわよ。 どうしたの一体」
 「・・・・・・・・・」
 「ねえ、何があったの」
 「・・・母さん・・・」
唇を噛みしめて母の訴えを聞いていたコングが、堪えきれなくなったように声を絞り出した。
 「アーティット先輩が・・・あのことを知ってしまった・・・」
 「え、あのことって・・・」
反芻しかけたプイメークが、はっとしたように口元に手を当てた。
 「まさか、中国行きがなくなった理由・・・?」
無言で首をうなだれていたコングが、微かに頷く。 途端に、プイメークが痛いような目をした。
 「もう・・・もう俺、どうしたらいいのか・・・。 先輩は俺の話を聞いてくれないし・・・」
 「コング・・・」
 「どうしたら・・・。 先輩は何も悪くないのに、なんでこんなことに・・・!」
吐き出すようにそう叫び、嗚咽を漏らす息子を目の当たりにして、プイメークは何と声をかけて良いかわからず狼狽えた。
いつか真実は明るみになるもの。 そう諭したのは自分だ。 
だがいざこうしてその真実に打ちのめされる息子を目にすると、かける言葉が見つからなかった。
出ない言葉の代わりに手を伸ばし、コングの肩に置こうとした時、ゆらりとコングが動いた。
 「・・・すいません、取り乱して・・・」
小さくそう呟いて、ゆっくりとコングが歩き出した。 その後を追おうとしたプイメークだったが、踏み出しかけた足を止め、結局見送ることしかできなかった。
階段を上り自室へと消えていく息子の後ろ姿を見つめながら、何もしてやれない自分が無性に不甲斐なかった。
アーティットの受けたショックと、コングが受けたショック。 どちらも想像に難くない。
二人にとって茨の試練が始まってしまった。 
再びコングが心からの笑顔を取り戻すのはいつになるのか。
そんなことを考えながら、プイメークは無意識に両手を胸元で重ねて握りしめた。

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SOTUS・Season3(§131)

2021-03-07 00:36:38 | SOTUS The other side
アーティットの姿を見つけることができなかったコングが次に取った行動は、ひたすら携帯を呼び出し続けることだった。
もう何度目かわからないコールを、今また呼び出す。 だが何十回コールしても、とうとうアーティットが出ることはなかった。
 「・・・・・・・・・」
未だ呼び出し続けている携帯を耳から離し、虚しく見つめる。 そしてそのまま、終話ボタンを力なく押した。
思わず、深いため息が漏れた。
ジェーンを恨めしく思う一方で、己のことも激しく後悔した。 なぜもっと早く打ち明けなかったのか。
だが、すべてはもう遅い。 掴んだ砂が指の間からこぼれ落ちていくような消失感に、なすすべもなくコングは首をうなだれた。
どれくらいそうしていたのか、気が付くともうあたりは薄暗くなり始めていた。 行き交う人々の数も、いつの間にかまばらになっている。
握ったままの携帯を見てみるが、相変わらず着信はない。 しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。
しばし思い悩んだ挙句、コングはラインでメッセージを送った。
『先輩、どこにいるんですか。 ひとまず帰ります。 必ず連絡ください』
送信してからもしばらく画面を見つめていたが、やはり既読にはならない。 再度大きなため息を零したコングは、重い足をどうにか動かしてその場を離れた。
のろのろと歩いているうち、もしかしたら駐車場で待っているかもしれないという考えが頭をよぎり、一気に駆け出す。
昼間は満車に近かった駐車場も、今はガラガラになっている。 あたりをキョロキョロしながら、自分の車へと近づく。
だが、そこにアーティットの姿はなかった。
心のどこかでいないと思ってはいたものの、やはりこうして目の当たりにすると落胆を隠せない。
再び重くなった足をひきずって車へと乗り込み、後ろ髪を引かれながらもコングはその場を後にした。
すっかり日が落ちて暗闇に包まれた街をひた走ること20分、コングはアーティットのアパートに到着した。
いつものスペースに車を停め、車内から2階のアーティットの部屋を仰ぎ見る。 だが、窓から明かりは見えない。
それでもコングは素早く車から降りると、彼の部屋へと急いだ。
一気に階段を駆け上り、部屋の前にたどり着くと、すかさずドアをノックする。
 「先輩、いますか。 先輩!」
いつもは隣人からの苦情を気にして声を上げないコングだったが、今はそんな心の余裕もない。 ひたすらノックして、彼の名前を呼び続けた。
幸い、今隣人は留守なのか苦情は来なかった。 だが、アーティットの返事もないままだった。
 「・・・・・・・・・」
力を込めてドアを叩いていたせいか、拳が赤くなっている。 ズキズキとした鈍い痛みを噛みしめながら、コングが恨めしそうにドアを見上げた。
できることなら、このままここでアーティットが帰ってくるまで待ち続けたかったが、やはりどうしても人目についてしまうため、コングは仕方なく車へと戻ることにした。
幾度も背後を振り返り、アーティットが戻ってこないか確認しながら歩き続けたが、結局何事もなく車にたどり着いてしまった。
車に乗り込み、ふと腕時計を見る。 時刻は午後9時前。 
いったいアーティットは、今どこで何をしているのだろう。
ジェーンが言った言葉の数々を思い出してみる。 
直接、アーティットのせいで中国行きがなくなった、とは言わなかったが、それでももうアーティットは気付いてしまっただろう。
彼が受けた衝撃と悲しみは、いかばかりのものだろう。 もしかしたら、今ごろ自分を責め続けているかもしれない。
そして、思い余って己の存在そのものを否定してしまったとしたら。
 「・・・・・・!」
良からぬ想像が頭を駆け巡り、シートにもたれていた体をがばっと起こす。
よもや、自決などということは・・・!
己の描いた最悪のシナリオに翻弄されたコングは、いてもたってもいられなくなり、再び車外へ飛び出した。
すると、ちょうどアパートのエントランスに一台のタクシーが停車するのが目に入った。
視界が暗く距離もあるためはっきりとは見えないが、それでも客が一人降り立ったのが確認できた。
やがてタクシーが走り去ると、その人物がゆっくりエントランスへと入っていく。 エントランスの明かりに浮かび上がった姿を見た瞬間、コングがいきなり走り出した。
 「先輩、アーティット先輩!」
その声に気付いたアーティットが、一瞬こちらを振り返る。 だがすぐに背を向けると、一気に階段を駆け出した。
自分から逃げるアーティットを、必死にコングが追いかける。 コングの方が体力があるせいか、二人の距離はみるみる縮まり、ドアの少し前で追いつくことができた。
 「先輩!」
とっさに彼の手首を掴んだが、その手から逃れようとアーティットが激しく抵抗する。
 「離せ!」
 「嫌です、俺の話を聞いて下さい!」
跡が付くほど強く手首を握られ、痛みでアーティットが顔を歪める。 だがそれでもコングは手を離さない。
今この手を離したら、もう二度と彼とは会えなくなるような強迫観念がコングを襲う。 
だが、それよりもアーティットの覚悟の方が強かった。
 「離せ!!」
渾身の力でコングの手を振り払ったアーティットが、思い切りコングを突き飛ばした。 そのはずみで、コングが床に倒れ込む。
その隙にアーティットが素早く鍵を取り出し、ドアを開錠してあっという間に部屋の中へ消えてしまった。
 「先輩、開けてください! 先輩!」
閉ざされたドアを叩きながら、何度もコングが叫ぶ。 ドアの内側では、後ろ手にドアを閉め、背をもたれたアーティットがきつく目を閉じてコングの悲痛な声に耐えている。
ひたすらアーティットの名前を呼んでいたコングの声が、徐々に掠れていく。 やがてそれは嗚咽に変わり、もう明瞭な言葉にはならなかった。
 「・・・っ」
一枚のドアを隔てて、コングとアーティットは涙を流した。
ドアの外ではコングが、たった今まで掴んでいた最愛の人の温もりが残る手のひらを、涙で滲む目で見つめている。
ドアの中ではアーティットが、最愛の人が付けた手首の赤い痕を、哀しく見つめている。
二人のむせび泣く悲し気な声だけが、静かな空間にいつまでも響いていた。

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SOTUS・Season3(§130)

2021-03-07 00:36:01 | SOTUS The other side
ジェーンの後を追いかけて闇雲に走り続けたアーティットだったが、結局彼女を見つけることはできなかった。
荒い呼吸で噴き出した汗を拭いながら、その場に立ち止まったアーティットがあたりを見回す。 だがそこには見知らぬ人の波があるだけで、かの人の姿はない。
 「・・・・・・・・・」
さすがに少々疲れを感じて、そばの壁に背をもたれて深く深呼吸する。 
思考が、混乱していた。
コングの中国行きがなくなった。 それは、アーティットにとっても大きな衝撃だった。
出世に深く関わると思われるこの出向がなくなったことを、コングはどう思っているのだろうか。 
今日の彼の様子を見る限りでは、いつもと何ら変わらないように思える。
いや、そういえば。 
いつもよりよく喋るかと思えば、急に黙り込んだりして、少し違和感を覚えることがあった。 何となく気になって、コングに聞いたことを思い出す。
もしかして、あれが何かのサインだったのだろうか。
 「・・・・・・・・・」
ふと、アーティットの表情が曇る。 中国行きがなくなった理由は、いったい何なのか。
コングが何か重大なミスでも犯したのだろうか。 しかし、もしそうならあんなに何事もなかったかのように振舞えるものだろうか。
彼の性格からすれば、きっと心の底から落ち込み、とてもじゃないがこうして休暇を謳歌できるとは思えない。 
しかもそれが原因で中国行きが取り消されたとなれば、きっと平気ではいられないはずだ。
では、いったい何が原因なのだろうか。
 「・・・あら? また会ったわね」
突如そう声をかけられ、ひどく驚いたアーティットが声の方を振り返る。 そこには、渦中の人・ジェーンがにっこり笑って佇んでいた。
 「ちょっと自分のものを買いたかったから、子供を旦那に預けてきちゃった。 おかげで欲しかったものが買えたわ」
訊いてもいないのに饒舌に喋るジェーンを前に、どう対応していいかわからないアーティットが、表情を固まらせた。
すると何を思ったのか、ジェーンが不意に顔を近づけて、アーティットの耳元へ囁いた。
 「・・・コングから中国行き取り消しの理由聞いた?」
 「・・・いえ・・・」
何のためらいもなくパーソナルスペースに入り込んでくる彼女から無意識に身を逸らしながら、アーティットが小さく首を左右に振った。
あらぁ・・・と不憫そうにこちらを見つめるジェーンと、不意に目が合う。
そういえば、元はといえば彼女を追いかけてここまで来たことを思い出す。 一向に口を開かないコングに業を煮やし、真実を知っているだろうジェーンにその理由を尋ねようとして。
 「・・・・・・・・・」
しばしじっとジェーンを見つめていたアーティットだったが、意を決して口を開いた。
 「・・・あの、教えてもらえませんか。 なぜあいつの中国行きがなくなったのかを」
 「え? でも・・・」
 「俺はかまいません。 お願いします」
そう言って頭を下げるアーティットには、微かにほくそ笑んだジェーンの顔は見えていなかった。 
やや間を開け、もったいぶったようにジェーンが言葉を発した。
 「・・・うちの会社はね、LGBTに対する風当たりが強いの」
何の脈絡もないようなことを話し始めるジェーンを、虚を突かれたような表情でアーティットが見つめた。 が、構わずジェーンは続ける。
 「だけど中国はもっとひどいらしくて。 同性愛者っていうだけで差別されたり」
 「・・・・・・・・・」
 「今回の中国行きプロジェクトは、うちの会社にとってもすごく重要なものだから、派遣されるメンバーは間違っても中国サイドに批判されるような
  人物じゃいけないのよ」
 「・・・・・・・・・」
はじめは荒唐無稽な話だと思っていたアーティットだったが、次第に不穏な気持ちが募り始めるのを感じていた。
非常に暗喩的ではあるが、コングがそうだと言いたいのだろうか。
だとしたら、それは、つまり・・・。
 「・・・・・・っ!」
突然、全身に冷や水を打たれたような気分だった。 背中を厭な汗が伝う。
最大限に目を見開いたまま絶句してしまったアーティットに、目いっぱい同情の表情を浮かべたジェーンが語りかける。
 「ごめんなさい、あなたを傷つけるつもりじゃなかったのよ。 あなたは悪くないの。 悪いのは、同性愛に偏見を持つ人間の方なんだから」
薄っぺらい慰めの言葉も、もはやアーティットの耳には届かなかった。
一番恐れていたことが、現実となってしまった。
自分の存在が、コングの足枷になるということ。
 「・・・あ、私もう行かなきゃ・・・。 アーティットさん、どうか自分を責めないでね」
呆然と立ち尽くしているアーティットを尻目に、それだけ言い残したジェーンがそそくさと立ち去る。
あっという間に人波にかき消えた彼女の姿も、アーティットの目には映らない。
頭の中で割れ鐘を叩かれたように、脳がズキズキと痛む。 無意識のうちに過呼吸になり、まるで全速力で走った後のような荒い息遣いで、アーティットは目の前の空間を凝視していた。
あれだけコングの将来を邪魔したくないと思っていたのに、よもやこんなことになってしまうとは。
やはり男である自分がコングのそばにいるということは、こんなにもリスクが高く危険なことだったのだ。
いや、それはわかっていた。 わかっていたが、それでもコングから離れることができなかった己の欺瞞を呪う。
いくらコングやグレーグライがアーティットの存在を許したとしても、世間はそんなに甘くはないのだ。
やはり、同性愛は異端でしかないのだと。 それを今強く思い知った。
 「・・・・・・・・・」
不意に足元から力が抜け、その場に座り込んでしまいそうになる。 目の前が、文字通り真っ暗になった。
もう、コングの下には戻れない。 
そう思った瞬間、堪えていた力が抜け、ずるずると地面にへたり込む。 
数多の人々が行き交う賑やかなざわめきが、アーティットにはどこか遠くの世界のようにぼんやりと霞んで見えた。

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SOTUS・Season3(§129)

2021-03-07 00:35:26 | SOTUS The other side
 「買いたいものって、それだけだったのかよ」
日本料理店で食事を済ませた後、近くの大型ショッピングモールであちこちの店を見た挙句、結局スニーカー一足だけを買ったコングに、呆れ顔のアーティットがごちた。
 「他にあまり良いものがなくて。 疲れましたか?」
 「ちょっとな。 最近デスクワークばっかであんまり歩いてないから、こんなに歩いたの久しぶりだよ」
 「じゃあちょっとそこのベンチで休みましょう。 何か飲むもの買ってきます」
すぐそこの広場にいくつか置かれているベンチを指さしたコングが、そう言い残して近くのドリンクショップへと向かう。
アーティットが広場へ向かって足を踏み出そうとした時、不意に小さな子供の声とともに足に衝撃が走った。 同時に、母親らしき女性の声も耳に飛び込んできた。
 「ほら、危ないって言ったでしょ!」
足元を見ると、2、3歳の女の子がふくらはぎにしがみついている。 どうやら走ってきてぶつかったらしい。
 「うちの子がごめんなさいね」
そう言いながら子供を抱き上げた女性が、にっこりと笑ってアーティットの顔を見た。 すると、あ、と何かを思い出したように女性が声を上げた。
 「あなた・・・アーティットさん、よね?」
不意に名前を呼ばれて驚いたアーティットが改めて女性の顔をまじまじと見ていると、女性の背後から小さな子供を抱えた男性が女性の名前を呼んだ。
 「ジェーン、ジェシカは捕まえられたか?」
ジェーン、という名を聞いたアーティットの表情が、瞬時に強張った。 そうだ、この人物は、いつかコングのマンションで出会った、あの不可解なコングの先輩だ。
 「ええ、この方にぶつかっちゃったみたいで。 でもおかげで捕まえられたわ」
 「まったく、誰に似てこんなにお転婆なんだか」
 「ほんと、誰に似たのかしらね」
ねっとり自分を横目で見るジェーンに、やれやれといった感じで肩をすくめた夫らしき男性が、棒立ちになっているアーティットへ向き直った。
 「すみませんでした。 娘がご迷惑おかけしました」
 「あ、いえ」
とっさに笑顔で答えたアーティットを指さして、ジェーンが楽し気に夫に話しかける。
 「この方ねぇ、コングの大学の先輩なのよ。 前に紹介してもらったことがあるの。 すごい偶然よね」
 「へえ、そうなのか?」
 「そういえば、今日はあなた一人? コングは一緒じゃないの?」
それまで夫に向けていた顔をくるりとアーティットに向けたジェーンが、そう問いかけた。
 「あ、そこに・・・」
そう呟いてアーティットが指さす方を振り向いたジェーンと、こちらへ向かって歩いてくるコングの目が合った。
 「・・・ジェーン先輩?」
驚きのあまり両手に持ったドリンクを落としそうになったコングが、目を見開いて彼女を凝視する。
 「偶然ね。 あなたたちも買い物?」
 「は、はい・・・」
一気に脂汗が噴き出してくるのを感じながら、ぎこちない動きでコングがアーティットのところまで戻ってきた。
こんなところでまさか彼女に出会うなんて、夢にも思わなかった。 チェンマイから遠く離れたこのバンコクに、なぜ彼女がいるのか。
いや、そんなことはどうでもいい。 今最大の問題は、彼女があのことをバラしてしまわないかどうかだ。
今のアーティットの様子を見る限りでは、まだ知られてはいないようだ。
どうかこのまま、ジェーンが余計なことを言いませんようにーーー。
心の中でそう必死に祈るコングのことを知ってか知らずか、ジェーンが楽しげに話しかける。
 「私の実家がバンコクでね、家族で里帰りしてきたの。 まさかあなたたちと会うなんて、びっくりしたわ」
 「はぁ・・・」
 「本当はこっちでゆっくりしていたいんだけど、何しろ明後日にはもうチェンマイに戻らないといけないから、急いで買い物しにきたの」
含みを持たせたようなその言い回しに、コングがピクリと反応する。 凄まじく嫌な予感がした。
そんな彼に、ひときわねっとりとした口調で、ジェーンが話しかける。
 「あなたはいいわね、ゆっくりできて。 お正月もこっちでアーティットさんや家族と過ごすんでしょ? 羨ましいわ」
 「え・・・」
ジェーンのその言葉に反応したのは、アーティットだった。 今度こそ、コングの体が凍り付いた。
 「私たちが中国へ行ってる間、オフィスのことよろしく頼むわね」
とどめの一言を言い放ったジェーンが、満足げにフフンと鼻を鳴らした。 
全身が硬直したように動かないコングと、疑問符を顔に張り付けたようなアーティットを交互に見て、ジェーンがニヤリと品のない笑いを浮かべる。
 「・・・あの、それってどういう・・・」
たまらずアーティットがジェーンに向かって尋ねようとしたが、とっさにコングに腕を引っ張られて言葉を途切れさせた。
 「何すんだよ」
思いのほか強い力で掴まれた腕を胡乱げに見たアーティットが、訝しそうに抗議する。 が、コングは何をどう言えば良いかわからず、ただ何かを訴えるような目で見つめることしかできない。
すると、意外そうな顔をしたジェーンが再び口を開いた。
 「・・・あら、もしかしてアーティットさんにまだ言ってないの? だったら私、余計なこと言っちゃったかしら」
わざとらしく口元に手を当ててそう言うジェーンに、掴まれていた腕を振り払ったアーティットが訊き返す。
 「あの、どういうことなんですか。 コングポップも一緒に中国へ行くんじゃ」
 「えっと、言っちゃっていいのかしら」
チラリと視線を投げてくるジェーンに、しかしコングはもうなすすべがなかった。 今さら何をどう言い繕ったところで、もうアーティットの心に芽生えた疑念を払拭することはできないだろう。 
すべてを諦めたように、コングが頭をうな垂れた。 そんな彼の様子に再び唇をニッと吊り上げたジェーンが、おもむろに口を開く。
 「・・・コングは、中国へは行かないことになったの。 残念だわ、一緒に頑張ってほしかったんだけど」
 「え・・・本当ですか」
 「ええ。 急に決まったの」
 「なんで、ですか。 理由は何なんですか?」
 「理由・・・」
そこまで言って意味深に言葉を途切れさせたジェーンを、はちきれるほど目を見開いたコングが凝視する。
まさか、すべてを暴露するつもりなのだろうか・・・。
思わず唾を飲み込んだコングは、まるで死刑宣告を待つ囚人のような気分でひたすら彼女を見据え続けた。
だが、なぜかふっと目を逸らしたジェーンが、小さく首を左右に振った。
 「・・・それは、私の口からは言えないわ。 ごめんなさいね、どうかコングから聞いてちょうだい」
 「・・・・・・・・・」
憐れむような表情を浮かべて、それじゃ、と言い残し夫たちとともに立ち去っていく彼女を、アーティットとコングが呆然と見つめる。
やがて彼らの姿が人混みに消えると、アーティットがコングに向き直った。
 「・・・おい、さっきの話は本当なのか? 中国行きがなくなったって、本当なのか?」
 「・・・・・・・・・」
ついにこの時が訪れてしまった。 それも、ジェーンの口からという最悪の形で。
だが、ここまできてもう言い逃れやごまかしなどできるはずもない。 小さくため息を吐いたコングが、小さく頷く。
 「なんでだよ。 どんな理由でそんなことになったんだ。 まさか自分から行かないって言ったわけじゃないだろう?」
ひどく納得がいかない様子で、アーティットがまくしたてる。 
 「黙ってちゃわかんないだろ。 何とか言えよ」
一向に口を開かないコングに業を煮やしたアーティットが、さらに厳しい口調で追及する。 だが、コングはどうしても真の理由を言うことができない。
ひたすら俯いて唇を噛みしめているコングに、ついに痺れを切らしたアーティットが見切りをつけた。
自分から離れていく気配に気付いたコングが、慌ててアーティットを呼び止める。
 「先輩、どこへ行くんですか!?」
そう言いながら後を追うが、あっという間に視界から消えてしまった。 まだそんなに遠く離れていないはずだが、混み合う人波に阻まれて彼の姿を見つけることができない。
ひとしきり探し回ったコングだったが、結局見つけることはできなかった。 
元の場所に戻ってきたコングが、力なくベンチに腰を落とす。 最悪の結末になってしまった。
母プイメークが言っていた、遅かれ早かれ真実は明るみになるという言葉が、今こそ鮮やかに脳裏に蘇る。 こんなことなら、勇気を振り絞ってアーティットに真実を伝えておくべきだった。
いつかの、シャーリーンとの見合いの一件が思い浮かぶ。 
あの時も事実を言い出すことができず、最悪の形でバレてしまった挙句、アーティットをひどく傷つけた。
そして、今またこのザマだ。 いったい何度同じことを繰り返せば、学習するのだろうか。 我ながら、情けなさ過ぎて吐き気がする。
思わず頭を抱えたコングは、行き交う人々が怪訝そうな視線を投げかけるのにも構わず、髪の毛を搔き乱しながら己を責め続けた。
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SOTUS・Season3(§128)

2021-03-07 00:34:46 | SOTUS The other side
約束の11時より少し早くアパートに着いたコングは、停めた車の中で今日一日の行動計画を考えていた。
まずはランチをとり、その後市内にある映画館で映画。 それが終わったら、ショッピングモールで買い物をし、そして夕飯を食べて、今夜は泊まらずに自宅へ帰宅。
泊まっていかないことをアーティットは不審に思うかもしれないが、家族サービスのためといえば納得するだろう。 
何よりアーティット自身が、家族との時間を大切にしろと常々言っているくらいだ。
とにかく今日は、アーティットと二人きりになる時間を極力減らさなければ。 二人きりになってしまうと、隠し事をし続ける自信がない。 
そうして考え込んでいると、不意に助手席のドアが開く音がしてコングはひどく驚いた。 
いつものように車に乗り込んでくるアーティットを見て、反射的に後ろめたい気持ちが沸く。
だがそんな心の内をどうにか隠したコングが、笑顔を作って話しかける。
 「お久しぶりです。 まずはランチに行きましょう。 何が食べたいですか?」
 「まだあんまり腹減ってない。 先に映画でもいいぞ」
そう呟くアーティットを見ると、髪の毛がしっとり濡れている。 きっと起きがけにシャワーを浴びてきたのだろう。
 「もしかして、ついさっき起きました?」
 「おまえのラインで一旦起きたけど、知らないうちにまた寝てた。 起きたら10時半だったよ」
焦った、と苦笑いするアーティットは、いつも通りの彼だ。 コングのことを微塵も疑っていない。
それは当然のことなのだが、心の中に後ろめたいことを隠しているコングにとっては、彼の素行につい過敏になってしまう。
それが高じて自分の方が挙動不審になってしまい、結局墓穴を掘ることになるのだ。 
 「・・・おい?」
じっと自分を見つめたまま動かないコングに、アーティットが不審げに声をかける。 はっとしたコングが慌ててイグニッションキーに手をやった。
 「すいません、じゃ行きましょうか」
取って付けた感は否めないが、それでもそれ以上何も言わないアーティットを横目に見つつ、コングは車を発進させた。
アパートから10分ほど走ったところにある複合型施設の駐車場に車を停め、アーティットとコングが車から降りてエレベータホールへと向かう。
 「で、映画何観たいんだよ?」
エレベーター内に貼られているいくつかの上映映画のポスターを見ながら、アーティットが問いかける。
正直どれも大して興味を引くものはなかったが、それでも一番面白そうなものを指さして言った。
 「これです。 面白そうだと思ったので」
 「ふぅん・・・」
生返事なところをみると、アーティットもあまり興味はないのだろう。 もともとあまり映画は観ない方で、映画好きのコングに付き合ってたまに一緒に観るくらいだ。
 「・・・寝ててもいいですよ」
ボソッと耳元へそう囁くと、図星をさされたのが悔しいのか、アーティットが唇を尖らせて反撃した。
 「誰が寝るって? 俺は映画を観に来たんだ」
ちょうどエレベーターが映画館のフロアに到着してドアが開き、行くぞ!と告げたアーティットがさっさと降りて行った。 
その子供っぽい様子に思わずクスリと笑ったコングが、あとに続く。
チケットを購入しにいくと、幸い次の上映がすぐに始まるとのことだったので、二人はさっそく薄暗い館内へと入っていった。
そして1時間後。 
寝ないと豪語した手前必死に睡魔と闘っていたアーティットだったが、やはりその闘いに勝つことはできず、途中から隣で気持ちよさそうな寝息を立て始めた彼を、コングが苦笑いしながら見つめていた。
 「・・・おはようございます」
やがて上映が終了し、明かりが灯り始めた館内で、未だスヤスヤと眠っているアーティットの耳元へコングが囁いた。
 「ん・・・?」
うっすらと目を開けたアーティットに、再度コングがおはようございますと声をかけると、ようやくアーティットの目が完全に開かれた。
 「よく眠ってましたねぇ」
わざとらしくねっとりした口調でそう言うコングに、アーティットはすぐに言葉を返せなかった。
バツが悪い、というのはまさにこういうことだろう。 不愉快そうに表情を歪めながらも、黙って体を起こしたアーティットが、ぽりぽりと頭を掻いた。
シートにすっぽりと頭を埋めていたせいで、髪の毛が乱れている。 それをそっとコングが指で直すと、その手を振り払ったアーティットが自分で乱暴に髪を撫でつけた。
 「それじゃ、行きましょう」
くすくすと笑うコングをじろりと睨みながらもアーティットが立ち上がり、二人は映画館を出た。
 「あ、ここの施設食べるところも結構あるみたいですよ。 なんならここで何か食べてきますか?」
施設の案内板の前で足を止めたコングが、フードコート一覧を眺めながら提案すると、アーティットが同調した。
 「ああ、別に何でもいい。 おまえが食いたいものでいい」
 「そうですか? じゃあしゃぶしゃぶはどうですか」
 「いいよ」
日本料理店を指さしたコングに、アーティットが頷いて見せる。 そうして二人は再びエレベーターへと向かった。
日本料理店に腰を落ち着けた二人は、久々に味わうしゃぶしゃぶを堪能して、何気ない話をしながらいつものような時間を過ごしていた。
少なくともコングにしてみれば、いつものような時間のはずだった。 
だが、ふと箸を止めたアーティットが、じっとコングを見つめて不意に一言呟いた。
 「・・・なあ。 おまえ何か話したいことがあるんじゃないのか」
 「えっ」
唐突に斬り込まれ、思わずコングが食べ物を喉に詰まらせそうになる。 
少々むせながらコップに手を伸ばす彼を、向かいからアーティットがじっと見守っている。
 「・・・話したいこと、ですか? なぜそう思うんですか?」
一気に激しくなった動悸に翻弄されながらも、どうにかそれだけ口にすることができた。 すると、少し考え込むような表情をしたアーティットがぼそりと答えた。
 「なんか、うまく言えないけど・・・いつものおまえと違う気がして。 やけによく喋るし、そうかと思うと急に黙り込んだり・・・。 だから、何かあったのかと思って」
 「・・・・・・・・・」
伏目がちにそう呟くアーティットを、コングが驚愕の表情で見据える。 思っていたよりずっと、アーティットはコングのことをよく見ていたのだ。
とっさに、コングはどう答えるべきか迷った。 鼓動はさらに激しさを増し、今にも口から心臓が飛び出しそうなほどだ。
すると、その沈黙をアーティットが違う意味に捉えた。
 「あ・・・、言いたくないなら別に言わなくていい。 今のは、忘れてくれ」
ボソリとそう呟くと、アーティットは気持ちを切り替えるように、残りわずかとなった食事を一気に掻き込んだ。
 「・・・別に、何もありませんよ。 久しぶりにあなたに会えたから、嬉しくてちょっと気持ちが昂ぶってるのかも」
心の中の激しい動揺を鉄の理性で押し殺し、にっこりと満面の笑みを湛えたコングが、じっとアーティットの目を見つめて囁く。
一瞬二人の視線が交差したが、すぐに気恥ずかしさからアーティットが目を逸らした。 不自然に顔を背けたまま、視線だけがキョロキョロと泳ぐ。
そんな彼の反応を見て、どうにかうまくかわせたと悟ったコングが、密かに安堵のため息を吐いた。
まるで地雷だらけの場所を歩いている気分だった。 いつどこで起爆スイッチが入るかわからない。 
こんな厭な気分は初めてだった。
 「・・・この後ですけど、ちょっと買いたいものがあるので買い物に付き合ってくれませんか」
それまで居心地悪そうにもぞもぞしていたアーティットが、話題が変わったことで急にぱっと明るい表情になって頷いた。 
 「わかった、じゃあ食い終わったし行こうぜ」
まるで一刻も早くコングの視線から逃れたいように、素早く伝票を手にしたアーティットが席を立った。
 「あ、俺が払いますよ」
そう言ってアーティットの手から伝票を取ろうとしたが、それより早くアーティットがレジへと歩き出す。
その後を、慌ててコングが追いかけた。
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