ボストン便り

伝統的であると共に革新的な雰囲気のある独特な街ボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

中間選挙とヘルスケア改革(1)

2010-11-09 10:22:34 | ヘルスケア改革
オバマの民主党敗退とヘルスケア改革への暗雲
11月2日に行われたアメリカの中間選挙では共和党が大躍進し、定数435の下院では民主党から共和党に61議席が移り、共和党が多数党になりました(民主党188議席、共和党239議席)。上院の方は民主党が半数を死守したとはいえ(民主党53議席、共和党46議席)、この結果は民主党オバマ大統領の敗北と評価されています。
そしてこの結果は、オバマ政権の目玉であったヘルスケア改革にも大きな影響を与えるだろうといわれています。選挙の始まる前からも、2010年3月に劇的に成立した皆保険を謳ったヘルスケア改革法(正式名:The Patient Protection and Affordable Care Act)の撤廃を求める裁判が次々に起こされ、まさしく暗雲が立ち込めている様子でした。
どうしてこんなにまでアメリカでは国民皆保険が嫌われるのでしょうか。自由の侵害、法律上の問題、医療費高騰への懸念という3つの理由が挙げられると思います。

自由の侵害
 アメリカの人々はヘルスケア改革法が健康保険への加入を「個人の義務」と定めている点について反対しています。国に何かを強制されるなどということは、自己決定や自己選択を重んじるアメリカ人の心情には全くそぐわないのです。4700万人の無保保険者のうち900万人余りは、7万5000ドル(約600万円)以上の年収がありながらも無保険でいることを選んでいます。無保険者をなくすことが目標であったヘルスケア改革法の要、加入の義務化こそ、アメリカ人の絶対に譲れない信条である「個人の自由」と抵触してしまうのです。
 ところで自動車のナンバー・プレートは州ごとに異なり、好きなデザインや番号を選ぶこともできます。また何か言葉を入れることも多く、マサチューセッツ州は「アメリカ精神 The Spirit of America」が一般的なのですが、お隣の州ニュー・ハンプシャー州のナンバー・プレートには、「自由に生きるか、さもなければ死ぬか LIVE FREE OR DIE」と書かれています。それほどまでに人々は強烈に「自由」を重んじています。

法律上の問題
 マサチューセッツ州ではすでに2006年に健康保険加入は州民の義務と決められており、ヘルスケア改革の際にもマサチューセッツ州の例はお手本になるはずとしばしば言及されました。ただし法律的解釈では、州に個人に対する義務を課す権限はあっても、連邦の権限は州間の商業取引の規制や福祉税に関するものに限られているという議論もあります。
実際、様々な領域において州で定められていることが多く、自動車に関して言えば運転免許は州が管轄していて州ごとに規則があります。たとえば飲酒や未成年の運転できる範囲や禁止事項など、州によって異なります。また、州をまたいで引越しする時には、アメリカ市民は免許も書き換える必要があり、外国人は新しく取り直さなくてはなりません。ちなみに医師免許や看護師免許も州の管轄です。
雇用と連動する健康保険の創設案に対しては、常に1974年に成立したERISA (Employee Retirement Income Security Act)という連邦法が引き合いに出され、すでに連邦法があるのだから、その上にさらに法律ができるのはおかしいということがずっと言われてきました。

医療費高騰への懸念
 その他に、皆保険になれば医療にかかる人が多くなり、医療費がさらに高騰するという懸念も表明されています。現在でさえアメリカの医療費は諸外国と比べてとびぬけて高く、GDPの17パーセントに上っています。(ちなみに日本は8パーセントと先進国中最下位です。)
 そこで、どのようにしたら医療費を安くできるかということも問題の焦点でした。しかもただ安いだけでは意味がなく、いかに人々の健康に資するための費用かを図る費用対効果(cost-effectiveness)の計算がいろいろなところでされてきました。
 たとえばハーバード公衆衛生の健康政策管理学部教授ミルトン・ウェンスタインらは、生活の質調整生存年数(Quality Adjust Life Year: QALY)なる概念を開発し、どういった医療的介入をすると、どのくらい質の高い生活を患者は送ることができるかを研究してきました。つまり、いったいいくら医療にお金をつぎ込んだら、それは費用対効果が高いと言えるのか、お買い得(good value)と言えるのかという研究です。
こうした研究者らとの協力でWHO(世界保健機関)では指標を出しています。それは、かかった医療費が収入の3倍を超えなければ費用対効果がある、というものです。例えば年収400万円の人だったら、治療費が1200万円以内に収まれば費用対効果があるということになります。
このような研究では、さまざまな病気とその治療費についてのデータが示されていますが、もし費用対効果が低いと評価された病気を持つ人にとっては危険な指標になりうるでしょう。ただ、それほど医療費の高騰は深刻な問題で、多くの人々が手を変え、品を変えて取り組んでいます。

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