3つのホリデー
11月下旬の感謝祭が終わるのを待ちかねるように、ボストンの街はすっかりホリデーの飾りつけを始めました。店のショー・ウインドーはもちろん、普通の家も窓辺に天井まで届くツリーを置いたり、屋根や窓枠に電飾を張り巡らせたり、庭に置物を飾ったりしています。
こちらでは12月を「ホリデー・シーズン」として祝いますが、それはこの時期、キリスト教のクリスマスChristmasだけではなく、ユダヤ教ではハヌカHanukkah、アフリカ系アメリカ人コミュニティではクワンザKwanzaaを祝うからです。
ハヌカというのは、ユダヤ教の火にまつわる伝説に由来していて、9本(あるいは7本)の蝋燭を立てた燭台(メノーラと呼ばれる)を飾って8日間祝います。毎晩1本ずつ蝋燭に火が灯され、子どもたちは小さなプレゼントをもらいます。
またクワンザというのは、他所の社会からの借り物ではない、黒人独特の祭りを作り出そうという趣旨で1960年代のアメリカで始められた比較的新しいホリデーです。7本の蝋燭を立てた燭台を飾り、7日の間祝います。シンボル・カラーは、赤と緑と黒。クワンザとはスワヒリ語で「初物の収穫」を意味するということです。
ニューヨークに住んでいた頃、親しくしていたユダヤ人の年配の友人は、自分はユダヤ教だから12月だからといって特に何かを祝うことはしないと言っていましたが、ハヌカがこんなに盛大なお祭りになったのはこの頃のことだといいます。クワンザもしかり。華やかなクリスマスの影響なのでしょう。ただし、12月に祝ったことがないと言っていた彼も、つい最近になって、ラジオ・シティで毎年恒例に行われているロケッツのクリスマス・ショー(ラインダンスで有名)を、孫と一緒に初めて見に行き、こういうものもいいものだと言っていたのは印象的でした。
それぞれの儀式
宗教や信仰が異なるとお祝いする行事も異なりますが、夫婦で異なる宗教を持つ人たちはどうしているのでしょう。日本でも時々、夫婦で宗教を異にしている人がいますが、世界的には結婚するからには一つの宗教にするのが一般的、と日本にいる頃は思っていました。しかし、どうやらそうでもないらしく、アメリカでも夫婦で別の宗教という人は結構います。
「ボストン・ペアレンツ」という町の図書館や病院の待合室などによく置いてある無料のコミュニティ誌の12月号では、「ホリデー・シーズンに二つの信仰を上手にやり繰りする方法」という記事が載っていました。例えば、父親がユダヤ教、母親がキリスト教の場合、クリスマスあるいはハヌカをどう祝うかは、悩ましい問題になるといいます。メノーラを飾るか、それともクリスマス・ツリーを飾るのか。サンタ・クロースがプレゼントを持ってくるという話は子どもにしてもいいのか、しない方がいいのか。それぞれの祖父母にはどう対処するのか。このような問題がありますが、その筆者は、どうして違うのかを家族で話し合い、いろいろな歴史や文化があることを学び、それぞれを尊重できるようになるいい機会と捉えることを勧めていました。そして、子どもたちにはどちらの宗教の行事も、文化として体験させてみてはどうかと書いていました。
今日、クリスマスはもちろんハヌカやクワンザも、当初の宗教的、伝統的、信仰的な意味が薄れて、数々の贈り物、盛大なパーティ、豪華なドレスが独り歩きする商業主義になってしまったという批判が常に付きまとっています。しかしこのお祭り騒ぎは、家族、あるいは主教を共にする人々や職場の仲間など―これらは共同体と言えるでしょう―が集まり、親愛の情を確認する儀式という、象徴的で重要な意義を持っています。
共同体の伝統と儀式
共同体の意義として最近印象的だったのは、子どもの自立を祝うユダヤ教の儀式です。ユダヤ教(すべてではないそうですが)では、13歳になると男の子はバーミツバBar Mitzvah、女の子はバツミツバBat Mitzvahという儀式を行います。この日までに子どもたちはユダヤの法律と伝統を受け継ぐための様々な準備をしてきます。それらは、例えばヘブライ語を学んで経典(トゥーラ)を読めるようになったり、人格発達のためのカウンセリングを受けたり、といったことです。
当日は、男の子はスーツにネクタイ、女の子はふわふわの白いドレスという、まるで結婚式のような装いで式に臨みます。招かれる側も当然服装はフォーマルで、ご祝儀を持っていきます。7年生(日本の中学1年生)になる娘は、このごろ毎月のようにお友達のバーミツバないしバツミツバに招待されているので、こちらの準備も大変です。
午前中のシナゴーグでの儀式では、男の子はスーツの上に白地に青色の線の入ったガウンをまといます。そして男女とも壇上で、ヘブライ語で書かれた巻物状になっているトゥーラと呼ばれる大きな経典を読み上げたり、自分の日々の生活への省察を語ったりします。わが子の立派な姿を見て、涙ぐんでいるご両親もしばしばいます。式が終わると、同じ建物内の集会場でキダッシュという料理が振る舞われ、楽団も入ったりして宴会が始まります。
そして夜は別の場所(レストランのパーティ・スペースやゴルフのクラブ・ハウスなど)に改めて集まってダンス・パーティが開かれます。パーティは深夜の10時か11時頃まで続くので、これを機会に子どもが夜遊びの味を覚えてしまうと批判的な保護者もいます。しかし、この日を境に子どもたちは、法律と伝統と倫理に自分で責任を持ち、あらゆるユダヤ共同体の生活に個人として参画することができるようになります。ですから、子どもは自立した存在として、夜遊ぶことにも、勉強することにも自己で責任を持つよう期待されるのです。
11月下旬の感謝祭が終わるのを待ちかねるように、ボストンの街はすっかりホリデーの飾りつけを始めました。店のショー・ウインドーはもちろん、普通の家も窓辺に天井まで届くツリーを置いたり、屋根や窓枠に電飾を張り巡らせたり、庭に置物を飾ったりしています。
こちらでは12月を「ホリデー・シーズン」として祝いますが、それはこの時期、キリスト教のクリスマスChristmasだけではなく、ユダヤ教ではハヌカHanukkah、アフリカ系アメリカ人コミュニティではクワンザKwanzaaを祝うからです。
ハヌカというのは、ユダヤ教の火にまつわる伝説に由来していて、9本(あるいは7本)の蝋燭を立てた燭台(メノーラと呼ばれる)を飾って8日間祝います。毎晩1本ずつ蝋燭に火が灯され、子どもたちは小さなプレゼントをもらいます。
またクワンザというのは、他所の社会からの借り物ではない、黒人独特の祭りを作り出そうという趣旨で1960年代のアメリカで始められた比較的新しいホリデーです。7本の蝋燭を立てた燭台を飾り、7日の間祝います。シンボル・カラーは、赤と緑と黒。クワンザとはスワヒリ語で「初物の収穫」を意味するということです。
ニューヨークに住んでいた頃、親しくしていたユダヤ人の年配の友人は、自分はユダヤ教だから12月だからといって特に何かを祝うことはしないと言っていましたが、ハヌカがこんなに盛大なお祭りになったのはこの頃のことだといいます。クワンザもしかり。華やかなクリスマスの影響なのでしょう。ただし、12月に祝ったことがないと言っていた彼も、つい最近になって、ラジオ・シティで毎年恒例に行われているロケッツのクリスマス・ショー(ラインダンスで有名)を、孫と一緒に初めて見に行き、こういうものもいいものだと言っていたのは印象的でした。
それぞれの儀式
宗教や信仰が異なるとお祝いする行事も異なりますが、夫婦で異なる宗教を持つ人たちはどうしているのでしょう。日本でも時々、夫婦で宗教を異にしている人がいますが、世界的には結婚するからには一つの宗教にするのが一般的、と日本にいる頃は思っていました。しかし、どうやらそうでもないらしく、アメリカでも夫婦で別の宗教という人は結構います。
「ボストン・ペアレンツ」という町の図書館や病院の待合室などによく置いてある無料のコミュニティ誌の12月号では、「ホリデー・シーズンに二つの信仰を上手にやり繰りする方法」という記事が載っていました。例えば、父親がユダヤ教、母親がキリスト教の場合、クリスマスあるいはハヌカをどう祝うかは、悩ましい問題になるといいます。メノーラを飾るか、それともクリスマス・ツリーを飾るのか。サンタ・クロースがプレゼントを持ってくるという話は子どもにしてもいいのか、しない方がいいのか。それぞれの祖父母にはどう対処するのか。このような問題がありますが、その筆者は、どうして違うのかを家族で話し合い、いろいろな歴史や文化があることを学び、それぞれを尊重できるようになるいい機会と捉えることを勧めていました。そして、子どもたちにはどちらの宗教の行事も、文化として体験させてみてはどうかと書いていました。
今日、クリスマスはもちろんハヌカやクワンザも、当初の宗教的、伝統的、信仰的な意味が薄れて、数々の贈り物、盛大なパーティ、豪華なドレスが独り歩きする商業主義になってしまったという批判が常に付きまとっています。しかしこのお祭り騒ぎは、家族、あるいは主教を共にする人々や職場の仲間など―これらは共同体と言えるでしょう―が集まり、親愛の情を確認する儀式という、象徴的で重要な意義を持っています。
共同体の伝統と儀式
共同体の意義として最近印象的だったのは、子どもの自立を祝うユダヤ教の儀式です。ユダヤ教(すべてではないそうですが)では、13歳になると男の子はバーミツバBar Mitzvah、女の子はバツミツバBat Mitzvahという儀式を行います。この日までに子どもたちはユダヤの法律と伝統を受け継ぐための様々な準備をしてきます。それらは、例えばヘブライ語を学んで経典(トゥーラ)を読めるようになったり、人格発達のためのカウンセリングを受けたり、といったことです。
当日は、男の子はスーツにネクタイ、女の子はふわふわの白いドレスという、まるで結婚式のような装いで式に臨みます。招かれる側も当然服装はフォーマルで、ご祝儀を持っていきます。7年生(日本の中学1年生)になる娘は、このごろ毎月のようにお友達のバーミツバないしバツミツバに招待されているので、こちらの準備も大変です。
午前中のシナゴーグでの儀式では、男の子はスーツの上に白地に青色の線の入ったガウンをまといます。そして男女とも壇上で、ヘブライ語で書かれた巻物状になっているトゥーラと呼ばれる大きな経典を読み上げたり、自分の日々の生活への省察を語ったりします。わが子の立派な姿を見て、涙ぐんでいるご両親もしばしばいます。式が終わると、同じ建物内の集会場でキダッシュという料理が振る舞われ、楽団も入ったりして宴会が始まります。
そして夜は別の場所(レストランのパーティ・スペースやゴルフのクラブ・ハウスなど)に改めて集まってダンス・パーティが開かれます。パーティは深夜の10時か11時頃まで続くので、これを機会に子どもが夜遊びの味を覚えてしまうと批判的な保護者もいます。しかし、この日を境に子どもたちは、法律と伝統と倫理に自分で責任を持ち、あらゆるユダヤ共同体の生活に個人として参画することができるようになります。ですから、子どもは自立した存在として、夜遊ぶことにも、勉強することにも自己で責任を持つよう期待されるのです。