「はいちゅーもーく。今日は授業始める前にみなさんにお知らせがありまーす!」
海星高校、二年B組。
担任の矢田が芝居じみた口調で、
「はい転校せーい! カモォ~ン!」
ドアが開き少年が入ってきた瞬間、教室の空気が一変する。
女子は甘いため息を漏らし、男子でさえもうっとり見惚れてしまう。
それは圧倒的な美しさを持った美少年だった。
肩にかかる艶やかな亜麻色の髪、均整の取れた細身の体格、
派手だが品を感じさせる整った顔と、何もかもが人間離れしている。
まるで異国の人形のようだ。
そして最も特徴的なのが瞳の色だった。
色素の薄い茶褐色の虹彩を持つ者は少なくないが、
彼の瞳は茶ではなく、より明るく鮮明な、赤に近い朱色をしているのだ。
そのような色の瞳を持つ人間を見るのは誰もが初めてだった。
「はじめまして。天野サクラといいます。どうぞよろしく」
またしても女子が熱病に犯されたようなため息を漏らし、ダイヤはたまらず舌打ちをした。
少年は声まで美しいのだ。男にしては少し高いが、外見に相応しい澄んだ明瞭さがある。
――美少年? 反吐がでるっつーの。
不意に後ろを振り返ったダイヤの目に、他の生徒と同じように、
ぽかんと口を開けて間抜け面で転校生を眺めている虎男が目に入った。
ダイヤは虎男の机を軽く蹴り、
「おい、何ボケっとしてんだよ」
「あ、あぁ……いや、べつに……」
「ちっ、どいつもこいつも――」
ダイヤが呆れながら正面を向いたその時、いきなり朱色の眼が飛び込んできた。
まるで脳を貫かれるような衝撃に全身が粟立つ。
他の誰でもない、血のように赤い眼が強烈な憎悪を持ってダイヤに向けられていたのだ。
しかし、それはほんの一瞬の出来事で、まばたきする間に視線は消えていた。
――な、何なんだよ……さっきのあいつの眼……。
「みんなぁー、天野はこんな髪と目の色だけど、外国人の血は入ってないから安心しろー。
日本語は問題なく通じるし、ご両親も列記とした日本人だ。
それから、名前も女の子みたいだが、ちゃーんと男子だからなー。
おい男子ー、天野が可愛い顔してるからってー、変な気起こすんじゃないぞー!」
少年は洗練された美しいお辞儀をし、微かな笑みを湛えた。
ダイヤは突如として湧き上がった不吉な予感に、思わず虎男を振り返った。
**********
休み時間。
天野サクラは羨望の目を輝かせたクラスメイト達に机を囲まれ、質問攻めにされている。
「おいダイヤ、ちょっといいか」
「何だよ?」
「ここじゃ話せない。ついて来い」
教室を出て行く虎男とダイヤを、天野サクラが静かに目で追った。
ひとけのない屋上へやってきた虎男は、随分と改まった様子でダイヤに尋ねる。
「あの転校生、どう思う?」
「べつに。俺ああいう女みたいな顔した奴は大っ嫌いなんだよ。
男のくせに髪なんか伸ばしやがって。きめぇんだよ。何が美少年だ馬鹿馬鹿しい」
「じゃどういう奴がタイプなんだ?」
「俺はこう、もっと男臭くて、ガタイも良くて――って、バカ! 何訊いてんだよ!」
「俺のことはどう思う? 俺は結構好きだぜ、ダイヤのこと」
「はぁああああああっ!?」
言われて驚いた。
そういえば虎男は、ダイヤの好みド真ん中のルックスなのだ。
坊主頭に凛々しい顔つき、分厚い筋肉に覆われた逞しい肉体。
ほとんどそつなくダイヤのタイプを満たしている。
しかし、何故かダイヤは虎男のことを好きになれなかった。
いや、むしろ大嫌いなのだ。
「何驚いてんだよ。冗談に決まってるだろ」
「う、うるせぇバカ! こんな下らない話するためにわざわざ屋上へ来たのかよ!」
「違う」
虎男が急に声を潜める。
「どう考えもおかしいだろ、あの転校生」
「何が?」
「何で矢田はあいつを男子だって紹介して、みんなそれを当たり前に受け入れてんだ?」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「天野サクラ、あいつどっからどう見ても女じゃねえか」
「あぁ、まぁ、確かに女みてぇな顔してるけど、ああいう中性的な奴いくらでもいるだろ」
「違う!」虎男が怒鳴った。
「うるせっ! 何だよ急に」
「天野サクラが着てた服、あれは隣の桜坂高校のセーラー服だぞ!?」
ダイヤの目がテンになる。
「もしもあいつが男なら、何で男がセーラー服着て女みたいな声で喋ってんのに誰も不思議に思わない!」
「お、おいトラ……お前熱でもあるんじゃないのか? 言ってることおかしいぞ……」
その時、
「彼は間違ってない」
背後から突然声が聞こえ、虎男とダイヤは驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、天野サクラだった。
「お、お前……」
サクラは颯爽とした歩みで虎男の目前に迫ると、
「君の目に見えているわたしが、本当の僕だ」
そう言って赤く光る眼をダイヤへ向けた。
ダイヤの背筋を冷たい汗が伝う。
つづく。