先日の話だ。夜勤で出勤すると掲示板に訃報が貼られていた。それ自体は特に珍しいものではなかったが、その亡くなった人物は私の知っている人本人だった。同じ職場ではないが、一緒に仕事をする機会もあり、私の数少ない別部署の知り合いだった。確かに最近姿を見ていないけれど、なんでこんな急に……。さらに、訃報でよくある「かねてより病気療養中のところ薬石の効なく〜」の文が無かったことに対する嫌な予感が頭をよぎった。突然の報せに動揺しつつも、頭の別の場所は冷静に式に間に合うようにネクタイと香典袋の調達をどこでしようとか財布の中にお金あったかななどと考えていた。
翌日、退勤後同じ職場の先輩とともに告別式に参加した。亡くなったのが本人だったとはいえ、私の職場の上司を含め各職場のお偉いさんが来ていて、その時はそれだけ優秀な人だったのだなと思っていた。式の最後、棺に花を手向ける時チラッと顔を見たが、ちょっと痩せているようだが安らかな顔だった。納棺師が書いた本を読んで死に顔など何とでもなるとは知っていたが、最期が安らかな顔というのは本人以上に遺された人々にとって大事なことなのだなと感じた。
出棺までの準備を待っている間、皆押し黙り重苦しい空気が流れていた。告別式でも流された、生前の写真のスライドショーが待っている間もテレビで流れていたが、どの写真も幸せな家族の一コマ一コマで、この写真の中の1人が亡くなっていることがにわかに信じ難かった。十数分待ったあと、出棺を見送って斎場を後にした。
その後、亡くなった人が自殺したということを知った。以前にも心の病を患い休職していた期間があったが、こんな形で別れてしまうことになり、本当に残念だ。結婚して子どももいながら、それら愛する人を残して自ら死を選択するまでに追い詰められた心中を察するといたたまれない気持ちになる。そして、その原因は会社にある。これが他の会社ならブラック企業とか人殺しとか何とでも言えるが、今現在も私はその会社に雇用されて給料を貰っているわけで、複雑な気分だ。
というわけで後味の悪い話しになってしまった。取り留めのない文章になってしまったが、ここで筆を置くことにする。
先輩へ。生前はお世話になりました。どうか安らかにお眠りください。
翌日、退勤後同じ職場の先輩とともに告別式に参加した。亡くなったのが本人だったとはいえ、私の職場の上司を含め各職場のお偉いさんが来ていて、その時はそれだけ優秀な人だったのだなと思っていた。式の最後、棺に花を手向ける時チラッと顔を見たが、ちょっと痩せているようだが安らかな顔だった。納棺師が書いた本を読んで死に顔など何とでもなるとは知っていたが、最期が安らかな顔というのは本人以上に遺された人々にとって大事なことなのだなと感じた。
出棺までの準備を待っている間、皆押し黙り重苦しい空気が流れていた。告別式でも流された、生前の写真のスライドショーが待っている間もテレビで流れていたが、どの写真も幸せな家族の一コマ一コマで、この写真の中の1人が亡くなっていることがにわかに信じ難かった。十数分待ったあと、出棺を見送って斎場を後にした。
その後、亡くなった人が自殺したということを知った。以前にも心の病を患い休職していた期間があったが、こんな形で別れてしまうことになり、本当に残念だ。結婚して子どももいながら、それら愛する人を残して自ら死を選択するまでに追い詰められた心中を察するといたたまれない気持ちになる。そして、その原因は会社にある。これが他の会社ならブラック企業とか人殺しとか何とでも言えるが、今現在も私はその会社に雇用されて給料を貰っているわけで、複雑な気分だ。
というわけで後味の悪い話しになってしまった。取り留めのない文章になってしまったが、ここで筆を置くことにする。
先輩へ。生前はお世話になりました。どうか安らかにお眠りください。