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悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

俺の彼氏はヤンチャ坊主! 「転校生! サクラ現る! その5」

2011年06月29日 | 小説 「俺の彼氏はヤンチャ坊主!」

「お兄ちゃん、あと少しでクッキーできると思うから、がまんしてね」

沙希は数センチ開けた襖の隙間から虎男に囁いた。

「おう、サンキュ。陽子さんが来たらやばいからもう閉めるぞ」

「うん」

「あ、そうだ沙希、これ何なんだ? さっきからピンポーンってずっと鳴ってるけど」

「わかんない。いたずらだって」

「いたずら?」

「うん」

「ふーん、変なの。じゃ、とりあえず閉めるな」

「うん」

虎男は襖を閉めて横になると、胎児のように身を丸めた。
真っ暗な中でそうしていると、いつも心地よい眠気がやってくるのだ。
退屈だしそのまま寝てしまおうかと思ったその時、

 

ドンッ!

 

何かが床に倒れたような鈍い音がした。

「ん?」

虎男は起き上がってほんの少しだけ襖を開く。すぐ目の前に沙希の背中。
今の音なんだ? 虎男が沙希に訊こうとしたとき、沙希の向こう側で何かが動いた。

 

**********

 

「えっ……何なのこれ……どうなってるの……」

陽子はあまりのことに我が目を疑う。
チャイムを鳴らし続ける執拗ないたずらに痺れを切らし玄関のドアを開けると、
いつもの景色がそこになかったのである。
チェーンを掛けたドアの隙間から見えるのは、ただの闇だった。
どこに視線を移しても、視界の先には真っ暗な闇以外何もないのだ。
陽子は後ろを振り返る。
廊下には窓から差し込む太陽の光が確かに見える。
しかし、今一度玄関の外に目を向けると、やはりそこには闇しかない。
――夢? ……じゃないよね、これ……。
その時、

 

「陽子さん」

 

声を聞いた瞬間、陽子は心臓を鷲掴みにされたような驚きに身をすくめた。
生前あれほど親しくしていた彼女の声を忘れるはずがない。
少し擦れた高くて美しい声。
それは間違いなく雅美の声だった。

「陽子さん、やっと開けてくれたのね。どうして早く開けてくれないの?」

陽子の全身を痛いほど不吉な予感が駆け巡る。
何かが起ころうとしている。とても恐ろしい何かが。
警笛を鳴らす心とは裏腹に、陽子はその場から少しも動くことができなかった。
玄関の外は闇のまま。すぐ近で確かに雅美の声がするのだが、姿は見えない。

「雅美さん、どうして……」

陽子はやっとの思いで言葉を発する。

「忘れたの?」

「え? ……」

「あなたはあの日、愛がおつかいに出るのを止めようとしたでしょう?
あなたには未来を知ることの出来る不思議な力があるのね。
全然知らなかった。あなたがそんな力を持ってたなんて」

「違うの! あたしにそんな力なんてない! あたしはただ――」

「知ってたくせに」

雅子の声が急に低くなる。

「愛が殺されるのも、わたしが死ぬことも」

「違う! あたしは――」

陽子が叫んだ瞬間、目の前に雅美が現れた。

「ひっ!」

雅美の顔は全身の血を抜かれたように真っ青だった。
首筋には赤黒いロープの後がクッキリと残り、口と鼻から夥しい血を垂れ流している。
赤く充血した目は限界まで見開かれ、激しい憎悪の念をもって陽子を睨み付けていた。

「あなたはわたしと愛を救うことができた。でも救わなかった。
それなのに、あなたは自分だけそうやって幸せそうな顔して生きつづけるの?
愛はね、知らない男にレイプされて、全身をめちゃくちゃに殴られて、
何度も何度も、助けてお母さん、そう叫びながら最後は首を絞められて殺されたのよ。
七歳の誕生日を迎えたばかりだった。ねえ陽子さん、あなたもこっちへ来てよ。わたし達親友でしょう?」

「雅美さん、あたしはあの事件以来、愛ちゃんと雅美さんのことを忘れた日はなかった。
心の底から冥福を祈ってた。信じて、あたしにはどうすることもできなかったの!」

「来てくれないの?」

「行けないよ! あたしはもう独りじゃないの!」

「そう。それはとても残念」

雅美が手を伸ばして陽子の頬に触れた瞬間、

「っ……!」

突然鋭い痛みが走った。
驚いて頬に触れると、手のひらに生温い血がベットリと付いた。
その血は頬を伝い首筋まで流れだすと、一気に服に染み込みだした。
傷は骨に達するほど深いものだった。
陽子は瞬時に虎男と沙希の身を案じ、廊下を駆けようとする。
しかし、二歩目を踏み出した瞬間足に違和感を感じ、そのまま激しく前のめりに転倒した。

 

ドンッ!

 

陽子は自分の右足の脛から下が無くなっているのを不思議な気持ちで眺めた。
鋭利な刃物で切れたように綺麗に切断されていたのだ。
数秒しないうちに夥しい出血が始まり、やがて激痛が襲ってきた。
玄関のチャーンが外れ、雅美がゆっくりと家の中に入ってくる。

「愛がね、沙希ちゃんに会いたいって泣いてるの」

――やめて雅美さん!

叫んだつもりだが声にならなかった。

――虎男! 沙希! 逃げて!

陽子は必死に叫んだ。
自らの血に塗れ、激痛に耐えながら。
しかし、どうやっても声が出ない。
陽子は床を這い、今にも気を失いそうな恐怖と激痛の中、
虎男と沙希が居る部屋へ向かった。

 

**********

 

沙希が突然、聞いたこともないほど激しい悲鳴を上げてその場に倒れた。
倒れた沙希の向こう側に、顔中血まみれになった陽子が居た。
虎男はそれが陽子だと気づくのにわずかな時間を要した。
それほど凄まじい形相と血の量だった。
陽子は何かを叫ぶように口を大きく開けるが、声を出さない。
そのまま地べたを這って沙希のもとへやってくると、陽子は沙希の体を覆うように抱きしめた。
虎男の目に指が失くなっている陽子の手と、肉と骨が剥き出しになった足の切断面が見えた。
虎男はガタガタと震えだす体を抑えられず、襖のわずかな隙間から呆然とそれを眺めた。

 

**********

 

――お願い助けて! あたしが代わりにそっちへ行くから!

陽子は心の中で雅美に向かって叫んだ。
上から覆いかぶさるように抱きしめた沙希の体に、陽子の血液がどんどん染み込んでいく。

「あなたはもういいの」

陽子の背中が大きく引き裂かれ、血飛沫が部屋中に飛んだ。
あたしはもう駄目だ。殺される。陽子は薄れゆく意識を必死に引き戻し、
失神した沙希の顔を眺めた。そして、ゆっくりとその目を襖の隙間に向けた。

――虎男……。

虎男には一瞬、陽子が微笑んだように見えた。

 

つづく。