ボストン便り

伝統的であると共に革新的な雰囲気のある独特な街ボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

中間選挙とヘルスケア改革(2)

2010-11-09 10:20:50 | ヘルスケア改革
マサチューセッツの中間選挙―人々の良識の勝利
 中間選挙では、州知事の選挙も同時に行われました。連邦議会における共和党の躍進、民主党の行きづまりをよそに、マサチューセッツではこの不景気のただなかにあって増税を続けてきた民主党の現職デュバル・パトリックが、共和党による連日のネガティブ・キャンペーンにも負けずに再選されました。
 一般に政治家は、選挙に勝つためにめったに増税はしません。選挙前だったらなおさらです。ところがパトリックは現職で増税し、さらに今後も増税しようとしながらも選挙に勝ちました。
4年前の彼の公約は、交通、年金、教育を手厚いものにするというものでした。それを実現するために彼は、不況にもかかわらず増税をしてきました。そして今回も州民は、公教育の向上、クリーン・エネルギー化の促進、そしてすべての州民への医療ケアの充実を掲げるパトリックを再度支持しました。ボストン・グローブの社説では、「デュバル・パトリックの勝利は、彼の主義主張の勝利であるとともに、州民が彼の良識(common-sense)を認めた結果であった」とまとめられていました。
2010年の1月には、前年に急逝した民主党の大物にして、オバマ大統領の政治における師、エドワード・ケネディ上院議員の補欠選挙で、民主党はまさかの敗北を期しました。しかし今回は、教育、医療、福祉を充実させるためにみんなで負担することをマサチューセッツの州民は選びました。

ヘルスケアの費用コントロール
しかし医療福祉を充実するためには税を上げればいい、というほど問題は単純ではありません。デュバル・パトリックも、選挙前のテレビ討論会において、費用のコントロール、すなわち保険料の引き下げと医療費削減が重要であることを述べてきました。
そもそも皆保険導入以前からもマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は他州と比べて高額でした。その理由としては、人口当たりの医師数が多いこと、全米でも有数の高度先進治療を行う病院が多くあること、処方薬や精神保健なども適宜保険でカバーする新しい州法が定められたことなどが挙げられています。近年ではマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は、30パーセントも他州と比べて高額になっています。
保険料は年々上がり医療費も高騰していますが、しかし、中・低所得者への州の補助と未加入者への罰金が功を奏して、無保険だった40万人が新たに保険に加入し、今やマサチューセッツ州の健康保険加入率は97.5パーセントに上っています。この点を見れば、マサチューセッツ州のヘルスケア改革は成功であったと評価できると思います。
今後、医療費の問題をどのように解消し、コントロールしてゆくのか、人々の期待に応える政策が試されています。

オバマのヘルスケア改革法の支持者たち
 今年3月に成立したオバマのヘルスケア改革は、多くの批判にさらされていますが、その恩恵を受けている人たちもたくさんいます。
 たとえば、心臓に持病を持つ51歳の男性は、既往歴ある者への保険加入拒否を禁じたこの法律によって、健康保険を奪われなくて済んだと感謝しています。そして「こうしたいい話を、友達、家族、同僚にして欲しい」と訴えていました。「この法律がなかった頃には絶対に戻りたくない」とも言っていました。
 アメリカ家族会(Families USA)やアメリカ会(Enroll America)といったアドボカシー団体も、ヘルスケア改革法の患者側からの利点を説明したレポートを、アメリカ50州に向けて発行したり、医療者にどんなところが良い点か伝えてもらうよう促したりしています。
 共和党やティー・パーティ(近年支持を広げている保守層の草の根運動体)など、ヘルスケア改革法に対する反対者の声ばかり大きく聞こえてきていますが、それによる恩恵を受けている人たちも声を上げて、改革法を守っていこうとしているのです。
 
日本へのレッスン
日本も急速な高齢化社会に伴う医療費の高騰が心配されています。医療費の負担を抑えて、サービスの低下をやむなしとするか、増税でも医療の充実を目指すか、大きな選択を迫られています。しかし、その答えは実は見えてきているのではないでしょうか。
内閣府が2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査では、将来の高齢者の医療費増加を支える手段として、「税金による負担の割合を増やしていく」と答えた割合が43.4%と最も多くありました。つづいて、「現在の仕組みと同じぐらいの負担割合」が32.9%、「高齢者の保険料の負担割合を増やす」が12.0%の順でした(複数回答、上位3項目)。
これは5年前(2005年10月)に内閣府の行った「高齢社会対策に関する特別世論調査」で、66.4パーセントの人がたとえ税や保険料の負担が増したとしても社会保障を充実または維持すべきと答えていたことと合わせ、日本人のcommon- sense(常識/良識)だと思います。あとは増税を訴える勇気のある政治家が出て、国民がその人に本当に投票するかどうかです。
 そのためには、例えば日本のアドボカシー団体も、保健医療サービスが足りない、福祉が足りないと訴えるだけではなく、こんな保健医療サービスがあったから良かった、福祉があったから生活を送れている、というようなストーリーを社会に伝えるというのはどうでしょうか。医療者もこんな所に日本の医療はよさがあるから、それを守っていこうと訴えるのはどうでしょうか。かなり甘い考えだとお叱りを受けるかもしれませんが、一つの方法になるのではないでしょうか。


参考文献
・Lawrence O. Gostin, 2010, The National Individual, Health Insurance Mandate, HASTINGS CENTER REPORT Vol.40, Issue 5, p.8-9.
・Can Cost-Effect Health Care=Better Health Care?, Harvard Public Health Review, Winter 2010, p.7-10

参考ウェブサイト
・中間選挙に関するニューヨーク・タイムズの記事 2010年11月4日
http://topics.nytimes.com/top/news/health/diseasesconditionsandhealthtopics/health_insurance_and_managed_care/health_care_reform/index.html
・知事選に関するボストン・グローブの記事 2010年11月3日
http://www.boston.com/news/politics/articles/2010/11/03/for_patrick_a_personal_triumph_and_mandate_for_common_sense/
・マサチューセッツ州知事選のテレビ討論会
http://commonhealth.wbur.org/2010/10/debate-health-care/
・中間選挙前のヘルスケア改革に関する記事
http://www.bloomberg.com/news/2010-09-23/obama-makes-retail-sales-pitch-to-defend-health-law-flouted-by-republicans.html
・State-mandated employee benefits: conflict with federal law? Monthly Labor Review, April, 1992 by Jason Ford
http://findarticles.com/p/articles/mi_m1153/is_n4_v115/ai_12247209/pg_5/?tag=content;col1
・ERIZAに関する連邦労働省のサイト
http://www.dol.gov/dol/topic/health-plans/erisa.htm
・内閣府の2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査(2010年9月)
http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-koureisyairyou/2-2.html
・内閣府の高齢社会対策に関する特別世論調査(2005年10月)
http://www8.cao.go.jp/survey/tokubetu/h17/h17-kourei.pdf


コメントを投稿