私は非常にコンプレックスに悩みながらも、とても伸びやかな
環境に育っています。
子供の頃は毎日、学校から帰宅すると自宅周りや近所の植物観察に
出かけていました。植物たちが前の日とどのように変わっているか
変化が楽しみで植物を良く愛でていたと思います。どこで何がどの
ように育っているか、たぶん誰よりも詳しかったと思います。
時々は引き抜いて植え替えたりしていました。
空を見上げるのも、遠い山も見るもの、木登りも好きでした。
小学校の頃には植物の挿し木ができて、中、高校の頃はアニメも
好きでしたがお菓子作りが大好きで、手芸で小物を作ったり
染料を作ったり買ったりして染物をしたり編み物をしました。
高校の時は自宅近くで花壇に種を蒔いてを育てていました。
なぜか機械類も好きでした。
今でこそ過敏性大腸炎という名前がついていますが中学入学後
からお腹の調子が悪くなり、貧血も相まって保健室に通い、
高校生活では腹痛でよく早退していました。
中学から集中力が非常に落ちたことを実感していました。
最近、SHOGENさんの縄文の話を聞いて子供の頃のことを
思い出していました。
本日、X-twitterで食べ物について書きました。
X-18歳くらいまで肉、生卵は吐き気が勝って食べれません
でした。魚は切り身を少しくらい。 自然の探訪が好きで毎日
植物の成長する姿を見つけるのが好きでした。
縄文かな。現代は荒波。
肉類は食べれず、ハムやソーセージなら食べられたけれど、魚の
皮を見ると吐き気に襲われて、小学校の頃は給食でいつも午後の
授業時間ギリギリまで座っていました。
何食べていたんでしょうね。納豆でしょうか。
肉類は18歳以降食べれるようになりましたが一人で食べるときは
吐き気はその後もずっと続いていて自ら購入して食べたのはここ
数年の体力の必要な仕事をしていた時くらいです。現在はお魚は
普通に食べています。
一方では子供の頃から自然の中で育ったけれど、社会の変化、
流行に非常に敏感だったと思います。高校の頃から大自然を好む
私と、流行に敏感に反応し、何かと取り入れたり冒険してみたり
する私と興味の赴くままだったと思います。
時代は古いですが原宿の竹の子族とか、見に行ったことが
あります。
大自然の植物の成長の芽を見つけて愛でていた私。
blogに書いた私自身の悲しみの中で見つけた植物の成長の姿、
社会の中で、もみくちゃになった私に神様が見せてくださった
幸福の芽だったのだと思います。
今は大地と共にありたい。