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安藤美姫

安藤美姫選手を応援している方々の素晴らしいメッセージに彩られたブログです。

氷上の名花、カーティとカティアに捧ぐ☆Ekaterina Gordeeva

2008年05月28日 | フィギュアスケート
Les chants désespérés sont les chants les plus beaux,
Et j'en sais d'immortels qui sont de purs sanglots. (La Nuit de Mai) --Alfred de Musset--

絶望した歌は最も美しい歌
そして私は、清らかなむせび泣きは
不滅の歌だと知っている (「五月の夜」)--アルフレッド・ド・ミュッセ--

 カタリナ・ヴィットが眩しい輝きを放つダイヤモンドなら、エカテリーナ・ゴルデーワは奥ゆかしい底光りで輝く真珠でした。また、カタリナが情熱的な深紅の薔薇ならば、エカテリーナは凛として清楚な白百合でした。
 私は今日、エカテリーナ・ゴルデーワさんのお誕生日に、彼女の誕生を祝して、彼女への深い想いを込めて、彼女の美しい思い出を語りたいと思います。
 エカテリーナ・ゴルデーワは、カタリナ・ヴィットが「カルメン」で観客を魅了したカルガリー・オリンピックにペア選手として出場し、カタリナ・ヴィットとともに金メダルを獲得して、氷上の頂点に立ちました。当時、エカテリーナは可憐で華奢な弱冠十六歳の少女でした。まだあどけなかった少女が再びカタリナ・ヴィットとともに1994年、リレハンメル・オリンピックに戻って来た時には、エカテリーナは美しい大人の女性に成長していました。子供のようにも見えた純真な少女が美しい妻となり、美しい母となり、リンクに戻って来たのです。
 晴れの大舞台で、人生のパートナーにもなったセルゲイ・グリンコフとともに舞ったベートーベンの「月光」は大人の愛が散りばめられた素晴らしい演技でした。それは、ペアの演技にありがちな曲芸的なところが一切ない、すべての振り付けの背後に深い魂の息吹が感じられる、繊細で端整な舞でした。
 当時の解説者の五十嵐文男さんも二人が紡ぎ出す芸術世界を静かに鑑賞しているようでした。五十嵐さんはいつも落ち着いた抑制の利いた語り口で話し、時には演技中、殆ど沈黙していることもあった程、フィギュアスケートの演技と視聴者に敬意を払う解説者でした。五十嵐さんは演技後のスローモーションの部分で、過不足なく適切な解説をする人でした。五十嵐文男さんとともに、静かに落ち着いてフィギュアスケートを鑑賞することが出来た時代を私は今でも懐かしく思うことがあります。
 今、「月光」の静謐とした美しさを湛えた演技を振り返って観ると、当時は気づかなかったのですが、セルゲイ・グリンコフの背後に、すでに暗い影が忍び寄って来ているようで胸が痛みます。


 エカテリーナとセルゲイが「月光」の演技で金メダルを獲得した一年後、セルゲイ・グリンコフは心臓発作で亡くなりました。この突然の訃報を私は朝日新聞の小さな記事で知りました。この時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。その時、私の心に最初に浮かんだのは、エカテリーナはもはや二度とスケート靴を見ることも履くことも出来なくなるのではないか、悲しみに打ちのめされて、自分の世界に閉じこもり、前に進めなくなるのではないかという痛切な思いでした。それほど深くエカテリーナがセルゲイを愛していたことは、彼女の演技、表情、些細なしぐさからひしひしと伝わって来ていました。幼い少女の頃からいつもセルゲイに寄り添って生きてきたエカテリーナにとっては、セルゲイは彼女の生き甲斐そのもの、彼女の全人生のようにも思われました。だから私は、もう二度と氷上でエカテリーナの美しい姿が観られないような気がして、切なくてたまりませんでした。
 しかし、ある日のこと、私はテレビで、氷上にたった一人で現れたエカテリーナを観たのです。セルゲイが亡くなってから、それほど経っていない時期に、絶望の深淵をくぐり抜けたエカテリーナが、澄み切った美しい笑顔で銀盤に戻って来たのです。セルゲイの人生を祝福するその祭典で、今まで華奢で繊細で慎ましくみえたエカテリーナの存在がとてつもなく強く大きく感じられました。
 とりわけ、マーラーの交響曲第五番第四楽章のアダージェットで舞うエカテリーナの姿には、観客全員が感無量になり、むせび泣いているようでした。それは真実の愛を失い、悲嘆にくれる魂を表現した迫真の舞でした。絶望に打ちひしがれた魂が最愛の人の魂を探し求めている間中ずっと、エカテリーナの傍らにはセルゲイがいて、彼女をあたたかく見守っているようでした、セルゲイへの限りない愛に溢れたエカテリーナの心をそっと。
 そして、絶望の極みを乗り越え、希望の光へと向かう力強い意志が漲るこの芸術表現を通して、エカテリーナ自身が新たな一歩を踏み出しました。こうして再び歩み出した彼女は、決して立ち止まることなく、さらに一歩、また一歩と前進し続けました。絶望の殻に閉じこもることなく、外の世界に向かい、しかも険しい道を懸命に進み続けたエカテリーナには、後に、美しい贈り物が、彼女に相応しい人生が待っていました。エカテリーナはやがて、イリヤ・クーリックとともに新たな人生を歩み始めます。
 セルゲイの人生を祝う祭典のフィナーレには、柔和な笑顔のヴィクトール・ペトレンコがいました。エカテリーナの友人が一堂に会していました。その中には、慈愛に満ちた表情で、涙を堪えて微笑んでいるカタリナ・ヴィットの姿もありました。勝気で負けず嫌いにも思えたカタリナの優しい表情には、エカテリーナへの尊敬の気持ちが溢れていました。
 カタリナ・ヴィットは今年三月に、祖国ドイツのハノーファーで、最後のアイスショーを行い、「花はどこへ行った」を舞い、「カルメン」で銀盤人生に幕を下しました。1988年の「カルメン」で栄光の頂点に立ち、ドラマ版「氷上のカルメン」でエミー賞を受賞し、四半世紀にも及ぶ長い歳月の間、華やかな女優のように氷上で輝き続けたカタリナ・ヴィット。そしてその同じ歳月の間に、可憐な少女から若く美しい妻となり、最愛の人を失うという悲運に見舞われながらも、その過酷な運命を乗り越え、スター・スケーターとして前進し続け、暖かい光を周りに注いで来たエカテリーナ・ゴルデーワ。
 カーティとカティアという名のかけがえのない美しい宝石は生涯、その輝きを失うことなく、人々から愛され続けることでしょう。

  




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