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異論・反論・Obsoletion

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マスコミの愚

2005-12-29 00:00:00 | マスコミ
28日付の社説で朝日と産経が警察の『匿名』発表を取り上げている。

# 朝日: 犯罪被害者 安易な匿名化は避けよ
# 産経:【主張】匿名社会 「羹に懲りて膾を吹く」愚


意外だったのは朝日が
# 「犯罪被害者、警察、メディアを対立的にばかりとらえることは誤りだ。」
と、予想に反して現実的な提案をしていた事だ。


一方産経は、
# 「もう一度、政府と報道機関、被害者の代表などを交えて
# 慎重に議論することを提案したい。」
と、さも報道機関に被害者の実名を公表する権利があるとでも思っているようだ。

「報道の自由」は報道機関が持つ『特権』ではない。
これはむしろ国民の「様々な情報を入手する権利」とでも解すべきものである。
報道は目的ではない。手段(の一つ)に過ぎないのだ。

報道機関は、自分達がこの国民の権利を達成するための
『公僕』である事を自覚しなければならない。
マスコミの人達は自分達に『特権』があるとでも思い込んではいないだろうか。


あなたたちに『特権』などない。あなたはただの『おっさん』だ!



--
そもそも報道機関は、事の本質を理解していない様に思う。
問題にしているのは「実名を報道するかどうか」よりむしろ

「報道機関に被害者の個人情報を教えるかどうか」


これこそが問題なのである。
簡単に言ってしまえば「国民は報道機関を信用していない」のだ。
これは、今までに報道機関が自ら行って来た『結果』である以上、
報道機関は謙虚に反省するしかない。


このため報道機関が主張する「警察が不正を隠す事がある」
「一人の貴い人間として扱う為に『名前』が必要だ」等は、見当違いも甚だしい。

前者は「与党が悪い!」としか主張しない野党と同様、
「警察が悪い!」と頓珍漢な主張をしているのである。

私達は、与党が悪い事や警察が不祥事を隠す事を充分すぎる程知っている。
主張しなければいけない事は、野党が与党より多少なりともマシなのか、
報道機関が被害者を傷付けないのか、これに尽きるのだ。

報道機関が最初に主張すべきは「私達は被害者を傷つけたりなどしない」
と言う事である。その上で警察の不正を暴いた『実績』を示すべきだ。
『実績』は果たしてどの程度あるのか。ほとんど思い付かないのだが。


本当に名前を書かないと「一人の貴い人間として」扱えないのだろうか?
それはマスコミの能力の問題ではないのか。
ただ、現在の記事テンプレートどおりに<被害者名>を「被害者A」と書いたら、
『ひとりの人間』が単なる『記号』になる事だけは確かだ。
現在の少年事件の記事を見ても『記号』として扱っているのはむしろ
マスコミの方ではないのか。
一度、記者生命を掛けて被害者名を伏せた記事を書いてみると良い。
記者達は本当に人間の尊厳を守る『工夫』をしているだろうか。



挙げ句に何を血迷ったかマスコミは、
「どうせ裁判で実名が判る。その時にマスコミに騒がれる事の方が被害が大きい」
「被害者捜しの為に、かえって報道被害が増える」など、
開きなおった『脅し』としか思えない主張までしている。
これらは警察の匿名発表ではなく、マスコミの振舞いの問題だ。
この様な主張をすればするほどマスコミの信用は低下するのである。


# このように議論が大きく分かれている段階で政府がなぜ、
# 「警察が判断する」という結論を急ぐのか、疑問を呈せざるを得ない。
# (産経新聞)
そんな事は分かり切っている。それは報道被害が甚大だからだ。
困っている国民がいたら、手当てをするのも国家の仕事だ。
私は、警察の不祥事隠しよりむしろマスコミの報道被害の方が
より深刻な問題を引き起こしていると考える。

こと被害者(人権)の保護に対しては
「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」で、丁度良い。
人権を蹂躙してまで報ずべき事項があるだろうか。


この様に自分が何をしているのかさえ理解出来ない産経新聞も、
22日付の社説で「主客転倒もはなはだしい」と自分が『主』であると
主張している毎日新聞の敵ではない。毎日新聞はどうしたものか。



繰り返すが、問題なのは「マスコミが国民に信頼されていない」点にある。



===
新聞社はこの問題で連帯感を持ったのか、別件でも他紙の社説を取り上げて、
「産経新聞以外は皆反対している」等と主張しだしたが、
こと主張においては「皆が言っている」かどうかは関係ない。
他に誰も言っていなくとも『正しい』事もあれば、
皆が言っていても『誤った』事もある。(これは世論調査も同様だ)

「皆が言っている」事に意味があるとするならそれは『政治運動』であろう。
他人の主張で「虎の威を借る」のは恥ずべき行為だ。
きちんと筋を通して自分の言葉で主張する必要がある。



言論機関であるなら、新聞社は群れたりせず孤高でなければならない。

証人喚問

2005-12-23 00:00:00 | マスコミ
テレビを見ていると、自称キャスターや野党の議員らが
「国民が知りたがっているのだから証人喚問すべきだ」
「偽証罪のある証人喚問で問い質すべきだ」
等と言っている。


裁判においてさえ、当事者には偽証罪は適用されないのである。
証人喚問がいかに強大な国家権力の行使であるのかを理解すべきだ。
このため、証人喚問の乱発は抑制しなければならない。

これを主張しているのは主に野党の議員であるから、
彼らは国家権力について深く考えた事が無いかもしれないが、
野党と言えどもその権限を有する国会議員が
「偽証罪があるから証人喚問をすべき」などと言う事はとても危険である。
(与党が消極的なのは別の理由なのかもしれないが。。。)

それに証人喚問で「お前は私財をなげうたないのか!」
と執拗に繰り返す事などは、どう考えても不適切だ。


証人喚問は、厳格に国政調査権の範囲内で行うべきであり、
個別の事件の犯人捜しの為に使うべきではない。
(悪人にだって「正当な裁判を受ける権利」はある)



マスコミもどうかしている。
権力を監視する立場であるはずのマスコミが
国会議員や官僚等の権力者に対してならともかく、
既に刑事告発されている民間人の証人喚問を求める事は、異常である。

「国民が知りたがっている」なら、それこそマスコミの仕事だろう。
国家権力の大本営発表を報じるだけなら、報道機関などいらない。
警察に被害者の実名発表を要求する事も、これに通じるのではないか。


ジャーナリズムを謳うなら、自分達で取材しろ!取材!!!



---
12/22付の毎日新聞の匿名発表に関する社説も御他聞に洩れず酷い。

毎日新聞は以前「問題のあるメディアは国民が淘汰すれば良い」と主張していた。
これって「毎日新聞を潰せる物なら潰してみろ!」との国民に対する挑発なのか?

全国紙と言われる中では他の追随を許さないほど毎日新聞は狂っている。
主義主張以前に、自分達が何をしているのか判っていないことこそが
毎日新聞の最大の問題なのだが、
こんな社説ばかり書いているなら『反毎日キャンペーン』でもしたくなる。

毎日新聞は、国民にも我慢の限界がある事を知るべきだ。



ここ数週間マスコミを観察していて判った事がある。
おそらく私とマスコミとでは、優先順位が違うのだ。

私は、優先順位の高い順に
「被害者救済」「再発防止」「悪者捜し」なのだが、
マスコミはどうも「悪者捜し」にしか興味が無いようである。

マスコミは確かに「被害者救済」「再発防止」等も謳っている。しかし、
「被害者救済」や「再発防止」にマスコミが寄与した事があっただろうか。
私には、本当にこれらをマスコミが考えているとは思えない。
無責任に『報じて』おいて、自分ではない『誰かが』きっと
「救済」や「防止」してくれるだろうと勝手に思っているだけではないのか。



例えば、殺人マンション販売会社や、いかにも悪人面した社長は、
瑕疵担保責任を負っていると言う意味で、被害住民の『資産』である。

マスコミは当初より根拠もなくこの社長を非難していたが、
これは「被害者救済」どころかこの社長や販売会社の社会的信用を失墜させたと
言う点で、被害者の『資産』を低下させ「被害を拡大」させただけではないのか。
(最近になって初めて、当初マスコミが非難していた事とは違うが、
偽装発覚後に不適切な行為をしたと疑うに足る根拠が出て来たようではある)

『疑わしい』なら取材しろ。ただその段階では報じるな!
根拠があってこその『報道』だ。

仮にこの社長が悪者であったとしても「被害者救済」を考えるなら、
まず第一に瑕疵担保責任を果たさせる事を考えるべきだ。
罰するのは責任を充分に果たした後でも良いはずだ。
そんなに急いで悪者扱いする必要があるのか。



私にはマスコミも野党も国民も「被害者救済」「再発防止」ではなく、
「推理ゲーム」を楽しんでいる様にしか見えない。
『迷』探偵は、自分の力を発揮出来るので、人が死ぬと内心喜ぶものだ。
人が殺される事を願ってさえいるかもしれない。
『迷』探偵の「良心」に期待できるだろうか。




現在の『報道』は、被害者の「痛みと苦しみを共に生きる人々で分け合」って
いると言えるのでしょうか? 毎日新聞さん。

私には『報道』が被害者の痛みと苦しみを何倍にも増幅しているようにしか思えない。
毎日新聞は、被害者が「実名を希望すること自体にエネルギーを要」する理由を
よく考えるべきだ。本当に警察権力の圧力によるものなのか。

「悪者捜し」などに拘り「被害者救済」を第一に考えられない以上、
マスコミに被害者の個人情報を開示してはならない。



被害者を護る為であれば、悪人を罰せなくとも私はそれを許容する。




===
P.S.
件の社長に対する証人喚問が内定したようだ。
私は絶対にすべきではないとの主張をするつもりは無いが、
方向性が違っているのではないのか。
「再発防止」を考えるなら、むしろ検査制度の実態を調査すべきだろう。
それに、国交省の対応にも問題が無かったか検証しなければならない。
大臣に伝わるまでに20日以上も掛かったのは適切なのか。

報道機関は「権力の監視」をサボって「推理ゲーム」に熱中しているのではないか。
「推理ゲーム」をするにしても、推理だけではなく自分の足で証拠捜しをすべきだ。

ここまでやるか、国交省

2005-12-22 00:00:00 | お役人さま
耐震偽造:構造計算 改ざん防止の「暗号キー」検討

#  耐震データ偽造事件で、国土交通省は、構造計算を行う国土交通相認定の
# プログラムでも改ざんが行われたことを重く見て、印刷物よりも改ざんしにくい
# 電子データによって構造計算結果を管理する検討を始めた。

# 新たに構造計算プログラムを保証する第三者機関を設置し、
# 同機関が発行する「暗号キー」で管理する。
(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051221k0000e040072000c.htmlより抜粋)


これの本質は「暗号キー」などではなく、『第三者機関』を作る事にある。


「暗号キー」などと言われると、さも偽造対策を行ったかのように見えるが、
注意深く読むと、この「暗号キー」は申請後に発行されるのである。
今回の様に申請前に設計者に偽造されてしまっていては、何の意味も無い。
「暗号キー」など、まやかしだ。

この「暗号キー」は、この『第三者機関』から検査機関に構造計算のデータが
渡される間に行われた偽造にしか意味を為さない。
そもそもこんな『第三者機関』さえ作らなければ必要の無いものだ。

結局この『第三者機関』が、今回検査機関が見抜けなかった
構造計算書の(偽造?)チェックを行う事になるのである。
(そしてチェックした後に「暗号キー」を発行する。)


これによって、自治体も『民間』検査機関も、従来のマニュアル通り
作業することが出来る。
ではなぜ構造計算書のチェックを検査機関が行わないのだろうか。

これには『理由』がある。

まず第一に、現在の(公的民間を問わず)検査機関ではその能力が無い点だ。
そして自治体や『民間』検査機関が何等作業を変えないと言う事は、
言い替えると、殺人マンションが出来てしまったのは、
自治体や『民間』検査機関の『落ち度』などではなく、
データが偽造されたせいなのだと『役人』の論理で正当化が出来るのである。
(「『偽造』のせいなのだから『偽造』をチェックする仕組みを作った」と)

そもそも検査機関は、違法な設計(や施工)による建造物を作らせない為に
存在していたはずである。
現在の制度の問題は、建築確認が取り消される様な事があったら、
検査機関に結果責任を取らせる仕組みが無かった点にある。
結果責任を負わずに民営化などしたら、検査が緩くなるのは当然であろう。
そして結果責任を負っていたら、誰も天下りの役人などに仕事をさせない。
(これについては「民間検査会社って本当に『民間』なの?」参照)


再発を防止したいのなら、責任の所在を分散させてはならないのである。


--
対策と言う物は、過去に起こってしまった事を防止するだけではなく、
これから起こり得る事をも考慮しなければならない。

この件に関して、野党が証人喚問に拘っているようだが、
野党がしている事もマスコミ同様『悪者捜し』でしかない。
本来の国会議員の仕事ではないからあまり非難するつもりはないが、
証拠もろくに無い状態のうちから「黒幕」と言ってみたり、
印象操作をしたりと、低俗な週刊誌さながらである。

そもそも悪者を特定した所で法整備に結び付くとは思えない。
今回悪くなかった立場の人が今後も悪事を働かないとは限らないのである。
結果として今回悪くないと立証されるかもしれないが、
悪者である可能性のある『役者』は揃ったのだ。
現在でも充分に全ての『役者』に対応出来る『制度』が検討出来るだろう。


国会議員は弁が立つから、ついつい相手を言い負かそうとするが、
『真実』は言い争いの末に決まる物ではない。
捜査権の無い国会議員が悪者捜しをするのには無理がある。

『制度』を考えるなら『悪者捜し』ではなく、
なぜ殺人マンションが建ってしまったのかを知るべきだ。
現行制度においては、これを防ぐ為に確認検査機関が存在している。
そのためには、検査機関が実際にどの様な作業をしているのかを
明らかにすべきだ。
その上で、いかなる悪者が悪意を持って偽造しても
殺人マンションが建てられない様な『制度』を作らなければならない。


「偽証罪」の本来の目的は、嘘を付かせない事にあるはずだ。
「どちらかが嘘をついている」「より罪の重い偽証罪で罰しろ!」
などと言うのは権力の濫用を認める事にもなる。
葬式で会ったかどうかなど、どうでもいい事だろう。
単なる思い違いではないのか。

マスコミも記事を書きたいのは判るが、「偽証罪になる」等と騒いだり、
証人喚問を安易に望んだりせず、冷静に権力の暴走を監視すべきだ。


--
話を戻すが、これによって国交省は2億5000万円の予算と供に
新たな天下り先まで得るのである。
自分達の落ち度まで省益に変えてしまうとは、大した物だ。


そもそも電子データにするなら「構造計算のフォーマットを共通化」
だけすれば充分だ。検査機関で再計算すれば良いではないか。
そうすれば、『第三者機関』も2億5000万円も必要無い。


こんなデタラメな『対策』を認めてはならない。

国交省、認定プログラムの改ざん防止チームを設置

2005-12-20 00:00:00 | お役人さま
国交省は問題を「審査で見逃していた」事ではなく「改竄され」た事だと世論を誘導したいようである。


# 国土交通省は19日、構造計算書の作成に用いる国交相認定プログラムの
# 改ざん防止策を検討するプロジェクトチームを(中略)設置した。

# 強度偽装のうち一部物件は、認定プログラムの不正使用で計算書が改ざんされ、
# 民間検査機関や自治体が審査で見逃していた。
(asahi.comより抜粋)


そもそも国交省はこれらのプログラムの何を『認定』したのだろうか。
計算の正確性ではないのか?
このプログラムを使って計算すれば、間違った答えは出ないと。

この『認定』は、利用者がこのプログラムの計算結果を信じて良いとの意味だろう。
審査機関が、このプログラムの出力を信じて良いとの『認定』だったのか?


国交省は審査で不正を見逃したのは『改竄された』設計書が原因であると主張しているが、
そもそも提出された設計書には全ての情報(矛盾点)が記されていたはずである。
不正アクセス等と違って、精査していれば見付けられるはずの物だ。
現に、計算書を見直して不正は見付けられているではないか。

国交省がこの様な考えを取っている限り、今後も想定していない改竄方法が行われれば、
不正は見付けられない事になるのである。

仮に完全な改竄防止策が行えたとしても、当該プログラムを使わなければ意味が無い。
紙ベースで『審査』している以上、当該プログラムを使っていなくとも
プログラムの出力と全く同じ書式でプリントアウトさえすれば、見分けられない。
改竄防止など無意味だ。

きっとこのプロジェクトチームは、計算書にフィンガープリントを付加させた程度で
「防止策を講じた」とするのだろう。
しかし、ハッシュの対象を計算結果のみとしても意味が無い。
結局、生のデータに対してハッシュを掛ける必要があるはずだ。
とするなら、生のデータを提出させて審査機関が再計算した方が確実であろう。
もともとコンピュータで計算しているのだから、
紙ベースで審査する事自体がナンセンスなのである。
(当然の事ながら生データ自体の妥当性も、『確認』しなければならない)


問題は、審査機関が改竄された計算書を見抜けなかった点にある。

それに元建築士の主張によれば、バージョンアップしたプログラムになってからは
単に入力値を変えただけだと言うではないか。
これは悪意のある『改竄』だけではなく、単なる思い違いや操作ミスさえ
見抜けなかった事を意味しているのである。


『審査』機関に法的な責任は無いのかもしれないが、全く役に立っていなかった事は事実だ。
国交省は、天下り先を守っている様にしか見えない。



(注意: 私はこの『認定』プログラムが、どの様な物であるかを知らない。
この文章は私の想像の産物である事をご留意願いたい)

マスコミは権力の監視をしろ!

2005-12-09 00:00:00 | マスコミ
マスコミは未だに「警察が被害者の実名を発表すべきだ」と主張している。

例えば彼らは桶川の殺人事件で警察の問題を暴いた事を
「警察が被害者の実名発表した」事のメリットとして挙げている。

# (追記)「桶川女子大生殺害事件」に関して、
# BROに被害者の母親及び親族から報道被害の報告がなされている。
# (http://www.bro.gr.jp/youbou/y9912.html)

# 「家の前に大勢の取材陣が群がり、家族の姿が映し出され外出も出来ない状況で、
# 生活に支障をきたしている。殺害された娘の写真が度々放送され、
# 家族の写真は写さないでほしいと頼んでも聞き入れてくれない。
# わが家の写せるところは全てさらけ出し、
# 家族には小学生や大学受験を控えた子供もいるのに、
# 話を聞かせてほしいと執拗に迫る。近所にも迷惑をかけ、
# このままではここに住んでいられなくなってしまう。
# 被害者であるにもかかわらず、何でこれほどいじめられなくてはならないのか。
# 被害者に自殺でもしろというに等しい」

# これを例にするとはマスコミの厚かましさにも程がある。無神経さには呆れるしかない。
# マスコミの人達は誰一人としてこの事件が例として不適切だと思わなかったのか?
# この様に被害者の事など顧みないマスコミに個人情報を知らせてはならない。


マスコミは確かに警察の怠慢を暴いた。
しかしこれは、そもそも被害者が殺されて始めて明らかになったのであって、
本当の問題は殺される前のストーカーの段階での警察の怠慢であったはずだ。
(後の警察のもみ消し工作も確かに問題ではある)

マスコミが主張する「警察が被害者の実名を発表しろ!」とのスキームでは、
殺されなければ警察の発表も無いから、マスコミは監視機能を果たせないのである。

私達は確かに権力の監視をしてほしいと思っている。だがそれば
儀牲者を前提としたものではない。儀牲者は出ないに越した事はないのだ。

このためこれは、警察の怠慢自体を問題に出来る『しくみ』でなければならない。
警察の発表を待っていては不可能なのだ。

私は、今まで何度も書いて来た様に、マスコミは独自に
国民が問題を告発する窓口を持つべきだと考える。
桶川の例では、ストーカーの被害者が
「ストーカーの被害をいくら警察に言っても、取り合ってくれない」と
マスコミに告発していれば、殺される前に警察を動かす事も出来、
死なずに済んだかもしれないのである。


そもそも「警察様に教えて頂く」という関係で、権力の監視が出来るはずがない。
マスコミは何もせず警察の発表を待っているのではなく、
頭を下げて国民から情報を頂く立場になるべきだ。
そうしなければ、国民のために権力を監視するというマスコミにはなれない。
マスコミは誰のために報じるのかを、考えるべきだ。


--
私はマスコミが公権力に頼り切っている現状こそを危惧している。
そして「実名発表」を要求しているマスコミは現状に甘んじているようにしか見えない。
では、今現在マスコミは『権力の監視』をしているのだろうか?私はそうは思えない。


例の『殺人マンション』問題についても、マスコミは問題にしないが、
私は行政が不適切な行動を取っている様に感じている。


参考人質疑の為に国会議員が要求した議事録の提出を国交省が拒否した点。
「概要のみ許された」との事だが、議事録の開示の可否は確認したのか?
そもそも誰が開示を許可するのか?もし何等かの事情で公開出来ないのであれば、
少なくとも口外しないとの前提で国会議員には明らかにすべきだ。
役人だけが知っていて、国会議員に教えられない事などあってはならない。

建築士が『圧力』を受けたのは、国交省の発表では3者からとなっているが、
NHKと民放の少なくとも1社の『独自』取材によると
「圧力を受けたのは建設会社の東京支店長だけ」と報じている。この差は何なのか?
一方で、少なくとも朝日新聞は「国交省の発表によれば」と、そのまま報道している。
報道機関は政府発表を鵜呑みにして、何等裏付けを取っていないのではないのか?
(今回、国交省は当事者なのだ。鵜呑みにするのは『監視する』者のする事ではない)

2回目の参考人質疑の後に出された建築士の署名捺印までされた
メモの出所は国交省ではないのか?
例え行政が係わっていなくとも、出所は確認しなければならないはずだ。
(本題とは逸れるが、このメモに関して言えば、書かれている内容以上に
何が『書かれていないのか』にも注意すべきである)

これらを考える時に考慮しなければならない事は、
売り主が『グル』かどうかで、国交省の責任が大きく変わると言う事だ。
もし『グル』であるなら国交省(検査機関)は「騙された」だけだが、
売り主が偽装を知らないとなると、瑕疵担保責任を負った売り主は
ずさんな検査を行った検査機関と不完全な制度(行政の責任)による被害者となる。
国交省は、組織防衛の為に内部情報を『故意に』流したのではないのか?
(念のために言っておくと私は販売会社が無実であるとの主張をしている訳ではない)

田原氏のインタビューで自明な事だが、
少なくとも渦中の『民間』検査機関には国交省の内部情報が漏洩している。
例え大した内容でなくとも、役所の内部情報が漏洩する事を軽視すべきではない。
それが、自己防衛が目的であったり、天下りによる
癒着によるものであったとしたら、なおさらだ。


私は、行政が嘘の情報を流したとは言っていない。
そもそもこれらは国会議員にさえ公開してはならない情報だったのか?
少なくとも非公開にすべきとされる情報が流出してしまったのではないのか?
都合の良い情報『だけ』を故意に流出させたのではないのか?
これらを問題にしているのである。


私は事実関係を確認する立場ではないので、これらはあくまで推測の域を出ないが、
『権力の監視』を謳うなら、マスコミは調べるべきだ。

私には、マスコミが『権力の監視』をしている様には見えない。




--
私が「匿名発表」問題をことさら取り上げるのは、
マスコミ自体が「匿名発表」に『特定』の主張を持っているからである。

マスコミ自身「第4の権力」と呼ばれる程の『力』を持っている。
その『力』を駆使して自分達の考えを主張する事には抑制的でなければならない。

国民には「報道」なる『権力』に対する有効な対抗手段が無いのである。
このため「権力の監視」を自認するマスコミは
「第4の権力」であるマスコミ自身の監視もすべきだ。

マスコミ同士で、他社の報道に正当な裏付けがあるのか、
他社の主張に正当性があるのかについて、活発に批判しあうべきである。
少なくとも自社の報道内容と異なっていたのなら、確認すべきだ。


マスコミ自身がそうやって研鑽を重ねて行かない限り、
そう遠くないうちに国民から見向きもされなくなるだろう。