とても重要なことです。幾つかに分けて書き残しておきます。
昨年は山椒の実、売り場で見ることはあっても作る気にならなかった。コロナ禍のせいといえばそうだけど、こんな風になるだろうなと思っていたし、うっかり言えばたたかれるし。
人人会の事務局長、郡司さんのこと思い出します。お礼にお裾分けに渡したこと。
何故ならごり押しで作品額入れ。それも決まって夕刻5時にはお母さんと食事。食事は彼が作る。肉はだめだと 隠れてお酒と本人は食べてたようで、2重生活とは置かないまでも、何かにつけ、お袋が お袋が そんな中でも
2度ほど尋ねられたある事がある。鈴の音きいたことない? お袋も聞くんだよなとー 不思議というより自分は昔はそんなこと話、聞くと引き込まれたものです。ついこの頃は鈍感になっていたのかもしれません。いつの日か覚えてませんが チリんンと一回 聞こえた。そしてわたしのほうは4年間抱えていた裁判の決着がついた。
長かった。これはこれで私にとって叔母との関わり。
おそらく後見人のこと心配してくれてありがとう。ごめんでも暗礁にのりあげていますよ!
話は戻りますが。彼には叔母さんという人がおり、見舞いに行ってきた。そんな話もよくきいていました。
おばさんは後見制度、信託銀行での手続きにしたと小田急線、登戸駅あたりで安心したように語っていました。
2021山椒。
茹ですぎて。失敗.縮緬雑魚と塩眩し、失敗が多くなりました。雨続きの合間 菜園箱も今一。本日すべてといってもいいほど無残なことに