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悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

俺の彼氏はヤンチャ坊主! 「転校生! サクラ現る! その4」

2011年06月27日 | 小説 「俺の彼氏はヤンチャ坊主!」

愛ちゃんの事件から半年が過ぎた。虎男の目撃した少年は結局見つからず、
新しい情報もないまま捜査本部は徐々に縮小し、事件は迷宮入りの様相を呈していた。
ちょうどその頃、沙希は四歳の誕生日を迎え、次いで虎男も十歳になった。
プロレス巡業で忙しい猛も都合をつけて帰省し、家族揃ってささやかな誕生日パーティーを開いた。
猛と結婚してから一年半、決して楽な生活ではなかったけれど、陽子はとても幸せだった。
沙希はまだ幼いせいか、随分と簡単に自分のことをお母さんと呼んでくれるようになったし、
虎男は陽子さんと名前で呼ぶけど、よく懐いてくれてると思う。
そして何より、彼女は猛のことを心から愛している。
猛が結婚しようと言ってくれたあの日から、
陽子の心に深く根付いていた孤独とトラウマは不思議に消え去った。
枯れた大地に恵みの雨が降り、太陽の光が降り注ぐように新しい世界が始まったのだ。
わたしはこの人と一緒なら大丈夫。きっとやっていける。
そう思うだけで体の内側から生きる力があふれ出すようだった。
虎男と沙希、彼の血を継ぐ二人もまた、同じように彼女に幸せを与えてくれた。
一緒に泣いたり笑ったりしながら過ごした一年半の全てを、改めて愛しく思う。

「ありがとう、猛。これからもよろしくお願いします」

陽子はキッチンで洗物をしながら、小さくつぶやいた。
そしていつものようにあの二人を思い出し、目を閉じて祈りを捧げるのだ。

「雅美さん、愛ちゃん、きっと天国で幸せに暮らしていてね」

 

**********

 

「ただいまー!」

「おかえり」

沙希が額に汗を滲ませ帰ってきた。
日曜の午後、外はまだ充分すぎるほど明るい。

「お母さんのど渇いたー。ジュース飲んでいい?」

「いいよ。でもその前に手洗いうがいね。
あと、真奈美ちゃんのお母さんにちゃんとお礼言った? 公園連れて行ってくれてありがとうって」

「うん、手洗ってくるー」

沙希が洗面所へ駆けていく。

「ただいまー!」

間髪置かずに虎男が帰ってきた。

「おかえり。あれ? 沙希と一緒だったの?」

「ううん、さっきそこで会った」

「そう。虎男も手洗いうがいね。冷蔵庫にジュースあるよ」

「おぉー」

バタバタと響く足音に陽子の頬が緩む。
と、その時、突然ガラスが砕けるような音がした。
陽子は驚いて、

「何いまの音!?」

「うわぁあああああああ」

沙希の悲鳴のような泣き声が聞こえ、陽子が驚いてかけつけると、
尻餅をついた沙希の前に割れたグラスと床に散ったジュースが見えた。
どうやら走ってきた虎男とぶつかってしまったらしい。

「大丈夫!? 沙希! 怪我してない!?」

「お兄ちゃんがぁああああああああ」

「そんなとこでぼーっとしてるからだろ」

「ちょっと虎男、そんな言い方ないでしょう。虎男は体だって大きいんだから、
小さい沙希に気をつけてあげなきゃだめじゃない」

「うっさいなぁ、何だよ、いっつも沙希沙希って。
そんなに沙希がいいならもう俺に話しかけんなよ」

「どうしてそういうこと言うの? お母さんはただ――」

「お母さんじゃないじゃん。本当のお母さんでもないのに偉そうに言うなよ」

「あたしは戸籍上も列記とした虎男と沙希の母親だよ。いつまでも前のお母さんと比べないでよ」

「はぁ!? ばっかじゃねえの! 子供生んだこともないくせに!」

陽子は思わず手が出そうになるのをぐっと堪えた。
ここで殴ってしまえば、感情に任せて子供に手をあげることになる。
それは絶対にしたくなかった。本当に大切な子だからこそ、自分の気持ちをわかってもらいたかった。

「沙希、足元に気をつけて、ちょっと向こうに行っててくれる? お母さんちょっとお兄ちゃんとお話するから」

沙希はべそをかきながら黙って部屋を移った。
陽子は虎男に向き直り、目線を合わすようにしゃがんで虎男の両手を握ると、

「虎男の気持ち、わかるよ。沙希と違って虎男には本当のお母さんの記憶があるんだもんね。
突然やってきたあたしのことをお母さんって思えって言っても、無理だと思う。
だけど、あたしもあたしなりに精一杯やってるつもりだよ。うまく出来ないことも沢山あるし、
さっきみたいに、つい虎男のことを傷つけちゃうようなこと言っちゃうかもしれない。
でも信じて。あたしにとって、虎男も沙希も大切な家族なの。
どっちが大事とか、そんなこと考えたこと一度もない。お父さんがいて、虎男がいて、沙希がいる。
それがいまのあたしの全部なの。みんなのことが大好き。誰一人欠けて欲しくない。
だからお願い。話しかけるななんて、そんな悲しいこと言わないで。沙希はまだ四歳でしょう?
あたしはただ、虎男にお兄ちゃんとして沙希を気遣ってあげて欲しかっただけなの。
ごめんね、わかってくれる?」

虎男はまるで愛の告白でも受けたかのように、照れくさそうに視線を逸らすと、

「わかったよ。いちいちうっさいなぁ」

と、まんざらでもない顔でつぶやいた。
実は虎男は、ただ陽子にもっと自分のことを見て欲しかっただけだった。
愛の事件が起きてからというもの、周辺地域では幼い女の子に対する防犯意識が高まり、
同い年くらいの子を持つ親は特に神経質になっていた。
子供には決して一人で出歩かないように注意したし、
陽子も多くの母親と同じように、沙希には大人同伴以外での外出を禁じていた。
虎男はそのことを仕方ないと思い、口に出さずに我慢してきたが、
ふとした拍子に気持ちが抑えられなくなってしまことが何度かあったのだ。
しかし、実際のところ虎男は陽子のことが大好きだった。
お母さんと呼ぶのは抵抗あるが、お姉さんと母親の中間のような存在。
それが虎男にとっての陽子だった。

「よし! じゃあここの片付けは虎男にまかせたよ!」

「はぁ!? 何で俺が――」

「あたしは今からおやつのチョコクッキーを作るから忙しいの! ね、お願い、虎男。
とーっておきの美味しいクッキー作るから! じゃよろしくー」

陽子がウインクして踵を返した瞬間、
虎男は両手を合わせて人差し指を立てると、

「カンチョー!」

そう叫んで陽子の尻に指を突き立てた。

「きゃっ!」

振り向いた陽子は反射的に虎男の頭をしばいた。

「いてっ!」

「ちょっと何すんのよ!」

虎男は指を鼻にもっていくと、

「うわっ、くっせ!」

笑いながら白目を剥いた。

「馬鹿!」

陽子はもう一度虎男をしばいた。

「虎男、あんた押し入れの刑だから!」

「ええー!」

 

**********

 

中は真っ暗だった。
いたずらや悪いことをした時、陽子は虎男を押し入れに閉じ込めることがよくあった。
十歳になる虎男にとって、それは恐ろしく退屈でつまらない罰だった。
ときどき押し入れの中から話しかけようものなら、すぐさま陽子が、
「はい、今日の晩御飯おかわりなーし」「はい、おかずを一品削りまーす」などと、
食べ盛りの虎男にとって大打撃を与える酷い返事が返ってくるのだ。
虎男は仕方なく陽子が「出ていいよ」と言うまで黙って待つ。
それは決まっておやつが出来たときや、食事の準備が整った時だった。

――あとどれだけこん中で待つんだよ……。
虎男は小さくため息をつくと、押し入れの襖をほんの少しだけ開いて外を覗く。
クッキーの生地を練っている陽子の後ろ姿と、台に乗って陽子の手元を真剣に覗き込む沙希が見える。

「ねぇお母さん、沙希がね、大人になって、お母さんになったら、お母さんみたいにクッキー作れる?」

「もちろん。沙希は手先が器用だから、クッキーだけじゃなくて何でも作れるようになるよ」

「沙希も早く大人になってお料理したいなー」

「フフッ、大人にはなるのはもうちょっと先だね。そうだ、この生地練ってみる? こねこねするの」

「いいのー!?」

「いいよ」

「やるー!」

いつも台所で陽子の料理する姿を見ていた沙希は、四歳にしては器用な手つきで生地を練った。
陽子がそんな姿を微笑ましく眺めていると、不意に沙希が、

「今日ね、愛ちゃんを見たの」

「えっ、愛ちゃん……?」

「そう」

「どこで見たの?」

「公園。でもね、沙希が、あぁ! 愛ちゃんがいるーって言ったら、真奈美ちゃんのお母さんが、
あれは愛ちゃんじゃなくて男の子だよって言うの。変なの。あれ絶対愛ちゃんだったのに」

「沙希……」

「なに?」

「愛ちゃんは天国に行って、もう居ないんだよ。きっとすごく似てる子を見たんじゃない?」

「そうなのかなー?」

「愛ちゃん、っていうか、その子は何か言ってなかったの?」

「うん。なんにも言わずにずーっとこっちを見てた。沙希が「あいちゃーん!」って呼んだら、
こっちを指差して、ニコって笑って消えちゃった」

平然とそんなことを話す沙希を見て、陽子は漠然とした不安に襲われていた。
虫の知らせとでもいうのか、何かいやな事が起こりそうな気がしてならない。
思わず背後の押し入れを振り返ると、その瞬間、数センチ開いていた襖がピシャリと閉じた。

「あぁ! 虎男今覗いてたでしょー!」

返事はない。いつものことだ。

「ダメだよ、いいって言うまで出てきちゃ!」

陽子は沸々とわき上がる不安を何とか打ち消すように、勤めて明るい声を出した。

「そろそろこねるのはいいかな。
じゃあ次は、この生地をラップにくるんで冷蔵庫に入れるの、沙希、できる?」

「うん!」

沙希が嬉しそうにラップを取りに行ったとき、玄関のチャイムが鳴った。

「ん? 誰だろう」

陽子はさっと手を洗うと、

「沙希、ラップにくるんで冷蔵庫ね」

そう言って玄関へ向かった。

 

**********

 

「はーい、どちら様ですか?」

陽子は玄関のドアに向かって声をかけたが、返事がない。

 

ピンポーン

 

またチャイムが鳴る。

「あの、すみませんけど、どちら様か名乗って頂けますか?」

陽子はどんな場合でも、防犯の為にすぐにはドアを開けないようにしていた。
しかし、どれだけ待っても返事はなく、数秒置きにチャイムが鳴り続けるのだ。
不審に思った陽子がドアスコープを覗くと、

――何? 真っ暗で何も見えないじゃない。

チャイムは相変わらず鳴り続ける。
陽子は不気味になって、語気を強めて、

「チャイム鳴らすのやめてもらえますか! どちら様か名乗ってください!」

やはり返事はない。

 

ピンポーン

 

「いたずらだったら警察呼びますよ!」

その時、

「どうしたの?」

「ひっ!」

背後から突然声を掛けたのは沙希だった。

「なんだ、沙希か。びっくりしたぁ……。
さっきからずっとチャイムが鳴ってるでしょう。
いたずらみたいなんだけど、何かあったらダメだからとりあえず沙希は向こうに行ってて。
お兄ちゃんの押し入れの所ね」

「はーい」

沙希はトコトコと駆けてゆく。

 

ピンポーン

 

――しつこい! 何なのいったい!
とうとう痺れを切らした陽子は、文句を言ってやろうと思い、
ドアのチェーンがしっかり掛かってるのを確認して鍵を開けると、ドアノブに手をかけた。
そして、警戒しながらゆっくりとドアを開くと、

 

「えっ……何なのこれ」

 


つづく。