2年前、2010年4月13日の朝。
父親が仕事に行く前だったので7時から7時半くらい迄の間に、恐らく健康な父親との最後の会話をしました。
1949年生まれの父親は12月29日生まれで60歳。
「還暦を迎えて残りの人生も少なくなったけど、どう? 何か得たものはあるの?」といった感じの質問を僕はした。
もっとぶっきらぼうな言い方だったけど。
親父は「なんもかわらんわ」と言った。
「なんもかわらんわ」というこの言葉が引き金になって、僕は生まれた時にもあって死ぬ瞬間にもあるであろう自分自身に気付く。
もちろん、それは最近になってのことで、その時は60年も生きて何も変わらないなんて! と思っていたが(笑)
社会的な面では「0パブリック」を表明した坂口恭平さんが、とても明解な行動をしてイリュージョンを起こしている。
彼の「社会という無意識の中に何かを持ち込むのではなく、新しく0から創って行こう」というメッセージは素晴らしい!
今、僕は自身が概念でない生身の豊田真大を表現していくことしか思いつかない。
かっこわるい、ぐうたら人間の僕も人間であり、本来の自分があり、何やら嘘の人生を生かされている。
しかし、世界の外では自由なので、日常で起きてきたことや、思ったことを書いていくことなら出来る。
少しだけ、すっきりしたので仕事へ行ってきます。
ああっ、鬱だあ(笑)
父親が仕事に行く前だったので7時から7時半くらい迄の間に、恐らく健康な父親との最後の会話をしました。
1949年生まれの父親は12月29日生まれで60歳。
「還暦を迎えて残りの人生も少なくなったけど、どう? 何か得たものはあるの?」といった感じの質問を僕はした。
もっとぶっきらぼうな言い方だったけど。
親父は「なんもかわらんわ」と言った。
「なんもかわらんわ」というこの言葉が引き金になって、僕は生まれた時にもあって死ぬ瞬間にもあるであろう自分自身に気付く。
もちろん、それは最近になってのことで、その時は60年も生きて何も変わらないなんて! と思っていたが(笑)
社会的な面では「0パブリック」を表明した坂口恭平さんが、とても明解な行動をしてイリュージョンを起こしている。
彼の「社会という無意識の中に何かを持ち込むのではなく、新しく0から創って行こう」というメッセージは素晴らしい!
今、僕は自身が概念でない生身の豊田真大を表現していくことしか思いつかない。
かっこわるい、ぐうたら人間の僕も人間であり、本来の自分があり、何やら嘘の人生を生かされている。
しかし、世界の外では自由なので、日常で起きてきたことや、思ったことを書いていくことなら出来る。
少しだけ、すっきりしたので仕事へ行ってきます。
ああっ、鬱だあ(笑)
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