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気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

beautiful world 2

2021-07-14 21:53:00 | ストーリー
beautiful world  2





「もしかして… 」

まさか私のこと 覚えてくれてた!?
心臓がバクバクしてきた



「そのカメラ、故障ですか??」


ーー え?


私のこと…
わかってない…?


カメラをいじっているフリをしていた私がカメラが故障して困っている人のように見えたようだった


「あぁ、違うなら良いんです(笑) それじゃ。」


頭を掻きながら笑って立ち去ろうとした


「こっ、故障ではないんですけど!つっ、使い方が… どう… だったかなぁと… 」


先生を引き留めたくて咄嗟にでまかせを言ってしまった


「あ〜、そうなんですね(笑) なかなか渋くて良いカメラをお持ちですね(笑)」


これは父が大事にしていたライカのフィルムカメラ


ずっとおねだりをしていてようやく最近譲ってもらった物だった



「つい先日父から譲り受けたんですけど、なんだか難しいです(苦笑)」


「そうなんですか(笑) あの、良かったら少しそれ、見せてもらってもいいですか?」


カメラを手渡すと先生は嬉しそうな表情で細部までカメラを観察した


「フィルムタイプですかぁ〜!これは良い!(笑)」


嬉しそうにレンズを覗いて景色を眺めている



先生...
あの頃と全然変わってない

まともに会話したのもこれが初めてかも…


こんなに近くに先生がいるなんて夢みたい…



「ライカ、僕も欲しいと思ってるんです。こんなに良い物は買えませんけどね(笑)」



同じ趣味だったのが嬉しい


私のことやっぱり覚えてないみたいだけど

それでも今は目の前にずっと憧れていた人がいることにずっとドキドキしてる…



「ありがとう(笑)」

私のカメラを差し出し返してくれた


「(そのカメラ)長年大事にされた物のようですね(笑) 」


「みたいです(笑) だからなかなか譲ってもらえなかったんです(苦笑)」



先生は微笑んで

「ずっと大切にしてあげてくださいね(笑)」

そう言って先生は立ち去ろうとした



「あっ、待って!」

咄嗟に引き留めてしまった
でも口実が…

そうだ!!

「あのっ、良かったら、フィルムカメラでの撮影のコツ、とか、教えて… もらえませんか… 」


「それならお父様にお聞きすれば宜しいのでは?」


確かにそうだけど...


でも!折角出会えたのに 
こんな所で引き下がれない!


「父は単身赴任なので、その、周りにもフィルムカメラはわからないみたいで、、」



先生はキョトンとした

「あぁそうか。今はデジカメやスマホで気軽に撮影ができるもんねぇ。わかりました。良いですよ(笑) あ、僕は早見って言います(笑)」


「私は田中と言います、、」


「田中さんね。僕程度の知識で良ければ構わないですよ(笑) 」


よくある名前だからやっぱり私の事は気付いてくれない、か…


「できれぱ、一緒に写真撮りながら教えて欲しいんですけど… ダメですか?」


 「なら今撮ってみますか?」


やった…!


本当はこのカメラの操作方法は父に教えてもらっていて知ってはいたけれど

先生は私にカメラの使い方を丁寧に教えてくれた


その先生の腕が触れそうな程近くにあって

緊張してしまい先生の言葉が頭に入ってこない


花を接写してみたり
広角の高原の景色を撮ってみた


どんな風に撮れたのかはフィルムカメラだから現像してみないとわからない



「撮った写真をセン… 早見さんに見てもらいたいんですけど、あの、、連絡先とか教えてもらうのって、ダメですか? 」


連絡先を聞いてしまった!

危ない危ない
もう少しで“先生”って言いそうになったよ



「あぁ、うーん。それはー … 」

先生は考え込んでしまった



やっぱり
私じゃダメ…なのかな



「会ったばかりのこんなおっさんに若い女の子が簡単に連絡先を教えるのは駄目だよ(苦笑) 」


距離を取るような言葉だった

「すみません、、会ったばかりなのに」


先生は誠実でとても真面目な人だって私は知ってる

そんな先生だからそう言うんだってことも理解できるんだけど…

でも、これっきりもう会えないなんて嫌だ...


「なんか、ごめん(苦笑)」

顔をあげて先生を見たら
困った表情になっていた


「誤解しないでね?田中さんが構わないなら僕は構わないんだけど、、うーん(苦笑)」


困ったように微笑んでいた


「お願い...したいんですけど…」


「あ、じゃあ!僕から連絡しなきゃ良いんだな(苦笑)」


「そんな、お返事は欲しいです!じゃないと日にち決められませんし(苦笑)」


「それもそうか(苦笑)」


先生はポケットからスマホを取り出しメールアドレスと電話番号を教えてくれた

半ば私の泣き落としで強引に先生にOKをさせたようなものだけれど

このチャンスを逃したらもう二度と接点が無いんだもの!



「あらためて、よろしくね(笑)」


握手を求め差し出された先生の大きな手が
高校の卒業式を思い出させた


あの時は “別れ” の握手
これは “出会い” の握手…


緊張しながら先生の手を軽く握った

こうして出会いの握手ができるなんて
嬉しくて涙がこみ上げてきそうになった


「写真の出来が楽しみだね(笑) ライカで撮ったからなかなか味のあるものになってると思うよ(笑)」


先生の微笑みは昔と変わらずとても温かかくて

勇気を出して先生にアドバイスを求めて本当に良かったと噛み締めた




帰りのバスの中 ーー


“早見先生”

スマホ住所録にあるその名前表記を眺めながら

私は宝物の手に入れたように感動していた



ーーー




“早見さんに写真を見てもらう日、また一緒に写真撮りに行きませんか? 是非よろしくお願いします。”


たったそれだけのメールを送るのに
何時間も考えてやっと送信を押した


やっぱり私は先生が大好きみたいです…


心がフワフワする






ーーーーーーーーーー


beautiful world 1

2021-07-07 11:44:00 | ストーリー
beautiful world  1





あれは高校一年

夏休み明けの全校集会の時だった



全校集会で暑い体育館に集まり
つまらない校長先生の長い話をぼんやり聞いていると

「はじめまして。」

校長先生とは違う若い男の人の声が体育館に響いて壇上を見ると新任教師が挨拶を始めた

新任の先生は“早見 陽太”と名乗った 


私はその新任の先生に釘付けになった

それが人生初めての恋で
一目惚れだった


友達に
“さっきの早見先生、素敵だったよね !”と言うと

目を見開いて
 “素敵!?なんかデカくてゴツくなかった!?” と驚いた


25歳と言ってたけどもっと若く見えた

遠目からだけど180センチは有に超えてるよね

柔道をしていたと言ってたな...


格闘技のガッチリな体型には似合わない人の良さそうな優しい顔立ち


単純だけどそれだけで先生はとても温かな良い人に見えた

常に私の頭の片隅に先生がいる


この感じは
やっぱり恋...


先生と廊下ですれ違う時はいつもドキドキするし

先生が見えなくなるまで目で追った

でも勇気のない私はせっかく作ったバレンタインチョコを渡すこともできず

結局三年間 先生が私の担任になることも
先生の授業を受ける機会もなかった


三年間ずっと片想いのまま

想いを打ち明けることもなく
とうとう卒業式を迎えた


卒業式が終わって
校門付近には沢山の親や記念写真を撮る人でごった返している中


私は早見先生をやっと見つけた

周囲に男子生徒が先生を囲んでいた



先生が一人になるチャンスを逃さないように伺って見ていたら

そのチャンスが来た


『先生!一緒に写真、いいですか…?』と訊ねると

先生は笑顔で快諾してくれた


私は先生が担当した生徒じゃないし、会話らしいまともな会話もしたことはなかった

接点は数回
学祭の時に挨拶みたいな会話くらいだったから当然なんだけど


私に差し出された先生のゴツっとした大きなその手を握った

それは三年間で最初で最後の握手だった



握手できた嬉しさと別れの悲しさで涙が溢れた私に先生は

“卒業おめでとう。幸多き人生になりますように。” 

そう
私に笑顔を向けてくれた



ーー 涙が止まらなかった



三年間という長い片想いが終わった


そう思ったーー




ーーー



地元の大学に進学した私は
入学してから卒業するまで写真部に在籍し

部員のみんなで夜の天体写真を撮影しに行ったり

撮影合宿として海辺の民宿に撮影旅行に出掛けたりと楽しい学生生活を送った


楽しかったけれど
結局カレシはできなかった

友達に誘われ合コンに参加してみても
ときめく人とは出会えなかった


あの“早見先生”の時みたいなときめきはもう無いのかな…



大学を卒業した私は晴れて中小企業の食品メーカー会社の経理課で働き始めた


仕事を覚えて慣れるのに3ヶ月もかかってしまった


学生生活が楽しかったから
またあの頃に戻りたいなぁ、なんてことをぼんやり思いながら

仕事を終えて家路に着く電車に乗った



でも
もし戻れるなら…

高校生の時まで戻りたいーー




ーーー


社会人になった今でも
唯一の趣味で写真を撮っている

そして今日は休日
私は一人 バスに乗り高原に向かった


一本道の山道を大きなバスは走り慣れているように登っていく

山頂にある終点でバスは停まり
乗客は降りて行く

バスを降りると
澄んだ空気に包まれて深呼吸した

高原入り口の遊歩道を少し歩くと
直ぐに見晴らしの良い緑が広がる高原の地が見えてきた


夏の後半だけれど
高原を流れる風は少し冷たくなりかけていてウインドブレーカーを羽織った

子供連れの家族やデートで来ているカップルがちらほらと見える

バッグから父から譲り受けたカメラを取り出し全体の風景を撮っていると

同じようにカメラを持って熱心に何かを撮っている男性の後ろ姿が見えた

花?それとも虫を撮ってるのかな?


声をかけてみて
どんな写真が撮れたのか見せて貰おうかなぁ(笑)

するとその男性はカメラをカメラバッグにしまい帰り支度を始めた

あーもう帰っちゃうんだ… 残念(苦笑)


その男性は立ち上がり
出口のこちらに向かって歩き始めた


あの人…

え!?
早見先生!?

ウソ… 

まさかこんな所で!?



予期せず早見先生と遭遇したことに
私の心は激しく動揺した

思わず隠れようと周囲を見たけれど
当然隠れる所なんてない


どうしよう…
どうしよう!
どうしようっ!!!

心の準備が …



ーー “想いを告げれば良かった” ーー


もうあの頃のような後悔はしたくないのに
やっぱりいざとなると勇気が出せなくて躊躇してしまう


あっ、先生が傍に来た!


私は目を合わせられず
手に持っているカメラをいじっているフリをした


ーー ああ、先生がすれ違って行く


気持ちは焦るのに振り返ることすらできない

早く声をかけないと
本当に先生が行ってしまう...



あんなに“次に会った時は必ず声をかけよう!”なんて思ってたのにこれじゃまた…


「…あのぉー?」




先生が私に声をかけてきた




「はっ!?」

慌て振り返ると
先生が私を見ながら立っていた







ーーーーーーーーーー


また復帰

2021-01-11 17:30:00 | ストーリー

手持ちのレッドウイング アイリッシュセッターのインナーソールを

ニューバランスのインナーソールに変えてみた。


レッドウイングのインナーソールはしっかりとした厚みがある。


(その分大きいサイズのブーツを購入すれば良かったんだろうけど)


いざインナーソールを入れて歩くとキツい!!

しばらくはそれで頑張ってたけれど結局あまり履かなくなってしまっていた。



ーーー


三浦大知くんがニューバランスのインナーソールを革靴の底に入れてあのダンスをしているので買ってみたものの

このアイリッシュセッターの中に入れるという考えが及ばず

ふと思い出していざ入れてみると...




これは楽!!!

レッドウイングのインナーソールよりも薄いからキツさも楽だし薄いのにちゃんと柔らかい!



三浦大知くん
良い情報をありがとう!

(随分前のカウントダウンTV内でオススメ品のひとつとしてご紹介していらした品)


私はこのインナーソールでもダンスはできないけどσ(^_^)


15年以上前に履いていたこのアイリッシュセッターをまた復帰させられて嬉しい。




恋愛小説のように 6 最終話

2020-12-20 23:39:00 | ストーリー
恋愛小説のように  6   最終話





「深川 榛(ふかがわ はる)の新刊出てたね♪」



ーー えっ



本屋に入る時
すれ違った女性二人の会話が耳に入った



“深川 榛”

幸輔さんが書いた本が新刊コーナーに積まれていた



ゆっくりと書籍を手に取った



パソコンに向かって執筆している幸輔さんの後ろ姿

Tシャツから肩甲骨が浮き出て
時々 天然パーマ頭をポリポリと掻いている


そんな姿を思い出した ーー





ーー あの別れから二年


一度も深川 榛の本を開いていない

開くことができなかった


幸輔さんと別れたことが
火傷の跡のように

私の中で未だ消えずに残っていた



手に取った書籍を元に戻した



この二年間で
私は付き合った男性がいた


好きだから付き合いたいと言うその人の言葉に

少しはこの胸の痛みが消せるなら
幸輔さんを忘れられるならと

そんな逃げるような思いで

「じゃあ… よろしくお願いします」

そう答えた ーー



でも彼が楽しそうに話す会話も
私には退屈で

胸が高鳴り
ときめくこともなく

キスをしても
心は変わらなかった

そんな彼との交際は
やっぱり呆気なく終わった


彼の心を傷つけてしまったという罪悪感で 付き合う前よりも胸が重苦しくなってしまった


そして

幸輔さんと過ごした時のように
また誰かに恋をすることなんてないと思った ーー




本屋を出ると冬の冷たい風が強くなっていた


「寒っ、、」


ポケットに手を入れたらスマホが鳴っていた


着信を見ると友達のモモちゃんからだった

明日予定が無いなら会わない?と誘ってきた



ーーー



モモちゃんは高校からの友達

そして
作家 深川  榛と出会ったあの居酒屋で私と一緒にいた友達の一人だった


私が深川  榛のファンだったことも
深川  榛である幸輔さんとお付き合いし

そして別れてしまったことも
彼女だけには話していた


私達が別れた経緯を聞いた彼女は
“それが先生の遊への愛だ”と言った

その意味が私には理解できなかった




「ねぇ遊…  深川先生の新刊、出てるの知ってる?」


あ…

さっき見た本の表紙を思い出した


「うん。(笑)」

「…読んでみた?」

「読んでないよ(苦笑)」



落ち着かない様子のモモちゃんにどうしたのか聞いた

バッグから深川  榛の新刊をテーブルに出した


「… これ、私は読んだからあんたにあげる。だから、絶対読んで…!」

「え?なんで?どうしたの?(苦笑)」

「読まないと…  遊が読まないと駄目な本なんだよ。だってこれは… 」

言葉に詰まって
私の前にグッと本を差し出した



え?

「待って、なんで…?(苦笑)」

「とにかく読めばわかる。読まないと絶対に後悔する。」

「後悔って… 私にはもう読めないよ… 」


私がもう深川  榛の本が読めなくなってしまった事を知ってるのにどうして…


「遊が読まなきゃこの本が世に出た意味がない。この作品の存在価値は無いからよ。」




ーーー




強引に渡された深川  榛の新刊

ふいに…

幸輔さんのいたずらっ子のように
ニッ!と笑う顔が浮かんだ



辛いんだもん…
こうして思い出すのが

だから読まなかったのに…



今まで揃えて持っていた深川  榛の本は全て段ボールに入れて押し入れにしまったまま

捨てる勇気もなく
胸の痛みが無くなるまでは本は開かないと決めたのに…



“遊が読まなきゃこの本が世に出た意味がない。これの存在価値は無いからよ。”


その言葉で
渡された本を開くことにした




主人公は男性の“陽介”

幸輔さんの名前に似てるな



なんでもない日常の中で
“風子”という女性と出会う


地方の山に囲まれた農村で生まれ育った野生児のような風子が大学進学で東京に出てくる


東京という異世界のような都会で出会った陽介とのエピソード


この陽介って…
なんだか幸輔さんに似てる



陽介と風子の心が
次第に重なって

二人は恋に落ちた


奔放な陽介は
風子を振り回しながらも

不器用なりに風子を愛していた


愛猫を愛でる陽介に風子がやきもちを妬く所は

風子の愛らしさが目に浮かぶようだった


それは
ミューの頭を撫でながら愛でる幸輔さんの姿とも重なった



それから物語は陽介と風子の二人の想いが
次第にすれ違っていく

きっかけとなる出来事もなく
喧嘩をする訳でもなく
嫌いな部分が出てきた訳でもなく


誰にでもある
ほんの些細なタイミングが合わなくなり

それが多くなって
気持ちがすれ違っていく


そして
風子を取り巻く人達や環境の変化により
心も変化していく


そんな中 “都会の女”と変化していく風子に陽介の心だけ独り取り残されていった


陽介だけが
孤独と焦りを感じていく…

それでも風子に悟られぬよう
気丈にいつもの笑顔を作る不器用な陽介は

陽介なりに風子を理解しようと
受け止めようとする



それが陽介の愛…





ーー これって

まさか…


私と幸輔さんの話 …?




そして風子は都会の男性と出会い

風子は幸せに生きていくのに



陽介は風子との思い出を
愛おしく愛でながら


風子を想い
愛猫と生きていくなんて…




ーー なんで…

どうして
ハッピーエンドじゃないの…?


幸輔さんは今も独りきりなの?



縁側に座り煙草をふかしている幸輔さんの

ミューを待つ寂しそうな後ろ姿が鮮明に浮かんで


ーー 涙が溢れ流れた




あれからもう二年も経つのに

時間は記憶や想いを曖昧にし
そして消していくというのに

私は未だにこんなにも胸が締め付けるような痛みを感じてる


幸輔さんと別れてからの私は
半身を引きちぎられたような痛みと喪失感で
もう昔のようには笑えなくなってしまった




幸輔さんのくだらない冗談や
私をからかっては少年のようにニカッと笑うあの顔につられ笑った

包みこむような優しい笑顔が照れくさくて誤魔化しても全部お見通しで

抱きしめながら頭を撫でる大きく温かい手


全部覚えてる

その全てに愛を感じていた

あの頃は本当に幸せだった…





ーーー




本の中にも出ていた隅田川テラスに
本の中の夕暮れ時に訪れた


ここは陽介と風子が初デートした日に訪れた場所


幸輔さんもここに来てイメージが浮かんだのかな…


今日は12月12日

二年前の今日
幸輔さんと別れた



あぁ…

本を読んでからずっと幸輔さんのことばかり考えてる…


恋愛小説のような恋をしてみたいと言った私の言葉に

幸輔さんは
“そういう恋愛、してみるか?”

と言ったあの瞬間から私達は始まったんだ…



本当に恋愛小説の本にしてくれたんだね


「センセ…」



「へぇ。君は深川 榛のファン?」



振り返ると
懐かしい男性が立っていた


風で天然パーマの髪が乱れ目元が隠れている幸輔さんが

ーー そこにいた





「幸輔さん… 」


「それ。」
私が手に持っていた本を指さした

「深川 榛の新刊だよねぇ(笑)」


「えっ… 」


「深川 榛ってなかなか良い作家だと思わね〜?(笑) 」

自画自賛して少年のようにニカッ!と笑った


あぁ…
あの頃の

あの笑顔だ…




「どうしてここに… 」


欄干に立ち
川の流れを眺めながら


「今日はねぇ。記念日なんだよねぇ(笑) 俺、彼女がいましてねぇ、」



“彼女がいる” ーー

胸がズキンと痛んだ



「いや、違うな。“前にいた”だな(笑) 
今日はその彼女が幸せになった日なんだよ(笑)」


「… どういう意味ですか」


「言葉通りの意味ですよぉ?(笑) 俺と別れて彼女は幸せになっただろう。その幸せに一歩踏み出した幸せ記念日。ヘヘッ(笑)」


いたずらっぽく笑った



ーーー違う


別れてからずっと幸せだと感じられない日々だった

ずっと 本心から笑えなかった…


「センセは… 幸せですか?」

「俺はいつだって幸せですよぉ〜(笑)」

私に微笑みかけた



ーーそれは嘘だとわかった


幸輔さんは強がりで
いつも心の一番奥は見せてくれなかった


でも嘘を言った後
唇を硬く噤み 眉尻が下がる癖がある

本当は嘘をつきたくないという心理が働いてそういう表情にさせるのかなと思っていた



「この物語… ハッピーエンドじゃなかったですね。私はハッピーエンドが良かったです。」


「でも風子は幸せになったでしょぉ?へへっ(笑)」


「“風子” … 幸せになりませんでしたよ… 」


「え…?」

戸惑いの表情に変わった


「“風子”は“陽介”のことをまだ愛してるんですよ。」


幸輔さんは困惑した表情で私を見つめた


「…どうして」


「わかってないのは幸輔さんの方ですっ!勝手に私の幸せを決めないでくださいよっ!私はずっと幸輔さんのこと忘れたくてもずっと苦しくて、心に残ってて、、私は全然前に進めなくて、」


涙が溢れてきた
なんでわかってくれないの


「ずっと、ずっと忘れられなくて、笑えなくなって… 私は、」



ーーふわっと温かくなった


私を抱き締める幸輔さんの温もりが
冷えた私の身体に伝わってきた



「それでも“陽介” はずっと“風子”を愛してんだ。」


そう…
物語の中で

陽介はずっと変わらず風子を愛していた


「腕ん中に入れちまうと手放すことが、離れることが恐くなっちまうんだ… 陽介は意気地の無い弱いヤツだから…」


やっと
心の一番奥の声を聞けた気がした ーー



「もう俺はお前を手放さなくてもいいのか…?」

抱き締める腕の力が強くなった



「私が離さない」


やっと
本当の自分の居場所に戻ってきたような

懐かしい
温かいこの幸福感



「 お前が昔 原稿を読んで “またこの二人の気持ちが通じ合えて良かった”と言ったことがあったよな… 」


…あった


幸輔さんの顔を見ると
泣きそうな目で愛おしそうに私に微笑んでいた


「ハッピーエンドに…するか?」


私は嬉しくて頷いた

「恋愛小説みたいですね…(笑)」


「そういう恋愛、したかったんだろ?(笑)」

いたずらな表情で笑った


「ミューと…俺ら三人で家族になんねぇ?」

幸輔さんは目を潤ませて私に微笑みかけた


「はい!喜んで!(笑)」


「やっぱりお前は居酒屋店員かっ!(笑)」



大きな手で私の髪をくしゃくしゃと撫で
懐かしい広い胸の中に私を抱き入れてくれた ーー


この温もりから
離れられない…






ーーーーーーーーーーーー

恋愛小説のように 5

2020-12-19 11:29:00 | ストーリー
恋愛小説のように 5





遊を連れて帰って来ちまった...


抱きてぇなぁと何度も思ったことを隠してきたけど

もう隠さなくても...
いいんだよ、な...?


遊は居心地悪そうにソワソワしていた


「まだ、飲むか?」

「は、はい... 」


冷蔵庫からビールを2缶
乾き物のつまみとグラスを持って遊の隣に座った

隣に座ったことが
わざとらしいだろうか...

グラスにビールを注ぐと遊は一気に飲み干した

「おいおい、もっとゆっくり飲めよ(笑)」

「酔わないと緊張が溶けないんですっ!」

「は?」

そんなに緊張してるのか

「んじゃ、どーぞ(笑)」

グラスに注ぐと一気飲みした

「また一気飲みかよ(笑)」


そんな調子で繰り返すこと3回
まだ飲もうとしたのでグラスを取り上げた


「それじゃ酒の旨さなんかわかんないだろ?大人の酒の飲み方覚えろよ。」


遊は首まで真っ赤になっていた

隣に座っている俺の位置から
胸の谷間が見えて

想像していたよりもしっかり谷間ができるサイズに目が釘付けになった


「そんなに... 緊張...するか?... 」

俺の心臓
うるさい!


「... ふぇ?」

眠そうな
虚ろな目で俺の顔を見てテーブルにうつ伏せになってしまった


やっぱ飲ませるんじゃなかったなぁ、、


「うっ... 仕方ない...もう寝るか?」



今夜 遊と... って思ってたのによぉ...


抱き上げて俺のベッドに寝かせた

遊びならこのまま酔った勢いで、ってこともあるだろうが



ーー 遊は違う

俺は本気で好きだ...

大切にしたいと思う

大切にしたいなんて思う存在がまた俺にもできるとはな...


「今夜は俺、酒控えてたのになぁ〜(笑) 」


眠っている遊の髪を撫でて軽くキスをしたら反応した


「もっと... 」


え ...?

「え〜 ... マジ... ?」


遊は俺のTシャツをねだるように掴んだ

「キスだけで止まらなくなっちまうけど... いいか?(苦笑)」


初めて俺は遊を抱いた


こんなに
愛おしく想ってたなんて




ーーー




翌朝目が覚めると
隣に遊がまだ寝ていた

寝顔...
初めて見たな

子供みたいな寝顔(笑)
可愛いやつ...


しばらく眺めていると遊は目を覚ました

寝ぼけているのか
ぼーっと俺を見てると思ったら

「っ!、、、センセッ!?」

急に頭が起きた


「おはよ(笑)」

「おっ、、はよう...ございます... 」


照れ方が... 可愛い(笑)

昨夜も可愛いかったもんな



「見てないで起こしてくださいよ... 」

「寝顔が可愛いんで眺めてた♡」

「朝から何言ってんですか、、」


いつもはバタバタと忙しく家事をやっていて子供みたいに元気や笑顔をするのに



「女なんだなぁ... 」

顔にかかった前髪を流した

「どういう意味ですか!?」

ムスッとした

「ん〜?」
抱き締めながら

「ゆうべは色っぽくて可愛いかったなぁと思い出してた(笑)」

「恥ずかしいこと思い出さないでくださいよっ!」

「あははは(笑) ほんと... また抱きたい。」

「うっ... 甘い言葉に慣れない... (苦笑)」

「その内慣れちまうんだろうなー(笑)」


居心地が良い...

できれば
ずっと傍にいてくんねぇかなぁ...




ーーー




遊の希望で俺達は東京ディズニーランドにやってきた


「旅行って距離じゃないだろ?(笑)」

「良いんですぅ!センセと来たかったんですから(笑)」


いつでも来られる東京ディズニーランドだけど

俺は一度しか来た事はなかった


人が多く華やかな所は落ち着かない


楽しそうにはしゃいでいる遊を見てるだけで俺は満足だ


陽が落ちて
華やかなパレードを見上げている遊は幸せそうで

やっぱり来て良かったと思いながら
肩を抱き寄せた


今日はクリスマスイブ ーー

街の街灯も店も
まるで恋人達を祝福するように煌めいていて

遊の手を握ると冷たくて

センセの手はどうしてこんなに温かいの?と微笑んで見上げた遊にキスをした




それから一年

またクリスマスが来ようとしている





以前は週2回
遊に家政婦として来てもらっていたけれど

もう遊が家政婦として訪れることはなくなった




俺は新しい家政婦を雇い入れていた



「先生。今日はこの辺でおいとまさせていただきます。」

「あぁ、ありがと。ご苦労さん(笑)」

「では。」



今度は佐藤という男の家政婦だ


女だと遊がヤキモチ妬くと思って
男の家政婦に来てもらうようになって半年になる



遊は今 会社に就職をしてOLをやってる


実家の金物屋は親の年齢を考えて店を畳むことにしたからだ



素朴で少々野暮ったい遊が俺は可愛いと思ってたけれど

外で働き始めた遊は
街ゆく女性のように垢抜け 綺麗になっていった



変わっていく遊に少しの寂しさを感じながらも

俺は遊を変わらず愛していた...




「こんばんは〜!」

遊は仕事帰りに 時々うちを訪ねて来ていた




「おぅ、今日もお勤めご苦労さん(笑)」


「ケーキ買って来たけど食べます〜?(笑)」
テーブルにケーキの箱を置いた


「お、サンキュ〜♪」



手慣れたようにコーヒーメーカーでコーヒーの粉を入れて冷蔵庫のミネラルウォーターを入れた


「家政婦さん、何作ってるのかなぁ?」

遊は冷蔵庫のタッパーを開いて見ていた

「わ!ラザニアの作り置き!?私は作らなかったなー(笑)」


「できれば家政婦仕事の延長で肩も揉んでくれねぇかなぁなんて思ってんだけどな(笑)」


「ふふっ、それは家政婦の仕事じゃないよ(笑)」


「んじゃ呼ぼうかな?おねえちゅんが出張してくれる如何わしいマッサージ(笑)」


「全く、なに言ってるんですか(笑)」



以前ならカンカンに怒るような冗談も

いつの間にかサラッと受け流すようになっていた



それが今の遊だ ーー



「...ほんと綺麗になったな。 遊 ... 」

「え?突然なんです?(笑)」

「ほんとにそう思ってんだよ...(笑)」



照れていた頃が懐かしい...


「明日休みだろ。今夜... 泊まっていけるのか?」

「え〜?明日予定が入ってるから帰るよ(笑) 」


俺の顔も見ず
コーヒーを入れて持ってきた



「また二人で旅行に行きたくはないか。」



やっと俺の顔を直視した遊は
パチパチと瞬きをした


「...え? ははっ(笑)春になって暖かくなった頃ね(苦笑)」


遊は困った顔をして笑った...




ーー あんなに俺の原稿を読みたがっていたお前が今は全く読みたがらなくなった




俺達は不仲になった訳じゃない



でもこうして会っていても恋人同士のような空気は無く 触れ合うことも無くなった


友人のようにひとしきり会話をして遊は帰っていくようになっていた



もう
俺達に “その春” は来ないと悟ったーー



やっぱりもう
駄目なんだな 俺達...



わかってたよ

けど気付きたくなかった






「なぁ遊... 俺達、別れないか。」


「...え?」




子供みたいに屈託のない笑顔が愛おしかった


いつの間にか
お前は大人の女に変わっちまったんだなぁ


それは決して悪いことじゃない
お前は進化し 成長してんだ


でも 好きになった時から心まで変わっていくことに俺は不安と寂しさを感じていた




「お前も結婚したい年頃だろう。」


煙草の煙をゆっくり吐いた


「急にどうしたんですか?」

「急じゃない。前から考えてたことだ。」

「...本気で...別れたいんですか?」


その震える声で
俺は胸を突かれたように強く痛んだ



「もう、いいんだよ。無理して来なくても、な(笑)」



お前が義務感のように訪ねて来ていたのも
俺は気付いてた


残念ながら
俺はそこまで鈍感な男じゃない




「...いつもの...冗談ですよね?」

「ふっ(笑) 冗談で言うことじゃねぇだろぉ?(笑)」



遊は絶望的な表情で
涙が溢れそうになった


「やだ... 別れたくない... 」


それは
思ってもみなかった返事だった...



声を震わせながら拒んだ遊に胸の痛みは止まらなくて

気持ちが揺らぎそうになった




昔のように頭を撫でた


「結婚してやれん俺といても仕方ないだろう?(笑)」

「...結婚して欲しいなんて...頼んでないっ!... 」



幾つも
涙を落とした



どうしてそんなに泣くんだ...

もう俺のことなんか
好きじゃないはずだろ?



「勝手に決めないで!」


しがみつくように俺を抱き締めてきた


「俺が身勝手な男だってこと、お前だって知ってるはずだ
ろ(笑)」


なだめるように
頭を撫で続けた



結婚という言葉を明確に口にしなくても
お前が結婚に憧れを持っているのは知っていた


友人が結婚をするんだと嬉しそうに話す遊は羨ましそうな表情だった


年老いた両親が年頃の娘の将来を案じて結婚しないのかと心配していることを

さりげなく俺に話したことも...




俺はその気持ちに応えてはやれない



俺は一生結婚しないと

お前と付き合う前から決めてたんだ



ーー それはあいつが事故で死んでから





「私のこと、もう愛してないんですか...?」


違う
そうじゃない


心から愛してるから
お前の手を放すんだよ...


なんだ…
まだお前は阿保ぅなヤツだったんだな(苦笑)



「ーー すまん 」







付き合い始めて
たったの1年4ヶ月



12月12日の寒い夜



ーー 俺と遊は別れた








テーブルには冷えたコーヒーが二人分
そして遊が買ってきたケーキが二つ残されていた


あぁ...

さっきまで遊はここに居た ...



あんなにバタバタと歩きながら家事をやっていた遊は


もう二度と
ここには来ることはない...




なんとか涙を堪えきった

あいつの前では泣けないからよぉ…




でもやっぱ...


独りになると
堪えてきた涙が出ちまう ...



「はぁ〜 ...幸せになってくれよ...そのために手を放したんだから 」






ーーー





突然
幸輔さんから別れを告げられた



辛過ぎて
悲しすぎて

夜通し泣いて



今日は親友の真菜のショッピングに付き合う予定をキャンセルした


今はそんな気分じゃない...



幸輔さんはいつから私のこと好きじゃなくなったの...?


結婚したいなって思ってた私の本心が重荷だったんだろうか...



幸輔さんと結婚したらきっと
明るくて楽しい家庭になっただろう... な...


「うっ、、ううっ、、うっ、、」



また涙が出てきた



たとえ結婚はできなくても
ずっと一緒にいたかった...



出会った時から最後の瞬間まで
幸輔さんの優しさはずっと変わらなかった


憧れの作家先生から恋人になって変わったことは

時々くすぐったくなるような言葉を私にくれるようになったことだった




ロマンチストな物語を書く人だから

話口調は粗暴でも本来の幸輔さんはとてもロマンチストな人だったんだと付き合うことで実感した



別れを告げる時さえも
悲しげに私に微笑んでくれた

温かい大きな手でずっと頭を撫でてくれた




今、電話をすれば

“夢でも見てたんじゃねぇの〜?(笑) 寝ぼけてんじゃねぇよっ(笑)”


そう言って幸輔さんが笑ってくれるかもしれないと

可能性の無い希望を持ってしまうーー





新しい仕事
新しい世界
新しい人間関係


この一年間で私を取り巻く環境は大きく変わった



新しい業務を覚えるのは大変だったけど

目新しいことはキラキラした世界のように思えて充実していた


この一年で変わってしまったのは幸輔さんの心だけじゃなく私もだった...



私はいつも自分の話ばかりで
幸輔さんを思いやる事がなくなっていた


幸輔さんへのドキドキする感情も次第に無くなっていき

お兄さんのような温かい存在に変わっていった


原稿を読ませてもらうことも忘れるようになって

今更 読ませて欲しいとは言えなくなってしまった

幸輔さんはその事も気付いていただろう




でも幸輔さんは何も言わず

ただ、私の話を“うん、うん”と微笑みながら優しく聞いてくれていた


きっとその間もいろんな事を考えていたのかもしれない



いつでも私が自由に会いに行って
彼は変わらずいつものようにあの場所で温かく迎え入れてくれる

家族のように...



傲慢にも勝手にそう思い込んでいたことに

別れを告げられて初めて気付かされた




幸輔さんが以前よく私に“阿保ぅなヤツだ(笑)”と笑っていたけど


本当に私はいつまでも子供で
阿保だったんだって実感した





やっぱり幸輔さんは大切な存在で
こんなにも好きだったってことに今頃 気付くなんて

本当に私は阿保ぅだ...







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