コング宅前でタクシーを降りたトードとサットは、目の前に聳える豪邸に圧倒された。
2メートルは優に超える高さの門扉と、はるか遠くまで連なる塀。 複雑な紋様の門扉から覗く庭には、完璧に手入れされた植木たちが整然と鎮座している。
広々としたガレージには、見るからに高級そうな乗用車が何台か停まっていた。
「・・・すげーな」
思わず漏れたトードの呟きに、サットが意外そうに尋ねた。
「え、トード先輩はコングさんの家に来たことなかったんですか?」
「ああ、初めて来た。 まさかこんな豪邸だとは思わなかったよ」
「タクシーの運転手にも普通に行き先言ってたし、てっきり来たことあるんだと思ってました」
「サイアムポリマー社の社長宅って言えば、住所なんか言わなくてもわかるからさ」
「なるほど」
納得したように小さく頷くサットを横目に、気を取り直したトードがインターフォンを鳴らした。
『はい』
対応したのは、女性の声だった。 コングの母親だろうか。 そんなことを考えながら、トードが要件を告げる。
「あの、僕はトードと言ってコングの友人です。 コングが急に倒れたので連れてきたんですが」
『コングが? わかりました、少々お待ちください』
少し驚いたような声でそう答えて、インターフォンが切れた。
サットに抱きかかえられたコングの様子を見ると、死んだように目を閉じて身動きひとつしない。 唇は青ざめ、こけた頬にも赤みはなかった。
アーティットの突然の休職願いといい、コングのこの状態といい、二人に何らかの重大な事件が起きたのはほぼ間違いないだろう。
いったい何があったのだろうか。
そんなことを考えていると、こちらへ近づいてくる足音に気付いた。 コングから目を外すと、小走りで駆けてくる女性の姿が目に入った。
「あの、コングが倒れたって・・・」
「はい、突然僕たちの目の前で倒れたんです。 どうしようか悩んだんですが、とりあえず自宅へ連れて行こうってことになって」
「ありがとうございます、どうぞ中へ入ってください。 あ、私はコングの母親のプイメークといいます」
そう言いながら電動スイッチを押して門扉を開けたプイメークが、心配そうにコングの顔を覗き込んだ。
「コング、あなた一体どうしたっていうの」
返事はないとわかっていても、問いかけずにはいられない彼女の心境がトードたちにもわかった。 すると、玄関からもう一人誰かがこちらへやってきた。
「トードくん、サットくん、すまなかったね。 さ、コングポップをこちらへ」
それはコングの父でありサイアムポリマー社社長であるグレーグライだった。 サットに向かってコングを引き渡すよう手を差し伸べるグレーグライに、だがサットは小さく首を左右に振った。
「このまま僕が運びます」
「しかし」
「大丈夫です、コングさんはそんなに重くないですし」
にっこり笑ってやんわり申し出を断ったサットを、しばし戸惑って見つめたグレーグライだったが、やがて小さく頷いた。
「では中へ」
そう言って歩き出すグレーグライの後にプイメークが続き、その後をトードとサットも追った。
グレーグライの指示でコングの部屋のベッドにコングを寝かせると、次にトードたちはリビングへと案内された。
外観と同じく豪奢なリビングのソファは、腰を下ろすと下半身全体を包み込むような絶妙のフィット感で、もう立ち上がりたくない気持ちにさせる。
自分たちの住まう場所とは違いすぎる空間に、トードたちは妙な居心地の悪さに戸惑った。
「コングポップが迷惑をかけて申し訳ない。 さ、ゆっくり休んでくれたまえ。 何か飲み物でも持って来よう」
そう言い残して、グレーグライが部屋を出て行った。 幾分ホッとしたトードが、ふと隣に座るサットの左手に目をやった。
「あれ、おまえそんなの着けてたか?」
そう指摘されて、思わずサットがえ?と訊き返す。 サットの左手を指さしたトードが、それだよ、と呟く。
「ああ、これですか。 これは母からもらったお守りみたいなものなんです。 仕事中は着けてませんが、普段は着けてますよ」
それは、象牙をあしらったブレスレットのようなものだった。 手首から抜き取ったサットが、トードの手に載せた。
革ひものような素材に、勾玉形の小さな象牙が密やかに煌めいている。 どうやら手作りらしい。
「おまえの母さんが作ったのか?」
「若い頃に作ったものらしいです。 ずっと母が大事に身に着けてたんですが、俺が就職する時にくれたんです」
「へぇ・・・。 じゃ大事にしなきゃな」
そんなことを話していると、グレーグライがリビングへ戻ってきた。
「やあ、待たせたね。 いまプイメークが飲み物を持ってくるから」
にこやかにそう告げるグレーグライが、トードの手にあるブレスレットに気付いた。
「おや、変わったブレスレットだね。 トードくんのものか?」
「いえ、これはサットのです。 僕も変わったものだなって思ったので、見せてもらってました」
「ほう、わたしにもちょっと見せてくれ」
「どうぞ」
サットが応じると、トードがブレスレットを差し出した。
「これは・・・象牙かな? 今は象牙なんてなかなか手に入らないだろう」
「ええ、もう30年近く前のものです」
「そうか・・・ん?」
ふと、グレーグライが何か思い出したような反応をした。
「なんだかこれに見覚えがあるような・・・。 どこかで買った物かね?」
「いえ、これは僕の母が作ったものです。 だから見覚えがあるはずはないかと」
「お母さんの手作り・・・。 なら確かにそうだな。 似た何かと混同したのかも知れないな」
ありがとう、と言ってグレーグライがサットにブレスレットを返した。 それとほぼ同時に、トレイを持ったプイメークがリビングへとやってきた。
「さあ、どうぞ」
各人の前にグラスを置いたプイメークが、笑顔で促す。 ちょうど喉が渇いていたトードとサットは、いただきます、と告げてすぐに飲み始めた。
そんな彼らを見つめるグレーグライは、何か考え事をしているかのような遠い目をしていた。
2メートルは優に超える高さの門扉と、はるか遠くまで連なる塀。 複雑な紋様の門扉から覗く庭には、完璧に手入れされた植木たちが整然と鎮座している。
広々としたガレージには、見るからに高級そうな乗用車が何台か停まっていた。
「・・・すげーな」
思わず漏れたトードの呟きに、サットが意外そうに尋ねた。
「え、トード先輩はコングさんの家に来たことなかったんですか?」
「ああ、初めて来た。 まさかこんな豪邸だとは思わなかったよ」
「タクシーの運転手にも普通に行き先言ってたし、てっきり来たことあるんだと思ってました」
「サイアムポリマー社の社長宅って言えば、住所なんか言わなくてもわかるからさ」
「なるほど」
納得したように小さく頷くサットを横目に、気を取り直したトードがインターフォンを鳴らした。
『はい』
対応したのは、女性の声だった。 コングの母親だろうか。 そんなことを考えながら、トードが要件を告げる。
「あの、僕はトードと言ってコングの友人です。 コングが急に倒れたので連れてきたんですが」
『コングが? わかりました、少々お待ちください』
少し驚いたような声でそう答えて、インターフォンが切れた。
サットに抱きかかえられたコングの様子を見ると、死んだように目を閉じて身動きひとつしない。 唇は青ざめ、こけた頬にも赤みはなかった。
アーティットの突然の休職願いといい、コングのこの状態といい、二人に何らかの重大な事件が起きたのはほぼ間違いないだろう。
いったい何があったのだろうか。
そんなことを考えていると、こちらへ近づいてくる足音に気付いた。 コングから目を外すと、小走りで駆けてくる女性の姿が目に入った。
「あの、コングが倒れたって・・・」
「はい、突然僕たちの目の前で倒れたんです。 どうしようか悩んだんですが、とりあえず自宅へ連れて行こうってことになって」
「ありがとうございます、どうぞ中へ入ってください。 あ、私はコングの母親のプイメークといいます」
そう言いながら電動スイッチを押して門扉を開けたプイメークが、心配そうにコングの顔を覗き込んだ。
「コング、あなた一体どうしたっていうの」
返事はないとわかっていても、問いかけずにはいられない彼女の心境がトードたちにもわかった。 すると、玄関からもう一人誰かがこちらへやってきた。
「トードくん、サットくん、すまなかったね。 さ、コングポップをこちらへ」
それはコングの父でありサイアムポリマー社社長であるグレーグライだった。 サットに向かってコングを引き渡すよう手を差し伸べるグレーグライに、だがサットは小さく首を左右に振った。
「このまま僕が運びます」
「しかし」
「大丈夫です、コングさんはそんなに重くないですし」
にっこり笑ってやんわり申し出を断ったサットを、しばし戸惑って見つめたグレーグライだったが、やがて小さく頷いた。
「では中へ」
そう言って歩き出すグレーグライの後にプイメークが続き、その後をトードとサットも追った。
グレーグライの指示でコングの部屋のベッドにコングを寝かせると、次にトードたちはリビングへと案内された。
外観と同じく豪奢なリビングのソファは、腰を下ろすと下半身全体を包み込むような絶妙のフィット感で、もう立ち上がりたくない気持ちにさせる。
自分たちの住まう場所とは違いすぎる空間に、トードたちは妙な居心地の悪さに戸惑った。
「コングポップが迷惑をかけて申し訳ない。 さ、ゆっくり休んでくれたまえ。 何か飲み物でも持って来よう」
そう言い残して、グレーグライが部屋を出て行った。 幾分ホッとしたトードが、ふと隣に座るサットの左手に目をやった。
「あれ、おまえそんなの着けてたか?」
そう指摘されて、思わずサットがえ?と訊き返す。 サットの左手を指さしたトードが、それだよ、と呟く。
「ああ、これですか。 これは母からもらったお守りみたいなものなんです。 仕事中は着けてませんが、普段は着けてますよ」
それは、象牙をあしらったブレスレットのようなものだった。 手首から抜き取ったサットが、トードの手に載せた。
革ひものような素材に、勾玉形の小さな象牙が密やかに煌めいている。 どうやら手作りらしい。
「おまえの母さんが作ったのか?」
「若い頃に作ったものらしいです。 ずっと母が大事に身に着けてたんですが、俺が就職する時にくれたんです」
「へぇ・・・。 じゃ大事にしなきゃな」
そんなことを話していると、グレーグライがリビングへ戻ってきた。
「やあ、待たせたね。 いまプイメークが飲み物を持ってくるから」
にこやかにそう告げるグレーグライが、トードの手にあるブレスレットに気付いた。
「おや、変わったブレスレットだね。 トードくんのものか?」
「いえ、これはサットのです。 僕も変わったものだなって思ったので、見せてもらってました」
「ほう、わたしにもちょっと見せてくれ」
「どうぞ」
サットが応じると、トードがブレスレットを差し出した。
「これは・・・象牙かな? 今は象牙なんてなかなか手に入らないだろう」
「ええ、もう30年近く前のものです」
「そうか・・・ん?」
ふと、グレーグライが何か思い出したような反応をした。
「なんだかこれに見覚えがあるような・・・。 どこかで買った物かね?」
「いえ、これは僕の母が作ったものです。 だから見覚えがあるはずはないかと」
「お母さんの手作り・・・。 なら確かにそうだな。 似た何かと混同したのかも知れないな」
ありがとう、と言ってグレーグライがサットにブレスレットを返した。 それとほぼ同時に、トレイを持ったプイメークがリビングへとやってきた。
「さあ、どうぞ」
各人の前にグラスを置いたプイメークが、笑顔で促す。 ちょうど喉が渇いていたトードとサットは、いただきます、と告げてすぐに飲み始めた。
そんな彼らを見つめるグレーグライは、何か考え事をしているかのような遠い目をしていた。