「ただいまー」
「あ、おかえっ――」
進藤沙希は玄関先で不意に硬直する。
兄、虎男の後ろに、海星高校の制服を着た少年が居たからだ。
「こいつはダイヤ。こっちは妹の沙希」
「ども、よろしく」
「あっ、はい。進藤沙希です。よろしくお願いします」
「ま、まぁ入れよ」と、ぎこちない虎男。
「あぁ」
「あっ、あの!」
「ん?」
「ダイヤさんは、お兄ちゃんのお友達……ですか?」
虎男とダイヤは顔を見合わせる。
「あぁ、そうだよ」
ダイヤは引きつった笑顔で答えた。
**********
沙希はキッチンで茶菓子を用意しながらチラチラとダイヤを観察する。
無理もない、兄が家に友達を連れてくるのは六年振りなのだ。
ハンサムだけど、どことなく冷たい雰囲気のある人だな。
沙希はダイヤに漠然とした違和感のようなものを感じる。
それにしても、
――さっきから何も喋らないんだけど、あの二人……。
虎男とダイヤはキッチンのテーブルチェアーに腰かけてから、まだ一言も言葉を発してなかった。
虎男はただぼーっと天井を眺め、ダイヤは退屈そうに欠伸を繰り返す。
――ほんとに友達なの? お兄ちゃんとダイヤさん……。
沙希はお盆に茶菓子を乗せ、
「おまたせー。日本茶とチョコクッキーって何か合わないけど、すいません、これしかなくて」
「あ、ども」
ダイヤがこくりと会釈する。
「いえ。それじゃ、ごゆっくり」
「サンキュ、沙希」
「うん。あたし二階で宿題やってくるね」
「おう」
沙希は二階の自室へ行く振りをして、階段の陰で聞き耳を立てた。
「食えよ、チョコクッキー」
「俺甘いもん嫌いなんだよ」
「そうなのか?」
「あぁ」
ダイヤは茶を啜り、虎男はクッキーを食べる。
またしても無言の時が流れる。
たまらず虎男が、
「おい、何か喋れよ」
「は? 別に話すことねえし」
虎男は人差し指でポリポリとこめかみを掻いた。
正直なところ、家に友達を呼ぶのが久しぶりすぎて、どうしていいのかわからない。
それはダイヤも同じだった。とっくの昔に交友関係全てをロストしているダイヤにとって、
今更絵に書いたような友達ごっこを演じることなど出来ないし、するつもりもないのだ。
「お前さ、趣味とかないのか? エロ動画見る以外に」
――エロ動画!?
階段で身を潜めていた沙希が目を丸くして口に手を当てる。
「ばっ! お前の妹に聞かれたらどうすんだよ!」
囁き声で怒鳴るダイヤ。
「二階で宿題してんだ。聞こえねえよ」
「趣味? ねえよ、そんなもん」
「なぁダイヤ、プリクラって知ってるか?」
「ふんっ、知ってるかって、当たり前だろそんなの」
「俺さ、前からあれやってみたかったんだよ。今度一緒に撮りに行こうぜ」
「は? 何で俺がお前とプリクラなんか撮らなきゃいけねんだよ、気持ちわりぃ」
ダイヤさん、お兄ちゃんのこと嫌いなんじゃ?
言葉遣いも乱暴だし、どう考えても友達じゃないよこれは。
沙希は階段の陰からそっと二人を覗く。
「おい、アルジとシモベが終わったからって、調子乗ってねえか? お前」
「そ、そんなことねえよ!」
アルジとシモベ? なんのことだろ。
「じゃ一緒に撮りに行こうぜ」
「はぁ!? 何でそうなんだよ!」
「おーい! 沙希ー!?」
虎男は大声で叫んだ。
沙希は驚いて即座に身を隠す。
「今日連れてきたダイヤって奴はなぁー! 実はー!――」
「ばぁー! っか! やめろ! わかったから!」
「よし」
「……クソが」
実は……何なんだろう……。
「お前さ――」
「名前で呼べよ。友達だろ」
「チッ……虎男、お前は知らないだろうけど、俺はお前のせいで本気で死に掛けたんだからな!」
「大げさに言うな。俺は結局誰にも言ってない」
「そうじゃねえ! マジなんだって!」
「何が?」
「何度も……幻覚を見た。それも、現実かと思うくらい鮮明なやつだ」
「幻覚?」
「あぁ。俺がお前を殺したり、お前が俺を殺す幻覚。あの幽霊便所の中で何度も繰り返し見た。
頭がおかしくなるかと思ったぜ。ヌルヌルする血の感触まであったんだからな」
「お前……クスリやってんのか?」
「…………」
「ん?」
「もういい……」
ダイヤはチョコクッキーを食べ、虎男は茶を啜った。
「明日撮りに行こうな、プリクラ」
ダイヤは舌打ちで返事をした。
あの人……何かがおかしい。
沙希はダイヤの背中からぞっとするような気配を感じていた。
特別編 「ティータイム! 終」