社交ダンス教室のパートナーだった男性の異変に最初に気付いたのは、母だった。
『社交ダンスは男性のリード次第で、女性はついていくだけだ。』
と、よく言っていた。
今回も男性のリードに任せていたのだろう。優雅で紳士的な振る舞いは、ダンスにおいても、いかんなく発揮され、母は心底信頼していたからだ。
しかしその日は違った、パートナーは倒れはしなかったが、足元は時折、大きくフラつき、呼吸の乱れは隠しようがなかったという。
最初母は、自分が悪いのではと思った、しかしすぐにパートナーが、いつもと違うことを感じた。
『少し休みますか?』
『大丈夫ですよ』
最初は気丈に平常に振る舞っていたパートナーも、それから2分くらいたってからか、母に告げた。
『少し休みます。』
『そうですね。』
母は笑顔で快諾した。
紳士はホッとした様子を見せ、近くの椅子に倒れ込むように座りこんだ。
周囲の人は異変に気づき心配をしたが、紳士は平静を装い、笑顔で対応したという。
何事もなかったように、時間がユックリ流れた。