風景の記憶絵

「まちの風景の記憶」を絵にしましょう。みんなが語り部、そして絵描き・・これは、まちのカタチメモリアル事業の記録です。

昭和6年、29年新聞記事

2009-01-19 10:57:04 | 歴史をひもとく
「朝日新聞」昭和6年6月7日付けより

 5日から蓋をあけた草津競馬場は関西における最終競馬といふので予想以上の人気を呼び京阪神のファンを総動員しているほか遠く九州、四国、関東方面からまで押しかけて凄い景気をみせている、鉄道では臨時列車上下5本の運転のほか各普通列車には臨時に車両を増結して急募に当てたが、なお運びきれず、さらに上下線各1本の臨時列車を増発して第1日7000人のファンを運んだが、第2日の6日は土曜日と来て一般ファン増加し、大阪運輸事務所では運転係員を草津駅に派し、さらに臨時列車増発準備をせしめた、この日入場者は約1万人に登った、今7日日曜の最終日はさらに夥しいファンが押し寄せるものと見られている。

「朝日新聞」昭和29年1月26日付けより

 栗太郡の草津競馬場は、こんど同県立草津農業試験場の養鶏場に身売り、湖国養鶏事業の振興に一役買うこととなった。草津競馬は淀、長岡などに押されて一昨年から閉場、以来2年余り雑草生い茂るままに放置されていたが、再び巡り来た主食増産時代に、もったいない話とあって、養鶏場に改装され、再登場となったもの。

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