俺はパンダの黄色い封筒を持ってコロンと無人公園まで行き、そこで手紙を開くことにした。
道の途中、何度も封筒の裏に書かれた「新太郎へ」の文字を眺め、胸がドキドキした。
住所も消印もないってことは、直接ポストに入たはずだ。
先輩、いつ来たんだろう。もしかしてコロンが吠えてたあの時……。
辺りの草木がざわめいて、冷たい夜風が吹き始めた。
「コロン、遠くへ行くなよ」
「ワン!」
俺は無人公園の中でコロンのリードを外し、ベンチに座って深呼吸する。
そしてゆっくりと封筒を開いた。中には5枚の便箋と、一枚の写真が入っていた。
新太郎へ
こんなことになって、ほんとに悪かったと思う。
確かにお前の言う通りだ。俺は結局自分のことしか考えてなかったのかもしれない。
だけどこれだけは信じて欲しい。俺はこの町に残れるように最善を尽くした。
ここに残って新太郎と一緒に居られるなら、学校を辞めて働いてもいいと思った。
でもそれは、叔父さん達が許してくれなかった。
お前は現実を何も見てない。あんな体になったお袋を抱えて、高校まで辞めてどうする。
自分の将来を棒に振るつもりか。みんながそう言って俺を咎めた。
結局今の俺にはどうすることも出来なかったんだ。
この町を出て叔父さんの世話になることが、俺とお袋にとって最善の選択だった。
新太郎、俺がこのことを黙ってたせいでお前はすごく怒ったよな。
俺はただ、情けない話だけど、認めたくなかったんだ。
こんなふうにお前と別れることがつらかった。
無力な自分が惨めでしかたなかった。
だからせめて、新太郎には最後まで笑顔で居て欲しかったんだ。
いつまでも一緒に居られる夢を見ながら、残った時間を過ごしたかった。
ごめんな、新太郎。自分勝手を許して欲しい。
俺は今、月を見ながらいろんなことを考えてる。
俺達が一緒に過ごした日々のことや、これから先の未来のことだ。
新太郎はいつか彼女を作って、誰かと結婚して、幸せな家庭を築く。
その頃までに俺は、絶対にオリンピックで金メダルを取ってみせる。
次は新太郎に子供ができて、俺にも新しい恋人がいるかもしれない。
そうやってお互い年をとって、いつか無人公園で再会して、今を懐かしむんだ。
あのときの俺達は、あんなに素晴らしい青春を一緒に過ごしたって。
ちょっと先のこと考えすぎかな?(笑)
新太郎、俺達の出会いがそうだったように、この別れにも必ず意味があると思う。
きっと俺達は離ればなれになることで、新しい自分に一歩近づくんだ。
今がどんなにつらくても、俺は自分の道を信じる。
だから新太郎も、新太郎自身が選ぶその道を、どうか信じて欲しい。
変だよな。こんなに書いてもまだまだお前に伝えたいことがいっぱいあるんだ。
今更だけど、もっともっとお前と話したかった。
当たり前の、平凡な高校生活を一緒に楽しみたかった。
俺はこれからもきっと、何年経っても新太郎のことが大好きだよ。
この気持ちは一生色褪せない。俺の宝物だ。
ありがとう、新太郎。
できるならもう一度、お前に直接この言葉を伝えたい。
もし許してくれるなら、明日、見送りに来て欲しい。
朝の9時、それが出発の時間だ。
鈴木大吾。
名前の下に住所と電話番号が書いてあった。
叔父さんの家のものだ。
俺は同封されていた写真を手に取り眺めた。
先輩がガラスのトロフィーを持って照れくさそうに微笑んでいる。
そのトロフィーには、俺があげた金の豚のストラップが掛けてあった。
写真を裏返すと、
「いつかこの豚がオリンピックの金メダルに化ける日まで!」
と書いてあった。
俺は突然、体がバラバラになってしまいそうな焦燥感に駆られ、ベンチから立ち上がる。
今すぐ先輩に会いたい。会って謝って、自分の気持ちを伝えたい。
「コロン!」
「ワンワン!」
俺はコロンにリードを付けると駆け出した。
++++++++++
先輩の家へ向かって走り出して間もなく、空が突然青く光った。
直後に雷鳴が轟き、ポツポツと雨が降り始めた。
雨は瞬く間に激しさを増すと、一気に土砂降りになる。
俺は慌ててコロンを抱き上げてジャケットの中に入れると、
シャッターの閉まった店の縁側へ駆け込んだ。
一歩でも踏み出せばあっという間にずぶ濡れになってしまう。
どうやらこのまま雨が上がるのを待つしかないようだった。
見上げた空は真っ暗で、あんなに綺麗に見えていた満月はもうなかった。
「先輩……」
ジャケットの襟から顔を出したコロンが、
悲しそうに鼻を鳴らした。
ようやく雨が納まり始めたのは、午前3時を過ぎてからだった。
俺はコロンを抱いて寒さに震えながら自宅へ帰ると、
熱いシャワーを浴び、温かいココアを飲んだ。
それから自分の部屋にもどり、机の引き出しを開けた。
クリアファイルに入れて保存していたその絵を見たのは、あの日以来だった。
去年の9月、先輩と決別するために描いた絵。
絵の中の先輩は、優しい笑顔で微笑んでいる。
今俺がすべきことは、別れを悲しんだり、不満を言うことじゃない。
たった一人でつらい現実を受け入れ、この町を去っていく先輩にエールを送ることだ。
その為に俺が出来ることは、ひとつしかない。
もう一度先輩の絵を描くんだ。
紙が擦り切れ、指が痛んだ。時間はどんどん過ぎてゆく。
朝日が昇り始めても輪郭すらまともに描けていなかった。
瞼に浮かぶ様々な先輩の表情が線になって紙の上に形作られる。
納得のいくまで何度も描き直し、紙が破れるとまた一から描いた。
そうしてようやく一枚の絵が完成したとき、約束の時間はすでに迫っていた。
俺は出来上がった絵をクリアファイルに入れると、大声でコロンの名前を呼んだ。
「ワンワン!」
つづく。
道の途中、何度も封筒の裏に書かれた「新太郎へ」の文字を眺め、胸がドキドキした。
住所も消印もないってことは、直接ポストに入たはずだ。
先輩、いつ来たんだろう。もしかしてコロンが吠えてたあの時……。
辺りの草木がざわめいて、冷たい夜風が吹き始めた。
「コロン、遠くへ行くなよ」
「ワン!」
俺は無人公園の中でコロンのリードを外し、ベンチに座って深呼吸する。
そしてゆっくりと封筒を開いた。中には5枚の便箋と、一枚の写真が入っていた。
新太郎へ
こんなことになって、ほんとに悪かったと思う。
確かにお前の言う通りだ。俺は結局自分のことしか考えてなかったのかもしれない。
だけどこれだけは信じて欲しい。俺はこの町に残れるように最善を尽くした。
ここに残って新太郎と一緒に居られるなら、学校を辞めて働いてもいいと思った。
でもそれは、叔父さん達が許してくれなかった。
お前は現実を何も見てない。あんな体になったお袋を抱えて、高校まで辞めてどうする。
自分の将来を棒に振るつもりか。みんながそう言って俺を咎めた。
結局今の俺にはどうすることも出来なかったんだ。
この町を出て叔父さんの世話になることが、俺とお袋にとって最善の選択だった。
新太郎、俺がこのことを黙ってたせいでお前はすごく怒ったよな。
俺はただ、情けない話だけど、認めたくなかったんだ。
こんなふうにお前と別れることがつらかった。
無力な自分が惨めでしかたなかった。
だからせめて、新太郎には最後まで笑顔で居て欲しかったんだ。
いつまでも一緒に居られる夢を見ながら、残った時間を過ごしたかった。
ごめんな、新太郎。自分勝手を許して欲しい。
俺は今、月を見ながらいろんなことを考えてる。
俺達が一緒に過ごした日々のことや、これから先の未来のことだ。
新太郎はいつか彼女を作って、誰かと結婚して、幸せな家庭を築く。
その頃までに俺は、絶対にオリンピックで金メダルを取ってみせる。
次は新太郎に子供ができて、俺にも新しい恋人がいるかもしれない。
そうやってお互い年をとって、いつか無人公園で再会して、今を懐かしむんだ。
あのときの俺達は、あんなに素晴らしい青春を一緒に過ごしたって。
ちょっと先のこと考えすぎかな?(笑)
新太郎、俺達の出会いがそうだったように、この別れにも必ず意味があると思う。
きっと俺達は離ればなれになることで、新しい自分に一歩近づくんだ。
今がどんなにつらくても、俺は自分の道を信じる。
だから新太郎も、新太郎自身が選ぶその道を、どうか信じて欲しい。
変だよな。こんなに書いてもまだまだお前に伝えたいことがいっぱいあるんだ。
今更だけど、もっともっとお前と話したかった。
当たり前の、平凡な高校生活を一緒に楽しみたかった。
俺はこれからもきっと、何年経っても新太郎のことが大好きだよ。
この気持ちは一生色褪せない。俺の宝物だ。
ありがとう、新太郎。
できるならもう一度、お前に直接この言葉を伝えたい。
もし許してくれるなら、明日、見送りに来て欲しい。
朝の9時、それが出発の時間だ。
鈴木大吾。
名前の下に住所と電話番号が書いてあった。
叔父さんの家のものだ。
俺は同封されていた写真を手に取り眺めた。
先輩がガラスのトロフィーを持って照れくさそうに微笑んでいる。
そのトロフィーには、俺があげた金の豚のストラップが掛けてあった。
写真を裏返すと、
「いつかこの豚がオリンピックの金メダルに化ける日まで!」
と書いてあった。
俺は突然、体がバラバラになってしまいそうな焦燥感に駆られ、ベンチから立ち上がる。
今すぐ先輩に会いたい。会って謝って、自分の気持ちを伝えたい。
「コロン!」
「ワンワン!」
俺はコロンにリードを付けると駆け出した。
++++++++++
先輩の家へ向かって走り出して間もなく、空が突然青く光った。
直後に雷鳴が轟き、ポツポツと雨が降り始めた。
雨は瞬く間に激しさを増すと、一気に土砂降りになる。
俺は慌ててコロンを抱き上げてジャケットの中に入れると、
シャッターの閉まった店の縁側へ駆け込んだ。
一歩でも踏み出せばあっという間にずぶ濡れになってしまう。
どうやらこのまま雨が上がるのを待つしかないようだった。
見上げた空は真っ暗で、あんなに綺麗に見えていた満月はもうなかった。
「先輩……」
ジャケットの襟から顔を出したコロンが、
悲しそうに鼻を鳴らした。
ようやく雨が納まり始めたのは、午前3時を過ぎてからだった。
俺はコロンを抱いて寒さに震えながら自宅へ帰ると、
熱いシャワーを浴び、温かいココアを飲んだ。
それから自分の部屋にもどり、机の引き出しを開けた。
クリアファイルに入れて保存していたその絵を見たのは、あの日以来だった。
去年の9月、先輩と決別するために描いた絵。
絵の中の先輩は、優しい笑顔で微笑んでいる。
今俺がすべきことは、別れを悲しんだり、不満を言うことじゃない。
たった一人でつらい現実を受け入れ、この町を去っていく先輩にエールを送ることだ。
その為に俺が出来ることは、ひとつしかない。
もう一度先輩の絵を描くんだ。
紙が擦り切れ、指が痛んだ。時間はどんどん過ぎてゆく。
朝日が昇り始めても輪郭すらまともに描けていなかった。
瞼に浮かぶ様々な先輩の表情が線になって紙の上に形作られる。
納得のいくまで何度も描き直し、紙が破れるとまた一から描いた。
そうしてようやく一枚の絵が完成したとき、約束の時間はすでに迫っていた。
俺は出来上がった絵をクリアファイルに入れると、大声でコロンの名前を呼んだ。
「ワンワン!」
つづく。