海風に吹かれて

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虹色のウロコ 第十話

2008-02-05 06:44:00 | 長編小説 虹色のウロコ
  

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 今日は四時間で授業は終わりだ。
(早く帰りの会が終わらないかな? )
 海香はすぐにでも、扇松に行きたくて、そわそわしていた。
「じゃあ皆、気を付けて帰れよ」
 小沢先生の言葉を合図に、皆は一斉に声を合わせて、帰りの挨拶をした。
「さようならー」
 海香も大きな声で言うと、急いで教室を出ようとした。
「おーい。海香、ちょっとおいで」
 教室の出口の渋滞にはまって、イライラしている海香を、先生が呼び止めた。
(急いでるのにー…)
 海香は、しぶしぶ先生の所へ戻って行った。
 先生は、皆が教室から出払うのを待っているのか、なかなか用件を話そうとしない。
 最後まで、千夏が心配そうに待っていてくれたが、その空気を察して、小さく手を振りながら帰って行った。
 そして、ようやく先生は話を始めた。
 こういう時には、あまり良い話ではないという事は、何となく分かるものだ。
 海香は、先生の口からどんな言葉が出てくるのか、ドキドキしながら待っていた。
「海香、昨日の宿題どうしたんだ? お前らしくないなぁ。
 途中でやりかけたままなんてさぁ…」
 そうだった。朝、学校でやろうなんて思っていながら、途中までしか出来ていない事すら忘れて、そのまま提出してしまったのだ。
「今朝も何だか考え事をしていたみたいだし、何かあったかと思ってさ。
 もし、心配事があるなら、先生には何でも話してくれよ。な、海香! 」
 生徒一人一人の、細かい変化にまで気付いてくれる、小沢先生の良い所が仇になった。
 かといって、先生に話すのは早すぎる。まだ、話す気にはなっていないのだから。
 海香は、
「大丈夫だよ先生、心配事なんて無いから。
 宿題はね、疲れて途中で眠くなっちゃったから、つづきは朝やろうと思っていたの。なのに、すっかり忘れて、そのまま出しちゃったんだ。ごめんなさい」
と言って、素直に謝った。
「そうか。じゃあいいんだ。引き止めて悪かったな。
 でも、宿題はちゃんとやるんだぞ」
 先生はそう言って、海香の頭を、グシャグシャと撫でた。
「はーい。さようなら」
 海香は手を振りながら、教室を出て行った。
 校庭に一歩出ると、照りつける太陽が、体に突き刺さる。まだ春先だというのに、一体どうしてしまったのか?
 ふと海香は
(人魚さん、この暑さで大丈夫かな? )
と思い、扇松海岸に向かって走り出した。

 フナムシの大移動は完了したのか、もう森へと這い出している姿は無かった。
 駆け足で階段を降り、今朝の潮溜まりへ向かうと、マサオと人魚は、何かを話しているようだった。
 海香は、そーっと足音を忍ばせて近づき、マサオを驚ろかせてやろうと思った。
 一歩一歩近づくと、二人の話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「―の事は、海香には内緒にしてほしい」
「分かりました」
 マサオの言葉に、人魚が答えた。
(ちょっと待って。私に内緒ってどういう事なの? )
 海香は、自分だけが仲間はずれにされたような気分で悲しくなり、その場に立ち尽くしてしまった。
 海香の気配を感じて、マサオがゆっくりと振り返った。
「やぁ、海香。おかえり」
 マサオは海香に話を聞かれていた事など、気付いてはいないようだ。
「…」
 海香は黙ったまま、マサオを見つめていた。
「…? どうしたんだい? 」
 マサオは不思議そうに、海香の顔を覗き込んだ。
「…話が…聞こえたの。私に内緒って、どういう事?
 やっぱり私は邪魔なのね」
 海香はそう言うと、目に涙を溜めながら、ランドセルの中のハンカチに包んだ給食を出すと、マサオに押し付け、遊歩道に向かって走り出していた。
「おい、待てよ。聞いたって何を…。
 おい、待てったら」
 慌てて追いかけてきたマサオが、海香の手をぎゅっと掴んで、引き止めた。
「なんだよ急に。来たと思ったら泣き出して…。終いには走って帰ろうとするし…。
 あの人魚に薬をあげるのを手伝ってくれるって、今朝は元気良く言ってたじゃないか」
 マサオは、息を切らしながら言った。
「だって。今朝だって、最初はもう来るななんて言ってたし、今だって、マサオくんを驚かそうとして、そーっと近づいたら、海香には内緒にしてくれって…そう言ってたじゃない」
 海香は、しゃくり上げながら泣いていた。
 そして泣きながら
(どうして私、泣いているんだろう? )
と、思っていた。
 夕べから海香の中で、今までとは違う海香が心を占領している…そんな感覚だった。
 今までだったら、こんな事で泣いたりしなかったはず。
 今までだったら…という事があまりにも多すぎて、自分でも自分自身が分からないという感じなのだ。
「ふぅーん…。女の子とは、難しい生き物なんだね」
 マサオが感心したように言ったのが変に面白くて、思わず海香は笑ってしまった。
 急に笑い出した海香を見て、たちまちマサオの顔は、不思議そうな顔になった。
 今まで泣いていたのに、もう笑っているのはなぜなんだろう?とでも思っているのが、マサオの顔から見てとれる。
 海香は笑いながら、
「まぁ、いいや。薬の素を探してくるね」
と言って、今となっては、悲しい涙なのか笑い涙なのか、区別の付かなくなった涙を、洋服の袖でぐいっとぬぐって、潮溜まりへと駆けていった。

 朝と同じ要領で、マサオが人魚に薬を塗ったり、飲ませたりしている。
 人魚はだいぶ楽になったみたいで、顔色が良くなっていた。
「よし。これで終わりっと」
 マサオが、両手を叩きながら立ち上がった。
 人魚は、「ありがとう」
と、笑顔でお礼を言い、ゆっくりと潮溜まりの中で、ひれを揺らめかした。
 その動きに合わせて、虹色の光が、乱反射する。
(きれい…)
 思わず海香は見とれていたが、ふと思い出して、さっきマサオに押し付けて、岩場に置かれたままの、ハンカチの包みを手に取った。
「あの…お腹が空いてると思って、給食を少し持ってきたの。
 人魚さんが何を食べるか分からなかったんだけど、栄養のあるものを選んだつもりなんだ。食べて」
 海香はそっと人魚の方へ、ハンカチごと差し出した。
 人魚は上半身を起こすと、両手で包みを受け取った。
 そして海香の方に向き直り、深々と頭を下げて、
「ありがとう」と言った。
「いいよ。そんなに何度もお礼を言わなくたって」
 海香は照れながら、人魚の手の上に乗った、ハンカチの結び目を開いてやった。
「すごいね。これは、何て言う食べ物なのかな? 」
 人魚は、キラキラした目で海香に尋ねた。
「やっぱり、こういう物は食べたことないんだ…。
 人魚さん食べられる?
 無理しなくてもいいんだよ。もし、お魚とかのが良いなら、私、港で分けてもらってくるよ」
「いや、海底に潜ってからは、しばらく食べた事が無かったんだ。
 光島に住んでいた頃には、人の食べ物も食べたんだよ。
 でも、その頃の食べ物とも少し違うから、何て言う食べ物なのかと思って…」
「え? 光島に住んでいたって事は、人魚さんって…何歳なの? 」
 てっきり、自分と同じ位の歳だと思っていたので、海香はびっくりして、聞き返した。
「えっと…今年で、百十歳…かな? 」
「百十歳? 」
 海香の目が、こぼれ落ちる程に見開かれた。
「人魚は長生きなんだよ」
と、マサオが隣で当たり前のように言いながら、岩の上に腰掛けた。
「マサオくん、詳しいんだね。
 人魚さんをここに運ぶ時だって、慣れた感じだったし、怪我の治し方も上手だもんね」
 海香が感心してそう言うと、
「そりゃ、オレは…えっと…。人魚の勉強をしたからね」
 マサオは、しどろもどろになりながら答えた。
 海香は軽く首を傾げたが、今は人魚の年齢と見た目のギャップの方が気になる。
「百十歳っていったら、普通はもうおじいちゃんでしょ?
 なのに、人魚さんは…」
 海香がそこまで言うと、
「人魚さんではなく、ツキヨミと呼んでくれたら良いよ。
 人で言う名前みたいなものだから」
と、青い瞳を細めて、笑顔で人魚は言った。
「ツ…キ…ヨミ…? 」
 聞きなれない名前に、海香が戸惑っていると、
「そう、ツキヨミ。昔は名なんていらなかったんだけど、何せ海底はいつも暗いからね。
 区別のための呼び名なんだ。
 海底洞窟にいる、ツキヨミ貝からもらった名なんだよ」
と、ツキヨミは優しく教えてくれた。
「へぇー。海底って、私の知らない事ばかりなのね」
 海香の中で、海底への興味が、ムクムクと膨れてきていた。
「あっ、それでね、ツキヨミ。
 なぜツキヨミは、百歳を超えているのに、見た目が私とたいして変わらないの? 」
「それは人魚の時間が、人よりもゆっくりと流れるからだよ。
 百十歳とはいっても、見た目と同じ様に、ツキヨミは人魚の世界では、ちょうど海香と同じ位の年齢に当たるんだ。
 だから人魚を不老不死の象徴と考えて、血や肉を欲しがる連中が、後を絶たないのさ」
 ツキヨミが答える代わりに、マサオが海を真っ直ぐ見つめたまま答えた。
 その瞳は、海香が初めてマサオを見た時の、あの悲しげな瞳だった。
「そうなの…」
 海香は、自分と同じ人間が犯すあやまちに、何とも言えない切なさのようなものを感じていた。



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6 コメント

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謎が謎を呼ぶ~! (如月 恵)
2008-02-05 19:30:56
海香に内緒な事ってなんなんでしょうね~。

マサオくんもなんかワケありって感じだし・・・・・
ますます気になります。

それはそうと、人魚君のなまえはツキヨミっていうんですね。神秘的・・・・・・
人魚は人間の食べ物も食べれるんですね。海香ちゃんうれしそうでなによりです


これから二人が海香とどうかかわっていくのか楽しみです~♪

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ねぇ、如月さん。 (ミナモ)
2008-02-05 21:37:55
マサオくんってば、怪しい~
なんだか、こそこそ話しちゃってるし

ふふふ~。ツキヨミって名前、かっこいいでしょ???
神話からとったんじゃなくって、ほんとにこういう名前の貝があるらしいよ???
見てみたいよね~

そうそう、これから二人は、絡みに絡みますよ~。へへへ。
楽しみにしていてくださいね~
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そうか~ (松果)
2008-02-05 22:28:58
人魚って不老不死なんじゃなくて、人間よりはうんと長生き、ってことなのね。
ってことはツキヨミにも海香と同じように、海の底に家族が居るのかしらん

それにしても、マサオと人魚の意味ありげな話に、仲間はずれにされた~って泣いてしまう海香ちゃんの可愛いこと

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うんうん、松果さん! (ミナモ)
2008-02-06 06:49:56
ソユ事です
不老不死でも良かったんだけど、やっぱし、命の重さを考えると、いずれは(人間よりはずっと先だけど)死が訪れるからこそ、その人生を大切に生きられる気がするんですよね
なんて、あたしの勝手で決めました。あはは。

ほんと、海香は初めての動揺に、思いっきり戸惑っちゃってますねぇえへへ。
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ふふ~♪ (らんらら)
2008-02-06 08:40:42
満足♪あ~もう、ニヤニヤが止まらないです!
先生のいい人ぶりも、海香ちゃんの夢中になってる様子も。マサオ君の怪しげな(笑)内緒話に泣けちゃうほど、気持ちも張り詰めているし。自覚はないけど、きっと目いっぱいなんですよね~。可愛い~!!

ツキヨミくん、素敵~。は!ちょっとなよっとした感じに描きすぎたかしら…。

いや、泳ぐから、あんまり骨ばっていたりしていないですんなりした手足かと…。(足じゃないって^^;)
イラストの、下絵だけ。アップしました。
らんららのブログの正面、というか。入ってすぐにわかるようにしてあります♪幻想的にしたかったんです~扉絵みたいに。見てみてください♪
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らんららさん!すご~い!!! (ミナモ)
2008-02-06 14:09:50
イラスト下絵、見ました~

いや~。めっちゃいいです。
見てすぐに、涙が出てきましたよぉ

ツキヨミのイメージは、まさにそんな感じ。
海底にいるんで、白くて、なよっとした男の子
ばっちり合いましたよ~

幻想的、かつ神秘的な絵だな~。

ああ、嬉しいなぁ

らんららさん、本当にありがと~♪
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