男は慌てて襟を正して僕と須藤に向き合うと、「俺は、神馬雷光(じんばらいこう)。よろしくな」と名乗った。
ついでに自分の力についてこんな風に語った。
「俺は、雷神様に使える末裔の出だ。天空より落とされた雷(いかずち)を運ぶ役目を代々命じられてきたんだ」
突拍子もない話に、僕はただ黙って神馬を見上げていた。
そんな僕の様子に気付くと、神馬は急に姿勢を崩し、またボリボリと頭をかきだした。
「はははは。すまんすまん。もうちょっとこの世界のことを知ってるのかと思ったから、ついつい話しすぎちまった。
お前たち、まだ自分の役目も、持ちえた力の意味すらも分かってないって感じだな」
「そうね、その通りよ。まぁ、実際に体験していったら…望もうが望まなかろうが、知りえることになるでしょうけど」
エミカが含み笑いを交えて言った。
僕はなぜか夢の中にでもいるような気分だった。あまりにも今まで生活してきた世界とは違う会話の飛び交うこの場所に、自分がこうして座っていることがまず信じられなかった。
相変わらず無愛想な須藤の横顔を見ながら、頭の中をぐるぐると回る神馬とエミカの発した言葉の一つ一つを追いかけていた。
「さて…じゃあ、とにかく行きますか。こちらへどうぞ、お客様」
神馬が、まるでホテルのベルボーイのようにして、ドアを開けた。
「ほら、急いで」
エミカに急かされ、僕と須藤はソファから立ち上がると、黙って神馬の後について行った。
ビルの前に横付けされていた、ボロボロの黒いセダンの後部座席に二人で乗り込むと、神馬が荒っぽく車を発進させた。
「あ…あの…エミカさんは? 」
「ん? エミカか。来るよ。あいつは、自分の車でついてくるはず…」
神馬の鋭い目が、ルームミラー越しに僕を見る。
「おお、ほら、後ろを見てみろよ。 ひゃ~、カッコいいね。俺もあんな車を乗り回してみたいもんだよ」
神馬の車の後ろに、ピッタリと赤いスポーツカーがついていた。
スポーツカーは、スモークガラスで中が良く見えない。けれど、なんとなくエミカが乗っているように見える。
確かにカッコいい。
あまり後ろを見ていると、神馬の運転では酔いそうだったので、僕はまた前に向き直った。
車は程なく街中を抜け、山道を走り出した。
それにしてもこの車…シートのスプリングがいかれてるんだろうか。
ガタガタと揺れるたびにお尻が痛くて、お世辞にも乗り心地がいいとは言えない。
(エミカさんの車に乗せてもらえば良かった…)
僕はそんな事を考えながら、山深くなっていく景色を見つめていた。