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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§137)

2021-03-07 00:40:18 | SOTUS The other side
コング宅前でタクシーを降りたトードとサットは、目の前に聳える豪邸に圧倒された。
2メートルは優に超える高さの門扉と、はるか遠くまで連なる塀。 複雑な紋様の門扉から覗く庭には、完璧に手入れされた植木たちが整然と鎮座している。
広々としたガレージには、見るからに高級そうな乗用車が何台か停まっていた。
 「・・・すげーな」
思わず漏れたトードの呟きに、サットが意外そうに尋ねた。
 「え、トード先輩はコングさんの家に来たことなかったんですか?」
 「ああ、初めて来た。 まさかこんな豪邸だとは思わなかったよ」
 「タクシーの運転手にも普通に行き先言ってたし、てっきり来たことあるんだと思ってました」
 「サイアムポリマー社の社長宅って言えば、住所なんか言わなくてもわかるからさ」
 「なるほど」
納得したように小さく頷くサットを横目に、気を取り直したトードがインターフォンを鳴らした。
 『はい』
対応したのは、女性の声だった。 コングの母親だろうか。 そんなことを考えながら、トードが要件を告げる。
 「あの、僕はトードと言ってコングの友人です。 コングが急に倒れたので連れてきたんですが」
 『コングが? わかりました、少々お待ちください』
少し驚いたような声でそう答えて、インターフォンが切れた。
サットに抱きかかえられたコングの様子を見ると、死んだように目を閉じて身動きひとつしない。 唇は青ざめ、こけた頬にも赤みはなかった。
アーティットの突然の休職願いといい、コングのこの状態といい、二人に何らかの重大な事件が起きたのはほぼ間違いないだろう。
いったい何があったのだろうか。
そんなことを考えていると、こちらへ近づいてくる足音に気付いた。 コングから目を外すと、小走りで駆けてくる女性の姿が目に入った。
 「あの、コングが倒れたって・・・」
 「はい、突然僕たちの目の前で倒れたんです。 どうしようか悩んだんですが、とりあえず自宅へ連れて行こうってことになって」
 「ありがとうございます、どうぞ中へ入ってください。 あ、私はコングの母親のプイメークといいます」
そう言いながら電動スイッチを押して門扉を開けたプイメークが、心配そうにコングの顔を覗き込んだ。
 「コング、あなた一体どうしたっていうの」
返事はないとわかっていても、問いかけずにはいられない彼女の心境がトードたちにもわかった。 すると、玄関からもう一人誰かがこちらへやってきた。
 「トードくん、サットくん、すまなかったね。 さ、コングポップをこちらへ」
それはコングの父でありサイアムポリマー社社長であるグレーグライだった。 サットに向かってコングを引き渡すよう手を差し伸べるグレーグライに、だがサットは小さく首を左右に振った。
 「このまま僕が運びます」
 「しかし」
 「大丈夫です、コングさんはそんなに重くないですし」
にっこり笑ってやんわり申し出を断ったサットを、しばし戸惑って見つめたグレーグライだったが、やがて小さく頷いた。
 「では中へ」
そう言って歩き出すグレーグライの後にプイメークが続き、その後をトードとサットも追った。


グレーグライの指示でコングの部屋のベッドにコングを寝かせると、次にトードたちはリビングへと案内された。
外観と同じく豪奢なリビングのソファは、腰を下ろすと下半身全体を包み込むような絶妙のフィット感で、もう立ち上がりたくない気持ちにさせる。
自分たちの住まう場所とは違いすぎる空間に、トードたちは妙な居心地の悪さに戸惑った。
 「コングポップが迷惑をかけて申し訳ない。 さ、ゆっくり休んでくれたまえ。 何か飲み物でも持って来よう」
そう言い残して、グレーグライが部屋を出て行った。 幾分ホッとしたトードが、ふと隣に座るサットの左手に目をやった。
 「あれ、おまえそんなの着けてたか?」
そう指摘されて、思わずサットがえ?と訊き返す。 サットの左手を指さしたトードが、それだよ、と呟く。
 「ああ、これですか。 これは母からもらったお守りみたいなものなんです。 仕事中は着けてませんが、普段は着けてますよ」
それは、象牙をあしらったブレスレットのようなものだった。 手首から抜き取ったサットが、トードの手に載せた。
革ひものような素材に、勾玉形の小さな象牙が密やかに煌めいている。 どうやら手作りらしい。
 「おまえの母さんが作ったのか?」
 「若い頃に作ったものらしいです。 ずっと母が大事に身に着けてたんですが、俺が就職する時にくれたんです」
 「へぇ・・・。 じゃ大事にしなきゃな」
そんなことを話していると、グレーグライがリビングへ戻ってきた。
 「やあ、待たせたね。 いまプイメークが飲み物を持ってくるから」
にこやかにそう告げるグレーグライが、トードの手にあるブレスレットに気付いた。
 「おや、変わったブレスレットだね。 トードくんのものか?」
 「いえ、これはサットのです。 僕も変わったものだなって思ったので、見せてもらってました」
 「ほう、わたしにもちょっと見せてくれ」
 「どうぞ」
サットが応じると、トードがブレスレットを差し出した。 
 「これは・・・象牙かな? 今は象牙なんてなかなか手に入らないだろう」
 「ええ、もう30年近く前のものです」
 「そうか・・・ん?」
ふと、グレーグライが何か思い出したような反応をした。
 「なんだかこれに見覚えがあるような・・・。 どこかで買った物かね?」
 「いえ、これは僕の母が作ったものです。 だから見覚えがあるはずはないかと」
 「お母さんの手作り・・・。 なら確かにそうだな。 似た何かと混同したのかも知れないな」
ありがとう、と言ってグレーグライがサットにブレスレットを返した。 それとほぼ同時に、トレイを持ったプイメークがリビングへとやってきた。
 「さあ、どうぞ」
各人の前にグラスを置いたプイメークが、笑顔で促す。 ちょうど喉が渇いていたトードとサットは、いただきます、と告げてすぐに飲み始めた。
そんな彼らを見つめるグレーグライは、何か考え事をしているかのような遠い目をしていた。
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SOTUS・Season3(§136)

2021-03-07 00:39:42 | SOTUS The other side
アーティットの部屋を後にして車に戻ってきたコングは、運転席のシートを倒して苦く目を閉じた。
ひどく頭痛がする。 目を閉じていると、瞼の裏で血管が脈打つたび、リンクするように頭の中がズキズキと痛む。
ふと、ぞわりと悪寒が走った。 常夏のバンコクにいるのに妙な肌寒さを覚えて目を開くと、両腕に鳥肌が立っていた。
 「・・・・・・・・・」
こんな感覚は久しぶりだ。 どうやら熱があるらしい。 
飲まず食わずに加えて、睡眠不足と度重なる疲労で、風邪をひいてしまったようだ。
だが、コングはこのまま帰って寝る気にはなれなかった。 この場所から離れたくなかった。
アーティットと連絡がつかない今となっては、ここが唯一の彼との接点になる気がしたからだ。
いったい彼はどこへ行ってしまったのだろう。 
思えば、アーティットのことは知らないことばかりだった。 家族のことも、故郷のことも、コングは何ひとつ知らない。
このアパート以外に、行く場所があるのかどうかさえも。
熱と疲れからぼんやりと霞む目で、もう一度2階の彼の部屋を仰ぎ見る。 すると、窓際のブラインドが僅かに動いたように見えた。
とっさに車から飛び降り、元来た道を駆け出す。
ふらつく足に鞭打って、手すりに捕まりながら階段を駆け上がる。 アーティットの部屋まで来ると、再びドアをノックして叫んだ。
 「アーティット先輩、ここを開けてください! どうか、話をさせてください!」
冷たく閉ざされたドアにすがりつき、出ない声を振り絞るたび喉に痛みが走る。 だがそれでもコングはひたすら憑かれたように叫び続けた。
そうしてどれくらいか経ち、コングの喉ももう限界に達した時、不意に背後から名前を呼ばれた。
 「コングじゃないか」
振り向くと、トードと見知らぬ人物が佇んでいる。 だがコングが言葉を発する前に、トードが驚いて声を上げた。
 「おまえ、なんて顔してるんだよ。 大丈夫か?」
 「え・・・」
 「真っ青な顔色だぞ。 頬もげっそりやつれてるし・・・」
そう指摘されて一瞬顔に手をやったコングだったが、すぐにトードに向かって問いかけた。
 「トード先輩、アーティット先輩を知りませんか!?」
取り乱したように自分にすがりついてそう尋ねるコングの様子に、トードはひどく戸惑った。 普段の冷静沈着で穏やかなコングはどこへ行ったのだろうか。
 「落ち着けよコング。 アーティットと何かあったのか?」
腕を掴んでいるコングの手をほどこうとした時、トードがぎょっとした。
 「おまえの手、すごく熱いぞ。 熱あるんじゃないのか」
言いざまコングの額に手を当てたトードが、その瞬間怖いものを見たように目を見開いた。
 「おい、すごい熱だ。 ここでこんなことしてる場合じゃない、もうすぐ帰れよ」
 「いいんです、とにかくアーティット先輩に会いたいんです、そうじゃないと俺」
 「いったいおまえたち何があったんだよ。 アーティットからしばらく休職するってダナイさんに連絡あったらしいし」
 「休職?」
それまで一心不乱にトードに喰らいついていたコングが、一瞬虚を突かれたような顔をした。
 「ああ。 アーティットに理由を訊こうと電話したけど出ないし、それでちょっと心配になってサットと一緒に様子を見に来たんだよ」
サットという聞き慣れない名前を聞いて、ちらりとコングがサットを見る。 ぺこりと小さく頭を下げたサットと目が合った。
だがコングは会釈もそこそこに、再びトードに向き直った。
 「それほんとなんですか。 アーティット先輩本人から連絡あったんですか? 休職っていつまでなんですか」
矢継ぎ早に質問攻めしてくるコングの剣幕に圧倒され、思わずトードが口ごもっていると、背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
もしやアーティットではと思ったコングたちが素早く振り向くと、そこにはあからさまに不快そうな顔をした男が立っていた。
 「・・・またあんたかよ。 その部屋の奴なら昨日からいないよ」
それは、例の隣人だった。 
つい先ほどまでは不在だったことに安堵していたコングだったが、彼の発した言葉に鋭く反応して、とっさに問いかける。
 「あの、いないってどういうことですか」
 「知らねえよ。 キャリーケースみたいなの持って出てったから、当分帰ってこないんじゃねえの。 とにかくいないんだから、さっさと帰れよ。 
  迷惑なんだよ」
吐き捨てるようにそう呟くと、男はさっさと部屋へ入ってしまった。
しばし、コングたち3人が無言で顔を見合わせる。 すると、不意にコングの体がぐらりと傾いだ。
 「コング!」
そのまま床に倒れそうになるのを、とっさに受け止めたのはサットだった。 コングの体を抱えたサットが、驚いて声を上げる。
 「うわ、これはまずいですね。 かなり熱があるし、貧血も起こしてるみたいだ」
 「気を失ってるのか?」
 「そうみたいです。 どうしますか?」
 「うーん、とりあえずタクシー呼んでコングの家に連れてこう。 俺がコング運ぶから、おまえ通りに出てタクシー拾ってきてくれ」
 「僕が運びますよ。 トレーニングしてるんで、力はありますから」
そう言いながら、ぐったりしているコングの体を軽々と抱き上げた。 それを見たトードが、ひょいと肩をすくめる。
 「確かに俺よりは力あるみたいだな。 じゃあ俺はタクシー拾ってくるよ」
 「お願いします」
頭だけを軽く下げるサットに頷いてみせたトードが、駆け足で階段を下りて行く。 その後姿を見送ったサットは、腕にあるコングの体を抱えなおすと、おもむろに歩き出した。  

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SOTUS・Season3(§135)

2021-03-07 00:39:09 | SOTUS The other side
その頃アーティットは、バンコク市内にあるビジネスホテルの一室にいた。
コングから逃げるようにアパートを出て、昨日からここに身を置いている。 
アポなしの飛び込みだったが、クリスマス直後とあってか幸い部屋はすぐに用意してもらえた。 長期滞在になるかも知れないと告げると、フロントスタッフは嬉しそうにごゆっくりどうぞ、と笑顔を見せた。
狭いシングルの室内で、アーティットはカーテンの隙間から漏れる朝陽の光をぼんやり眺めていた。
一昨日から、ほとんど寝ていない。 ベッドに入っても無駄に寝返りを繰り返すばかりで、気が付けばもう夜明けの時刻になっている。
今日もまた一睡もしないまま、気持ちとは裏腹に晴れやかな朝の青空を見る羽目になった。
 「・・・・・・・・・」
睡眠不足でボーッとする頭のまま、アーティットはのそりとベッドに起き上がった。 全身が怠くて重い。 ひとつの動作をするのにひどく時間がかかっている気がする。
ふと、目がひどく乾いていることに気付く。 瞼が眼球に張り付くような不快感を覚えて、目薬を取り出そうと床に投げ捨ててあった鞄にのろのろと手を伸ばす。
すると、鞄の中でまばゆく光を放っている物体が目に入った。 中から取り出すと、それは着信があったことを告げる携帯のランプだった。
眉を顰めてそれを見たアーティットは、そのまま再び鞄の中へしまおうとしたが、ふと思い直して携帯を見た。
だが着信履歴ではなくアドレスを開いたアーティットは、目的の人物を探し当てるとおもむろに電話をかけ始めた。
 「・・・あ、ダナイさんですか? 休日にすいません、アーティットです」
 『アーティット? 珍しいな、どうした』
電話をかけた相手は、購買部長のダナイだった。 仕事中ならともかく、休日のこんな朝っぱらからアーティットが電話してくるなどこれまでなかっただけに、よほどダナイは驚いたようだ。
 「あの、実は・・・しばらく休暇をいただきたいんです」
 『え? 今は年末休暇中だろう』
 「いえその・・・。 来月いっぱいくらい、一か月ほど」
 『なんだって!?』
これにはさすがのダナイも仰天した。 青天の霹靂、寝耳に水とはまさにこのことだ。
 「こんな時期に申し訳ないと思ってます。 でも、どうしても休ませてほしいんです」
 『アーティット・・・』
はじめは突拍子もないことを言い出すアーティットに面食らったダナイだが、彼の様子がどうもおかしいことに気付いて、窺うように問いかけた。
 『何があったんだ? 何か大変なことでも起きたのか?』
 「・・・・・・・・・」
 『君がこんなことを言い出すなんて、よほどのことがあったからだろう。 いったい何が原因なんだ』
注意深く電話越しにアーティットの様子を窺う。 沈黙を貫きながらも、アーティットが何度か息をのむ気配が感じ取れた。
それはまるで何かを言い出したいのに言い出せないもどかしさのようで、彼の心の葛藤がそのまま伝わってくるようだった。
長い沈黙の末、ようやくアーティットが言葉を絞り出した。
 「・・・・・・今の状態では、冷静に仕事ができるとは思えないからです」
 『どういう意味だね』
 「仕事が手につかない、といった方がいいかもしれません。 無茶を言ってるのはわかってます、でも本当に今は・・・無理なんです」
振り絞るように一言一言紡がれるアーティットの言葉を受けて、ダナイはもうそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
あんなに仕事熱心で、熱があろうが倒れそうになろうが休むことはなかった彼が、ここまで懇願するのを無下にはできない。
おそらく何か重大なことが起こったのだろうが、その理由をほじくり返すのは、さらに彼を追い詰めることになる気がした。
しばし逡巡したダナイは、やがて頷きながら言葉を発した。
 『・・・わかった。 君がそこまで言うなら、とりあえず一月いっぱいの休暇を認めよう』
 「あ・・・ありがとうございます」
 『トードとサットにもそう伝えておく。 今はただ、心の傷を一日も早く癒すことを考えなさい。 そしてまた元気な姿で復帰してくれることを願ってるよ』
 「はい・・・」
こんなに不躾で自分勝手な要望を突き付けながら、その理由を言わないことを責めるわけでもなく、こうして温かい言葉をくれるダナイの優しさに思わず胸が熱くなった。
震えそうになる声をどうにか堪え、もう一度礼の言葉を告げて、アーティットは静かに電話を切った。
しばらくその余韻に浸っていたアーティットだったが、やがて強く目を閉じ、何かを振り切るように携帯の電源を落として、鞄の奥深くにしまい込んだ。
一方、アーティットからの電話を切ったダナイは、すぐにトードへ連絡してこのことを伝えた。
 『え、アーティットが休職!?』
 「そうなんだ、わたしも驚いた。 でも彼がそんなことを言うなんて相当のことがあったんだと思う。 君たちには苦労をかけるが、しばらく二人で
  何とか頑張ってもらいたい」
 『はい・・・。 でも一体何があったんでしょうか』
 「それはわからんが・・・ひどく疲れたような声だった。 あまり思い詰めなければいいが・・・」
ダナイのその呟きを聞いて、無意識にトードが生唾を呑む。 
思わず最悪の事態を想像してしまったことに、衝撃を受けた。 すぐに馬鹿な考えを打ち消し、無理やり気持ちを切り替えようとしたが、うまくいかなかった。
ダナイからの電話を切ったトードは、すぐさまアーティットへと電話をかけた。
 【おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かないところにあるため・・・】
コールすることなく流れ始めた電子メッセージを聞いて、トードは力なく電話を切った。
ふと時計を見ると、午前8時。 まだベッドにいたトードは、素早く立ち上がると急いで着替え始めた。
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SOTUS・Season3(§134)

2021-03-07 00:38:30 | SOTUS The other side
翌朝。 コングは、顔に降りかかる強い日差しで目を覚ました。
昨夜は眠れぬ夜を覚悟し、実際夜明け近くまで一人ベッドで辛く長い時間を過ごした。
しかしその後、いつの間にかうとうとしていたらしい。 昨日は一日中走り回り、慟哭し、激しく感情を揺さぶられたことで、疲れ果てた体が休息を欲していたのかもしれない。
 「・・・・・・・・・」
寝不足と疲労の残る重い体をのろのろと起こし、眩い朝陽から目をそらす。 普段はきっちりカーテンを閉めて眠るのに、昨日はそんな毎日のルーティンすら抜けてしまっていたようだ。
時刻は午前8時。 ふと昨日の昼から何も口にしていないことに気付いたが、空腹感は全くない。
ただ、無性に喉が乾いていた。 口の中がカラカラで、ひどく胸焼けがする。
怠惰な動作で布団をめくり、ベッドから降りる。 部屋から出ようとドアに手を伸ばしかけて、ふと動きを止める。
リビングに、父はいるだろうか。 
いつも休日のこんな時間は、朝食を済ませてリビングで寛いでいる頃だ。
伸ばしかけていた手を戻し、足早に窓際へと踵を返す。 燦々と降り注ぐ陽光に目を細めながら、眼下のガレージを見る。
そこには、コングの愛車があるだけだった。 どうやら父は朝から出かけたらしい。
幾分ホッとしたコングは、再びドアへと向かった。
 「・・・父さんは?」
隣のキッチンで洗い物をしているプイメークに、リビングから声をかける。 振り向いたプイメークが、素早く駆け寄ってきた。
 「朝早くから出かけたわ。 朝ごはん食べるでしょ、すぐ用意するから」
 「いい、食欲ないから。 ・・・シャワー浴びてきます」
それだけ言うと、プイメークの返事も聞かずコングはリビングを出て行った。
 「コング・・・」
肩を落とした様子で去っていく息子の後ろ姿を、目を細めたプイメークが見つめる。 彼の胸中を思うと、かける言葉が見つからなかった。
我が子が心を痛めているのを見るのはとても辛いが、それでもこの状況を打破できるのは本人たちしかいない。 母としてできるのは、そんな彼らを見守ることくらいだ。
何もしてやれない己がもどかしくもあり、歯痒くもあり。 
苦く胸に広がる思いを噛みしめながら、プイメークはやりかけだった食器洗いを再開した。 


シャワーを浴び終えたコングは、その足で車に乗り込みアーティットのアパートへと向かった。
朝からもう幾度となく電話しているが、一度も繋がることはなかった。 
信号待ちしている今もまたかけてみるが、やはり結果は同じ。 呼び出し音が虚しくいつまでも鳴っているだけだ。
これまた幾度目かわからないため息を吐いたコングが、力なく通話を切る。 同時に、信号が青に変わった。
年末でどこか慌ただしさが漂う街を走り抜け、およそ30分ほどでアパートに到着した。
いつもの場所に車を停め、車内から2階の彼の部屋を仰ぎ見る。 ブラインドが下ろされていて、室内の様子はわからない。 
それを確かめたコングは、怠い体に鞭打って車から降り立った。
普段なら難なく昇る階段が、今日はひどく長く感じた。 一段一段昇るほどに、足が重さを増していく。
たった一階分昇るだけなのに、まるで高齢者のように息切れがする。 食べず眠らずの体が、悲鳴を上げていた。
どうにかアーティットの部屋の前まできたコングが、ドアをノックしようとした手をふと止めた。
またあの隣人が出てきたらどうしよう。
隣人の部屋を見つめながらそんな考えがよぎったが、それでもここで躊躇しているわけにはいかない。
何としてもアーティットと話し合わなければ。
再び目の前のドアを見る。 このドアの向こうに、果たしてアーティットはいるのだろうか。
いたとしても、自分の呼びかけに応じてくれるとは限らない。 いや、むしろ応じることはない気がする。
悲観的な考えを振り払おうと頭を強く振ると、軽い眩暈を感じた。 とっさにドアに手を着き、フラつきそうになった体を支える。
ここまできて、今さら何をためらっているのか。 己の優柔不断さがひどく滑稽に思え、コングは卑屈な笑みを浮かべた。
思い直して、ドアをノックする。 二回、三回とノックするが、返事はない。
ドアに耳を押し当て、中の様子を窺う。 だが室内からは何の物音も聞こえてこない。
もう一度、ノックする。 だが結果は同じだった。
ふと気になり隣人の部屋を見るが、何の反応もない。 
隣人が不在らしいとわかると、今度は名前を呼びながら強くノックする。
 「アーティット先輩、先輩!」
大きな声で叫んだつもりだったが、声が嗄れてうまく叫べなかった。 それでもコングは何度も名前を呼び続けた。
だが結局、アーティットが姿を見せることはなかった。
 「・・・・・・・・・」
ドアに背をもたれ、そのままずるずるとしゃがみ込む。 心と体が一層重くなったような気がした。
ポケットを探り、最後の綱とばかりに携帯を取り出す。 数えきれないほどの発信履歴の中から、適当に選んで通話ボタンをタップする。
もう聞き飽きた呼び出し音を確認しながら、ドアに耳を押し当てる。 
室内に携帯があれば、着信音が聞こえてくるかもしれない。 もし聞こえたなら、アーティットがいる可能性も高くなる。
この時ばかりはドアの防音性能が低いことを祈りながら耳を澄ますが、やはり中からは何の音も聞こえなかった。
アーティットに会うことは、叶わなかった。
心のどこかでそれはわかっていたはずだったが、それでもこうしてその事実を目の当たりにすると、気持ちがひどく沈んだ。
できることならこのままここで彼を待ち続けたかったが、いつまた隣人がやってくるかわからない。
これ以上アーティットを窮地に陥れるわけにはいかない。
非常に後ろ髪は引かれるが、それでものろのろと立ち上がったコングは、何度も後ろを振り返りながら部屋を後にした。

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SOTUS・Season3(§133)

2021-03-07 00:37:54 | SOTUS The other side
コングが部屋へ行ってから数十分後、父グレーグライが帰宅してきた。
 「コングポップの車があるが、帰ってきてるのか?」
リビングにいたプイメークに、開口一番そう尋ねる。
 「ええ、少し前に。 今は部屋にいますよ」
 「・・・あいつの中国行きが取り消された理由、おまえ聞いたか?」
窺うようにそう問いかけられ、思わずプイメークが口ごもる。 だが自分にだけ打ち明けてくれたコングの気持ちを考え、ぎこちなさを隠しながら首を左右に振った。
 「いえ・・・何も」
それはお世辞にも上手い演技とは言えなかったが、それでもグレーグライは不審に思わなかったようだ。 
これまでグレーグライに嘘などついたことのないプイメークが、まさか自分を謀るなどとは思っていないからだろう。
 「まったく、あいつは一体何を考えてるんだ。 こんな重要なことを何も言わないなんて」
 「・・・・・・・・・」
 「何か不祥事でも起こしたのか。 そうでもなければ、こんな瀬戸際になって急に取り消されるなんてありえない話だ。 そう思わないか?」
それまで独り言のように呟いていたのに、急に話を振られたプイメークがはっとする。
 「それは・・・」
だがグレーグライは、自分で問いかけたくせにすぐに彼女から視線を外し、再びブツブツと独り言を言い始めた。
幾分ホッとしたプイメークが、この場から離れるための言葉を口にした。
 「あなた夕飯まだでしょう? 今から用意しますね」
 「ん? ああ」
ようやく重苦しい雰囲気から解放されたプイメークは、密かに安堵のため息を吐いて素早くキッチンへと向かった。


プイメークが食事の準備をしている間、グレーグライはコングの部屋へと向かった。
閉ざされたドアの前で立ち止まり、数回ノックする。
 「コングポップ、話がある」
ノックの合間にノブをひねってみるが、鍵がかかっていて開かない。 ガチャガチャと開かないドアに無駄なあがきをしているうち、次第にグレーグライの中に沸々と苛立ちが沸き始めた。
 「鍵を開けなさい。 まだ何も肝心なことを聞いていない。 こんなとんでもない事態になった理由を正直に言うんだ!」
ドンドンと激しくドアを叩き、声を荒げながらそう叫ぶが、部屋の中からは何の反応もない。
するとその大きな音に気付いたプイメークが、慌てた様子で階段を駆け上がってきた。
 「あなた、大声出してどうしたんです」
 「コングポップのやつ、こんなにわたしが呼びかけてるのに応えないんだ。 いつからあんな反抗的になったんだ、まったく」
そう吐き捨てて再び険しい表情でドアを振り返るグレーグライに、プイメークが諭すように語りかける。
 「疲れてるようだったから、きっと眠ってるんですよ。 今はそっとしておきましょう、また明日話し合えばいいじゃないですか」
 「しかし・・・」
 「それに夕飯の用意もできましたから。 さ、食事にしましょう」
そう言いながらグレーグライの背中をぐいぐいと押す。 まだまだ納得はしていないようだが、それでも不承不承ながらグレーグライはプイメークとともに階段を降り始めた。
父の気配が遠ざかるのを感じながら、コングはベッドの中でじっと息を潜めていた。
いつまでこんなことを続ければ良いのか。 相変わらず逃げることしかしていない自分が心底嫌になる。
頭まで被っていた布団をゆっくり下げ、広い天井をじっと見つめる。
シミひとつない白い天井が、不意にアーティットの白い顔と重なり、思わずコングは身を起こした。
ジェーンからの衝撃的な言葉を聞いた時の、彼の驚愕に見開かれた瞳が目に焼き付いて離れない。
そしてアパートで、ドア越しに投げかけられた悲痛な叫び声。 
聞かされた自分よりも、おそらく言い放った彼の方が辛かったに違いない。
血を呑むような思いでああ言うしかなかった彼の心中を思うと、コングの胸も締め付けられるようだった。
たまらず再びベッドに突っ伏したコングが、声にならない嗚咽を漏らす。
どうしてこんなことになってしまったのか。 どこで何の歯車が狂ってしまったというのか。
この休暇はアーティットと幸せに過ごすはずだった。 
久々に会えた喜びを噛みしめながら、好きなものを食べて好きなところへ行って、そして彼の温もりをこの腕に感じながら穏やかな眠りにつくはずだったのに。
そんなことを思いながら、己の手のひらを見つめる。 虚しさが押し寄せ、無意識にぎゅっと手を握った。
今ごろ、アーティットはどうしているだろう。 部屋で一人、自責の念にかられて己を責め続けているのだろうか。
付き合うべきではなかったと。 出会うべきではなかったと。
 「・・・・・・!」
耐えきれなくなったように、コングが両手で顔を覆う。 誰よりもコングのことを思い、気遣ってくれていたアーティットだからこそ、この無情な結末は彼をひどく傷つけたことだろう。
胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られ、激しく慟哭する。
 「先輩・・・すみません、先輩・・・!」
届くはずもない謝罪の言葉を、憑かれたように幾度も繰り返す。
 「あなたを傷つけてしまった・・・! もう、もう俺はどうしたらいいのか・・・アーティット先輩・・・」
覆った手の隙間から、幾筋も涙が伝って落ちた。 同時に、二人を繋ぐ何かも一緒に零れ落ちたような気がした。
そうしてとめどなく泣き続けていたコングの耳に、携帯の着信音が聞こえた。
 「先輩・・・!?」
とっさに起き上がり、瞬時にポケットから携帯を取り出す。 だがディスプレイには、職場の同僚の名前が表示されていた。
 「・・・・・・・・・」
鳴り続ける携帯をしばし呆けたように見つめていたが、結局電話に出ることなくそのままベッド上に放置した。
あんな別れ方をして、彼から電話がかかってくるはずもないのに。 自分の甘さに、思わず嘲笑が漏れた。
いつの間にか鳴り止んでいた携帯を再び手に取る。 もう何度もかけたアーティットのナンバーを呼び出す。
無意識に、通話ボタンを押した。 呼び出し音が、2回3回と増えていく。 
そしてもう何回かわからないほどになって、コングは力なく通話を切った。
そのまま興味をなくしたように携帯を投げ捨てて、涙が乾きかけた頬を枕にうずめた。
到底眠れるはずもないが、それでもコングは目を閉じ、どうにか夢の世界に逃げ込もうとした。
朝になれば、すべてはただの夢だったのだと。 
目覚めれば、いつもと変わらない平穏な日々があるはずと、己に言い聞かせて。
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