イサックの抱える問題 ー完ー

なかなかアネットからの返事は返ってこなかった。
もしや・・・スウェーデン・ポン・クラブの中で対策会議でも行っているんじゃないだろうな？
ありえるから怖い。
とにかくスウェーデン・ポン・クラブというのはブリーダー同士での情報公開・交換を日常茶飯事で行っているところである。

『日本に送ったイ～サックに問題があるの。』
『オー！アネット！それは絶対にイ～サックの問題じゃなくって、ミオッコに問題があるんだわっ！』
『毛食いのストレスの原因が何かわかってないなんてっ！手元にもどすべきよ。』

こんな会話だったらどーすんだ？またイサック抱えて飛行機で15時間、そっから電車に乗って歩いて・・・結局24時間かかるんだよっ！絶対にイサックは返しませんよーだ！

勝手な想像ばかりが頭の中で膨らむ日々。
メールが着いた時には、開けたくないような開けたいような、削除したいようなしたくないような・・・微妙な気持ちでエイヤッ！とばかりにクリックしたら・・・
『エイコです。最近メールくれないんですね。待ってるのに・・・・。私のこんな写真は見たくないですか？』

・・・・？？？

なんだっつーのさ！？間違って一つ前の迷惑メールクリックしてどーすんだよっ！

『イッツ　イズ　ア　ミステリー・・・。』
アネットのメールの書き出しはこんな感じだった。

『とても不思議。でも気持ちいい感じはしません。時間が経つにつれ、彼が噛まなくなることを祈るばかりです。』
？？？アネット・・・・打開策・・・は・・・ない・・の？

『しかし、そんなにひどい気候やばい菌の話を聞くのは辛いことだわ！世界中にいる地球汚染をしている人々の責任です。私達はもっと自分達の地球に対して意識を持たなくてはいけない！日本はそのことに関して沢山の事をしていると思うし、ヨーロッパもそう。でも沢山の国がきちんとした認識を持っていないの。
私はイサ（イサックの同胎の妹）を生まれてからまだ二度しか洗っていません。私達は変な脂っこさや汚さの蔓延したエリアには住んでいないということもあるけれどもね。』

確かに日本の技術は大変高度で、エコに膨大な金額をつぎ込んでいる。私が子供の頃に見た灰色の大気や緑色の川はもう無い。だけど・・・だけど・・・第三国が自分達の国を汚染してまで作っている物は・・・皆日本に来るんだよね。
草食動物が食い荒らして広大になった砂漠の砂が、気流に乗って日本に降りかかるのは誰のせい？
日本海のおばけくらげが漁師達の仕事を奪っているのは誰のせい？
アマゾンの森の伐採は誰のせい？

直接手を手を出していないというだけで、結局は自分達が引き起こしている自然破壊なんだよ。

しかし・・・イサックの毛食いから何でこんなワールドワイドな環境破壊の話になるのだろう。

『そしてね・・・ミオッコ、私は心から願うことがあるの。イサックがもし毛を食べることをやめない子であっても、あなたが彼を愛してくれることを。そしてね・・・・彼がそれをやめることを・・・。　ハグ　フロム　アネット』

オッオッ、エーン！エーン！
環境破壊話のあとに、こんなお願いしないでっ！
毛食ったって、うん○食べたって、ゴキブリ咥えたって、何をしてもイサックを愛してるよ～！常に愛してるから、そんなこと心配しないで！大丈夫だから！！


イサック、１歳と５ヶ月・・・・１２月１６日以来、毛食いは止まっている。

イサックの抱える問題 ⑦

『ミオッコ・・・私はイサックが未だに毛を食べ続けていることを聞いて・・・とても・・・悲しい。』
アネットからの返事は予想以上に早かった！！

ぎゃあああああっ！喜ばそうと、動画を送っときながら悲しませて・・・どーすんだっ！！

『私の経験上、そういう行動は初めてです。まずあなたに聞きたいことがあります。』
なっ、なに？何を聞きたいと言うの！？

『彼を一人にするとき、あなたは彼をどこに、そしてどのようにしておきますか？それも何時間くらい？彼は全くの一人っきりですか？何か噛むことの出来る骨のようなものは渡しますか？彼をどのくらいの頻度で洗いますか？彼は体の他の部分を掻いたりしていますか？
なぜこのような質問をするかと言うと、その答えから何かしらの解決法を見つけられるかもしれないからです。』

だあああああっ！すごい質問の数。返事をしたいのはやまやま。しかし・・・12月26日という年末を迎えて、トリミング・ホテル業務大忙しの時期だ。
あーでもない、こーでもないと辞書をぺらぺらめくって大騒ぎ。
卒業してから辞書など滅多に引かないから、１つの言葉を見つけるだけですごい時間がかかってしまう。

頭の中に英単語が渦巻いている時に疑問符を投げかけないでよ、お客さん。
「ごめんなさい、これ・・・食べてしまっても構わないものなの？」
「オゥ、ヤー！」
不意を付かれてついつい英語で返事する店主もどうなんだ？
絶対に『この人妙・・・』と思われたと思う。

なんやかんやと中断しつつもアネットへの返信。
『彼を一人にするとき、あなたは彼をどこに、そしてどのようにしておきますか？それも何時間くらい？彼は全くの一人っきりですか？』
スウェーデンでは犬を6時間以上一人っきりにしていると罰則があり、警告が続くと動物愛護の観点から犬を保護されてしまう。
『私はイサックを一人っきりにしたりはしません。一人っきりにもなれないでしょうし、いつも他の犬と共に店や家にいます。私は毎日毛玉たちと一緒に店に出勤し、私が忙しい時にはいつもスタッフと一緒にいます。時たま友人と食事をしに夜に出かけることはありますが、夜の八時まではスタッフもおりますし、私も夜十一時までには帰宅しますから彼らを四時間以上ほったらかしにすることはありません。ポコポンとデコポンはゴミ箱荒らしをするので、ケージの中に入れておきます。ポンポンはケージに中に入れると大叫びをするので、イサックはその時々でケージに入れたり、ポンポンと一緒に自由にさせています。しかし、イサックは自由にさせていても勝手に空いているケージを探して中でゆっくりとしていることも多いです。』

『何か噛むことの出来る骨のようなものは渡しますか？』
『出かける時にはいつも四毛玉全員にいくつかのトリーツを置いていきます。』

『彼をどのくらいの頻度で洗いますか？彼は体の他の部分を掻いたりしていますか？』
これが大きな問題なのだ。乾燥して湿度の無いスウェーデンやヨーロッパでは犬をほとんど洗わない。多少の汚れはあっても、己の自浄作用というものが大切で、あえてその自浄作用を弱体化させる洗浄は行わないというのが信念にあるのだ。
人間の出産時の膣洗浄も、殺菌能力の多い薬剤を使うより、母親の大腸菌やら何やらを自然と体に付着させて免疫力を向上させる為に水洗浄に変えてきている。
身の回り全てが清潔な日本で幼児のアレルギーが増加しているのは、この免疫がうまく向上しないからだと言われている。
だから犬も絶対にちょこちょこ洗ってはダメだと強く言われていた。

では・・・そんなに洗わないヨーロッパの犬は臭くないかって？
臭いよ・・・臭いっ！
でもこの匂いは「犬の匂いだから」って言うだけ。
都心の真ん中でこの匂いを発散させて歩けば・・・指差されるだろう。とにかく日本人はとっても清潔好きな国民性なのだ。
どう説明するか・・・・。
『去年の日本は異常な猛暑でした。沢山の犬が熱中症で命を落とし、ひどい湿疹に苦しみました。イサックにも多くの湿疹ができ、各所を掻いていたのは事実です。最初、私はイサックにアレルギーがあるのではと思いましたが、私には既に三頭ものアレルギーの犬がいます。アレルギーの状態もよくわかっています。夏にあなたに会った時に、アンダーコートを全部取ってしまうことを勧められたのでやってみたところ、彼もかなり楽になったようで、その後は掻いていません。
この数年の異常気象で、日本の夏は亜熱帯のようです。自ずと高温多湿の条件下で細菌繁殖も早まります。日本（特に東京などの都心部）では夏には二週間に一度、冬には一ヶ月に一度洗うのが通常です。そうしなければ皮膚病がひどくなってしまうからです。もちろんあなたは、それは多すぎると言うでしょう。田舎の方で暮らしている私の友人は三ヶ月や半年に一回しか洗わない人もいますが、それは犬が汚れないからなのです。都会では沢山の化学物質や汚染された大気が犬に黒く油っぽい汚れを付着させるのです。
私たちは皮膚のトラブルを解消・回避するためにシャンプーせざるをえません。また、それを獣医も推奨しています。』

うーん・・・わかってくれるだろうか・・・。日本とヨーロッパの気候の違いがポイントなのだが、うまく説明できないものだ。
これだけの文に四時間もかけちゃって、疲労困憊。

あっ、そーだ。肝心の事を付け足しておかねばね。

『アネット・・・イサックはもう１０日間・・・毛を食べていません。日本より愛を込めて・・・ミオッコ』

もう家に帰ったらバッタンキューだわさ！！

イサックの抱える問題 ⑥

ドッグショーにおけるイサックの暴挙（ようするに「毛食い」）がきっかけとなり、私は一大決心をした。
このままじゃどうにもならん。
いつまでも神経質に接していては、余計に繊細な子になってしまう。食べたきゃ食べればいいし、毛が無くなったって死ぬわけでもない。
そう、どうでもいいのさ毛なんてさ。

「イサック、そんなに食べたいの？んじゃ、好きなだけ食いな。どんどん食べておしまい！」
一か八かの賭けだが、毛の事を気にするのを一切やめることにした。
エリカラもしない。服も着せない。だけど二人っきりの時間はなるべく作る。お留守番の時はマンモスボーンを横においてやる。

一日経ち、二日経ち、三日目・・・？？？
どこもどうなっていない。
十日経っても何も起こらず、あのドッグショーの時の悪夢はまさしく夢だったのかと思い始めたとき、アネットからのメール。
『メリークリスマス！二頭のノルディックチャンピオン、イン、ストックホ～ルム！』
素晴らしくも心痛むクリスマスカード付き。イサックのお兄ちゃんとお姉ちゃんだ。



『その後のイ～サックはどうですか？もう毛食いは治ったでしょ～ね～。』
というメールに返信もしなかった私にアネットは不信感を抱き始めているはず。
全部話さねば・・・。

『メリークリスマス、アネット。一生懸命やっているんだけど、イサックの毛食いを私は止めることが出来ません。カティスがアドバイスしてくれたように、退屈させず、頭を使うクリッカートレーニング等をひたすら続けています。また、彼は私と二人っきりになりたいようなので、彼と二人っきりの時間を数時間作るように心がけています。他の三頭は特にイサックに嫌がらせをするようなことはありません。しかし、イサックはデコポンとポンポンのことは大好きですが、ポコポンとは意識的に距離を取っているように見受けられます。イサックは私の一番の寵愛を受ける犬になりたいと思ってはいても、自己主張が出来るほど強くはありません。私が思うに自分の毛を食べることで、私の関心を得ようとしているのではないでしょうか。』

この他、ドッグショーでの毛食いの一件を詳細に書き、ドリィママ作成の動画を付け、
『イサックの細い足と変な顔が見れます。ともあれ、ショーではイサックも頑張っていました。とっても可愛いでしょ？そう思いませんか？』
と矛盾したコメントを添えて送信してみた。

アネットからどんな反応が返ってきたかって？
そりゃあ、大変な反応だったわけさ。

イサックの抱える問題 ⑤

新年明けましておめでとうございます。
紅白歌合戦後に意識を失っていたらしく、気づいたらもう七日になっておりました。

さて、イサックの話。
ブリード審査の為にケージから出したら、ポーリッシュがフーリッシュになってたというところまでが前回。
あまりのショックで我がミドリの黒髪がはらはらと音を立てて床に散ったという話だったと思う。
「なっ、なんでこんなことをすんのっ！何で？何でなのっ？」
会場の中央で犬の肩をむんずと掴んで揺さぶる飼い主も変だが、人間のように二本立ちで顔を背けながら揺れに身を任す犬も変。

まあ、いい。問題はこの後のグループ戦だ。
始まるまで約２時間。また店に戻らねばならない私にイサックの監視は無理。先生も他の２頭のハンドリングでパドックを空けるだろう。ほほほほっ・・・イサックまたやるか？

シープドッグ・使役犬が集まるこの１グループは激戦区。



何十頭もの中で選ばれてきたシェルティーやコーギーの中で勝てるはずなど無いから、記念出走みたいなもの。勝ち負けなんかどうでもいい。アネットに送るお写真が取れればいいのだ！
頼むぞイサック！ワカメでも何でもいいからカツオにはならないでくれ～！

断腸の思いでイサックを一人残し店に戻るも、腸を断つのは痛すぎる。何度か様子を見に行くと、
『くぴー、むにゃむにゃ・・・』
寝てるっ！寝てるよこいつ！
『ムッチュムッチュ、チュッチュッウ・・・』
夢見ながらおっぱい吸ってるしっ！

仮眠を取って超ご機嫌になったイサックはやる気満々でリングに向かっていった。
「あのさ、だーれもこんな犬知らないんだからさあ。足の毛が無くても顔の毛が無くてもわかんないって。こんなもんなのかな～って思うから大丈夫よ！」
そう言って慰めてくれたドリィママにビデオをお願いして、観客をかき分け最前列へ。
見えないっ！





ぎゃあああああっ！よりにもよって、モリモリフワフワゴージャス・オールドの後ろ。
貧相で、まっくろちんけなイサックが、イサックが、かわいそう。



ダイエットが効を奏して、歩様は随分と良くなった。本人も楽しんでいるようだし・・・しかし・・・・何でオールドの前？

結局シェパード・コーギー・シェルティが選ばれて、イサック初のでっかいドッグショーは終了。
「お疲れ～！いた場所が悪くてうまく撮れてるかわかんないんだけどさあ。それにね・・・オールドがでかくて、イサックが隠れちゃうんだよ。場所がね～悪かったね。どー見てもイサックが貧弱に見えちゃってさ～。」

ドリィママは本当に慰めてくれているのだろうか・・・？

※ドリィママが作ってくれたイサックのドッグショー風景。
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48009423/48009423peevee109522.flv