KLCで高齢不妊治療→卒業できました!→2011年9月無事出産しました!

初陽性判定で授かった息子は18トリソミーで34週目にお空に帰ってしまいましたが、8回目の移植でまた授かる事ができました!

出産④ 産後から退院まで

2011-10-04 | 2011 出産

出産した日を0日目とすると、
生後1日目、夕方近くになってやっと歩けるようになり、初めて看護婦さんに付き添って頂き新生児室へたくさんの新生児たちがギャンギャン泣いていました。そんな中、他の新生児より一回りも二回りも大きいのがともやで やっぱり2700gくらいの子と4000gの子では見た目からしてかなり大きさが違いまるで生後一ヶ月でも経ったかのように見えるともやは、新生児室でちょっとした有名人だったのかも(笑)元気なともやを確認した後は早々に新生児室から退散、まだめまい等があり部屋で休むことに。
夜になり、私の回復力ってすごいな~って自分でも感心しましたが、シャワーOKが出て早速産後初のシャワーへそれからまたともやが見たくなり新生児室へゆっくり歩いて行くと、他のママ達が授乳をしていたので私もやってみたくなり初授乳に挑戦、初おしめ換えも行いました朝は立つ事も困難だったのに、夜にはこんなに回復、大部屋へ移る程でただ会陰切開の痛みはひどく、歩くのも座るのもとても困難。円座が恋しかったです。ただ、あっくんを産んだ時は子宮の収縮でお腹が産後2~3週間痛かったのに、今回はそんなに痛くありませんでした。

生後2日目、食欲も出て来て24時間母子同室スタート。授乳指導を受けました。ベットの横にスヤスヤ眠るともやの寝息はとても心地よかったです

生後3日目、沐浴指導あり。授乳は基本3時間おきですが、乳首は痛いしなかなか上手く授乳できずミルクも与えるが既に寝不足スタート完全母乳は早くも断念しました

生後4日目、朝一で退院診察。これが結構痛くて診察後、少し回復していた会陰切開の痛みが復活 でも抜糸が無い事が分かり一安心 その後沐浴に挑戦。ともやを片手で支えるのが難しく、帰ったら沐浴は旦那様に頼もうと決意夜はともやを預かって頂き、旦那様と二人で無料の"お祝いディナー"を頂きに行きました

生後5日目、旦那様のお迎えで退院。実家の母が約3週間の予定で手伝いに来てくれました

出産費用(お会計)は計612,590円(うち420,000円は出産育児一時金直接支払制度利用)。
個人病院と比べるとやはり大学病院なので少し高めなのかもしれませんが、もし近所の個人病院で出産していたら出血多量で今頃どうなっていたか…と思うとやはり大学病院で出産して良かったな、って思います。

とにかく、無事、母子共に一緒に退院できて良かったです


出産③ 癒着胎盤

2011-09-27 | 2011 出産

出産後、赤ちゃんと主人との写真を撮って頂いたり、クタクタながら本当に幸せなひと時を送っていました

それから激痛が襲ってくるのですが、あまりの痛さで記憶が定かじゃなく飛び飛びの記憶しかないので、実際と順序が逆だったり違うところがあると思われますが、…一応覚えている範囲で記録を残しておきます
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一人の先生がエコーを見ながら、
「ここまでは胎盤が降りて来てるようなんですが、まだ外に出てこないんですよね…」と他の先生に話されているのが聞こえ、
「もう少し待ってみたら出てくるんじゃない?」
みたいな事を他方の先生がおっしゃってました。

暫くすると、突然また陣痛の激痛があり、私のそばに立って居た看護婦さんらしき方に、
「まだこれ(陣痛促進剤)を続けてるんですか?」と指さして聞くと、
「胎盤がまだ出て来なくてね、これを続けないと出てこないのよ」みたいな事を言われ…
その後、さらに激しい陣痛の痛みが何度も襲ってきて、どうやって声をあげても分娩台の柵にしがみついても我慢できない程の痛さで実際のお産より数倍の痛さ、勝手に腰が浮いてしまい気が遠くなる程でパニック状態。短い激痛と激痛の間に、
「前回子宮内清掃術みたいなのを麻酔でやってもらったけどそれじゃだめですか?」
と願いを込めて必死に聞くと、
「それとは違うのよ」
と即答。何度目かの激痛の後、本当に限界を感じ、
「もう限界です…」と訴えたところで、別の先生が入ってきて、
「この痛さは子宮収縮だけ?子宮筋腫とかない?」みたいな事を他の先生に聞いているのが聞こえると、エコーを見ていた先生は
「ないと思いますけど」みたいな答え。そのエコーをしていたと思われる先生から、
「痛いところはどこか触ってみて」と手をお腹の方にもっていかれるも、もはやこっちは痛みで手を動かせない程のパニック状態。再度、「痛いのはこのあたり?」と聞かれた気がするも、もう痛さで返事をするどころじゃなく…。その先生が、「赤ちゃん連れて来て」と指示を出しているのが聞こえ赤ちゃんが目の前に連れてこられるも全くそれどころじゃなく、「赤ちゃんですよ~」とか言われた気がするが痛みで気が遠くなりそうで何も答えられない。必死で赤ちゃんに顔を向けたがすぐに次の陣痛が襲ってきて悲鳴をあげてました。

するとマスクをかけられて、
「口じゃなくて鼻で息して下さい、眠くなりますよ」と言われ、
私は"やっとか~"と思いっきり鼻で息をすると意識が遠くなり痛みから解放されました。

主人によると、私が目が覚めたのは主人が部屋を出されてから3~4時間後(主人が部屋から出たのは私が会陰切開の傷を縫う時)。
目が覚める時、ぼんやりとだけど先生が
「明らかに貧血の症状だから輸血お願いね…」
みたいな事を看護婦さんに指示しているのが聞こえました。目が覚めて、その看護婦さんに
「私はどれくらい眠っていましたか?」と聞くと
「少しの間よ」と。少しってどれくらいだろう…と思いましたが時計を見ると確か夜9時くらいだったような。
しばらくすると主人が入ってきて、癒着胎盤があり出血が多かったから輸血の同意書にサインをしたと聞き、やっぱりこれから輸血するんだ、と思いました。しばらくしても何も処置がないので、看護婦さんに
「今輸血の血を待っているんですか?」
と聞くと、
「今温めているからもう少し待ってくださいね」との事。後から母子手帳を見ると、2500cc出血したと書かれていましたが、その夜は分娩台で2000cc(多分2000ccと言われた気がします)を輸血し、終わったのが11:25分、夜中12時過ぎに結局起き上がることなく心電図などのモニターをつけたままナースステーション近くの部屋へ運ばれ、「明朝までは飲食禁止、朝先生に診て頂いてOKが出たら飲食できますので安静にして下さい」と言われました。

会陰切開と子宮収縮の痛み、それと暑さで寝付けず明け方4:30頃ブログで出産報告明け方5時過ぎに看護婦さんがお産パッドを変えてくれる時お腹の上から子宮をグリグリ押されてさらに子宮が痛くなり寝付けず…導尿というのでしょうか、カテーテル(管?)も前は痛くなかったのに傷にあたっているのか今回は痛くて気になって寝れず、結局痛み止めをもらって少し休みました。

結局翌朝はまだ安静がとけず、15時過ぎに心電図や導尿が外れましたが少しベットを起こすと頭が痛く痛み止めをもらいました。
それからようやく看護婦さんに付き添ってもらい赤ちゃんに会いに行きましたが、まだ点滴だらけの腕で抱く事はできず…でも元気な元気な赤ちゃんにやっと会う事が出来ましたまだまだ顔が真っ赤で目が腫れぼったく産まれたての顔でした


出産② 39W6D 陣痛促進剤で出産

2011-09-15 | 2011 出産

予定日1日前の39週6日目(9月1日)、陣痛促進剤を使って午後から出産する事に

11:20     モニター(分娩監視装置)開始
11:51   陣痛促進剤の点滴開始
12:00   昼食
12:31   1回目の陣痛(薬の効き目の早さにびっくり、"ついに来たか~"と覚悟する
12:39   5~9分間隔の不規則な陣痛開始、まだ重い生理痛のような痛さ
13:04   9分間隔の陣痛開始、ここまではまだ何とか話せるレベル
        ここで一旦トイレや歯磨き、洗顔を済ませる。主人が昼食を済ませて到着
13:44   5分間隔の陣痛開始
        この頃から陣痛の痛さが一気に強まる、担当医が何度が来て内診、"順調ですよ~"と声をかけてくれる
13:51    破水

14:03    陣痛が3分間隔へ。痛みが襲ってくる度にベットの柵にしがみつきうなり声をあげ必死に耐える助産婦さんが背中や腰をさすってくれたのが本当に救いで、助産婦さんが居なかったらきっとあの激痛は耐えられなかったんじゃないかと思います。助産婦さんの腰や背中のさすり方は主人のものとはかなり違い、やっぱり助産婦さんてすごい!ってさすられながら思ってました(もちろん主人にも感謝)。ただ、それでもやはり痛いのもは痛く、"ウぅ~"とか"ア~"とか、痛みが襲ってくる度に奇声を発して激痛に耐えてました。

14:35    陣痛が2分間隔になり激痛が下がって来ていきみたくなる感じに。助産婦さんがタイミング良くお尻をおさえてくれて本当に感謝。もしおさえてくれなかったらあのいきみをどうやって逃していたか…助産婦さんが"いきみたい?"と聞いてきたので"はい"と答えると、"次痛みがひいたら分娩室へ移動しましょうね~"っと。

14:40  助産婦さんと主人に支えられながら分娩室へ歩いて移動。分娩室に移動してからは、なかなか陣痛が進まなかったけど一旦横向きに寝ると陣痛が進むのが分かりひたすら横向きに寝て柵をつかみうなり声をあげながら激痛に耐えました。途中、何度も"赤ちゃんが一番苦しいからママはその手助けをするだけ"、と考えるも痛くて痛くて…赤ちゃんの頭がかなり下がってきた頃、"次の痛みが治まったら上を向きますよ~"と言われるが自分で上を向くことが出来ず上向きに寝かせてもらい、足などを固定される。"次痛みが来たらいきむよ~"と言われ、何度もいきむ。"目を閉じないでこっち見て~"とか、"声出さないでいきむよ~"とか、"はい、そこで息を思いっきり吸って~"とか言われるがなかなか痛みから指示通りには出来ない。それでも何度目かのいきみで、"赤ちゃんの頭がすぐそこまで来てますよ~、もう出ますよ~、あと2、3回頑張って~"とか言われ、それから5回目くらいのいきみで、"はい、赤ちゃんの頭がでましたよ~、いきむのやめて"と言われ 

16:26  本当に赤ちゃんの頭が目の前にやっとやっと会えたのです陣痛促進剤を使用してから4時間35分のスピード出産でしたビッグサイズの赤ちゃんは頭を長~くして頑張って出て来てくれて帝王切開せずに済みました。会陰切開の痛みはよく言われるように、陣痛の痛みで切った痛さなんて分かりませんでした。縫う時は、麻酔をされる時と、麻酔が効きにくい部分を縫われる時にチクっとした程度で予想よりはるかに痛みはなかったです。

それから赤ちゃんと主人と写真を何枚か撮らせて頂き、本当に本当に産まれて来てくれたんだとヘトヘトながら幸せを感じてました。

が、ここからが予想だにしない展開になり…
胎盤癒着から胎盤がなかなか出てこず、ここから痛さのMAXが襲ってきた上、大量出血→輸血をする展開へ…

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ともや(男の子)
2011年9月1日 16:26分産まれ(予定日より一日早い出産)
体重 4,114g
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出産① 39W6D 最後の妊婦健診

2011-09-15 | 2011 出産

出産は予定日1日前の39週6日目(9月1日)、陣痛促進剤を使ったスピード出産でしたが、出産後に胎盤癒着が見つかり大変でした
でも、今こうして小さい小さい我が子が目の前でスヤスヤ寝息をたてて寝ています
本当にこの子(ともや)を授かれた事は奇跡です。これまで何度挫折し諦めかけた事か…今、寝顔を見てはこの奇跡に感謝し、涙がこぼれます。本当に子どもを授かる事が出来たのです。
まだまだ慣れない育児で授乳はうまくいかないし、昨夜も2時間、一昨日も3時間しか寝ていませんが、出産・育児レポートを少しずつこれから更新していこうと思います。

息子は色々な願いを込めて、"ともや"と名付けました

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最後の妊婦健診

39週6日目の午前中(予定日1日前)、いつも通り主人と妊婦健診へ (←もちろんこの時はその日に出産する事になるなんて想像もしていませんでした。)
エコーでは、
「赤ちゃん元気ですね、推定体重は先週と同じ3,800g…でもきっとこれは機械の限界で実際には4,000g超えてるかな~」と。
内診では、
「子宮口、4~5cmは開いているし柔らかいし、いい感じですよ~、陣痛来てないのが不思議なくらいだけどね~」と。
その後先生との問診で私が
「赤ちゃんが少しでも動かなくなると不安で早く赤ちゃんの姿を目で確認できるようになって安心したいです」
と言うと、
「陣痛促進剤だけ使っても今日すぐ出てくるんじゃないかな~、今日産んじゃう?これ以上大きくなっても産むの辛くなるだろうし…」と。
私としては、
(心の声→)「エっ!!今日ですか!?そんな急に…まだまだ心の準備が…そんな軽いノリで今日出産しちゃっていいの!?」と思いましたが、担当の先生が他の先生に聞いたところ、
「今日ベッド空いてたらいいんじゃない!?」みたいな
私も、「またお腹の中で赤ちゃんに何かあったら絶対後悔する、今日産んで安心した方が絶対良い」と思い直し、主人を見ると私に任せるとの合図。先生に、
「では、今日出来ればお願いします。」
と申し出ると、その場で先生がベッドなどを電話で確認。OKが出たので、その日の午後そのまま入院して出産する事に
それからは急にあわただしくなり、私は帝王切開の可能性があるとの事で血液検査と心電図検査へ、主人は一旦帰宅して入院セットを持ってくる事に。

私は検査を済ませると直ぐに陣痛室へ案内され用意されたパジャマに着替え血圧や骨盤の大きさを測定。
担当の先生や助産婦さん、看護婦さんなどが次々に説明に来てくださり、あっと言う間にB型溶連菌の抗生物質の点滴が開始されました。それから心の準備も出来ないまま、ついに11:51分、陣痛促進剤の点滴がスタート12:00にお昼ご飯(スパゲティ)が運ばれてきて、これから陣痛の痛さで食べられなくなると思うと食べなければ!っと完食 食べている間に主人が入院セットを持って到着、主人もこれから何時間かかるか分からないので昼食をとりに一旦外出。私は食べ終わってもなお正直心の準備もまだまだ…という感じでしたが、ついに1回目の陣痛が12:31分に始まったのでした。

この時はあっくんを産んだ時4日もかかったので、正直あんなにもスムーズに早く陣痛が進んで行くなんて夢にも思っていませんでした