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-現実家長野朗が見た理想郷・満州の矛盾-(GHQ焚書図書開封 第76回)

2017-06-18 01:26:37 | 近現代史
GHQ焚書図書開封 第76回
-現実家長野朗が見た理想郷・満州の矛盾-
GHQの焚書対象から漏れた長野朗の「支那の真相」。著者は、昭和7年段階で既に支那人とは何かを正確に把握していた。
支那人の特性について、「不必要に、新たに人と怨恨を結ぶということは、支那人の最も嫌うところである」を端的に表しているのが「燃えているのは他人の家だからといって、消火作業をしない火事見物」の一幕である。
これは、共存的にできた日本人と根本的に違うところである。互いに無関心なことが支那人の特性であるから、本来の共産主義とは違うものを作ってしまうであろうと長野朗は予見していた。
道徳についても建前上だけで、内容はゼロである。「忠」より「孝」を建前上重視する支那と真逆な「孝」より「忠」を重視する日本。
科挙に合格する(官僚になる)目的は金儲けのためであり「陞官発財(ション コワン ファツ アイ)」と言う言葉がある。したがって、金儲けのために役人が悪いことをするのは当然である。
支那には貴族は存在せず、皇帝に忠順な中央官僚を地方に派遣する統治方法。派遣官僚が豪族化しないように3年で任地を代えさせていた。
皇帝が絶対的で、あとは奴隷の社会。
官吏の「官」は高級官僚で歌を詠い、遊び、賄賂を受け取る、「吏」は下級役人で実務を行い、少額の賄賂を受け取る。
清廉の士のことを「両袖清風(リャンシウチンフォン)」というが、日本では、「袖の下」を受け取らない清廉潔白な官僚の意味であるが、支那においては「清廉」とはむやみに搾取しないことを意味している。つまり、分をわきまえた賄賂が公然と認められている賄賂社会である。
その蓄財の成功者の代表が国民党首席の蒋介石である。
清朝没落後、袁世凱、蒋介石が企んだ中央主権的統一を嫌い小軍閥が跋扈する支那となっていた。
その中で、ロシア、日本が資本投下し、近代化した満州を制する者が支那本部を制する状況がつくられていた。
「少年満州読本」に書かれている「土地の実権を握るのは、畢竟頭数の多い住民である。これだけの大量移民がじっくり根をおろせば、仮に政治的にロシアのものとなろうと、日本のものとなろうと実質的に支那の勢力は動かない」を信じていた章炳麟の政策のとおり、満州は既に人口の大部分を占める漢人のもの同然の状態であった。支那は北守南進から南守北進に政策を返還し、40年かけてそれを実現した。
満州政権の進路は次の通りであった。
①軍閥による連合体を造るもの
②清朝復辟(ふくへき)を計るもの
③住民自治を実行するもの
日本帝国は②を選択した。一方、長野朗は③が良いとし、五族共和の理想郷をつくるため、各民族の居住区を定め、五族住み分け自治方式を考えた。
治安維持については、日本軍により全般の治安を保つことであった。
参考文献:「支那の眞相」長野朗  「滿州事變の經過」長野朗、大川周明