乳ガンを患ってからの私

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なんだかんだと…

2019-02-02 22:13:50 | 乳ガン患ってからの日々
8月下旬に抗がん剤の4回目を終了した。
またマンモとCTとエコーと採血の検査があった。
抗がん剤終了したら手術だって言われてたから、サイズが気になった。
あの頃には、胸の痛みはなくなり、張ってた感じもなく、47才らしいふにゃふにゃのおっぱいに戻ったような感じだった。
検査結果は「2センチ近く小さくなってます。リンパの所もかなり小さいです。…でもね、ゼロになってないから、やっぱり手術した方がいいです。
最初に説明した時の全摘になります。出来れば1ヶ月後には、抗がん剤の効き目なくなるので、その辺りにしたいと思ってます」
やっぱり切るのかぁ…イヤだなぁ。痛いよなぁ…って思った。
「あのー、9月下旬ですか?子供たちの小学校の運動会があって長男は6年で最後だし、長女は1年で最初だし、次の週末は次女の保育所の運動会なので、少し延ばして欲しいですが、ダメですか?」
先生は「あなたの場合、急激に大きくなったでしょ?だからお薬切れたら、大きくなるかもしれないから、あまり間隔あけたくないです。例えば、もう1回追加で抗がん剤をしたら、1ヶ月延ばせます。どうですか?頑張れますか?」
長男は最後の運動会で応援団長やりたいって言ってた。走りが早くて、リレーも毎年アンカーだったし、見たかった。倦怠感と引き換えにしてでも見たかった。
長女はダンスが好きで、保育所の運動会もいつもノリノリだったから、小学校の初めての運動会。どんなことやるのか、長女も楽しみにしてるし、私も見たかった。
珍しく私は迷わずに「もう1回追加でお願いします」そういって、手術を10月にするように抗がん剤を増やした。
2学期も始まり、応援団長にもなれたって聞いて、私は嬉しかった。
長男に応援してもらおう。そう思った。
長女も保育所の狭い運動場での運動会より、すごく楽しみにしてダンスで習ったところを、家に帰ってきてみせてくれた。体調崩さず見れたらいいなって思ってた。
去年は、大阪にも台風が来て、学校の体育館の屋根が飛んでいって、修理が入るので、運動場の使用も制限されたり、雨も多くて体育館使えないから、練習不足だった。
最初の予定の日は雨で中止になり、予備日の平日に無事に運動会ができた。
長男と長女は、色団分かれたけど、そんなの関係なく、2人を応援した。
でも、応援団長の長男の方を、少しひいきにしたかもしれない(笑)
結果長男の色団が優勝した。
私も、手術頑張ろう‼️って励まされた。

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