和也と暮らし始めて3年目の冬、一通のハガキが届いた。
成人式の知らせだ。
――今さら学生時代の奴らに会って近況を訊かれるのも面倒やな……。
充は迷った。
しかし、
「行っといた方がいいよ。一生に一度のことやし、
みっちゃんのご両親にもちゃんと成人しましたって、挨拶しにいこうや」
和也の一言で充は成人式へ出席することを決めた。
思えばその瞬間、充と和也、隆志が辿る運命が決定づけられたのかもしれない。
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成人式の会場。
大勢の若者が晴れ着を着こんでやってきていた。
懐かしい顔に話しが弾むのか、そこら中から大きな笑い声が聞こえてくる。
和也の車で会場に着いた充は、ダウンジャケットにチノパン、
スニーカーを履いただけのカジュアルな格好で車から降りた。
「じゃあ、また後でみっちゃんちの両親と一緒に迎えにくるわ」
「うん」
走り去る和也の車。
充は少し緊張している自分を何だか恥ずかしく思う。
高校を中退してから同級生とはすっかり連絡が途絶えていたせいで、
式場に溢れかえる若者のほとんどが知らない顔ばかりだった。
――まぁええわ。とにかく式が終わるまで適当にしとったらそれでええんやし。
気を取り直して会場へ向かっていると、突然背後から、
「木下!」
振り向くとそこに、
「……後藤?」
「そう、後藤! 久しぶりやなぁ木下!」
後藤は充の中学時代、比較的仲良くした友達だった。
正義感が強く、誰とでもすぐに打ち解けられた後藤は、
生徒会やクラス委員として活躍した誰からも好かれる優等生だった。
数年ぶりに見る後藤は、当時の面影を残しつつ、より精悍さを増した好青年に成長していた。
「久しぶり」
「お前、ずっと地元におったんか?」
「うん、そやけど、後藤は?」
「俺は今、大阪で大学生やっとる」
「そっか」
「高校は別々やったし、俺らが会うの中学以来やな」
「そやな」
「そういやお前、高校中退したって聞いたけど、それからどうしてたん?」
「う~ん、まぁ、バイトしたりして適当にやっとったわ」
「そうなんや。今は何してんの?」
「今は――」
充は一瞬言い淀む。
「ん?」
「無職で実家暮らし。一応バイトは続けとんやけどな」
後藤ならどんな話を聞いても普通に受け入れてくれそうな気もしたが、
充はとっさに嘘をついた。
「そうか。まぁ元気でやっとったんや」
「うん」
後藤は携帯電話を取り出すと、
「そろそろ時間やな。木下覚えとるか? 川崎とか長島」
「あぁ、覚えとるよ」
「あいつら先に会場おるらしいで。木下も一緒に行こうや」
「うん、そやな」
充はそのとき気づかなかった。
会場へ入っていく充の姿を遠くで見つめる一人の女がいることに。
**********
市長や誰だかわからない奴らのどうでもいい話を適当に聞き流し、
式の終了と共に充達は会場の外へ出る。
高校時代の同級生とも数人すれ違ったが、軽く挨拶を交わしただけだった。
多くの若者がさきほどと同じようにそれぞれの群れを作り、会話に花をさかせている。
後藤たちはこれから二次会で飲みに行くということだが、
充は和也と両親と一緒に外食の約束をしていたのでそれを断った。
「そっか。約束あるんやったらしゃあないな」と後藤。
「うん。せっかく誘ってくれたのにごめん」
「ええよ。それより今度またどっか遊びに行こうや。連絡先交換しとこうぜ」
「あぁ、うん」
充と後藤が携帯電話で赤外線通信をしていると、
ツカツカとハイヒールの音を立てながら一人の女が近づいてきた。
長い黒髪をゴージャスに巻き、大きなサングラスの下にある真っ赤な唇が歪だ。
成人式に来たとはとても思えない派手な洋風ドレスを着たその女に、周りの誰もが道を開ける。
女は歩きながらサングラスを外すと充の目の前に立ちはだかり、
「久しぶり、みつる君。あたしのこと、覚えてる?」
不適な笑みを浮かべた。
訊かれるまでもなく、女がサングラスを外した瞬間充はすぐに気づいた。
中山美雪だ。
目鼻立ちがハッキリした派手な顔に、モデルのような体型。
どこか威圧的で、それでいて澄んだ美しい声をした女。
充は高校時代、逆恨みから中山美雪に酷い目に合わされ、
以来、彼女とは絶縁状態だった。
――何でよりによってこいつが来るんや……。
充は今すぐこの場から去りたい思いに駆られながら、
妖艶な女に成長した美雪をただ眺めた。
つづく。