第4話/父の日

2006-08-12 10:40:59 | Weblog
「ぼく大人になるの嫌だなぁ」
 レストランで注文の料理が出て来るまでの間に4年生になる息子がそう言った。
「だって、子どもたちにはクリスマスのプレゼントやお正月のお年玉や子どもの日のお祝をしてもらえるでしょう、それにお母さんには母の日があって、家族からプレゼントがもらえるけど・・・」
 父の日だけはお父さんが家族にご馳走をする日だなんて・・・あまりにも割にあわない話ではないかというのが息子の言い分であるが、この話は少し遡っての説明が必要だ。
 
 その昔、といっても私が小学校の低学年だった頃の話だから1940年代の後半に日本で母の日が始まった。
 当時はまだまだ男尊女卑の風潮が大きかった時代で、女性の地位向上の一端をになう役目もあったと思う。

 そして、母親への感謝の気持ちを示すために自分の胸に一輪のカーネーションの花を飾るというのが当時の形で、最初の母に日には小学校の先生が子どもたちの胸のポケットにひとつずつカーネーションの花を挿してくれた。
 そこまでなら母の日のスタートとして微笑ましい話なのだが、今から思えばその光景にもちょっと残酷な一面があった。
 というのも、その当時胸に飾るカーネーションに、母親のいる子の胸には赤いカーネーション、母親のいない子の胸には白いカーネーションという区別があった。

 余談はさておき、当時は放っておいても揺るぎようのない父親の立場の圧倒的な強さに比べ、弱い母親(女性)の立場を少しでもサポートをする役割を持っていた母の日だから、父の日などないのが当然だった。

 しかし、それから数十年経って、私が父親になった頃には父親の立場は保護をしないと絶滅をしてしまうかも知れない天然記念物のように脆弱(ぜいじゃく)な存在となったからなのか、悪しき平等主義からか、はたまたネクタイ業界の思惑などもあっていつの間にか父の日が存在していた。
 親の恩は山よりも高く・・・などと押し付けがましい教訓も嫌だが、父親の存在感を父の日を作らなくては保てないようでも困る。
 第一父の日などを認めれば、バードウィークや動物愛護週間は一週間もあり、交通安全月間は春と秋に1ケ月ずつもあるというに、父への感謝はその一に日だけでいいということにもなってしまう。

 そんな気持ちもあって、私は父の日などは認めないことにしていたが、子どもたちが小学校に通うようになって、子ども同士の情報交換から父の日の存在を知るようになると、まったく無視をして過ごせなくなってきた。
 うかうかしていると「お父さんありがとう」などという陳腐な言葉と共に女房と子どもたちでネクタイなどを贈られてしまう。

 第一私には冠婚葬祭以外にネクタイをして出かけるところなどない。
 父親への感謝の気持ちを押し付けたり、形式的な感謝の形を教えるのではなく、子どもたちに父親の存在感を持ってもらえればいいのだから・・・・。

 しばし考えた末に、私は我が家での父の日は、私が家族にご馳走をする日ということにした。
 とはいっても、手料理を作る腕はないからその日は外食として、最後の会計には私がレジの前に立つことにした。
 普段は外食をするときの会計時には女房がレジの前に立つのだが、この日だけは私が会計をするだけのことで、同じ財布のことだからどちらが会計をしても同じことだが、子どもたちから見れば今日はお父さんがご馳走をしてくれたという実感があるらしい。

 こんな経緯があって、数回めの父の日に私が待っていた冒頭の言葉が息子から出てきたのである。
 父の日を形式的な感謝の言葉やプレゼントなどをされることより、実質的に父親の立場を理解してもらう機会にしたかった私の計画はやっと実を結んだかに見えた。
 しかし、運ばれてきた食事を前にして息子と娘は何かニヤニヤしながら話していると思ったら、とんでもないことを言い出した。
「ねえ、ねえ、お母さん、子どもを捨てるときはいい服を着せて、美味しいものを食べさせてから捨てるんだよね、だから今日は気をつけなくっちゃぁね」
 何と言うことをいう子どもたちだ、しかし女房の方も負けてはいない。
「そうよ、食事の途中でお父さんとお母さんはトイレにでも行く振りをして、この子たちをよろしくという手紙とお前たちの着替えをおいて先に帰ってしまうのよ」

 そういえば、あの頃は駅のロッカーに乳児を捨てる事件が相次ぎ、そんなテレビニュースを見ながら子どもたちに子捨ての作法?を教えたばかりだった。
 やがて子どもたちも世間で行われている父の日と我が家の父の日との違いを知る時が来たが、私は私のやり方を続けることにした。

「おーい、今年は久しぶりに父の日をしようか」
 そして、子どもたちもそれぞれの家庭を持って巣立って行った今も、懐具合のいい時にはこんな電話をして馴れ合いの「父の日ごっこ」をしている。



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