とのさま日記なるもの

思いのすべてを書きます

そこに家があるから ②

2018-12-05 18:50:06 | 小説
時子の実家は高台にあった。

駅からずっと上り坂でここ数年、時子は途中で立ち止まることが増えていた。
年老いた母が駅前のスーパーに行けなくなってもう何年になるだろう。

昔は駅前は賑やかな商店街であった。本屋、玩具屋、服屋等々が並んでいた。
この坂道を母に手を引かれて毎日買い物に行った。
時子は玩具屋と本屋に必ず寄って母にねだった。
持っている人形の洋服が欲しかったし、絵本も欲しかった。

妹はまだ母の背におわれていた。
歩くようになると姉妹で店に立ち寄ってねだったものだ。

その商店街も今では空き店舗になり数件の新しい店があるだけだった。

時子はスーパーで高野槙、カステラを買った。
道路から階段を数段降りたところに実家があった。
先だって塗り直した壁がいやに白く思えた。

「もう少し濃い色だと思ったんだけどな」

時子は呟きながら門を開けた。

ポストには広告物がたまっていた。

鍵を開けて引き戸を開けて中に入った。実家の匂いがする。
居間のドアが開くのを少し待っていたがこの家には主がいないことを一瞬忘れていた事に気がつき苦笑いをした。

「いらっしゃい 悪いね」

母の声が聞こえてきそうだった。

雨戸を開けた。
お日様が部屋に入ってきた。
家の窓をすべての開け放し、風呂にお湯を張った。
一月に一度、実家にきて風呂釜を動かすのだ。

暑くも寒くもないけどエアコンも動かした。

この家の主が亡くなって一年が来る。
母の死は思っていたより早かった。
時子は仏壇の扉を開けてお供え物と枯れ始めている高野槙をさげた。
新しくお供え物をして高野槙を供えて手を合わせた。
この仏壇には父の位牌がある。
母の位牌は時子の息子のところで供養されていた。

時子は東京に嫁いでいる妹に電話した。実家を訪れたときは必ず妹に連絡して実家がなんの変わりもないことを報告した。

「お姉ちゃんに任せてばかりでごめんね」

妹はいつも謝っていた。

「遠いから仕方ないよ 大丈夫よ」

時子は母が座っていた椅子に腰を下ろした。
築50年の家。
目を閉じていたら母の息づかいや台所でゴソゴソ用事をしている音を感じた。

「お母さん、会いたいな」

時子は呟いた。





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