カフェでティータイム。
前回は空いていたクリニックへ、
異なる曜日、異なる時間に出かけたら、
長蛇の列。
話が違う、出直そう、
と、列には加わらず、近くのカフェへ。
土地柄以上の高級感に、敷居が高かった、
のも忘れて、
でも、思い切りシンプルなメニューを選んだ。
紅茶はポットサービスであるべき、だし、
アイソの無いスコーンも、出鼻をくじかれた際などには、ピッタリ。
30代のころ、教会での英会話教室のティータイムに、
焼きたてのそれが供され、素朴さこそ美味の必須要件、と知った。
そして、
その頃さかんに催されていた、デパートの英国展で、スコーンを求めた。
赤いタータンチェックの箱に入ったヤツ。
海を越えてやってきたそれは、しかし、シンプルというより、
許し難い商品、というべき代物だった。
スコーンは、ホームメイドに限る、と知った。
が、この店のスコーンは、店内で焼いていたのだろうか。
30年前の、英語教室でいただいた品、に似ている。
スコーンは変わらずおいしいのに、
食するこちらは、時の流れが額に刻印されてしまっている。
スコーンとポットサービスのミルクティ-のセットを前にして、
あの頃の若い自分を呼び戻したくて、
そっと、場違いなコンデジを向けてみる。