海風に吹かれて

オリジナル小説を気ままにアップしていきます。
やっぱり小説を書いている時は幸せを感じる…。

完結です♪

2008-03-28 06:56:30 | ミナモのひとり言

  

 ↑皆さんの日々のクリックに感謝、感謝です

_____________________

 「虹色のウロコ」完結しました。

 いや、この作品。
 少々は手を入れましたが、書いた当初の雰囲気を壊したくなかったんで、
 ほぼそのままでの掲載。
 なんだか、恥ずかしいですね

 でも、たくさんの方が見に来てくれて、本当に嬉しかったです


 さて、毎度ではありますが、ここでお休みをいただきたいと思います。

 また皆さんに、よりよい作品をお届けするために、頑張りたいです

 再びミナモが戻ってくるまで、待っていてくださいね♪



 それから、だいぶ前に参加した、
 「gooホーム PROJECTクリックで、詳しいことが分かります♪
 
 プロジェクトに、30人登録するたびに沖縄の海にサンゴを1株ずつ植えてくというものでした。
 私も海と関わりの深い地域に生活していますので、共感して登録。
 

 そして、実際にサンゴが植えられ、写真まで頂きました♪
 なんか嬉しかったんで、皆さんにご報告


         images
         クリックで拡大します♪30人の名前が見えるよ!

 大きく育って欲しいな~
                
 


虹色のウロコ TOP

2008-03-28 00:00:00 | もくじ

    

 ↑クリックして応援してくださいね♪



長編小説 虹色のウロコ

 小さな漁師町「魚崎町」には、古くから人魚伝説が言い伝えられていた。
 町の守り神である「魚神様」と「人魚」と「人間」は、かつて互いに協力し合い共存していたのだが…。
 漁師の娘「有坂海香」が、町のため人魚のために、果敢に謎の敵に挑む冒険ファンタジー。

 個性際立つ「有坂家」の面々も見どころ♪
 1話ずつがかなり長めです。作者の初完結処女作でもあります。

               

      21 22 23 24 25 26 27  


拍手する

虹色のウロコ 最終話

2008-03-27 08:35:11 | 長編小説 虹色のウロコ
  

 ↑クリックして応援してくださいね♪

___________________

「おい。博士とやら。何でそんな勝手な事をしたんだ。
 そんな事をして、魚崎に魚神様のお怒りが降りかかったら、どうしてくれるんだ! 」
 大きな声で、博士に食ってかかる声に振り返ると、海香のお父さんが顔を真っ赤にして、今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴っていた。
「そうだ、そうだ。
 そんな計画をしたから、魚神様がお怒りになって、漁獲量が減ったんじゃないか! 」
と、皆が続いて騒ぎ出した。
「とにかく! 」
 博士は、皆の勢いに気圧される事も無く、自信たっぷりに言った。
「とにかく、見ていただきましょうじゃありませんか。
 皆さん、この中にその生き物を実際に見たという方はおられますかな?
 では、その魚神様とやらに、お会いした方は? 」
 博士の問いかけに皆はぐっと言葉に詰まり、黙ってしまった。
「この時代に、そんな時代錯誤な事を言って、貴重な生物学的大発見を見逃してもらっては困りますねぇ。
 魚崎にこの生き物が生息している事が、日本中、いや、世界中に知れわたれば、魚崎の町が有名になる事は間違いないでしょう。
 そうすれば、魚崎の町が潤う事は、約束されたも同然でしょうな」
 会場はしーんと静まり、博士は満足気な顔でにやりと笑った。
「それじゃあ、博士とやら。
 わしらに、その生き物を見せてくれんかのぅ?
 その生き物が、本当に大発見じゃというのなら、皆も納得するじゃろう。
 それなら、この町に博物館が建とうが、何が建とうが、誰も文句は言わんじゃろ」
 海香のおじいちゃんが、静かに博士に向かって言った。
「もちろん。お見せしますとも。
 さぁ、持って来て下さい」
 博士がそう言うと、千夏のお父さんを始め役場の人達が、布を被せた大きな水槽をキャスターの付いた台に載せて運んできた。
 千夏が不安そうに海香の顔を見たので、海香は千夏ににっこりと微笑むと、千夏の手を取りぎゅっと握った。
 水槽は、博士の乗った台の横に付けられ、被せられた布の端を博士が掴んだ。
「ちょっと待った!
 もしその生き物が…、えっと、何じゃったかいな?
 あぁそうじゃ、生物学的…大発見とやらの物じゃなかったら、あんたどうしてくれる気じゃ? 」
 今、まさに博士が布を取ろうとした時、海香のおばあちゃんが言った。
「大丈夫ですよ。そんなに心配なさらずとも、これは確実に大発見です。
 とにかく見ていただいてから、お話しましょう。それが一番早いのですから」
 博士が笑いながらそう言うと、
「いんや。今、はっきりさせて欲しいんじゃ。
 もし、違った場合は、あんたらこの町を速やかに出て行ってくれんかの。
 そして、二度と魚崎の地を踏まんと、約束してくれ! 」
 おばあちゃんは真面目な顔で博士を見据え、はっきりと言った。
 その言葉に、博士は一瞬ムッとしながらも、
「いいですとも。約束しましょう。
 もし、皆さんが納得出来ない物だったら、私たちは魚崎から撤退し、二度とこの地を踏まないと」
と、会場の皆に向かって言った。
「皆、聞いたな? 」
 おばあちゃんがそう言うと、皆はうなずいて答えた。
「じゃあ、よろしいですかね? 」
 博士の言葉に、
「あぁ、いいよ」
と、おばあちゃんが言い、ついにその布が取り払われた。

「おぉ…」
 会場からは、どよめきが起こった。
 その様子に、博士を始めとした計画に関わった者達は、得意げに顔を見合わせた。
「その生き物は…一体…」
 誰かが言った。
「これは、人魚です。
 魚崎の町に古くから言い伝えられ、もはや伝説の中の生き物だと思われていた、人魚なのです」
 博士が誇らしげに答えると、一斉に会場から笑い声が沸いた。
「何ですか! なぜ笑う! 」
 博士は赤い顔で、笑い転げる人々の顔を見て怒鳴った。
「おい、人魚だってよ」
「あれがかよ? まあ、確かに人魚だよな」
 皆が笑いながら口々に言うその言葉に、博士は慌てて水槽を覗き込んだ。
「あぁ! 」
 水槽の中で泳いでいたのは、人魚のウロコを書き込んだ布を履かせられ、人の顔が描かれたお面を付けられ、窮屈そうにしている大きなマグロだった。
 博士は驚いて、後ずさりをした。
 その顔は、見る見る青くなり、血の気が引いていく。
「違う。違うんだ。確かに夕べは、ちゃんと人魚だったんだ。本当だ。信じてくれ」
 そう言って、博士は皆と町の者の顔を代わる代わるに見た。
 町長も千夏のお父さんも、唖然として水槽を見ながら、必死になって町の皆に向かって頭を下げ始めた。
「あぁ…。なぜ…、なぜなんだ」
 博士は頭を抱え、その場に崩れるように座り込んだ。
 そこに、海香のおばあちゃんが来て、博士の肩を叩きながら言った。
「さぁ、約束じゃ。この町から出て行ってもらおう。
 町長もこの一件で、町を守るためには、町の者の意見というのが、どんなに大事かが分かったじゃろうから、もうあんたを引き止めたりはせんよ。
 なぁ、ハナタレ」
 おばあちゃんがそう言って町長を見ると、町長は物凄い勢いで何度もうなずいた。
 博士は、ガックリと肩を落とし、すごすごと台の上から降りていった。
 会場では、山下君がやはり肩を落として、この場から出て行こうとしている所だった。
 海香はそれに気付くと、千夏の肩をポンポンと叩き、黙ったまま山下君の方を指差した。
 千夏は海香に、
「ありがとう」
と小さく言うと、山下君を追いかけて走って行った。
 海香は、
(頑張って! )
と、心の中でエールを送りながら、千夏の後ろ姿を見送っていた。
 気が付くと、台の上では海香のおばあちゃんがマイクを握り、
「わしらの町は、わしらで守るんじゃー」
と、大演説を始めていた。
 町の皆は、にこにこと笑いながら、
「そうだ、そうだー」
と、演説に同意している。
「おーい、ばあちゃんてば。
 恥ずかしいから、降りろよ」
 お父さんがおばあちゃんを止めようとしている。
 それをお母さんが、近所の奥さん達と見て笑っている。
 海香は、そんな家族も町の人も、大好きだと心の底から思った。

「あれ? おじいちゃんは? 」
 海香がキョロキョロと探しに行くと、船つき場の奥の方で、おじいちゃんは小沢先生と一緒に、仮装して窮屈そうに水槽に入っていたマグロを海に放す所だった。
「あ、そのまんまで大丈夫かな? 」
 思わず海香がそう言うと、小沢先生が、
「ん? あのお面と、人魚の布だったら、ちゃんと外してやったぞ?」
と言って、振り向いた。
「えっと…。あはっ、それなら、大丈夫大丈夫」
 海香は少し慌てて答え、おじいちゃんの方を見た。
 おじいちゃんは、
「大丈夫じゃよ」
と海香に言って、ウインクをした。
 それから、おじいちゃんと小沢先生はマグロを海に放し、連れ立って会場に戻って行った。
 海香は一人その場に残り、海を見つめていた。
 しばらくすると、船つき場にぷかりと、大きなマグロの尾頭付きの皮が流れ着いた。
 それはさっきまで、水槽の中で仮装させられていたマグロ。
 つまり、ツキヨミのお母さんが身を隠していたマグロの着ぐるみだったのだ。
 海香はそれを拾い上げ、繁々と見ながら、
「すごいなぁ…。よく、穴も開けずに上手に皮を剥いだもんだなぁ…」
と感心して言った。
 それから、魚市場にある卸業者のゴミ箱の、他の魚の骨や皮にそれを紛れ込ませて捨てると、会場へと戻って行った。
 結局、その日は学校は臨時休校となり、一度は荷物を取りに戻ったものの、すぐに下校となった。
 海香のクラスから広がりつつあった、博物館建設中止運動も、これでお終いになってしまったのが残念だったが、皆が自然や町のあり方について考える事が出来たのは、大きな実りだった。

 海香は、扇松海岸に寄って帰る事にした。
 海岸には、マサオとツキヨミと共に、無事に助け出せたツキヨミのお母さんもいた。
「海香ー! 」
「海香! 」
 マサオもツキヨミも、海香の姿を見つけると、大きな声呼んだ。
「はーい」
 海香も、大きな声でそれに答えると、走って皆の所へ向かった。
「良かった。お母さんが無事で」
 海香は、元気そうなお母さんの姿に、喜んで言った。
「あなたのおかげよ」
 お母さんはそう言って、海香の手をしっかりと握ってお礼を言った。
 海香は、照れくさそうに笑うと、お母さんに向かって言った。
「ううん。私のおかげなんかじゃないよ。
 マサオくんの計画と、おじいちゃんの魚卸しの腕が無かったら、絶対に無理だったと思うよ。
 だって、人魚の格好をさせられたマグロの皮の中に、お母さんが入っていただなんて、誰も気付かなかったんだから! 」
「そうだったの。あなたのおじいちゃんが…。
 嬉しいわ。
 あのマグロの着ぐるみを作ってくれたのは、あの時の人だったなんて…」
 お母さんは涙ぐんで喜んだ。
「うん。おじいちゃん、恩返しをしたいって張り切ってたよ。
 おじいちゃんも、お母さんの事を助けられて、きっと嬉しいと思う」
 海香もつられて涙を滲ませて言った。
「まあ、とにかく。これで、魚崎に持ち上がった数々の問題は、片付いたかな?
 人も、人魚も」
 マサオがそう言いながら、ツキヨミと海香の顔を順番に見た。
 ツキヨミがまず口を開き、
「はい。そうですね。
 あの人魚を、正しい道に導き、再び仲間として迎え入れる事が出来なかったのは残念ですが、きっといつか、自分の心と体を取り戻して帰ってくる日を信じて待とうと思います。
 それから…」
 そう言ってから、ツキヨミは洞窟の方に手招きをした。
 そこには、王族の人魚が申し訳なさそうに、小さくなって顔を出していた。
「彼女は今まで通り、ぼくらの仲間として仲良くやっていくつもりです」
と言って、海香の顔を見た。
 海香もそれを聞いて、良かったとうなずいた。
 そして海香も、口を開いた。
「あの…、マサオくん。
 ううん、魚神様。
 もう少しでいいから、魚崎の漁獲量を増やしてくれないかな?
 伝説の頃よりも、町の人口は確実に増えてるし、魚がとれなくなってきたのも、今回の騒ぎの原因と言えば原因なんだよね。
 皆、きっと反省しているし、暮らすのに必要な分で良いから…」
 海香がそう言ってお願いすると、マサオはけらけらと笑い出し、
「確かにそうだな。
 ははは、海香にはやられたよ。
 分かった。もう少しだけ、魚をとれるようにしてやるよ」
と言って約束した。
 そして、海香はツキヨミのそばに行き、ポケットから虹色のウロコを取り出して、差し出した。
「ツキヨミ、ありがとう。
 ツキヨミと会えたから、私は頑張れたよ。
 これからも、色んな事があると思うけど、ずっとツキヨミと、ううん、人魚と仲良くしたいって思ってる。
 昔のような関係になれるのは、もっとうんと先だとは思うけど…。
 とりあえず、よろしくね」 
 海香がそう言って微笑むと、
「もちろんだよ。こちらこそ、よろしく。
 それから、そのウロコは、もう海香のものだよ。
 見てごらん、ウロコの輝きが、増えているだろう? 」
と、ツキヨミは優しく言った。
 そう言われて、海香が手に持ったウロコを見ると、虹色の他に、たくさんの眩しい輝きを確かに放っていた。
「それは、海香の輝き。
 この海を愛し、町を愛し、人を愛し、人魚を愛した証。
 大切にするんだな」
 マサオはそう言って、海香の肩を優しく叩いた。
「ありがとう。…ありがとう」
 海香の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
 その涙の雫がウロコに落ちると、つるりと滑り落ちてまたさらに輝いた。
「おいおい、まったく。なんで泣くんだよ。
 本当に女の子ってのは、難しい生き物なんだな…」
 マサオが首を傾げながら言い、海香もツキヨミも、ツキヨミのお母さんも笑った。



「しっかし、ばあちゃんの演説は、すごかったな」
 夕飯のマグロの刺身をほおばりながら、お父さんが言った。
「何が? わしは、間違った事は言っとらんぞ」
 おばあちゃんは、黙々と食べながら返事をした。
「おっかねえなぁ。間違ってるなんて言ってねえべよ。
 あの博士も、町長も、最後は皆黙っちまったって言いたかったんだよ。
 いやー。さすがは、ばあちゃんだ」
 お父さんが大きくうなずきながら言うと、おばあちゃんはちろりと横目で睨み、パシッとお父さんの頭を叩いた。
「痛てぇ」
 お父さんは首をすくめながら、両手で頭を押さえた。
「親を馬鹿にすんのは、百年早いって言ってるだろうが」
 おばあちゃんは、そう言ってにやっと笑った。
「馬鹿になんかしてねえって言ってんのに…」
 お父さんは、子供のように口を尖らせて言うと、大きな声で笑い出した。
 そのやり取りをずっと見ていた、海香もおじいちゃんもお母さんも、思わず顔を見合わせて、けらけらと笑ってしまった。
 そしておじいちゃんが、不思議そうにおばあちゃんに尋ねた。
「それにしても、ばあさん。
 何であの博士に、水槽の中身が人魚じゃなかったら、出て行けなんて言ったんじゃ?
 えらく自信たっぷりじゃったが、もし本当に人魚が入っていたら、どうするつもりだっんじゃ? 」
 それは海香も聞いてみたかった。
「ん? そんなもん、決まっとるじゃろ。
 あんなハナタレ共に、人魚がつかまえられるはずがないからじゃよ。
 だいいちそんな事を、魚神様が許すわけがなかろう」
 おばあちゃんのあの自信は、まったく根拠の無い自信だったみたいだ。
(それはそれで、すごいな)
と、海香は思った。

  海香はベッドに横になり、このほんの何日かの間に起きた、素晴らしくも不思議な数々の出来事を思い出していた。
 まるで、遠い記憶をたぐるような、くすぐったい感じだった。
 でも、その一つ一つの出来事は、確実に海香を成長させ、かけがえのない思い出という宝物になったのだ。
 海香はゆっくりと目を閉じて、眠りの波間へと漂い始めた。
 大きな安堵と、胸に抱いた虹色のウロコとともに…。

                               ― おわり ―

 

虹色のウロコ 第二十六話

2008-03-24 06:55:28 | 長編小説 虹色のウロコ
  

 ↑クリックして応援してくださいね♪

____________________

 悪しき人魚に立ち向かったツキヨミは、海香の姿に気付き、うろたえた。
 悪しき人魚も、ツキヨミの姿に、攻撃態勢を取った。
「海香!
 何てことだ。悪しき人魚に囚われてしまうなんて…」
「ツキヨミ! 」
「海香! 今助けるからな! 待っててくれ! 」
 ツキヨミはそう言って、高く巻貝の剣を振りかざした。
 その時、海香にはやっと人魚のなぞかけの意味が分かった。
「ツキヨミ! だめぇー! 悪しき人魚を攻撃しないで! 」
 海香は叫んだ。
 ツキヨミは、海香の言葉を無視して人魚に向かって行ったが、寸での所で攻撃を止めて、悪しき人魚の攻撃を防御してかわすと、すり抜けた。
「何で! 何で攻撃しちゃいけないんだよ! 」
 ツキヨミは納得のいかない顔で、人魚の攻撃を盾で防御しながら海香に言った。
「この人魚は、悪い海蛇に騙されて、操られていただけなの。
 この人魚が悪いんじゃないの。
 お願い、助けてあげて。
 もう、人魚の体と心が、海蛇に乗っ取られそうなの。
 ほんの少し、この人魚の本当の心が残っているだけになってしまっているの。
 今なら間に合うかもしれない。この人魚を、正しい道に導いてあげて。
 大ばあ様もお母さんも、そう言ってたじゃない」
 海香の言葉に、ツキヨミは愕然とした。
 その、ほんのわずかな隙をついて、悪しき人魚の攻撃が、ツキヨミを吹き飛ばした。
 ツキヨミは水を切って、勢い良く壁に打ち付けられてしまった。
「嫌ー! ツキヨミー! 」
 海香の叫びに、再び魚崎のほこらから稲妻のような光が放たれ、その光は洞窟の外壁を突き抜けて届き、悪しき人魚の体を貫いた。
 苦しんだ悪しき人魚が、海香をその腕からようやく放したので、海香は急いでツキヨミの元へと泳いで行った。
 悪しき人魚は声も無く苦しみ、しばらく体をのたうち回らせると、よろよろと泳ぎながらホールへと引き返していく。
 海香とツキヨミは、その姿を少し距離をとって着いて行きながら見ていた。
 ホールに着くと、悪しき人魚は出口に向かって泳ぎだした。
「逃げるのか! 」
 ツキヨミがまた悪しき人魚に向おうとした時、海香の耳にあの小さな声が聞こえた。
「しっ! ツキヨミ、待って」
 海香は耳を澄ました。
《ありがとう。あなたの叫びが魚神様に届き、私はやっと悪しき心から解放されます。
 本当にありがとう。
 もう二度と会うことはありませんが、どうかお元気で。
 人魚と人が昔のように住める世界になる事を、私も祈っています》
「ねえ、どこへ行くの?
 悪しき心から解放されたのなら、また皆と一緒に、この海で暮らせばいいじゃない」
 海香の言葉に、小さな声は一瞬、嬉しさで言葉を詰まらせたが、
《いいえ。そう言っていただけた事だけで、私は満足です。
 でもまだ私には、私の中でくすぶっている悪しき者との戦いが残っています。
 それに打ち勝たない限り、私は人魚の世界には戻れません。
 あなたや、あなたの叫びを聞いた魚神様に、そのための勇気をいただきました。
 だから…》
 苦しみの表情を浮かべた悪しき人魚は、その体の本当の持ち主である、小さな声の者の姿に戻ってはいなかったが、その歪んだ目から、真珠のような綺麗な涙を一粒落とし、ホールの出口から沖へ向かって消えて行った。
「これで良かったのかな? 」
 海香は、小さく呟いた。
『いいんだよ。あとは、彼女自身の戦いだ。
 悪しき者に付け込まれてしまった、弱い自分との戦いなのさ。
 オレたちに出来るのはここまでなんだよ』
「マサオくん? 」
 海香は、ツキヨミと顔を見合わせた。
『さあ、海香。まだ終わりじゃない。
 ツキヨミのお母さんの事、忘れていないよな? 』
 魚神様の言葉にツキヨミは驚いて、
「母さんの事? どういう事なんだい? 」
と、海香に尋ねた。
「ツキヨミのお母さんを、悪しき人間から取り戻すの。
 ツキヨミは、私を危険な目に合わせたくないからって言って陸に返したけど、私は私でマサオくんと相談して、ツキヨミとお母さんを助けようと、陸から色々と頑張ってたんだからね! 」
と海香は答えて笑った。
「そうか…、陸でね…。
 ん? だけどさっきまで、悪しき人魚に囚われていたじゃないか!
 あの時は、本当にびっくりしたんだよ! 」
 ツキヨミはそう言った後で、海香に聞こえないように小さく言った。
「そうならないために、ぼくは我慢して海香と離れたっていうのに。
 なーんにも分かっちゃいないんだもんな」
「ん? 何か言った? 」
「ううん。なんにも」 
 ツキヨミはそう言って、海香をまじまじと見つめると、本当に嬉しそうに笑った。
「さーて。私は扇松に戻りたいんだけど、あの海流は一人で通れないんだけどな。
 誰か送ってくれないかしら? 」
 海香がそう言って、まるで絵本の中のお姫様のように手を差し出すと、ツキヨミがその手を取ってかしずき、
「わたくしがお送りいたしましょう。人魚姫」
と言った。
 二人は笑い合い、しっかりと手を繋いで、扇松までの海中散歩を楽しんだ。
 それはまるで、さっきの人魚から流れてきた、あの頃の魚神祭りでの人魚と人の関係そのものだった。
 互いにいたわり合い、尊重し、助け合いながら生きていた、あの頃のものだった。

 扇松の洞窟に着くと、マサオが待っていた。
「ツキヨミも、海香も、良く頑張ったな。
 さあ、この後はショータイムだぞ。
 お母さんを出迎えてやりながら、ツキヨミも見ていくといい」
 マサオがそう言って笑うので、海香は
「えー? マサオくんてば、本当はおじいちゃんなのに、ショータイムだなんて言葉、知ってるんだ」
と言ってからかった。
「何だって? 海香! 」
 三人は、けらけらとお腹を抱えて笑った。
 ひとしきり騒いでから、
「さあ、海香。学校に遅れるぞ。
 時間も戻してあるし、今から向かえば、いつもと同じ時間に着けるだろう。
 ほら、服を乾かしてやるから、そこに立って」
 マサオがそう言ったので、そこで初めて海香は学校の事を思い出した。
「うえー。そっか、今日は朝から海に潜っちゃったんだったね。
 いつもは放課後だったからなぁ。
 今から学校に行くの、嫌だな~。もう、色々あって疲れちゃったな」
と、海香が言うと、
「だめだめ。そういう泣き言は聞けないな。
 ほら早く支度しろよ」
とマサオは厳しく言った。
「はあ~い」
 しぶしぶ海香が返事をすると、
「まあ、それもどうせ朝の会までだ。
 一時間目の始まる頃に、町の放送がかかって、皆は港に集まることになるんだから、それまでの辛抱だよ」
と言って、マサオは枝を振った。
「ほんと? やったぁ。
 だからさっき、この後はショータイムって言ったんだね。
 よしっ、それなら学校に行こう! 行ってきまーす」
 海香は、手を振って学校へと向かった。

 教室に入ると、すぐに千夏に耳打ちをして、いよいよ計画が実行される事を話しておいた。
 千夏も小さくうなずき、
「分かった」
とだけ答えると、いつもの様に海香と他愛無い話で盛り上がった。
 チャイムが鳴り、小沢先生が教室に入ってきて出席をとる。
 刻々とその時は、やって来ていた。
 けたたましいチャイム音の後に続いて、町役場からの放送がかかる。

― 魚崎の町民の皆様にお知らせします。
 これより、緊急の町民集会を行います。
 どうか、どちら様もお誘い合わせの上、魚崎港船つき場までお越し下さい。
 繰り返します… ―

 教室の中は、一気にざわついた。
 小沢先生が、繰り返される放送に負けないように、大声で皆を落ち着かせた後、廊下に整列させた。
「何だろう? 」
「こんな事、初めてじゃない? 」
 皆は落ち着かない様子で、こそこそと話しながら港に向かった。

 船つき場には、もう大勢の町民が集まっていた。
 その中には、おじいちゃんの姿もあり、それを確認できた事に海香はほっとした。
「あ、あー。聞こえますか?」
 町長さんが台の上に立ち、マイクを手で叩いて言った。
「聞こえるっての! 一体、何だって言うんだよ。
 こっちは忙しいのに呼び出しやがって」
 漁師さんらしき集団の中から、荒っぽい野次が聞こえると、会場はざわざわと騒がしくなった。
「静粛に。静粛にお願いします。
 博物館建設についての、町民の皆様のご意見をいただくために、わざわざご足労いただいたわけです」
 町長さんが、汗を拭いながら言うと、
「はあ? 博物館だと? そんなもん聞いてねえよ」
と、また野次が飛ぶ。
「まぁ、その事については、これから山下博士に話していただきますので。
 山下博士、どうぞ」
 会場がざわつく中、山下博士が台の上に上がり、町長と交代してマイクを握った。
 千夏は、ちらっと山下君の顔を覗き見た。
 山下君は何も知らなかった様子で、台の上に立つ父親の姿を見つめていた。
 そんな山下君に、千夏は少しほっとして、視線を博士に戻した。
「えー。私は、ただ今ご紹介に預かりました山下です」
 博士がそう言って話し始めると、
「挨拶はいいから、博物館の事を説明してくれ! 」
と、野次が飛ぶ。
 博士は、仕方ないという風に顔をしかめながら、話を続けた。
「魚崎の町の漁獲量減少という事態を、どうしたら改善できるかという事で、私に要請が来まして、海洋博物館建設という計画が持ち上がったわけです。
 なぜ、海洋博物館なのかと申しますと、この町には古くから言い伝えが残り、皆様が伝承している珍しい生き物が、生息しているからなのです」
 博士の言葉に、会場は波を打ったように、静まり返った。
「私は、長くその生き物の研究を続けてきました。
 その事で、私の家族にも肩身の狭い思いをさせてきたのですが、ついに私は、その生き物をつかまえたのです」
 再び会場はざわめく。
 老人たちの中には、
「魚神様のお怒りに触れてしまう」
と、泣き崩れる者もいた。
 皆、生き物とは人魚を指すという事が、分かったのだった。



虹色のウロコ 第二十五話

2008-03-21 08:51:57 | 長編小説 虹色のウロコ
  

 ↑クリックして応援してくださいね♪

___________________


『離して! 』
 海香がどんなに暴れても、ものすごい力で押さえつけられ、逃げ出すことは出来なかった。
 囚われの身として人魚の脇に抱えられたまま、海底洞窟へと向かうしかなかった。
『何で? 何でそんな風に、誰かを憎むまでの、悪しき心を持ってしまったの? 』
 海香は、ふるえる声で尋ねた。
 これからどうなってしまうのか怖くて怖くて仕方なかったが、それよりも、この人魚がここまで悪意を持つ事が、かわいそうだと思った。
 楽しく日々を過ごせれば良いと、自由気ままに生きられるはずの人魚が、どうしてそんなつまらない考えに行き着かなくてはなくてはならなかったのだろう。
 人魚は、海香の言葉に答えたりはしなかった。
 ただただ、心の奥底にくすぶり続ける悪意だけで、洞窟へと泳ぎ進むだけだった。
 海香が目を閉じると、セピア色の海の映像が瞼の奥に浮かんだ。
(この人魚からの映像なのかな?
 おじいちゃんの昔の写真みたいな色…)
 遠くから、太鼓と笛の音が聞こえる。
 聞き覚えのある独特のリズムに、海香は魚神祭りだと思った。
 ただ、海香の良く知っている祭りとは、どこか違うとも思った。
 町中を練り歩く飾り立てた山車も無ければ、海岸通りに並ぶ賑やかな屋台も無い。
 港の水際に大きな漁り火が焚かれ、その周りを男たちが囲み、太鼓や笛を奏でたり、酒や肴を片手に海の歌を歌っていたからだった。
 水際近くの浅瀬にたくさんの人魚も集まって、貝殻や海藻の楽器らしきものを演奏したり、尾びれで海面を叩きながら共に歌い楽しんでいる。
(これは、うんと昔の事なのかも。
 もしかしたら、人魚と人が一緒に、お祭りを開いているのかもしれないな)
 その光景を見て、海香は思った。
 水際の人魚たちの周りでは、人の子と人魚の子が混ざり合いながら、水をかけ合って遊んでいる。
 そして、その様子を微笑ましく見守る、一人の老人。
 その老人に、人も人魚も敬意を抱いているのが、皆の態度を見て分かる。
(何だろう? あのおじいちゃんて、偉い人なのかな? )
 やがて沖の方から、海中に光の集団が現われると、浅瀬に向かって移動して来るのが見えた。
 人も人魚も、その光を待ちわびていたかのように見つめ、ざわざわと集まり始めた。
 浅瀬に居た人魚たちが、一斉に両脇に避けてかしずくと、真珠や光り輝く貝殻で飾り立てた人魚の一団が顔を出して、浅瀬へと上がってきた。
 皆の感嘆の声が漏れる。
 その中でも、ひと際輝く美しい人魚が、さっきの老人に挨拶をすると、皆に酒が振舞われ、再び太鼓や笛の音色が鳴り響いた。
 子どもたちは、きらびやかな人魚の一団に近づくと、憧れの眼差しで見つめている。
 そんな中、一団の中の一人の人魚が、腕に人魚の子を抱いて、老人の元へと進み出た。
「おお、王子か。大きくなったのう」
 老人は、目を細めて人魚の子を見つめている。
「ありがとうございます。何もかも、皆様のおかげです」
と言って頭を下げた人魚の声に、海香は聞き覚えがあった。
(あの声は、ツキヨミのお母さん?
 っていう事は…。 あの子どもは、ツキヨミ?
 じゃあ、もしかしたらこの綺麗な人魚の一団は、王族の人魚なのかな? )
「魚神様。どうかこれからも、この子に災いがもたらされません様に、お守りくださいませ」
 若きツキヨミのお母さんが、そう言って頭を下げた。
(魚神様? うそ! あのおじいちゃん、魚神様なの? )
「うむ。いつでもわしが、ほこらから王子を見守っていよう」
 魚神様はそう言って、ツキヨミの頭を撫でた。
「よろしくお願い申し上げます」
 ツキヨミのお母さんは、そう言ってもう一度頭を下げると、始めに魚神様に挨拶をしていた人魚に向かって、
「大ばあ様、ありがとうございます」
と言いながら一礼をし、一団のうしろの方へと戻って行った。
(え? あの、綺麗な人魚…。若い頃の大ばあ様なの?
 …大ばあ様があんなに若いなんて…。
 これは一体、いつの時代なんだろう? )
 海香は驚きながら映像を見ていた。
 大ばあ様が魚神様に向かって口を開き、
「王子は、この海に生まれし時より、度々重い病にかかり、もう育たぬものと諦めておりました。
 しかし、魚神様のお力と人々の祈りに支えられ、このように大きくなる事が出来ましたことを、王として深く感謝申し上げます」
と、お礼を述べた。
「いやいや、大ばあよ。
 いくらわしの力や、人々の祈りがあったとしても、こればかりは本人の生きる力にかかっておるのだよ。
 そのように、かしこまってお礼を言われる程の事など、わしらは何もしていないのだ」
 魚神様がそう言って、人々の方に振り返ると、
「そうだ、そうだ。気にすんな」
と、皆も口々に笑顔で言った。
「かたじけない」
 大ばあ様はそう言って、目じりに薄っすらと滲んだ涙を、そっと拭った。
「さあさあ、宴を始めようじゃないか。
 皆、美しいそなたたちが来るのを、ずっと心待ちにしていたのだ」
 魚神様の言葉に、皆は杯をかかげ、祭りは盛り上がりを見せた。
 いつしか人々は海へと入り、人魚たちと共に、太鼓のリズムや笛の音に合わせて、楽しげに踊り始めた。
 その相手に選ばれるのは、きらびやかな王族に限られているようだった。
 人魚が踊るのに合わせて、海面には装飾品から反射する美しい光が舞い、まるで、海香の知っている魚神祭りには欠かせない、花火の輝きのようだった。
 周りで見ている者は、海面を見ては手を叩き喜んでいる。
 魚神様も、大ばあ様と手を取り、祭りを体中で楽しんでいた。
 そして祭りは終わった。
 人魚達は光島へ、人は町へ、魚神様はほこらへと、それぞれ戻って行った。
 海は途端に静かになった。
 打ち寄せる波の音以外に、聞こえるものは無くなった。
 寂しくさえ思えるその海に、一つの影があった。
 それは、一人の若い女の人魚の姿だった。
 彼女は月明かりの下で一人、光島の裏手の岩に腰掛け、海を見つめていた。
 そしておもむろに、岩に生えた海藻を一房引き抜くと、髪に挿して海面に映る自分の姿を見つめた。
 しばらくして、大きなため息を一つつくと、海藻を外して海へと投げ込んだ。
(あ! この人魚、私をつかまえている人魚だ!
 やっぱりこれは、この人魚からの映像だったんだ)
 海香はそう確信した。
 暗い海中に、人魚の投げた海藻がゆっくりと沈んで行くと、その奥深くから小さな声が聞こえた来た。
《王族に、憧れているのかい? 》
 人魚は驚いて、逃げ出そうとした。
《大丈夫だ。怖がらなくたっていい。
 私はお前さんの味方だよ。
 お前さんがいつもここでため息をついているのを、ずっと見ていたんだから》
 人魚はその言葉に、逃げ出すのを止めたものの、いぶかしげに、あちこちをきょろきょろと見回している。
《私は、お前さんの望みを叶えてあげようと思っているのだ。
 このままでは、お前さんは一生日陰の身として、王族に仕えるだけの者で終わるだけだが…。
 私と共にいれば、お前さんは必ず、王族になれるだろう。
 美しい貝や真珠で飾り立て、人々を魅了し、魚神様と語らい、人魚たちの羨望の眼差しを一身に集める事が出来る。どうだ? 》
 人魚はごくりと唾を飲み込んで、黙ったまま、じっと海中を見つめている。
《同じ人魚でありながら、お前さんはじっと我慢するばかり…。
 あまりにも不公平じゃないか。
 そうだろう? お前さんだって、若く美しい人魚だというのに、その身を飾ることさえ出来ない。
 もったいない事だ。
 そして、日々王族のために、寝る間も惜しんで働いているのだ。
 なんて不憫な。なんて報われない、理不尽な事なのだ。
 さあ、その手を出してごらん。私がお前を、救ってやろう…》
 人魚はしばらく考えていたが、そっと海中へと手を伸ばした。
 すると、差し出した人魚の手に、黒い影が巻きつき、その影はじりじりと、体の方へと這い上がって行く。
 人魚は驚き恐れて、何度もその影を振り払おうとしたが、影は人魚にしっかりと絡みつき、離れようとはしなかった。
 そして、影はするすると人魚の口から、体の中へと入って行ったのだった。
(今のは…海蛇?
 じゃあ、この人魚が悪しき心を持ってしまったのは、この海蛇が体に入ったから?
 だから、悪しき信号の化身が、海蛇の姿をしていたの? )
《くくくくくく。これで私は、海蛇では無くなった。
 私は人魚だ。
 くくくくくくく。
 誰からも相手にされず、忌み嫌われるばかりの海蛇ではなくなったのだ。
 ふふははははははは。
 約束通り、私はお前さんと共に人魚の王族となり、煌びやかにこの身を飾り立てようじゃないか。
 王族を滅ぼしてね。
 あはははははははははは》

 海香は驚いて目を開けた。
 するとどこからか、小さな声が聞こえた。
《助けて…。助けて…》
 その声は、人魚の信号ではなかった。
 もっと直接的に、海香に向かって話してきているようだった。
《お願い。もうこれ以上、私に恐ろしい事をさせないで…。
 もう私には止められないのです》
「あなたは、誰? 海蛇なの? 」
 海香がそう尋ねると、
《いいえ。私は人魚。
 海蛇の誘惑の言葉に負けてしまった、愚かな人魚です》と答えた。
「え? じゃあ、さっきの映像の中の…」
《そうです。
 あなたなら、私の心を受け取ってくれるだろうと思って、最後の力を振り絞って、映像を流しました。
 もう、私には時間がない。
 そのうちに、私は消えてなくなってしまうでしょう。
 その時に私の体は、私の姿をしていながら、私ではなくなってしまうのです》
 「え? それって、どういう意味なの?
 あなたの体が、あなたの姿をしているのに、あなたではなくなってしまう…? 」
 海香はその時、自分が、もうすでに人魚の洞窟に入っている事に気がついた。
 人魚は海香を抱きかかえたまま、ものすごい勢いで、王族の住む部屋の方へ泳ぎ進んでいる所だった。
 海香は、なぞかけの様な人魚の言葉を繰り返し、必死でその意味を考えた。
 すでに人魚は、ツキヨミのお母さんの部屋と、王族の部屋との分かれ道まで来ていて、そこから迷いも無く真っ直ぐ王族の部屋への通路に進んだ。
 すると奥から、
『覚悟しろ! これ以上の悪しき行いは、王のぼくが許さない! 』
と言って、ツキヨミが剣のように鋭く尖った巻貝と、盾のように頑丈な貝殻で武装して、勢いよく飛び出してきた。



虹色のウロコ 第二十四話

2008-03-19 07:48:48 | 長編小説 虹色のウロコ
  

 ↑クリックして応援してくださいね♪

_____________________


(…まったく。ヒレ無しときたら勝手なもんだ。
 建物が建ってからで良いというから、こっちがのんびり構えていれば、急によこせときたものだ)
(…さようですな。
 しかも今日は、なぜか小僧の横槍にあって、間に合わせで連れて行ったもんだから、傷物の人魚と言われる始末。
 改めて、活きの良い人魚を渡さねばならなくなってしまいましたな。
 まぁしかし、人魚を渡す名目は果たしたのだから、毒を流されずにはすんだのですからこれで良しとせねばならんでしょう)
(だから、初めから小僧を渡せば良かったのじゃ。
 さすれば一石二鳥ではないか。
 小僧が居なくなれば、われが新たに人魚王となり、この海はわれらの海になる)
(しかし、あれでなかなか小僧のヤツ、すばしっこくて…。
 まあいざとなれば、やつらは親子。
 小僧をおびき出すのに、苦労はしないでありましょう。
 かえって、傷物を楽につかまえてヒレ無しに渡したのは、案外面白いことになるやもしれませぬぞ)
(それは良い考えじゃ。
 やはりお前は抜け目がない。
 それにしても、昨日お前はどこに行っておったのじゃ。
 われはここでお前を、ずっと待っていたのじゃぞ)
(だから、私めはヒレ無しに呼び出されて、急遽人魚を渡せと…さもなくば毒を流すと脅されたのだと、そう何度も申したではありませぬか。
 もうお忘れでありますか? )
(いや…忘れてはおらぬが、どうも腑に落ちん。
 ヒレ無しとて、この海に毒を流しては、生きて行かれぬだろう)
(はははははははは)
(何がおかしいのじゃ! )
(そなた程のおかたがご存知無いのでありますか?
 ヒレ無しとは知恵者なのですぞ。
 我らが持たぬ、機械なる道具を持ち合わせているのです。
 毒を流しても、すぐにまた取り除けるという、優れものなのですぞ。
 私めは、それを見せられたのでありますよ。
 そんなに申すなら、今から私めと一緒に、ヒレ無しの所へ行きましょうぞ)
(…う…いや…)
(はははははは。
 そなたは一度たりともヒレ無しと会おうとはしない。
 人魚王になろうと目ろむのなら、一度会ってみればよろしいであろう。
 それとも、怖いのですかな? ) 
(なにを!
 いつからお前は、われにそんな口をきけるようになったのじゃ! 無礼者! )
(…くくく。これはこれは、失礼を。
 そのようにお怒りにならなくとも、良いではありませんか。
 ならば行きましょうぞ。ヒレ無しに会いに…)
〔チャポン〕

 海香は、ベッドから飛び起きた。
 体中には、じっとりと汗がにじんでいた。
「何か、おかしい気がする。何だろう…」
 海香は、得体の知れない胸騒ぎを感じていた。
 悪しき人魚の信号を、一言一句もらさないようにしっかりとメモに書き留めると、朝食も取らずに扇松へと走って行った。
 扇松にはマサオが一人で待っていた。
 初めて会った時の岩場に立って、海を見つめていた。
「マサオくん! 」
「やぁ、海香」
「これ…」
 海香は走ってマサオの所へ行くと、メモを差し出した。
 マサオは岩場から飛び降りると、海香からメモを受け取り読み始めた。
「何か…。何か分からないけど、しっくりこないの。
 昨日、私は悪しき人魚の信号を聞けなかったのに、ツキヨミのお母さんは信号をキャッチしたと、貝殻に手紙を書いたみたいなの。
 それで、人魚を夕べ人に渡す事になった事と、渡せなければ海に毒を流すと言われた事とかが分かったって…。
 そうツキヨミは言っていたんだけど…」
「これは…、王族の人魚をおびき出し、人間に引き渡すための…罠だ」
「罠? 」
「そうだ。
 いくら人間の造るものが、どんなに優れていたとしても、毒をすぐさま取り除ける機械なんてあるわけがない。
 そんなものがあるなら、こんなに海が汚れるはずなどないさ。
 これは、王族の人魚を人に引き渡すために、もう一人の悪しき人魚がついた嘘なんだよ!
 もしかしたらこいつは、始めから自分が人魚王になろうとしていたんじゃないか?
 そのために王族の人魚を騙し、自分は王族の人魚が王になるための手助けをしているふりをして、機会をうかがっていたのかもしれない」
「それじゃ、ツキヨミのお母さんは…」
「きっと、何もかも承知だったのさ。
 ツキヨミばかりじゃなく、この王族の人魚をも救うつもりだったのかもしれない」
「でも、ツキヨミのお母さんはもう人に渡されてしまったんでしょ?
 せっかくおとりにまでなってくれたのに、王族の人魚まで人に渡されたら、その意味が無くなっちゃうじゃない」
 海香は泣きながら言った。
「おそらく王族の人魚が、任命式の場で悪しき信号の化身を生み出してしまったのを見て、急遽思いついたんだろう。
 ツキヨミのお母さんがキャッチしたというのは、そんな人魚の企みの方なのかもしれないな。
 しかも、その化身を海香が見ていた事も、こいつはきっと知っているんだ。
 だからこそツキヨミのお母さんは、海香から注意をそらすためにも、自分が進んでおとりになったんだろう…」
「そんな…。マサオくん、どうしたら良い?
 どうしたらツキヨミのお母さんと、王族の人魚を助ける事が出来るの? 」
「海香、落ち着くんだ。
 昨日オレが話した計画の準備は、整っているか? 」
「うん。友だちとおじいちゃんに手伝ってもらったから、準備は出来てるよ」
「よし。じゃあ、ツキヨミのお母さんの方は大丈夫だろう。
 後は王族の人魚の方だ。
 ツキヨミのお母さんが、おとりになってまで助けようとしたんだ。
 オレたちも、こいつを助けてやらなきゃな。
 海香がこれを聞いたのはいつだ? 」
「えっと…。いつもと同じ、六時十二分頃」
「まだそんなに時間は経ってないな。
 ちょうど今頃、悪しき人間たちに会っている頃かもしれない。
 落ち合っている場所が、分かれば良いんだが…」
「半島周りは、お父さんたちが漁の真っ最中だから、もしそんな所で会ったとしたら、目立つと思うんだけど…」
「そうか! 分かったぞ!
 この時間の意味は、これだったんだ!
 やつらは港だ!
 船が出払っている今は、逆に港に人目が無い事を知っているんだ。
 よし、急ごう! 」
 マサオと海香は、港に向かって走り出した。
 船つき場に船は一艘もなく、静かに波が打ち寄せている。
 その先にある市場では活気溢れる声が響き、先に水揚げされた魚介類がせりにかけられているようだ。
「あそこは無理だな。人が多すぎる。
 だとしたら、どこだ? 」
「もしかしたら…、灯台の方かも。
 灯台なら、港に戻ってくる船を見張る事も出来るし…」
「そうか、なるほど。海香、行こう! 」
 灯台は、港への入り口に横たわる防波堤の先端にあるのだ。
 二人は急いで向かったが、そこに人影は無かった。
「誰も居ないみたい。違ったのかな? 」
 海香がそう言って引き返そうとすると、
「いや…。灯台の裏手に回ってみよう」
とマサオは言って、海香を引きとめた。
 そして二人は、灯台の裏手に向かって歩き出した。
 するとそこには、白衣を着た男が数人集まり、今まさに海から網を引き上げようとしている所だった。
「マサオくん、あれ! 」
「ああ」
 マサオは呪文を呟いた。
「…―……―…」
 すると海水が大きく盛り上がり、まるで生き物のように形を作ると、白衣の男たちをごくりと飲み込み、沖へと連れ去って行った。 
 網に掛けられていたのは、やはり王族の人魚だった。
 ばたばたともがき、網から抜け出そうと必死になっている。
 その脇で、波に紛れて逃げ出そうとする人魚の尾びれを、マサオは見逃さなかった。
 すかさず呪文を唱えると、二人の人魚を取り巻く海水が瞬時に固まり、大きな氷の塊となって、ぷかりと海面に浮かんだ。
 怯えきった王族の人魚とは対照的に、恐ろしい形相でマサオと海香をにらみつける人魚を見て、海香が言った。
「私、あの人魚を知ってる。
 大ばあ様の部屋に居た、お付きの人魚のうちの一人だよ」
「本当か? どうりで、王族の動きを良く知っているはずだ。
 お前たち、改心すれば助けてやるぞ」
 マサオの問いかけに、王族の人魚は震えながら、
『魚神様、どうか…。どうかお慈悲を…』
と、涙を流した。
 もう一人の人魚は、変わらずにらみつけたまま、一言も話そうとはしない。
 それどころか、高らかに声を上げて笑い出したのだ。
 その姿に海香の背中は凍りつき、全身に電流の様な寒気が走ると、鳥肌が立った。
『お前の狙いは一体何なんだ! 』
 マサオが人魚に問うと、
『そんな事、神を名乗るのなら、ご自分で考えたらどうじゃ』
と言って、人魚は押し殺したように笑っている。
『何を…。お前はすでに、性根まで汚れきってしまっているのか』
 マサオはこぶしを握り締め、怒りを抑えながら言った。
『くくく…。どうせわれは、日陰の身。輝かしい王族には、どう望んでもなれぬのじゃ。
 われがどこまで汚れようと、構わないではないか! 』
 人魚はそう言って目を閉じると、王族の人魚のものをはるかに上回る、巨大でどす黒くにごった悪しき信号の化身、もはや海蛇と呼べない位の大蛇を、体から生み出したのだ。
 大蛇は、マサオの作り出した氷の塊をすり抜け、鎌首をもたげて、ぴたりと狙いを定めている。
「マサオくん、危ない! 」
 海香の声に飛びのき、かろうじて大蛇の一撃を避けられたが、姿の見えない敵に狙われる恐怖で、明らかにマサオはうろたえていた。
「そうだ…。マサオくんには、悪しき信号も聞こえなければ、悪しき化身も見えないんだ」
 海香は、愕然とした。
『くくくくくくく。はははははははははは。
 魚神様も形無しじゃな。姿が見えなくては、どうにも出来まい』
 人魚はそう言って大蛇を操り、マサオの体をきわどく攻撃しては笑っている。
 その姿は、まるで獲物をもてあそぶ獣のようだと、海香は思った。
 マサオの体は、みるみる傷だらけになり、逃げ続ける疲労で衰弱していく。
『さあ、そろそろ終わりにしましょう。
 ね、魚・神・様』
 人魚のその言葉で、大蛇はマサオの体にぐるぐると巻きつき、徐々に力を入れて締め付け始めた。
 マサオの体から力が抜け始めると、二人の悪しき人魚を閉じ込めていた氷が、ゆっくりと溶け出した。
「マサオくん! 」
 海香は叫んだ。
 その叫びに答えるように、半島のほこらから一筋の光が稲妻となって走り、マサオを締め付ける大蛇を、粉々に砕け散らした。
 飛び散った大蛇の破片は煙となって消え去り、マサオは気を失ってその場に崩れ落ちた。
 海香はマサオの元へと、走り寄った。
『くそう…。こうなったら、小僧を始め威張り腐った王族どもを、亡きものにしてくれる』
 人魚は悔しそうにほこらを睨み付けると、体を小刻みに揺らしながら、ずるずると氷を抜け出し海へと這い出した。
 そして、大きく海面にジャンプすると、マサオのそばにしゃがみ込み怯えている海香をさらって、人魚の洞窟へと向かい出した。


虹色のウロコ 第二十三話

2008-03-16 08:51:53 | 長編小説 虹色のウロコ
  

 ↑クリックして、応援お願いしますね♪

_____________________


 学校が終わると、海香は急いで扇松へと走って行った。
 洞窟を覗くと、マサオとツキヨミが、話をしながら海香を待っていた。
「おかえり」
「た…ただいま」
 海香は、のんびりとした二人の様子に少し驚いた。
「どうしたんだい? 」
 すぐにマサオが、海香の様子に気付いて言った。
「ううん。何か、ちょっと怖かったの。
 悪しき人魚があのまま黙っているなんておかしいし、もしかして、企んでいる事があるのかもって思って」
「企みかあ…。確かに何かを考えてはいるだろうな。
 でも、向こうが動きを見せなけりゃ、こっちも手の打ちようがない。
 人魚を悪しき人間に受け渡すとかなら、オレもどうにか阻止出来るんだが…。
 何せオレにもツキヨミにも、悪しき人魚の信号は受けられないから、これ以上は分からないな」
「そうだよね、それは私の仕事だもんね。
 とにかく、人魚が人に渡されないようにだけはしないとね。
 本当にそれだけは、マサオくんお願いね。
 もし人魚が人の手に渡ってしまったら、博物館がここに建ってしまう事になるの。
 そうしたら、この海は死んでしまうかもしれないから」
 海香は必死になってマサオに言った。
 その様子に、マサオも何かを感じたのか、きりっと真面目な顔になって
「任せとけ」
と、短くきっぱりと答えた。
「さぁ、ツキヨミ行こう!
 もう一人の悪しき人魚を捜さなくちゃ」
「うん。よろしく! 」
 二人は、同時に海の中へと潜って行った。

 ホールに着くと、相変わらずゆったりとした人魚の世界が広がっていた。
〈まずは、どうやってもう一人の人魚を捜すかだよね〉
 ツキヨミが、念のためにツキヨミ貝を使って話した。
〈そうだね。昨日の司会の人魚は、どうしているんだろう〉
〈うん。もう一人が一緒に居るとは限らないけど、どうしているのか見てみるのも良いかもしれない〉
 ツキヨミは海香の手を取ると、通路に向かって泳ぎ出した。
 ツキヨミのお母さんの部屋の前に着くと、ツキヨミは立ち止まって言った。
〈この先に、王族が住む部屋があるんだ。
 昨日の悪しき人魚は、この奥に居る。
 でも、このまま何も考えずに乗り込むのは危険だから、とりあえず母さんの所へ行って、考えをもらおうと思うんだけど〉
〈それがいいよ。ツキヨミのお母さんなら、きっと良い方法を考えてくれると思うし〉
 二人はお母さんの部屋へ進んだ。
 お母さんの部屋は、昨日よりも少し明るくなっていた。
 たとえ明かりを置くことに意味がなくても、お母さんの気持ちが、部屋を明るくする事に意味を持ったのだろうか。
「母さん」
 ツキヨミが、声をかけながら部屋に一歩入ると、岩の椅子に腰掛けたお母さんが、立ち上がって迎え入れた。
 海香もツキヨミに続いて、部屋へと入って行った。
「あのね…」
 ツキヨミが話すのを遮って、お母さんは一枚の貝殻を手渡した。
 貝殻には、何かが書き込まれていて、海香には読めない文字だった。
 ツキヨミは黙ってそれを読むと、お母さんの顔をまじまじと見ている。
 お母さんは、それに答えるように黙ってうなずくと、岩の椅子に戻って腰掛けた。
 そしてツキヨミは海香の手を引いて、黙ったままホールへと引き返し始めた。
〈どうしたの? 〉
 ツキヨミの様子がおかしいので、海香が尋ねると、
〈母さんが、おとりになるって…〉
と、ツキヨミは言った。
〈おとりって…? 〉
〈ぼくと海香を、危険な目に合わせたくはないからって。
 母さんがおとりになって、悪しき人魚につかまれば、きっと人に引き渡すはずだと。
 その時には、もう一人の人魚もきっと分かるはず…。
 …そういう事らしい〉
 ツキヨミは涙しているのか、前を向いて泳いだまま答えている。
〈でも、おとりっていう事は、お母さんが人間に渡される前に、もちろんマサオくんに助けてもらうんだよね? 〉
〈いや、母さんは、この事態を治めるために、人間たちにとらわれるつもりでいる。
 母さんにその意思があるから、魚神様が手出しする事は出来ない〉
〈でも、お母さんが人間につかまるって事は、博物館が建っちゃうんだよ?
 それはどうするつもりなの? 〉
〈母さんが直接、人と交渉するつもりらしい。
 まあ、そこは上手くいくとは言い切れないけど…〉
〈そんな…。なぜお母さんはそんな方法を…?
 もっと他に、良いやり方があるんじゃないの?
 なんでツキヨミは、お母さんを止めなかったの? 〉
 海香は、激しくツキヨミを責めた。
〈ぼくだって、止めたかったさ。
 でも夕べ、悪しき人間に、悪しき人魚がせかされていたのを、母さんがキャッチしたんだって言うんだ。
 人間側の都合で、今夜までに人魚が必要になったから、連れてくるように言われていたらしい。
 もし連れて来られなければ、扇松に毒を流して、生き物の住めない海にすると。
 そんな事になったら、いくら博物館が建たなくなったとしても、この海は死ぬ。
 ぼくら人魚も、魚も、貝も、そして魚崎の人も…暮らしては行けなくなってしまうだろう。
 もう時間が無いんだ。
 それにぼくは、ツキヨミとしてではなく、人魚王として判断しなきゃならないんだ〉
 ツキヨミの声は、涙声になっていた。
 長い間、別人のようになってしまったお母さんが、やっと元通りになった矢先の事だけに辛いのだろう。
〈ねぇ、マサオくんに相談しよう。
 それがいいよ。
 ね、マサオくんの所に戻ろうよ〉
 海香は懸命にツキヨミに話しかけたが、ツキヨミは首を横に振り、
〈だめだよ。ぼくは、母さん以外の人魚の安全を守るという仕事がある。
 母さんがせっかくおとりになると言ってくれているのに、他の者が連れて行かれては困るんだ。
 そして海香、君も守りたいんだ。
 海香が人魚の信号を受けられる事が、もしもあいつらに分かったら、忘れクラゲをけしかけるくらいじゃ済まない。
 すでに、何かおかしいと勘ぐり始めているらしいから、もうここへは来ない方が良い〉
と言い、ぐいぐいと海香を引っ張りながらホールの出口を抜けると、扇松の洞窟へと向かい出した。
〈ねぇ。じゃあ、今まで私が頑張ってきた事は何だったのよ!
 一緒に…。
 ツキヨミと一緒に、ここまで悪しき人魚を追い詰めたんじゃない! 〉
 海香は、海流を抜けた辺りでツキヨミの手を振り払い、激しく詰め寄った。
 ツキヨミは、悲しい瞳でじっと海香を見つめると、海香の体をぎゅっと抱きしめた。
〈ぼくは…。海香を失いたくないんだ。
 海香と会えた事、海香が頑張ってくれた事、その全てに感謝しているよ。
 本当にありがとう。
 でも、これ以上は無理だ。
 もうこれ以上、海香を危険な目に合わせたくないんだ。
 だからここから先は、ぼくの力で解決しなきゃいけないんだ〉
〈ツキヨミ…〉
〈じゃあ、ごめん〉
 ツキヨミは海香から体を離すと、別れがたい気持ちを振り払うように、力いっぱい勢いを付けて今来た海を戻って行った。
〈ツキヨミー〉
 海香はしばらくの間、その場に留まって、小さくなるツキヨミを見ていた。


 海香が洞窟の中に泳ぎ着くと、マサオが神妙な顔つきで待っていた。
「大丈夫か? 」
 どう声をかけて良いか分からないといった風に、マサオは言った。
「うん…」
 海香は力なく答え、マサオの隣に腰掛けた。
 そして大きなため息を一つついて、
「何か…寂しいな」
と言うと、海香の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
 それを拭うでもなく、ただこれ以上涙がこぼれないように、海香は上を向いた。
 マサオは海香の隣で、じっと黙ったまま、一緒に座っていてくれた。
 しばらくして、マサオはゆっくりと口を開いた。
「今日はツキヨミのやつ、海香の話ばっかりしてたんだ。
 きっとあいつ、海香の事が本当に好きなんだよ。
 だから…」
「うん。分かってる。マサオくんありがとう。
 何かさ、これからって時に、もういいって言われちゃったから、ショックだったんだ。
 ツキヨミが、私を大事にしてくれてるのは分かるんだけど、私もツキヨミの役にたちたかったし…」
「でも、まだ海香には出来る事があるんだぞ。
 上手くいけば、ツキヨミのお母さんだって助けられる! 」
「本当? 」
「ああ、本当さ。それは…」
 マサオは、海香に計画を話した。
 海香はそれを聞いて、再び体にやる気がみなぎるのを感じていた。
「分かった! 私、すぐに準備に取り掛かるから帰るね!
 マサオくん、服を乾かしてもらっても良いかな? 」
「任しとけ」
 そう言って、マサオはいつもの様に枝を払った。
 海香はマサオと別れると、走って家に帰った。
 そして、急いでおじいちゃんにマサオの計画を話し、準備に必要な軍資金を出してもらうと、千夏を電話で呼び出した。
 ミニバスの練習に出かける前だったので、千夏は快く海香の呼び出しに応じ、学校の門の前で待ち合わせをした。
 海香は千夏に会うと、計画を全て話した。
「でも、大丈夫かな?
 上手くいくといいんだけど…」
 千夏が心配そうに言ったが、海香は、
「大丈夫! だって、うちのおじいちゃんがついてるし! 」
と、自信たっぷりに言った。
 そして、
「ただ…」
と、付け加えた。
「ただ…? 」
 千夏が不思議そうに聞き返すと、
「千夏のお父さんと、山下君のお父さんが、ちょっと可哀想かもね」
と言って、海香は笑った。
「そうかもね」
と言って、千夏も笑った。

二人は買い物を済ませてから、海香の家に行き、おじいちゃんの部屋で準備に取り掛かった。
「あら、千夏ちゃん、久しぶり。
 今日は、ミニバスの練習は無いの? 」
 お母さんが、お茶とお菓子を持って入って来て、千夏に聞いた。
「はい。今日は、宿題を二人でやるので、お休みしました」
「そう…。でもなんでおじいちゃんの部屋で…。ねぇ? 」
 お母さんが、変な顔をしてぶつぶつと言うので、
「お年寄りと一緒にやりましょうっていう宿題なの! 
 もう! いいから、早くお母さんは出て行ってよ」
 海香は顔を膨らましてそう言うと、いつまでも首を傾げているお母さんを、おじいちゃんの部屋から押し出した。
 ふすまをぱたんと閉めると、
「…お年寄りって…」
と、おじいちゃんが、ぽそりと言った。
「あ! ごめん」
 海香が謝ると、千夏が笑い出し、結局は海香もおじいちゃんも笑ってしまった。
 何とか作業が終わり、千夏は家に帰って行った。
「よし! 後は…、これをどうやって…」
 海香が考えていると、
「わしに任せておきなさい! 」
と言って、おじいちゃんが胸を叩いた。
「本当? 私も行くよ」
「いや、一人の方が良いじゃろ」
 そう言ってどこかへ出かけて行き、三十分程で戻ってきた。
「おじいちゃん、どう? 大丈夫そう? 」
 海香が出迎えて聞くと、
「大丈夫! 上手くいきそうじゃ」
と、おじいちゃんは笑った。
 海香は、今日はしっかりと悪しき人魚の信号を聞こうと、早めにベッドに入って眠る事にした。
「今頃、ツキヨミはどうしているのかな。
 お母さん以外の人魚を守るって、大変な事なんじゃないのかな?
 上手くいくと良いんだけどな…。
 私も陸で、ツキヨミの力になるために…頑張るからね…」
 海香はそんな事を呟きながら、眠りの波間へと、ゆっくり、ゆっくり落ちていった。

虹色のウロコ 第二十二話

2008-03-11 21:56:59 | 長編小説 虹色のウロコ

  

    ↑クリックして応援してくださいね♪
____________________

 お父さんは、家を出てから二時間ほどして帰ってきた。
「ただい…」
 お父さんが玄関を開けた音に有坂家の全員が駆けつけたので、びっくりしたお父さんは言いかけて、また玄関を出て行こうとした。
「なぁにやってんじゃ、英太! 早くあがれ!
 みんなして、お前の帰りを待ってたんじゃから! 」
 おばあちゃんが一喝して、皆は居間に集まり、夕飯を食べながらの報告会議となった。
「それで、ハナタレは何だって? 」
 おばあちゃんが議長のようだ。
「あー…まぁとにかく、今すぐに工事をするのは止めるってさ」
 お父さんが答える。
「ふん。それで? 」
「何だか、他にはない特別な生き物を仕入れるだとかで、それが手に入らなけりゃ、博物館を建てる意味はないんだってよ。
 そんで、それが手に入ったら、町の皆を呼んで、そこで博物館を建てるかどうかを話し合う、って事にさせてきたんだ」
 お父さんが自信たっぷりに言うと、
「ふーん…。んで、もちろんその生き物が何かって事は、聞いてきたんだべな? 」
と、おばあちゃんが当たり前だという口ぶりで聞いた。
「いや。それは、どーしても言わねえから、聞いてねぇ」
 お父さんが、ご飯を口一杯にほお張りながら答えると、
「ばかたれ! 」
とおばあちゃんが怒鳴った。
 お父さんは、まるでリスのように頬を膨らましたまま、目を見開いてびっくりして、それからパチパチと大きく瞬きをした。
「お前、そこが一番肝心だって、わかんねぇのか! 」
 今や会議と言うよりも、テレビドラマの中の警察の取調室のようになってしまった食卓を、おじいちゃんがなだめるように割り入った。
「まぁまぁ、英太も頑張って、そこまで町長に言わせてきたんじゃから、ばあちゃんも気を静めて。
 今すぐに工事を始めないと言わせただけでも、大したもんじゃ。
 なぁ、海香」
「うん。そうだよ。
 お父さん、ありがとう」
 海香は、これ以上お父さんがおばあちゃんに怒られないように、大げさに喜んでみせた。
「おお、海香。そうか、そうか。
 そうだよなぁー、いきなり工事が始まっちゃったりしたら、びっくりすんもんなー。
 でももう大丈夫!
 お父さんが、ちゃーんと止めさせてきたから、安心して良いからなー」
 お父さんは、おじいちゃんと海香の助け船に喜んで乗り込んで、わざとふざけて言った。
 お母さんがそのやり取りに、思わずこらえ切れなくなってけらけらと笑い出し、渋々おばあちゃんは、お父さんを攻撃するのをやめたようだった。
 実際、海香はやっと安心して、ゆっくりと味わって夕飯を食べると、お風呂にたっぷりと浸かり、ベッドへ入って眠りについた。
 色々な心配事が片付いてきたり、隠していた事をおじいちゃんに話せたので、気持ちはすっきりとして清清しかった。
 布団をかぶると、ものの何秒かで眠りの波間へ漂い始め、深い深い眠りの海へと落ちて行った。



〔ピピピピピピピピ〕
 手を伸ばして、目覚まし時計を止める。
 大きく伸びをしてから、海香は何か変だなと思った。
「そう言えば、悪しき人魚の声を聞かなかったな」
 あまりにも熟睡してしまっていて、気付かなかったのか?
 一瞬そう思ったのだが、
「昨日、ツキヨミのお母さんが、今は警戒して信号は出さないだろうって言ってたもんね。
 きっとそれだな」
と言って、海香は着替えを済ませると、居間へと降りて行った。
「おはよう」
「あぁ、海香。おはよう」
 おじいちゃんが、読んでいた新聞から目を上げて微笑んだ。
 海香が食卓につくと、待っていたかのように、
「今日も、人魚の国へ行くのかい? 」
と、おじいちゃんは小さな声で聞いた。
「うん。行ってくる。もう一人の悪しき人魚を見つける仕事が、まだ残っているから」
「そうか。気を付けてな」
 おじいちゃんはそれだけ言うと、何もなかったかのように、新聞を広げて読み出した。
 海香も、いつも通りに朝食を食べて家を出ると、扇松へと向かった。
 マサオとツキヨミは、昨日の洞窟の方に居た。
「おはよう」
 海香がそう言って入って行くと、
「やぁ、海香! おはよう」
と、二人とも海香に挨拶をした。
「夕べは、悪しき人魚の声は聞こえなかったよ。
 私がぐっすり寝ちゃってたからかもしれないけど」
 海香がそういうと、
「いや、昨日は信号は出ていないんじゃないかな。
 警戒してるって母さんも言っていたし」
 ツキヨミが、そう言ってから話を続けた。
「今ね。魚神様と、海香の話をしていたんだよ」
「私の話? 」
「そう。海香は、不思議な子だって。
 ずっと塞ぎこんでいた母さんが、海香と会って話したら、昔の母さんにすっかり戻ったし、大ばあ様だって、あんなに安らかに旅立てた。
 海香がいれば、昔のように人魚と人が共に暮らす事が出来るんじゃないかって、そんな話をしていたんだ」
 ツキヨミは、瞳をキラキラと輝かせながら話している。
「でも私、何もしていないよ」
 海香は戸惑って、マサオとツキヨミの顔を交互に見ながら言うと、
「何もしていないから不思議な子なんだよ」
と、マサオが言った。
「何かをしようと、がむしゃらになってるわけじゃないんだけど、常に目の前に起こった事に一生懸命頑張っているから、海香の周りでは不思議と良い事が起こる。
 それが、すごい事なんだ」
「なんか…それって褒められてるのかな? 」
 海香が少しすねた顔で言うと、ツキヨミとマサオは笑いながら、
「もちろんだよ」
「褒めているのさ」と言った。
「まぁ、いいや。とにかく、また後で来るよ」
 海香は、からかわれているような気持ちが拭えなかったけれど、まんざら嫌な感じもしなかったので、気にせず学校へと向かった。
 教室に入ると、クラスのあちこちで何人かが集まり、互いに家で話した事を報告し合っていた。
 海香が席につくと、千夏が待っていたように振り向き、
「どうだった? 」と聞いてきた。
「うん。うちは元々反対だったから。
 でも昨日の昼間、扇松海岸に、建物を建てる前に色々測ったりする仕事の人が来ていたらしいって言ったら、それにはお父さんもおばあちゃんもびっくりしたみたいでね。
 町長さんに、話をしに行ったりしてたよ」
「そうなんだ」
「千夏のうちは? どうだった? 」
「うちは…お父さん、役場で働いてるから…。
 それに、博物館を建てる計画にも、関わっているみたいで…」
 千夏は言いにくそうに話している。
 海香は、昨日見た千夏からの映像を思い出して、慌てて千夏の話を遮って言った。
「そっか、お仕事じゃ仕方ないもんね。
 でも、千夏はどう思ってるの? 」
「私は反対。
 だって今でこそ、ミニバスの練習が忙しくて、しばらく行かれてないけど、私だって扇松の海が、すごく好きなんだもの。
 海香と一緒に、海藻をとったり貝をとったりして遊んだ、思い出の場所だもん。
 そこが無くなったりしたら、私は嫌! 」
 千夏は、きっぱりと言い切った。
 海香はそれが嬉しかった。

 小沢先生が教室に入り、昨日に続き、博物館建設をどうやって反対していくかとか、各家庭での話し合った報告をしたりして、授業は終わった。
 とりあえず一つの結論として、町中で博物館建設中止の署名活動をすることになり、そのためのチラシ作りや、手始めとして、学校内での署名活動も行ったりした。
 人魚がつかまりさえしなければ、博物館は建たないという事ではあったけれど、あんなに巨大でどす黒い海蛇を生み出す悪しき人魚が、このまま黙っているはずはない。
 警戒しているとはいえ、悪しき人魚の信号を聞けなかった事が、海香は不安で仕方なかった。 


 


虹色のウロコ 第二十一話

2008-03-08 08:49:14 | 長編小説 虹色のウロコ

  

 ↑クリックして応援してくださいね♪

 みなさん、おはようございます。ミナモですぅ。
 
 3月がこんなに忙しいなんて…。 ぜんぜん思っていませんでした

 お友だちブログにも行けず、自分のブログアップさえままならない…。

 楽しみに訪問してくださった方、ほんと、ごめんなさい
 ゆっくりですが、アップと訪問…していきたいと思いますので、

 見捨てないでね~~~
 

_____________________

 ホールを出ると、海香とツキヨミは海中を進んで扇松に向かった。
 そしてそのまま、海岸の洞窟の中まで進み顔を出した。
 洞窟の中では、マサオが岩に腰掛けて待っていてくれた。
「おかえり」
とマサオが声をかけた。
「ただいま」
海香は答えてから、
「えっと…さっきはありがとう。
 おかげで、大ばあ様との約束が守れたよ」
と照れくさそうに言った。
 マサオはとぼけた様子で、
「何の事だい? 」と言って笑った。
 それを見たツキヨミが、不思議そうに海香にたずねる。
「どうかしたの? 」
「ううん。何でもないよ」と、海香は答えて笑った。
 早速マサオが、昨日と同じ様に海香の服と体を乾かしてくれたので、海香は学校帰りと何一つ変わらない姿になった。
「じゃあ、また明日」
と言って洞窟を出ようとした海香は、大事な事を思い出した。
「そうだ! 海洋博物館に、人魚を捕まえて入れる計画があるんだって。
 ツキヨミ、皆が人間に捕まったりしないように、気をつけてね」
「分かった! ありがとう」
 ツキヨミは、真面目な顔になって答えた。
 それを聞いて、マサオは立ち上がると、
「まぁ、いざとなったらオレがいるから大丈夫。
 ツキヨミたち人魚が海底を出る時には、必ず連絡が来るし、オレもここで見張るんだからさ。
 ほら、海香は心配しないで家に帰りな。今日は色々あって疲れてるだろ? 」
 そう言って、海香を洞窟から送り出した。
「うん、じゃあ大丈夫だね。ばいばい」
 海香はその言葉に安心して、家に向かった。
 マサオが時間を戻しておいてくれたので、海香が家に着いたのは、学校から寄り道せずに帰るのと、大差ない時間だった。
 玄関に入ると、夕飯の支度をする良い匂いが漂っている。
「ただいま」
と言うと、台所からお母さんとおばあちゃんの、
「おかえり」
と言う声が聞こえ、居間からはお父さんの
「おかえり」と言う声が聞こえた。
「あれ? おじいちゃんは? 」
 海香が、靴を脱ぎながら聞くと、
「じいちゃんなら、自分の部屋にいるよ」
と、お父さんが答えてくれた。
「ふーん。ありがと」
 海香はそのままおじいちゃんの部屋に向かった。
「おじいちゃん? 」
 ふすま越しに声を掛けると、おじいちゃんが顔を出した。
「おお、海香か。おかえり」
「何やってたの? 」
 海香がおじいちゃんの部屋に目をやると、この前のウロコの箱が畳の上に置かれていた。
「ウロコを見ていたの? 」
 海香が小さな声で聞くと、おじいちゃんは黙ってうなずきながら、海香を部屋に招き入れた。
 ふすまがしっかりと閉じられたのを確認すると、安心したようにおじいちゃんは話し出した。
「いやこの前、海香にこれを見せようと思って、久しぶりに出したじゃろ?
 そしたら、何だか懐かしくっての。こっそり眺めておったんじゃ」
「そっかぁ。おじいちゃんも、懐かしいんだね」
 海香がそう呟くと、
「どういう事じゃろうかのう? 」
と言って、おじいちゃんは不思議そうな顔で、海香を覗き込んでいる。
「ねぇ…おじいちゃん、驚かない? 」
 海香は、じっとおじいちゃんの顔を見つめて言った。
 すると、「この歳じゃから、少々の事では驚かんよ」
と、おじいちゃんは笑っている。
「じゃあ今から私が話す事を、ちゃんと信じてくれる? 」
 海香は、そのまま目をそらさずに、おじいちゃんに言った。
 その問いかけにもおじいちゃんは、
「もちろんじゃとも」と優しく微笑んで答えた。
 それを聞いて、海香は安心して話し出した。
「じつはね、私、そのウロコをくれた人魚に会ったの…」


 どこからどう話して良いか分からなかったが、海香はずっと秘密にしていた、ツキヨミとの出会い、人魚の世界、魚神様、その化身のマサオ。
 悪しき人魚、大ばあ様との出会いと別れ、魚崎の海洋博物館の事、それからツキヨミのお母さんの事…。
 話が前後したり、それを訂正しながらだったりしたが、一生懸命おじいちゃんに話した。
 おじいちゃんは、黙ってうなずきながら、海香の話を最後までしっかりと聞いてくれた。


「そうか…まだ人魚はいたんじゃなぁ。
 でも、海香はこんなに小さいのに、よくもそれだけがんばったのう。偉かったのう」
 おじいちゃんは、そう言って、海香の頭を撫でた。
「おじいちゃん、怒らないの? 」
 海香が聞くと、
「なんで? 怒るもんかい」
と、おじいちゃんは驚いたような顔を、大げさにしてみせた。
「だって、行っちゃいけないって言われた扇松にも行ったし、会っちゃいけないっていう人魚にも会っちゃったし…」
 海香が不安げに言うと、おじいちゃんはそれを遮って、
「いや、そしたら海香は後悔してるのかい?
 人魚に会ったことや、色んな経験をした事を」と聞いた。
「ううん。後悔はしてない。
 してないけど、お父さんやおじいちゃんが、心配して言ってくれた事を守らなかったから、てっきり怒られるかと思って、覚悟して話したんだ」
 海香は素直に自分の気持ちを言った。
 おじいちゃんは優しく微笑んで、
「確かに、海香はまだ子供なんじゃから、じいちゃんやお父さんの言う事は、聞かなきゃいけないじゃろう。
 でも海香の話を聞くと、海香が人魚に出会って関わりを持って、人魚を助ける役目になる事は、きっと昔から決まっておったんじゃろうな。
 だって、誰にも代わりが出来んのじゃからのう。
 海香が、言う事を聞かなくて悪かったっていう気持ちを、どこかでしっかりと持ってさえいれば、それはそんなに気に病む事じゃないじゃろう。
 だいいち、海香が人魚の世界に行かなけりゃ、わしを助けてくれた事のお礼も言えなかったんじゃし、何より、魚崎の守り神の魚神様が、海香の味方に付いてくれてるんじゃから、何も心配はないじゃろ」と言ってくれた。
 海香はほっとして、胸を撫で下ろした。
「だが人魚の事は、今はじいちゃんと海香の秘密にしておこう。
 そんな事を言ったら、人魚に会った事の無いお父さんたちは、心配してしまうからの。
 まぁ、それにしても、町のやつらはひどいのう。
 海洋博物館を建てるだけでは飽き足らず、人魚を見世物にしようと企んでるとは…。
 わしは、あの時助けてもらった身じゃからな、人魚には大きな借りがある。
 よし、こうなったら、断固として町と戦うぞい。
 わしらと人魚の海を、守らにゃいかん」
 おじいちゃんはそう言って、せかせかとウロコをしまうと、部屋を出て行った。
 海香も慌てて、おじいちゃんについて部屋から廊下に出ると、カッカとしながら居間に向かうおじいちゃんの勢いに、圧倒されて立ち止まっていたお母さんと、ばっちり目が合った。
「海香! あんた自分の部屋で宿題やってたんじゃなかったの?
 一体今までおじいちゃんの部屋で、何やってたの! 」
 海香は、お母さんの雷が落ちきる前に、
「今日の宿題は、家族会議なの! 今、ランドセル置いてくるから! 」
と言って、駆け足で階段をのぼって行った。
 部屋のドアを開けると勢い良くランドセルを投げ込み、急いで居間へと下りて行った。
 居間ではお父さんが、興奮しきってるおじいちゃんをなだめている所だった。
「まぁまぁ、じいちゃん、落ち着けって。
 ほれ、ビールでも飲んでさぁ」
「それどころじゃないわい。
 ビールなんて飲んで酔っ払ってる間に、町のやつらが扇松を埋め立てちまったら、どうするんじゃ! 」
「なんだよじいちゃん、そんなに興奮して。
 いくら何だって、そんな勝手な事をおいそれとできるわけねぇべよ。
 しかもこんな時間によぉ」
「でもね、お父さん。
 今日扇松に何かを測ったりしてる人が、たくさん来たんだって。
 担任の小沢先生だって魚崎に住んでるのに、博物館の話を全然知らなかったっていうのにだよ。
 きっと、町の皆に内緒で博物館を建てようとしているんだと思うよ」
 海香がそう言うと、お父さんは、
「それ、本当か? 」と、聞き返してきた。
「うん、本当だよ。
 今日、クラスの皆で博物館の事を話し合ったんだけど、知らないお家が多いみたい。
 それで、皆それぞれ家族で話し合ってくるっていうのが、宿題になったんだけど…」
「かぁ~。なんちゅうこった! 」
 突然の声に海香が振り返ると、おばあちゃんが仁王立ちして、これでもかと顔を思いっきりしかめていた。
「ばあちゃん…」
 お父さんが驚いて、思わず呟くと、
「ばあちゃん…じゃないわい!
 そんなところでもたもたしてねーで、早く町長のところにでも行って、抗議してこい!
 なんだったら、わしが首根っこつかまえて来たっていいんだぞ。
 あいつぁ昔、わしがよくオムツを替えてやった、ハナタレ坊主なんだからな。
 わしに黙って勝手な事をするなんざ、百年早いわい! 」
と、おばあちゃんは鼻息を荒くして得意げに言った。
「ハ…ハナタレ坊主…? 」
 お父さんが笑いをこらえて、おばあちゃんに聞き返すと、
「そうさ。昔は漁師の女同士、隣近所助け合って生きてきたんだ。
 自分の子も他人の子もなく、皆で同じ様に育てたんだ。
 だからあいつがハナタレなのも、わしはよーく知ってる! 」
とおばあちゃんはうなずきながら、もっともだという風に言い、はたとわれに返ると、
「ハナタレの話はいいから、早く町長の所に行って来い! 」
と、大声でお父さんに言い放った。
 その声にお父さんは大げさに肩をすくめてから、慌てて家を出て行った。
 おばあちゃんは、やれやれとため息をつきながら座って、
「しっかし…なんで今さらそんなもんを、この町に建てようと思ったのかねぇ」
と、大きなため息と一緒に言った。
 海香がおじいちゃんの顔を見ると、おじいちゃんは黙って海香に微笑んで、
「最近漁獲量が減ってるから、町を潤わせるつもりで考えたんじゃろうが、そう簡単に潤うわけがない事ぐらいすぐにわかるじゃろうに…。
 どこか大きな力を持った所からの差し金でもなけりゃ、こんな大事な事を町の皆に内緒でやったりせんじゃろう」
と、おばあちゃんに言った。
「ふん。どこも権力、権力じゃな。
 今頃、魚神様が嘆いておるじゃろ」
 おばあちゃんは呆れた顔でそう言うと、よっこらせと立ち上がって台所へと戻って行った。
「おじいちゃん…」
 海香が心配そうな顔で言うと、おじいちゃんは、
「大丈夫じゃ、海香。
 今、お父さんが町長に話をしに行ってるし、町長はばあちゃんの事を良く分かってるんじゃから、めったな事は出来んよ。
 それに、博物館の目玉にしようとしている人魚がつかまらなくちゃ、どうにも動けないじゃろ。
 そっちの方は、魚神様がしっかりと守ってくれてるんじゃから大丈夫じゃ」
と、海香を安心させるように、優しく言った。
「そうか…そうだよね。
 人魚がつかまらなければ、博物館を建てる意味がないんだもんね」
 納得した海香から、不安が消え去るのを見届けると、おじいちゃんは小さな声で、
「じいちゃんと海香の作戦勝ちじゃな」と言った。
「作戦? 」
 海香が聞き返すと、おじいちゃんは、
「しーっ! 」
と言って人差し指を口に当てて、ちらっと台所をうかがってから、
「ばあちゃんが動けば、全てがうまくいくんじゃ」
と、いたずらっ子のような笑顔で、小さく笑った。


虹色のウロコ 第二十話

2008-03-03 07:13:55 | 長編小説 虹色のウロコ

  

 ↑クリックして応援おねがいします♪

_____________________



「母さんだ」
 ツキヨミが、海香に向かって言った。
「ツキヨミのお母さん? 私、初めて会うね」
「そっか、まだ会っていなかったね。
 母さんは、人を乗せた船を助けた時に出来た傷が元で、上手く泳げないからって、あまり部屋から出たがらないんだ。
 さっきの任命式も、特別に部屋に居させてもらったんだよ。
 本当は、もっと早く紹介しようと思っていたんだけどね」
「ううん、ここに来てから色々あったんだもん、仕方ないよ。
 でも、お母さん大変だね。そんなに傷が良くないの? 」
「もう大丈夫だとは思うんだけど…」
 ツキヨミは言いにくそうに言葉を止めて、何かを言いたげな顔で、海香を見つめた。
 海香は黙って続きを待っていたのだが、ツキヨミは、
「まぁ、とにかく母さんの所へ行こう」
と言って海香の手を取り、通路へと向かった。
 ツキヨミのお母さんの部屋は、大ばあ様の部屋の奥のそのまた奥にある、薄暗い部屋だった。
 小さな部屋の真ん中に、ぽつんと一つ、光の水が置かれている。
 部屋の中から冷たい海水が出てきているのか、入り口に立った海香の体には鳥肌がたち、思わずぶるっと身震いをした。
「ねぇ、ここがお母さんのお部屋なの? 」
 海香が不安げに、ツキヨミをつつきながら小声で言うと、
「ええ、そうです。
 あなたがツキヨミのお友達ね。
 私はあなたがここに来てくれるのを、ずっと待っていました」
と、部屋の中から人の言葉が返ってきた。
「え? 」
 海香が驚いて、思わずツキヨミの後ろに隠れると、
「大丈夫。母さんは人の言葉を話せるんだ。
 ボクに人の言葉や人の事を教えてくれたのも、母さんなんだ」
と、ツキヨミは言った。
「そうなの? 」
 そう言いながらも海香は、暗い部屋の中で一向に姿の見えないツキヨミのお母さんが、何となく怖かったので、つないでいたツキヨミの手をぎゅっと力を入れて握った。
「あぁ、そうね。
 ツキヨミ、その辺から光の水を持ってきておくれ。
 人の子が怖がっている。
 私には必要の無いものだけど、お客様を怖がらせてはいけないわね」
 お母さんにそう言われ、ツキヨミはすぐ脇の廊下にかかっていた、光の水のビンを持ってきた。
 そのビンを部屋に置くと、岩の椅子に腰掛けたツキヨミのお母さんの姿が、やっとはっきり見えるぐらい明るくなった。
 深い赤色の魚体と、同じ色をした長い髪が水にゆらゆらと揺れている。
 細い華奢な体つき。
 ツキヨミと良く似ているなと、海香は思った。
 ただ一つ違う所を除けば。
「あぁ、あなたは私の事を、かわいそうだと思っているのね」
 まるで、海香の気持ちを読んでいるかのように、ツキヨミのお母さんは言った。
「この目は…自分で潰したの。見たくないものを見ないために。
 …でも、あなたも見えるのよね? 」
「えっと…」
 海香がどう答えて良いか迷っていると
「黒い海蛇」
と、お母さんが言った。
 思わず海香はツキヨミの顔を見たが、ツキヨミは、何の事か分からないという顔をしている。
「母さん、黒い海蛇って? 何の事? 」
「あの、あのね、ツキヨミ」
 お母さんの代わりに、海香が答えた。
「まだツキヨミに話してなかったけど、私、見たの。
 悪しき人魚が、大きな大きな黒い海蛇を、体から出す所を」
「え? だって…。そんなもの、任命式の時には…」
「そう。私以外に、誰もその姿に気付かなかった。
 ううん、見えなかったみたい」
「それこそが悪しき信号の化身。
 化身を出すなんて、よっぽど悔しくて感情を抑えきれなかったのね」
 お母さんは淡々と言った。
「それって、一体誰が? 」
 ツキヨミは、今にも飛び出して行きそうな勢いで海香に聞いてきた。
「…司会をしていた人魚…」
 海香はその勢いに押され、遠慮がちに小さく答えた。
「! 」
 ツキヨミは、かなりのショックを受けたのだろう。
 言葉もなく、目を見開いている。
「大ばあ様も、悪しき人魚が王族にいるのではないかと思っていたようだったわ。
 やはりそうだったのね。
 ツキヨミに人魚王の座を譲ったのは、そのお考えがあったからよ。
 新たに人魚王になった者は、きっと悪しき人魚に狙われるでしょうから」
 お母さんは、悲しそうに肩を落として言った。
「ツキヨミが狙われちゃうの? どうやって?
 私、そんなの嫌」
 海香は涙を溜めて、ツキヨミを揺さぶった。
「そっか…。それで大ばあ様は、ボクなんかに人魚王の座を…」
 ツキヨミは、考え込んだ様子で呟いた。
「いいえ、ツキヨミ。間違えてはいけません。
 大ばあ様は、ただそれだけの理由で、あなたを任命したのではないのだから。
 あなたなら、悪しき人魚に正しい道を教えてあげる事も、新たなる人魚国を作り出す事も出来るだろうと、お考えになったからなのです」
「正しい道…」
「そうです。昔のように、私欲など持たずに生きていた頃の、私たちの道です。
 それが無理ならば、あなたがその国を新たに作り、この国に住む、けがれなき仲間を守りなさい。
 それが、大ばあ様のお考えでもあり、母の願いでもあります」
 お母さんはツキヨミに、はっきりとした口調ではあったが、優しくさとすように言って聞かせた。
「だったらいっそ王の座なんて渡して、新たな住みやすい国を作った方がいいじゃないか。
 やつらのせいで、たくさんの仲間がサメの餌となり、仲良くやっていた人との交流も絶たれたんだ。
 そんなやつら…。正しい道なんて教えたって、無駄だよ! 」
 ツキヨミは肩を震わせ、怒りをぶちまけた。
「いいえ、ツキヨミ。
 あなたがそんな考えでは、新しく国を作ったところで、だれもあなたにはついて行かないでしょう。
 悪しき考えを持ってしまったとはいえ、仲間であることには変わりはありません。
 まずは正しい道に導いてやるのが、王というものです。
 それでも駄目なら、仕方のない事。
 その時に、新しい国を作る事を考えれば良いのです」
「…はい」
 ツキヨミは、お母さんにはっきりと考えを正されて、渋々うなずいた。
「でも…」
 ずっと、そのやり取りを見ていた海香が、口を開いた。
「悪しき人魚は、一人ではないはずです。
 さっきの任命式では、私には一人しか見つけられませんでした。
 たぶん、もう一人いるはずなんです」
「そう…。では、そのもう一人を探す方が先決ね。
 じつは私は、あなたと同じ様に悪しき信号を受ける事が出来る、唯一の人魚でした。
 でもそのせいで、見たくもない汚れた心を見なければならず、自分から見ることをやめてしまったのです。
 人の子であるあなたに、その嫌なものを見させたりしなければならない事が、私は本当に悲しく申し訳なく思いますが、どうかツキヨミを助けてやってください。
 お願いします」
 そう言って、お母さんは海香に向かって、深々と頭を下げた。
「や、やめて下さい。
 私、自分から手伝うって言ったんです。
 人魚と人が、昔みたいに仲良く出来たらって、そう思ったから」
 海香が、慌ててお母さんに言うと、お母さんは
「そう。嬉しいわ」
と言って微笑んで、
「さて、今日はもうお帰りなさい。
 きっと今頃悪しき人魚たちは、どうしたら良いかと算段している頃でしょうけど。
 でも今日はもう、警戒して信号を出しはしないでしょうからね」と、促した。
「はい。では、お母さんお大事に…」
 海香は、そう返事をしてから部屋を出ようとした。
すると、
「いいえ…。本当は傷なんて、とっくに治っているのです。
 でも、そう言っておいた方が、わずらわしい事に関わらずに、自由に生きてゆけると思ったのです」
 お母さんは悲しそうに言って、ゆっくりと岩の椅子から立ち上がると、海香の方へと泳いで来て話を続けた。
「でもだめね。
 見る手立てが無くなったら、今度は逆に他の者の気持ちが、手に取るように分かるようになってしまった。
 結局私は、そうやって生きていかなければならないさだめ。
 純粋に人と関わりを持てた昔に戻れたら、どんなにか良いでしょう。
 もうすっかり諦めていた事なのに、あの時偶然出会った、人の船を助けてしまったら、昔が無性に懐かしくなってしまってね…」
 お母さんは、そう言って深いため息をついた。
 その言葉に、海香は思わず聞かずにはいられなかった。
「あの…それってもしかして、船のへさきを泳いで、港に連れて行ってくれたとか…? 」
と、言ってみると
「ええ! そう! そうよ! 」
 お母さんは嬉しそうな声を出して、大きくうなずきながら答えた。
「それで…船のへさきに、ウロコを…」
 海香がそこまで言うと、お母さんははしゃぎながら、
「そう! 懐かしいわ!
 昔はよく、ああやって人の船を誘導したのだもの。船が無事に港に帰れるように、へさきにウロコを付けるのが習慣で。
 だからその時も、そうやって昔のようにウロコを付けて帰ったんだわ!
 でも、なぜあなたが知っているの? 」
と、海香の手を取って聞いた。
「それは、お母さんに助けてもらったのは、私のおじいちゃんだから…。
 私、ついこの前、その話を聞きながら、初めて人魚のウロコを見せてもらったんです。
 おじいちゃん、ウロコをとっても大事にしていて…。そう、宝物にしてました。
 私その時の人魚さんに、おじいちゃんを助けてくれてありがとうって、お礼を言いたかったんです。
 良かった…。ツキヨミのお母さんだったんだ! 本当に、ありがとうございました」
 海香も嬉しくなって、お母さんと抱き合って喜んだ。
 ツキヨミも、
「母さんの傷って、そういうことか…。
 その事が気になって、部屋から出なくなってしまったんだね。
 でも、不思議な縁だね。母さんと、海香のおじいちゃん。そして、ボクと海香…。 まるで、海香がここに来るのは決まっていたみたいだね」
と、興奮して言っている。
 三人の周りの海水が、一気に暖かくなり、冷たく閉ざされていたお母さんの部屋に、新しい海水が入り込んだようだった。
「でも良かったわ。あの時、ためらわずに助けておいて。
 そうじゃなかったら、今ここでこうしてあなたに出会う事は、出来なかったのですものね! 」
「はい! 本当にありがとうございました」
「これはきっと、いつまでも塞ぎ込んでいては、いけないっていう事ね。
 昔のような温かい、人との生活を取り戻すために、私も出来る事はやることにするわ。
 ツキヨミ、母さんにも何か協力させてちょうだいね」
 お母さんは、とても優しく暖かい笑顔でツキヨミに言った。
「母さん。もちろんだよ! 」
 ツキヨミは、久しぶりに見る母の優しい笑顔に照れながらも、嬉しくて仕方がなかった。
「じゃあ、海香。そろそろ陸へ」
「うん。お母さん、またね」
 二人がそう言って部屋を出ると、お母さんは、
「おじいちゃんによろしくね! 」
と言って、見送ってくれた。