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悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

俺の彼氏はヤンチャ坊主! 「和也の夕飯 その1」

2011年08月11日 | 小説 「俺の彼氏はヤンチャ坊主!」

木下充が夕飯を作っていると、不意に玄関のドアが開く音がした。
一瞬ギョッとするが、擦りガラスのドア越しに隆志が靴を脱いでいるのが見えた。

「ただいま」

「おかえり。早いね」

まだ19時。
この時間に隆志が帰ってくるのは珍しい。

「仕事早めに切り上げたんだ」

「そうなんだ。――メシ、まだ?」

「あぁ」

「もうちょっとで出来るから」

「いらない。――あっ、やっぱ食べる」

充は黙々と夕飯の支度を済ませ、テーブルに二人分の食事を並べた。
いつもならテレビを見ながら一人で食べるのだが、
今日は隆志が早く帰ってきたせいで一緒に食べなければならない。
それは充にとって苦痛でしかなかった。
つけっぱなしにしていたテレビを消し、二人でテーブルにつく。
チンジャオロース、サラダ、白菜の漬物、味噌汁、並ぶおかずに耐え難い沈黙。
普段ならお互い一言も喋らないまま食べ終わるのだが、
チンジャオロースを見た隆志が不意に口を開いた。

「ピーマン入れたんだ」

「あっ、ごめん、自分用に作ってたから。ピーマンだけよけて取り分けるよ」

何も答えず味噌汁を一口飲む隆志。

「味が濃い」

「お湯、足そうか?」

「いいよ、馬鹿馬鹿しい。サラダのドレッシング取って」

すでにテーブルに用意してあったドレッシングは、隆志の嫌いなシソ味のものだった。
充は冷蔵庫へ確認しに行こうと思ったが、直前で思い出す。

「ごめん、ゴマのやつ……切らしててさ、買いに行くの忘れてた」

隆志はほとほと呆れた様子でため息をつくと、持っていた橋を置いた。

「やっぱメシはいい」

「ごめん、早く帰ってくるって知らなかったから――」

「なんだよそれ、俺のせいか?」

「いや、そういう意味じゃなくて。前もって知ってたらちゃんと隆志の好きな物用意したんだけど――」

「お前はほんとにいいご身分だよなぁ。仕事もせずに、一日中好きなようにダラダラ過ごして、
好きなもん食って、好きなテレビ見て、適当に生きてりゃまた平和な明日がやってくる。
食いっぱぐれることもなければ、寝床をなくして雨風に怯える心配もない。いいご身分だ。
少しでも自分の立場をわきまえてるなら、いつ帰るかわからない俺の分の料理も、
毎日ちゃんと作っとくべきじゃないのか?」

充は胃の辺りを締め付ける不快感を抑えたまま黙っていた。

「この高級マンションも、豪華なシステムキッチンも、こんなロクでもない料理を作るために買ったのか?」

「だから……今日はたまたまなんだって」

「これだから低レベルな人間は嫌いなんだよ」

「低レベル?」

「ただ家で料理を作る、そんな単純なこともまともに出来ないのか?
何で俺お前みたいなのと一緒になったんだろうな。自分が情けないよ」

隆志は苛立ったように頭を掻き毟ると大きなため息をついた。

――こんな生活もうんざりだ。

充は何度そんなふうに思っただろう。
いつも思うだけで、実際に別れようという話を持ち出さなかったのは、
やはり自分自身への甘えだったのかもしれない。

「ごめん……」

充は擦れた声で小さくつぶやいた。


**********


阿久津隆志は17歳で突然両親を亡くした。
家族3人で旅行へ出た帰り、飲酒運転のトラックに追突されたのだ。
奇跡的に隆志のみが生還したが、頼れる親戚はおらず、高校は辞めざるを得なくなった。
当時の担任教師の伝で製鉄所へ入社することができた隆志は、
働きながら独学で勉強を続け、高卒の資格を取ると、
努力の末に難関と言われるK大へ21歳のときに合格する。
製鉄所は辞めてバイト生活に入ったが、学費も生活費も全て自分で賄った。
ほどなくして、もともと優秀な頭脳を持っていた隆志は大学の仲間と起業サークルを作り、
在学中に立ち上げた会社は当時の経済誌に取り上げられるほどの活躍をみせた。

大学卒業から8年後、隆志達の会社は社員120人を抱える大きな物になっていた。
両親の事故死からK大へ自力入学、そこでベンチャービジネスから大成功を収めた隆志は、
青年実業家としての名声よりも、苦労人のサクセスストーリとして世間の注目を浴びた。
上を見れば切りがないが、年収、生活レベルの面に置いて、
隆志はこの時点で間違いなく上流階級に属する人間になっていた。
しかし、彼にはまだ誰にも打ち明けていない秘密があった。

阿久津隆志は同性愛者だったのだ。


**********


木下充、17歳で高校を中退。
何もかもが馬鹿馬鹿しかった。
当時の担任教師だった男にさんざん甘い言葉を囁かれ、
その気にさせられ、40過ぎの冴えない男を受け入れたが、
2ヶ月もしないうちに別れ話を持ち出された。
結局充は、体を弄ばれただけで捨てられたのだ。

「ごめんな、嫁にバレると大事になるから」

申し訳なさそうに(しかし半笑いで)そう言った男のファミリーカーをバッドで叩き潰した翌日、
朝のホームルームの時間にクラスメイト全員の前で退学届けを教卓に叩き付けた。

「クソホモ先生、さようなら」

がやがやと騒がしくなる生徒達、怒りで顔を真っ赤にした男の顔、傑作だった。
しかし、両親は充の勝手に激怒し、父は初めて充に手を挙げた。
目を真っ赤にし、唇を震わせている。
悔しいとも悲しいとも言える、そんな顔をした父を見たのは初めてだった。

高校中退後、充はコンビニでアルバイトを始めた。
時給も安く、退屈でどうしようもない仕事だったが、
初めて自分で稼いだ金で、充は両親を回転寿司屋に連れて行った。

「充は料理が得意だから、調理師の資格を取るとか、シェフになるとか、
そういう道に進むのがいいと思うの」

「せっかく充が寿司屋に連れてきてくれたんだ。
その話はまた今度でいいだろう」

将来のことを口うるさく言う母、ゆっくり考えればいいと言う父、
時々口論になることもあったが、相変わらず穏やかで笑顔の耐えない家族だった。

高校中退から半年後。
充はバイト先のコンビニで一人の男と知り合った。
尾崎和也、25歳。
建築現場働く肉体労働者だった。
充は和也と4年近く付き合った。
2年目からはほとんど同棲状態だったが、
充はある日突然、何も告げずに和也の前から姿を消した。
全てを捨てて東京へ出たのだ。


**********


この日本で同性婚が認められて5年。
現在までに1359組の同性カップルが生まれ、半数以上の825組がすでに離婚している。
充と隆志は同性婚が認められた初年度に結婚した。
慎重になれ、もっと良く考えろ、そんな周囲の言葉など全く耳に入らなかった。
当時、隆志にとって充は完璧なパートナーに思えた。
充にとっての隆志も、自分が夢見た生活を全て叶えてくれる最高の相手だったのだ。


チンジャオロースは油が凝固し始め、味噌汁はすっかり冷め切っていた。
長い長い沈黙のあと、ようやく隆志が口を開く。

「会社、辞めたよ」

「え?」

「聞こえただろ」

「辞めたって……どういうこと?」

「いちいち、――何からなにまで説明しなきゃわかんないのかよ!」

隆志がテーブルに並んだ食事を腕でなぎ払った。
陶器の器が大きな音を立てて割れ、作った料理が床に散った。

「何すんだよ……」

「もう終わりだ」

充はいつもと様子の違う隆志を唖然と眺めることしかできなかった。

 

つづく。