こんなに楽しい!みやび流押絵

各教室での押絵の作品や、道端で出会った季節の移ろい、クスッと笑えるテーマもありますよ~

ミニ傘・雪月花の「月」

2006年11月25日 | こんな押絵(押し絵)がありますよ


月の字、お月様、お団子・・・いろいろついてますが、これもまた、ちゃ~んと閉じることができるんです。

今日は朝日カルチャーの教室日。先日、88歳で旅立たれたOさんが25年近く通ってこられてた中ノ島。ここ何年かずっと、朝のお天気をとても気にしていました。最高齢で足の具合がもひとつのOさんにとって、雨や雪の日は、どうか気をつけて出てらしてくださいねって、祈る気持ちだったんです。

今日は皮肉なくらいの良いお天気。もう気にする必要が無いのかと思うと、新たな寂しさが・・・

折しも今日から、新しく入校された方が。押絵を何よりも愛して下さってたOさんがご自分の替わりに引き合わせて下さったような気がするくらい・・・

一つの命が終わって、ちゃんとその遺志を託されたもうひとつの新しい命が芽生えたんだな~と、命の不思議をつくづく感じてしまいました。



Oさんの遺作

2006年11月23日 | こんな押絵(押し絵)がありますよ


人と人とが出会えば、必ずいつかは別れの時がやってきます。辛く、悲しく、身を裂かれるような思いを幾度となく経験しながら、それを良い思い出にと、頭と心を切り替えていく術を手に入れることが、年を重ねるということなのでしょうか・・・

昨日、20年以上ご一緒だったお稽古の方が亡くなられました。いつも変わらない優しいお顔は、まるで観音様のようでした。あの方から、人の噂や悪口などというものを、たったの一度も聞いた覚えがありません。押絵がお好きでお好きで、足が少しご不自由になられてからも、1時間以上かかる道のりを、一生懸命通ってきておられました。
私たちの顔を見れば元気になれると、2週間一度の教室日のために、健康を必死で保っておられたようです。

去年は、これまでに作りためてこられた作品で、初の個展をされ、ご本人やご家族は勿論、私たちまでどれだけ感動させていただいたことかわかりません。今となっては、ほんとにあの時、思い切って開催されてよかったな~とつくずく思います。

80歳を越えてなお、ご自分の生きがいに挑戦され続けたOさん、そのお姿に周りのみんなもどれだけ力をいただいたことでしょう。もうお会いできない寂しさはどうすることもできませんが、折に触れ思い出すというよりも、いつも胸の中に存在を感じるお付き合いをさせていただいてた気がするんです。ほんとにお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。明日は最後のお別れに参りますね。そう、最後の最後までなんというお心遣いでしょう、私たち3人がちゃんと伺えるように、教室の日を外して逝かれましたね・・・

まさか遺作になろうとは思いもせず、カメラに収めていた作品を載せさせてください。




ハッピ~

2006年11月22日 | やや個性派ねこ


うちのネコが種切れというわけではないんだけど、ま、たまには少し見栄えのいい子も入れた方がいいかな?と。今日のは母の秘蔵っ子、ハッピーです。この子も、元々は捨てられ猫で、3匹まとまって置いていかれたんです。
ちょっと見、アメショーみたいなんだけど、実際は混じりモン・・・だから捨てられたみたいで・・・ひどいことする人が多いです。結果的には、ラッキー、ハッピー、クッキーと、母が即座にひとまとめの命名を思いつき、幸せな生活が始まったのでした。

今日(実際はもう昨日の21日)は、ひいおばあちゃんに当たる初代絹甫の37回忌でした。17回忌の時に、高野山に曼荼羅を奉納させていただいたので、早いものでもうあれから20年が経ったわけです。ギェッ!20も年取った~~

皆さんのお蔭で完成した押絵曼荼羅。当初のあでやかな色合いが、お山の空気やお香に包まれ、何ともいえない落着いた色合いを漂わせ、しっくりと金剛峰寺の大広間でいつも私たちを迎えてくれています。大好きだったお大師さまのおそばで、初代絹甫は今もなお、押絵をしながらお山の人たちを笑わせている姿が見える気がします。

来年はその初代絹甫がみやび流を興してから120年目を迎えます。
一口に120年と言っても、長いですね~。10年ひと昔だから・・12むかし・・・
20むかし位までは がんばって残していかねばねば!


にゃんブレラ

2006年11月21日 | こんな押絵(押し絵)がありますよ
今日もまた、怪奇の館が出てくるだろうと期待している友の裏をかいて、押絵ネコで・・・
今日は朝から、目の中がコロコロして気持ち悪く、夕方ぎりぎりに目医者さんへ飛んでいったところ、目玉の表面の一部が、ズルズルに剥がれてるとのこと!
原因は、アレルギー的なものと使いすぎとのこと。
アレルギーは多分ネコ・・・使いすぎは・・・仕事とパソコンも含めると、1日のうち、目を使わないのは3時間程度だから、当然といえば当然かも。
でも、どちらも、「やめろっと言われても~♪」やめるわけにはいかないことだから、うまくだましだましいかねば!
人間50年もしてくると、いかにメンテナンスをうまくしながら、細く(太いけど!)長く、与えられた命を大事に生きていくかが勝負だと思いますね。若い頃は、な~んにもしなくても、肌はつるつる、え~声は出るし、スタイルもそこそこ、オシャレしてもさまになる。いろんなことが衰えるなんてことは、想像だにしなかったように思います。
でも、これからは、スのままではなく、いかに残されたものをフル活用して、自分をいとおしみ、キラキラではないかもしれないけど、渋い光を放てるように努力していくかにかかってるのかもね。