2002年12月のある日の会議のことだ。いつものように秘書がプレートに載せて持ってくる、ブラジルから毎日空便で取り寄せたプロポリスをスプーンで掬ってのむ。
ヨーグルトに抹茶を入れて摂り、「ハイゲンキ」とラベルのついたサプリメントを水で服用する。
八丈島にブロードバンドを誘致したいと思った青年がいた。1000名以上の著名をあつめ、イー・アクセス、アッカ・ネットワークス、NTTコミュニケーションズ、NTT東日本などに手紙などでお願いしたのだが、いずれの会社からも採算に合わないと断られていた。
どこからも断られて最後にソフトバンクBBに依頼がきたという話を聞いた孫さんは「行ってみる」と八丈島に飛び、青年たちにブロードバンド誘致を約束して記念撮影までして帰ってきた。
八丈島のADSLサービス開始実現に向けてNTT東に局間中継用の光ファイバーを要請した。
東京都内のNTT局舎と八丈島を結ぶ海底ケーブルには空の光回線がないと言う。つまりダークファイバ―をお貸しすることは出来ないと回答が来た。
ダークファイバ―以外に方法はないのかと尋ねると「専用線をお貸しすることは可能です」と。
しかし必要な容量の専用線賃貸費用を調べてみると極めて高額で、とても手が出ない。いくら八条島の青年の期待に応えたくても採算度外視では早晩行き詰る。
現場調査の必要性を感じたわたしはスタッフ数名と2003年の9月上旬に八丈島に向かった。羽田から一時間程度のフライトで八丈島に着陸した。
人口約一万で世帯数が約四千の小さな島で途中のタクシー運転手からはこの島は江戸時代は政治犯が送られていたとの説明も受けた。
島でNTT相互接続推進部のスタッフと合流した。八丈島のNTT局舎内に入り光配線端子盤の前に立ってつぶさに眺める。
伊東から、伊豆大島、三宅島を結ぶ海底線を経てつながれたファイバーは総数わずか16芯線しかない。ファイバーには各々ファイバー利用者の名札がついている。空回線と記されているものはひとつも無かった。
一本のファイバーを共同利用する光多重技術が利用できれば千倍にも容量がアップする。NTT東に光多重装置の利用を申し入れた。「すぐに対応するのは難しい」と回答がきた。
「孫さん、どうにも採算が合わないが、どうしましょうか」
「なんとしてでも接続して八丈島にブロードバンドを使ってもらいたい」と孫さんは答える。
孫さんは八丈島のブロードバンド化を全国全局舎開局のシンボルととらえ、サービス提供を決断した。
常々ブロードバンド・アクセス権を基本的人権のひとつとせよと発言していた。孫さんは自らの言葉に忠実な行動をとった。
翌年、2004年に孫さんは本土-八丈島間の伝送容量対策として一本の光ファイバを複数の利用企業が共同利用する光多重化設備の設置提案をNTTに行った。
費用負担の交渉でデポジット方式の採用を孫さんがNTTに提案していた。しかし具体的なル-ル化には至らなかった。
このデポジット方式とは新規拡張機能設備の設置に必要な資金をNTTに預託しておき、倒産時などのリスクヘッジとして当てる。しかしこれもNTTからすると例えば新規にその設備を利用する企業が出現した場合にデポジット負担はどう割り振られるかなど料金の設定にやっかいな算出が必要であり、実現には至らなかった。
八丈島でのサービス開始後2004年6月、総務省で「全国均衡のあるブロードバンド基盤の整備に関する研究会」が斎藤忠夫東大名誉教授の座長で始まった。
研究会はブロードバンド化の遅れた地域つまりデジタルデバイド地域の改善を目指したものだ。政府は2001年1月に「e-Japan戦略」を決定しているがその一環としてデジタルデバイドの解消を目指した研究会だ。
八丈島のケースのように、NTT東西の局間で中継光ファイバーがない等、上記の5大要因に重なる理由でADSLサービス開局を待たされ、その時点で開局できていない局舎はかなり残っていた。
孫さんは日本全国のNTT局舎すべてにADSLサービスを開始することに情熱を傾けていた。局舎と呼べないような無人の小さなボックスまで入れると全国7000局舎以上あるといわれていた。
RT局と呼ばれる無人のボックスで収容されるエリアでは他事業者はもちろんのこと、NTTでさえADSLサービスを開始していない。採算が合わないからだ。しかし孫さんはあきらめない。
孫さんは平成13年第151回国会で意見陳述したことを忘れてはいなかった。そこでは憲法で基本的権利として規定すべきだとまで主張していた。
孫正義参考人の意見陳述の要点 平成13年第151回国会第三回憲法調査会
人類は、「農業革命」、「産業革命」を経て、現在「情報革命」の時代にある。
「情報革命」の時代において、プロセッサー(中央処理装置)の素子数の増加、脳型コンピューターの開発等によりコンピューターの能力が人間を超える可能性がある。機械に使われるのではなく、人間が機械を使いこなすことが大切である。
アジアにおいて、高速インターネット網の整備が進んでいるが、この点において、日本は決定的に遅れており、規制緩和、競争の促進により、高速インターネット網を早急に整備すべきである。
21世紀の憲法
21世紀の憲法は、IT革命やグローバル化を前提として制定されるべきであり、その際には、以下の点が重要である。
インターネットの普及に対応し、憲法に、情報に自由・平等にアクセスできるネット・アクセス権を規定するとともに、プライバシー保護の権利を保障すべきである。
なんとしてでも八丈島にブロードバンドを提供したい。ホワイトボードの前に立ち自ら詳細な計算をして
「どうや これで採算ラインにのるやろ」と懸命にスタッフを説得する。
NTT東西がすべての局舎でコロケーション(ADSLサービスを提供する設備を設置するNTT局舎内の場所の提供)に応えてくれていたら、理屈の上ではデジタルデバイドはほとんど解消していたことになる。
ソフトバンクのADSLサービス開始直後に、NTT東もADSLサービスを開始した。それ以前の八丈島島民への説明では設備等の不足でADSLサービス提供は採算にあわないと説明してきた。
ソフトバンクが高価な専用線を東京本土と八丈島間に借りて採算を度外視して開始するとNTTも同じサービスを開始した。
「コロケーションルールの見直し等に係る接続ルールの整備について」報告書(案)2007年1月23日によると、「上記当該区間(注 空き芯線のない区間)にWDM装置を設置することとした場合に要する費用については、当該設備が空き芯線のない区間において光信号中継伝送機能を利用するために必要不可欠な設備であると認められれば、当該設備は複数の接続事業者が共通的に用い得る設備であることから、光信号中継伝送機能の接続料原価の一部として、当該機能を利用する事業者が等しく負担する(一芯全体を利用する場合とWDM装置により帯域単位で利用する場合の接続料を同一とする)ことが適当である。」
これによると、相互接続設備のリスク負担の考え方に大きな進歩が見られた。
2007年「コロケーションに関する接続ルールの変更」報告書にもWDM装置により帯域単位で利用することが望ましい旨が盛り込まれた。