阿久津隆志は待ち合わせ場所に現れたその少年を一目見た瞬間、
心を突き動かされるような衝動を覚えた。
小麦色に焼けた肌、眩しいほどに明るく溌剌とした表情、
綺麗に並んだ白い歯が印象的なその少年は、
隆志の高校時代の初恋の相手にそっくりだったのだ。
「木下充君?」
「そうです。阿久津隆志さん、ですよね?」
――声まで似ている。
隆志は胸の奥に沸きあがる熱いものに自分自身で驚いた。
こんなふうに感情を揺さぶられるのは、いったい何年ぶりだろう。
「そう、阿久津隆志。はじめまして」
「はじめまして! うわー、阿久津さん前にテレビに出てましたよね!? 本当に本物だったんですね!」
「実物は普通のおっさんだろ?」
「そんなことないですよ!
髭もよく似合ってるし、何かこう、ダンディーな感じですごく素敵です」
「ははっ、ありがとう。
充君も写真で見るよりずっと若々しいんだね。本当に21歳?」
「もちろん本当です。先月誕生日迎えたばっかりです。
でもよく子供っぽいって言われるんですよねー。気をつけてはいるんだけど」
「そっか。――今日はドライブして軽い食事でもと思ってるんだけど、それでいいかな?」
「はい。よころこんで」
助手席に座った充は、よく喋り、よく笑った。
流れる景色に目を爛々と輝かせ、まるで子供のようにはしゃぐのだ。
隆志がときどき目をくべると、何でもないのに充はニコっと微笑む。
「そんなに楽しい?」
「楽しいです。だって俺、ずーっと三重の田舎に住んでたから、こんな大都会の景色みたことないんですよ。
あのビルとか、あの橋とか、テレビで見たのと同じだなーって感動してるとこです。
それに隆志さんの車も未来の車みたいですごいし」
「未来の車って?」
「音声で全部操作できる車なんて俺初めて見ました」
充はそう言ってまた嬉しそうにニコニコと笑う。
隆志の車は当時の最高級・最新型のBMWで、様々な革新的機能が搭載されていた。
ヴォイスコントロールシステムはそれほど目新しいものではなかったが、
音声によるナビシステムの起動や通話が充にはよほど珍しかったらしい。
「もっと面白い機能がいっぱいあるから、車停めて見せてあげるよ」
「おぉー! 見たいです!」
隆志はまるで学生の頃に戻ったような錯覚の中で、
充の声や仕草に切ない愛おしさを感じていた。
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みっちゃん、今どこにおるん?
何で急に、何も言わずに出て行ったん?
みんな心配しとる。
とにかく連絡ください。
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今朝みっちゃんとこのお母さんから連絡があって、
とりあえず警察へ捜索願を出すんは辞めたみたいや。
安心していいよ。
けど、何で俺に連絡くれへんの?
俺、何かみっちゃんのこと傷つけるようなことしたかな?
毎日心配でしょうがない。頼むから連絡してほしい。
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こんなふうに一方的にメール送り続けんの、
もしかしたらみっちゃんはうざいって思っとるかもしれん。
俺やってもうこんなことしたないと思う。
でもな……この部屋に一人でおったらほんま無理なんや。
ずっと同じことばっかり考えてしまう。
みっちゃんのおらん生活が考えられへん。
正直寂しい。
声が聴きたい。
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アホやわ俺。
仕事中ぼーっとしてたら結構大きい怪我してもうた。
左手の指なんやけどな、ひとさし指と中指の第ニ関節から上が飛んでしもた。
労災下りるらしいけど、こんな指になってしもたらもうあかんかもな。
ほんまどんくさいよな。
みっちゃんは怪我とか病気してないか?
体に気をつけてな。
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久しぶり。だいぶ間が空いたな。
元気にしとる? 俺はまあまあです。
そっちではどんなふうに暮らしてんのかな。ちゃんと自炊してる?
もしも辛いこととか逃げ出したくなるようなことがあったら、いつでも帰っておいで。
この部屋はみっちゃんのためにいつでも空けとくから。
何にも心配することない。
みっちゃんやったらどんな事でもうまくやっていけるよ。
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メールはこれで最後にします。
みっちゃん、ほんまにありがとう。
俺みっちゃんと一緒に暮らせてめっちゃ楽しかった。
一生分の幸せもらったみたいやわ。
でもぶっちゃけ言うたら、
もう一回だけでええから、みっちゃんの作る激うまの晩飯食いたかったなぁ。
ありがとう、みっちゃん。
元気でな。
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東京へ出てきてから三年目の春。
充は和也から届いた最後のメールを躊躇することなく削除した。
指に大怪我を負ったという知らせにはさすがに胸が痛んだが、
しつこくメールを送り続けてくる和也にほとほと嫌気がさしていたのだ。
そして、その年の夏。
隆志と充の間に、暗く深い溝が横たわることとなる。
つづく。