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悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

俺の彼氏はヤンチャ坊主! 「坊主が屏風に上手にダイヤの絵を描いた!その5」

2011年05月24日 | 小説 「俺の彼氏はヤンチャ坊主!」

ベチャッ!……グチュグチュ……

ベチャ!……ゴッ……ガタッ……

22:00PM、海星高校旧校舎内。
幽霊便所に響く奇妙な物音の正体は、虎男だった。
鼻を突く異臭に吐き気を催しながら、手に持ったそれを振り上げ、叩きつける。

ベチャッ!

真っ赤な飛沫が制服や辺りに飛び散るが、かまうもんか。
これはどうしても今日中に仕上げなければならない仕事だからだ。
それにしても、

――どこ行ったんだよあいつ。

虎男は突然消えてしまったダイヤを思い、小さなため息をついた。

 

**********

今から十時間前の昼休み。
チクワサンドを買うために教室を飛び出したダイヤがそのまま戻ってこなかった。
虎男はダイヤの携帯に三度メールし、二度電話をかけたが、どちらも返事はなく、
とうとう痺れを切らした虎男が直接購買部へ出向くと、売り場のおばちゃんから意外な事実を知らされたのだ。
ダイヤはマメ柴という奴に競争で負けて、チクワサンドを買うことができなかったらしい。
虎男はもう一度ダイヤに電話してみたが、やはり繋がらなかった。

昼休みが終わり、授業が始まっても、虎男は教室へは戻らずダイヤを探し続けた。
校内を隅々まで見て周ると今度は街へ出て、同い年の奴らがたむろしそうな場所を片っ端から探す。
しかし、結局ダイヤを見つけられないまま日が暮れてしまい、仕方なく制服のまま海星高校へ戻ってきたのだ。

**********

 

ベチャッ!

最後の一振りを終え、虎男は額の汗を拭う。

「よし、できたぞ」

時刻は23:30。ギリギリ間に合った。
ダイヤが居ないのは仕方ないが、とにかく完成だ。
揮発したものの臭いが充満しているせいで、安心すると途端に気分が悪くなる。
虎男は軽く咳き込んで便所を出た。
その時、

 

カチッ……

 

凡人では到底聴き取れないであろう微かな音を、虎男の耳は逃さず捉えた。
今確かに、隣の女子便所から何か音がした。
明かりはない。いや、そもそもこんな時間に人が居るはずないのだ。
虎男は上がり始めた心拍数を抑えるため静かに深呼吸する。

――まさか……。

六年前の事件以来、虎男は常に影の存在を意識してきた。
日常のふとした瞬間に、誰かに見られているような視線を感じることが何度もあったからだ。
そして今、女子便所から漂う肌を刺すような邪悪な気配は、六年前のあの感じにそっくりなのだ。

――ちょうどいい、やってやろうじゃねぇか。

虎男は気配を消して女子便所へ入ると、入り口にある電気のスイッチを押す。
数回点滅したあと蛍光灯が点灯すると、場の空気がピンと張り詰めるのがわかった。
間違いない。あいつが居る。三つ並んだ個室の一番奥、扉の閉まったその中に。
虎男は即座に反撃できるよう身構え、

「そこに居るのはわかってる。出て来い」

静かだが力強い声で言った。
しかし、しばらく待っても反応がない。
仕方なく虎男は、

「決着つけてやるから出て来い!」

腹の底から声を張り上げ叫んだ。
便所に反響した声が外へ突き抜け、廊下の窓ガラスを震わせる。
次の瞬間、

 

ガタガタッ!

 

個室の内側から何かがドアにぶつかったような音がして、

 

ギ、ギィ~~……

 

内開きのドアがゆっくりと開いた。

 

 


「お、お前……」

 

 


**********

 

力なくよろめきながら出てきたのは、俯き肩を落としたダイヤだった。

「な、何やってんだよこんなとこで」

無言で顔を上げたダイヤを見て虎男は息を呑む。
充血した虚ろな目、赤く腫れた瞼、精気を失くした顔は死人のように青白く、頬までこけている。
手に持ったスマートフォンのディスプレイには「GAME OVER」の文字が映っていて、
床に垂れたイヤホンからゲームのBGMが漏れて聴こえている。

「……っ……かよ……」

「えっ?」

「もう……った……かよ……ぜ……ぶ……」

「どうした? 何言ってるかわかんねえよ」

「俺のこと……もう……クラスのやつらに……喋ったのかよ……」

「喋ったって、何を?」

「俺が……ゲイで……便所で……」

「お前、俺が送ったメール見たのか?」

「…………」

「電話したのに何で出なかった?」

「…………」

「アルジとの約束を破ってただで済むと思ってんのか?」

「…………」

「命令違反に連絡無視、こんだけのことをやらかしてくれたんだ。もちろんお前のことは――」

虎男はダイヤの目の前まで迫り拳を振り上げる。
ダイヤは反射的に両手を顔を庇い、目をきつく閉じて身をすくめる。

 

 


パサッ。

 

 


ダイヤの頭の上に、虎男が大きな手をそっと乗せた。

「誰にも言ってない」

「へっ?」

「お前の秘密は誰にも言ってない」

「何で……俺……チクワサンド……買えなかったのに」

虎男は安堵のため息をつき、

「ったく、心配させやがって。お前ずっとそこに隠れてたのか?」

「だって……チクワサンド……」

「さすがに女子便の中は思いつかなかった」

「いいのかよ……俺、あの……チクワ――」

「そんなのどうでもいい。確かにチクワサンドはうまいけど、一人で食っても意味ねえしな」

ダイヤはわけがわからず、ポカンと虎男を眺める。

「おい、こっちこいよ」

虎男は嬉しそうにダイヤの手首を引っ張り、隣の男子便所に連れ込む。
入った瞬間強烈なシンナーの臭いが鼻を突き、ダイヤは顔をしかめた。
足元にはペンキの缶と数本のハケが乱雑に転がり、
三つ連なった(一つは虎男がぶち壊したのを自分で修理した)個室のドアに、

"HAPPY BARTHDAY DAIYA!!!"

黄色の文字で書かれたそれと、
よくわからない人間のような生き物が、大きな口を開けて真っ赤なリンゴを食べようとしている絵があった。
抽象画を通り越して幼稚園児が描いたようなとんでもなくヘタクソな絵は、
三枚のドアに続けて描かれたせいか、まるで屏風絵のようだ。

「なんだよ……これ」

「ふふんっ。どうだ、いいだろ?」

虎男は人間のような生き物を指差し、

「こいつがお前で、リンゴはほら、お前の携帯、ヤップルのワイフォンだろ? だからリンゴ」

ダイヤは自分の手に握ったままのワイフォンに目をやる。
ヤップル社のロゴは確かに赤いリンゴだ。

「誕生日おめでと」

自分でもすっかり忘れていた。そういえば今日は俺の誕生日だ。
初めてアルジとシモベの関係を結んだ日、虎男はダイヤの個人情報を徹底的に吐かせた。
生年月日から家族構成、家の住所に親の名前。好きな食べ物、好きな色、好きな芸能人に好きな歌手。
いったいそんなもんを訊いてどうするのかと思うようなことまで逐一言わされたのだ。
虎男はダイヤの誕生日が近いことを知ると毎日夜の学校へ忍び込み、二週間かけてようやくこの絵を完成させた。
不器用だが虎男なりに精一杯心を込めたプレゼントだ。

「お前……何で……こんなこと……」

「今日でアルジとシモベは終わりだ。だから……こうしないか?」

「へっ?」

「俺は……これからもお前と一緒に居たい。
学校にいる時だけじゃなくて、放課後とか、休みの日とか、一緒に外に遊びに行こう」

「なんだよそれ……」

「バカ野郎、わかるだろ普通」

「は?」

「と、友達に……なってくれよ……ダ、ダイヤ」

虎男は初めてダイヤの名前を呼んだ。
大きくてごつい体を小さく丸めながら、恥ずかしそうに視線を落として。
何とも言えない長い沈黙が広がる。お互い目も合わせない。
やがてダイヤがつぶやいた。

「意味わかんねえ……」

「お前なぁ――」

虎男がムキになって反論しようとしたその時、
不意にダイヤの目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

「な、なんだよ……なに泣いてんだよ」

「だって……」

「そんなに嬉しかったのか? この絵」

「んなわけないだろバカ!」

「怒るなよ。じゃ何で泣く? やめろよ、困るだろ」

「怖かった……」

「え?」

「クラスの奴らに……俺がゲイだってバレて……あの写真をバラまかれたと思って……」

「あ、あれは……悪かったって思ってる。これでいいだろ? ほら」

虎男はダイヤの肩に腕を回すと携帯を取り出し、保存した例の写真を目の前で全て消去した。

「全部消えた」

「コピー、取ってないだろうな?」

「取ってない」

「アルジとシモベ、本当に今日で終わりか?」

「終わりだ。その代わり、今日から俺達は友達な」

「うぅ……うぅ……うぅ……うわぁぁあああああああ!」

ダイヤは虎男に抱きついて大声で泣いた。

「お、おい……。泣くなよ、頼むから」

「怖かった……俺……死ぬかと思った……マジで……」

「ははっ、大げさな奴だな。大丈夫、これからはお前のことは俺が守ってやる。なんも怖いことなんかない」

虎男は子供をあやす様にダイヤの頭を撫でた。
ダイヤは嗚咽しながら虎男の描いた絵に目をやる。

「お前みたいなバカに守れんのかよ」

「はぁ?」

「ハッピーバースデーのスペル、間違ってんぞ。
バースデーはビーアイアールティーエイチ、デイだ。アイが抜けてるしAはいらん」

「そうなのか? まぁいいじゃねえか、直すの面倒だし」

「ふんっ、ヘッタクソな絵」

「お前なぁ、これ描くのにどんだけ苦労したか――」

「サンキュー。と、虎男」

「えっ、あ、あぁ。いいよ」

慣れない二人は顔を赤らめ、幽霊便所を後にした。

 

**********

 

24:15AM。海星高校校門前。
半分寝た頭で近くをパトロールしていた新人警官の山岸雄太は、
目の前に突如として現れた巨大な影に思わず腰を抜かしそうになった。

「だっ、誰だ!」

懐中電灯を向けると、制服姿の大男が眩しそうに目を細め、

「なんすか?」

と、ハスキーだがよく通る低音の声で答えた。
よく見るともう一人制服を着た男と肩を組んでいる。
山岸はライトに照らされた大男の顔をじっと眺め、ピキーンと閃いた。

「あぁ! おまっ、いや、き、君は!」

「あっ」

間違いない! 数日前、作業着姿で学校から出てきた大男!
名前は確か――。
山岸は警察手帳をせわしなくめくる。どこだ!? どこにメモったんだ!?

「あの、もう夜遅いんで帰らせてもらいます。行こうぜ、ダイヤ」

「あぁ」

「まっ! 待ちなさい! あったぞ! 君は海星高校二年B組進藤虎男君だね!」

虎男は呆れたようにため息をつく。

「そうですけど、なんすか?」

「なんすかじゃない! 学生がこんな時間に何をやってるんだ! 向こうの君、名前は!?」

「えっ、つーか、俺らただ忘れ物取りにきただけなんすけど、何で名前言わなきゃいけないんすか?」

「嘘つけー! もう騙されないぞ! こんな時間に忘れ物取りにくる生徒がいるか!」

「ってか、あんま叫んでると近所迷惑でクレームきますよ、おまわりさん」

 

――な、なんていうクソ生意気なガキなんだ! そろいも揃って!

 

山岸はワナワナと震えだす手足をなんとか抑え、

「と、とにかくご両親に連絡するから、向こうの君も住所指名を教えなさい!」

ダイヤは息継ぎなしの早口で住所と名前を言う。

「ま、待って、もっとゆっくり言ってくれるかな……えーっと――」

「俺ら自力で帰れるからいいっすよ。じゃ」

虎男はダイヤに目配せし、ダイヤもこくりとうなずく。
二人は全速力で走って逃げた。

「あぁ! コラー! 待ちなさい!」

「待てるかおまわり! ぎゃはははは!」

ダイヤが高笑いをし、虎男も笑った。
山岸は必死で二人を追いかけたが、あっという間に姿を消してしまう。

「あ……足……はぁ、はぁ……速すぎだろ……へへっ」

奇妙な笑い方で山岸は笑った。

 

 


第一話「坊主が屏風に上手にダイヤの絵を描いた! 終」

第二話「転校生! サクラ現る!」へ続く。