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知らないことや気になることをいろいろと調べて記録していきます
 




海の道しるべである灯台から放たれる光は陸にいる者も魅了する。写真の被写体としてもとても美しい。
当然だが灯台の歴史は古く、記録に残る最古の灯台は紀元前7世紀にエジプトのナイル河口の寺院の塔上で火を焚いたことが起源とのことだ。

灯台は必ずしも高さが求められるものではない。しかし高くて雄大な灯台はより遠くから目にすることができることも事実である。そこで灯台の高さについて調べてみよう。

世界一高い灯台はしばらくは106mの横浜マリンタワーだった。1961年に竣工した同タワーは頭頂部には灯台としての機能も併せ持っていた。しかし実際に近隣を航行する船舶に対し灯台としての重要度はあまり高くなく、灯台の機能は2008年7月28日未明をもって休止し、9月1日に廃止された。



現在世界一高い灯台は、1990年に建てられたサウジアラビアのジッダにあるジッダ灯台 (Jeddah Light) で、133m (436ft) の高さを誇る。
趣きはあまり感じられないものの、特徴的な形状で際立っている。



しかし、ジッダ灯台は歴史上最も高い灯台ではない。 
エジプトのアレクサンドリア湾岸のファロス島にかつて存在したとされるアレクサンドリアの大灯台 (Lighthouse of Alexandria) は全高134m (440ft) あったとされる。これが事実なら僅かだがジッダ灯台よりも高かった。

アレクサンドリアの大灯台
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%A4%A7%E7%81%AF%E5%8F%B0

紀元前332年、アレクサンドロス3世 (アレキサンダー大王) によってナイル河口にアレクサンドリアが建造された。アレクサンドロスの死後、エジプトは彼の部下であるプトレマイオス1世の統治下に置かれ、ここにプトレマイオス朝が開かれた。プトレマイオス朝はアレクサンドリアを首都としたが、この都市の周辺は平坦な土地が広がっており、沿岸航行や入港の際に陸標となるものが何もなかった。そのためプトレマイオス1世は陸標となる灯台の建造を決定した。紀元前305年から工事を開始し、完成したのはプトレマイオス2世の代だった。(紀元前280年頃)
灯台の全高は約134メートル。ギザの大ピラミッド (147m) を除くと建造当時は地球上で最も高い人工物の一つだった。建材には大理石が用いられ、ブロック状に切り出したものを積み上げていった。形状の異なる三つのセクションで構成されており、方形の基層部の中央に塔があり、下層部は四角柱、中層部はひとまわり細い八角柱、上層部はさらに細い円柱形だった。頂点には鏡が置かれ、日中はこれに陽光を反射させ、夜間は炎を燃やして反射させていた。
796年の地震で大灯台は半壊し、その後の1303年と1323年の地震で完全に崩壊した。1480年頃、跡地に灯台の残骸を利用して要塞が建造され、大灯台は完全に消滅した。しかし、アレクサンドリアの大灯台は、世界の七不思議の中では現在残るギザの大ピラミッドに次いで存続した建造物である。




1994年に海底で遺構が発見され、現在もこれらがアレクサンドリアの大灯台の遺構かどうかを確認する為の検証作業が行われており、この先も新たな事実がわかってくるだろう。

個人的な関心事は存在よりも高さであり、すなわち紀元前3世紀に134mもの高さの灯台を建てることができたか否かである。
以前にも調べたが、紀元前2566年に建てられたギザの大ピラミッド (147m) が長く世界一高い建築物であり、これを超える建物の誕生は1311年のリンカン大聖堂 (160m) まで待たなければならない。さらに嵐や落雷で尖塔が崩壊するなどして、中世においては世界一高い建物は数回にわたって後退している。
もしアレクサンドリアの大灯台が本当に134mの高さを有していたなら、ジッダ灯台をもってしても現在の我々は未だに紀元前3世紀に追いついていないということになる。今後の解明を見守っていきたい。世界の七不思議は徐々に解き明かされるのだ。


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