拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

イブの偶然(8)

2008年12月12日 21時52分41秒 | Weblog
「今回の展開は、ほとんど私の脚本によるものだけど、全部が全部、作り事ではない気もしてるのよ」
「どういうことですか?」
「だってそうでしょ。黄色い車のお弁当屋さんはおいしかった。また食べたいけど、回ってこないので、チラシの番号に電話した…」
「そしたら、もうやめていて、たまたま自宅にいた私が電話に出た。私は気になっていた男性が持っていた、手提げの会社の人だったので驚いた」
「私だって、逆にあなたの会社にこんな人がいませんかと聞かれ、それが同僚だとわかって、おまけに仲をとりもってほしいとまで言われて、ホントびっくりしたわよ。つまり、偶然のいたずらがなかったら、成立しなかったってことよね。あなたも可愛い顔して、かなり大胆だと思うわ」
「やっと就職が決まったんです、小さいですけどインテリアデザインの会社に。学生最後の思い出に思い切って告白したいけど、どうしたらいいんだろうって迷ってました」
 綾香は足元に視線を落とした。今日は杖を持ってきてはいないが、黒いタイツを履いた右膝は微妙に形が違っている。
「私、足のことは仕方がないと思っているんですよ。あまりネガティブにならずに、自分ではちゃんと受け入れているつもりだし。でも、どこかでブレーキ踏んでるって言うか…。だから、電話がきて奈々子さんとお話ししたときに、思い切ってお願いしちゃいました」
 奈々子は長めに残っていたタバコを灰皿でもみ消すと、綾香に向き直った。
「あなたのひたむきさには頭が下がるわ。私も二人には、心からエールを送らせてもらうわね。だから、もし何かあったら言って。できるだけ力になるから。さてと、では私への報酬をお願いできる?」
「本当にいいんですか?現在は、失意のフリーターですよ」
「クリスマスは過ぎちゃったけど、私にとってはお気に入りなのよ」
 綾香はくすくすと笑いながら、連絡先を書いたメモを奈々子に手渡した。
「何か可笑しい?」
「だって、仮定の話ですけどね。もし、奈々子さんも兄とうまくいって、二組ともめでたくゴールインということになったとするじゃないですか?」
「ずいぶん先走った話ねえ、まあいいけど」
「そしたら、奈々子さん、彼の義理のお姉さんってことですよ」

 驚きは時にドラマを紡ぎ出す。
  ・・そんな人々の火照った思いを冷ますように、今年も残りわずかとなった街には、ちらちらと白いものが舞い始めていた。

イブの偶然(7)

2008年12月12日 21時49分40秒 | Weblog
12月27日
「それで俊ちゃん、何て言ってたの?」
「不思議だねって。こりゃきっと縁があるんだろうねって」
「あはは、ほんと単純なんだから、可笑しいったらないわね」
 奈々子の吸うタバコの煙に少しだけ顔をしかめながらも、連れの女性はすぐに微笑みを取り戻した。二人の間のテーブルには、冷めた珈琲が場所を埋めていた。
「最初のメールは、まだありかなって思ったんですけど、花瓶のデッサンは話ができ過ぎてて、かえってマズいんじゃないかと思ってました」
「でも、私の言った通りうまくいったでしょ?俊ちゃんは、なんでも自分に都合のいいように考えるところがあるのよ。それにしても、私が携帯でカタログ撮って送ったのを見ただけで、これはって思わせるデッサンが描けるなんて、さすが絵心が違うわね。見てみたいけど、渡したんでしょ?きっと額に入れて部屋に飾ってるわよ」
「デッサンするだけなら、なんてことはないんですけど、カタログのモノと微妙に似てるなって感じに描くのが難しかったですね」
「人は状況にとらわれて本当の姿をしばしば見失う。しかし、真実にいたる道はただ一つしかない」
「お芝居、ですか?」
「高校も短大も演劇部だったの。結構、評判よかったのよ、私の書いた脚本」
「筋立てはお手の物、ということですね」
「話で聞く限り、俊ちゃんは一発であなたが気に入ったみたいね。好みだろうなって予想はしてたのよ。でも、彼だってあなたに会うのは初めてじゃなかったわけだし、気付かれなかったのは、ラッキーと言うしかないわね」
「覚えてはいないと思いますよ、移動販売の弁当屋の売り子なんて。それに着てるものや、お化粧だって全然違うし」
「彼、今でもたまに言ってるわよ、『黄色い車のランチ弁当、また食べたいなぁ』って」
「兄も人が良過ぎるんですよ、とにかくお客を取るんだって、原料高なのに採算度外視でしたからね。私もバイト代わりに手伝ってましたけど、あれじゃ、どう見ても儲かりません」
「なるほどね。変なこと聞いて悪いんだけど、俊ちゃん、あなたの足のこと、なんか言ってた?」
「気を使って話題にするのを避けてたみたいだったんで、思い切って振ってみたんですよ」
「なんて言ったの?」
「こうして義足履いてたら目立たないけど、家では外してるんですよって。片足でケンケンしたり、松葉杖ついてるの見たら、引きますよねって」
「確かに思い切った問いかけね。で、俊ちゃんはなんて返したの?」
「最初聞いたときは正直驚いたけど、それを恥ずかしく思うよって。あなたのことをもっとよく知りたいし、そんなことで引いたりはしないからって」
「ふーん」
「で、いいこと言ってくれましたよ。たとえ片足で現れても、普段コンタクトの人に『あれ、今日はメガネなんだね』って声かけるような感じで接したい。だけど、困ったことがあったり、助けてほしい時は遠慮しないで必ず教えてって」
「なかなかやるわね。俊ちゃん、軽く見えても深いところはまっすぐな人だしね。仕事もその調子でやってくれると助かるんだけど」
 二人の女性は顔を見合わせて笑った。

イブの偶然(6)

2008年12月11日 21時37分03秒 | Weblog
「約束の花瓶、持ってきましたよ」
「ホントですか?じゃあ、ちょっと待ってもらえますか?」
 彼女は紙袋をさぐり、小ぶりのスケッチブックを取り出した。一体何が始まるのだろうと思った時、彼女は照れたような表情を浮かべながら言った。
「私、美大へ通っていて、あんまりうまくはないんですけど、イラストを描いたりもするんです。白いバラをいけるために、俊介さんという男性が持ってきてくれる花瓶はどんなだろうって想像してみました」
「じゃあ、それを?」
「はい、簡単なデッサンって感じで描いてみました。『いっせいのせ』で見せ合いませんか?私、目をつぶってますから、包みを開いて花瓶を出したら、声をかけて下さい」
 それじゃあ、と言って包装を解き始めた。彼女はスケッチブックに指をはさむと、目を閉じてうつむいた。その顔を見て、可愛い人だなと改めて思いながら、ちょっと気になる感じを抱いた。
(見たことがあるというか、懐かしいような気がするのはどうしてだろう?)
 そんな思いにかまっていられる場合ではなかったので、とりあえず荷解き作業を続行した。

「じゃ、いくよ。イチ、ニのサン」
 小学生みたいだなという気恥ずかしさに耐えながら、掛け声に合わせて花瓶をテーブルの上に置いた。同時に彼女の細い指が舞うように動いて開かれた頁を見た時、不覚にも僕は小さな叫び声を上げてしまった。そしてその驚きは、目を開いて花瓶を見た彼女にも同じように伝わった。
(これって、一体どういうこと?!)
 細長い円筒形、三日月型の切れ込み。僕が持ってきたのと、ほとんど同じ花瓶が、白黒のデッサンとなって彼女のスケッチブックに描かれていた。高さと幅の比率や微妙につけられた口の部分の傾斜などは、現物とまったく一緒ではなかったが、誰が見ても、この花瓶を描いたものってことになる。もっともスケッチブックの方には、数本のバラが挿されてはいたが。クリスマス・イブに起きた素敵な偶然の一致に、僕の胸は一層高鳴った。

 後のことは話すまでもないと思う。不思議な出来事への驚きと、年に一度の夜という絶好の設定が、僕たちの間につながった道を作ってくれた。まさに「サンタがくれたプレゼント」となったわけだ。彼女の笑顔を見ながら、僕は柄にもなく神に感謝する気持ちになっていた。

イブの偶然(5)

2008年12月11日 21時36分04秒 | Weblog
 店内もずい分と混んでいて、隅の方のテーブルへ案内された。荷物を傍らにおいて席につく。コートを脱いだ彼女は、白いセーターと濃い茶色のスカート、ひざ下までのブーツという服装をしていた。なかなか可愛いし、スタイルも悪くないなと思いつつ、向かい合って座った。
「怪我でもされたんですか?」
 立てかけた杖が目にとまったので、会話のきっかけのつもりで気軽に質問した。彼女は一瞬表情を固くしたが、ほどなく穏やかさを取り戻すと、静かな口調で言った。
「右足、義足なんです」
 思いもかけないことだったので、僕はとても驚いてしまい、どう反応したらいいかわからず、しばらく黙っていた。
「びっくりしました?そうですよね。小学生のときに事故で。普段は杖は要らないんですけど、今日は少し歩くかなと思って」
「ごめんなさい。いきなり失礼なことを聞いてしまって…」
「あ、いいんです、全然。慣れてますから。それに、かえってよかったって、ほっとしました」
「え?どうしてですか?」
「いつ言おうかなって気にしながらお話し続けるより、早く気が楽になれました」
 笑うと目じりが下がって、一層愛らしい表情に見えた。それは、僕の気持ちもやわらげてくれた。

 足でも挫いたのかなくらいにしか思っていなかったのだが、彼女が抱えていたのはもっと重いものだった。でも、だから何が変わるというのだろう。僕はむしろ、驚いてしまった自分を恥ずかしく感じ、この人のことをもっと知りたいと思った。

イブの偶然(4)

2008年12月10日 23時33分55秒 | Weblog
12月23日
 接待の一日は、やけに早く過ぎていった。朝は重役連中を迎えに行き、プレー中には表彰式の準備、ついで休む間もなく宴会、二次会はお約束のカラオケだ。おじさんたちだけで、よくあんなに盛り上がれるもんだと毎度感心するのだが、これもまた、ビジネスには欠かせないコミュニケーションということらしい。

12月24日
 いよいよクリスマス・イブの日がやってきた。終業後のドラマが気になるせいか、朝からの会議はいつになく長く感じた。途中で3回、発言しなくてはならない場面がめぐってきた。口を開くたび、大きな堪忍袋こそ持っていないが、布袋様そっくりの本部長に同じせりふを言われた。
「梶山、お前、頭の中が渋滞してないか?ルート検索からやり直せや」
 本部長だって、昨日は得意先の十八番を先に歌っちゃったのはNGでしたよねというツッコミを3回飲み込んだ。上司には、いつも寛容に接するのが部下の務めである。

 会議は奇跡的に予定通り終わった。机の上には、おととい発注したものが置かれていた。周りを見回すと、奈々子は僕など気にも留めない様子でパソコンの画面を見つめている。口うるさい小姑が見ていないうちに、さっさと会社を飛び出すことにした。

 東口はとても混雑していた。街ゆく人たちがみんなカップルに見えるのは、一人者のひがみだろうか?駅を出た後、道路を横断してアルタの真ん前に立った。近すぎて大画面は見えないが、逆にここから見える範囲に、「綾香さん」がいるはずだ。「目的地周辺です。交通規制に従って走行して下さい」という案内の声が、頭の中に響いていた。

 信号が変わるたび、巨大な人の流れが、交わるように新宿駅とアルタの間を行き来していた。目をこらして見ると、新宿駅側の植え込みの前に一人、さっきから動かない人影があるのに気付いた。黒いコートを着た彼女は、白い紙袋を提げ、うつむいて立っていた。僕は意を決すると、道を渡って彼女に近づいた。案の定、紙袋からは、数本の白いバラが顔をのぞかせている。距離が3メートルまで縮まったとき、彼女はスイッチが入ったように顔をあげて僕と目を合わせた。清楚な顔立ちに澄んだ目、そして彼女は左手でアルミ製の杖をついていた。

「綾香さん、ですよね。俊介、梶山俊介です、はじめまして」
 一言も発しないまま、彼女はこくりとうなずいた。強い緊張が僕にもびんびん伝わってきた。
「大丈夫、変なことはしませんから、安心して下さい。これでも上場会社の社員ですから」
 我ながら、ずい分と間抜けな台詞を口走っていた。これじゃ、ラブ・ストーリーは無理かもしれない。
「辻本綾香です。その節は…失礼しました。ずっと片思いだった人がいて、うら覚えの番号にメールしたら、間違えてしまいました」
 言い終わると彼女は、耳まで赤くなっていた。ここじゃ寒いからと、僕は彼女を高野の喫茶へ引っ張っていった。きっとはたから見ていたら、まだ付き合って間もない初々しい二人連れに見えたかもしれない。彼女はグリップと肘当てがついた杖を左手に持ち、右足を踏み出すたびに身体を支えるようにして歩いていた。

イブの偶然(3)

2008年12月09日 23時55分44秒 | Weblog
「奈々子さま」
「何よ、一体。実績グラフ以外は、何も手伝わないわよ」
「違うんだよ。この間、得意先に見舞いを持っていくのに、なんだっけ、『頼むと明日にはお届けします』というのを使ったよね?」
「『イクアス』のこと?」
「そうそう、それそれ。個人でさ、ギフトを一つ頼んだら、24日に間に合うかな?」
「今なら締め切り時間前だけど、明日が祝日で…24日着なら何とかなるわね」
「カタログはどこだっけ?」
「窓際の書類ロッカーの上よ。4時には出すから、急いで発注書いて。それと、伝票は個人用で、代金は総務へ別払いね」
「了解。じゃ、よろしく」
「まさか、クリスマスで彼女へのプレゼント?」
「違うよ。親戚へのお返しさ」
 下手な嘘だが、ありえないことではないだろうと思って言った。
「あっ、そう。俊ちゃん、お返ししたくても、お祝いしてもらうこと自体が無いと思ったんだけど」

 余計なお世話ではあるものの、事実を的確に指摘されたので反論は差し控えた。
「まあ、どうでもいいけど。ところで、明後日の会議の資料、ちゃんと進んでるの?」
「うん、まあ、これから山場ってところかな。そうだ、会議は弁当付?」
「経費節減のため、お昼で一旦区切って各自食べてこいってお達しよ」
「なんだ、ケチな話だなぁ」
「本部長じきじきのご指示ですから。文句があったら、ご本尊に直接どうぞ」
「ねえ、外にランチ買いに行くんなら、一緒に頼むよ。例の黄色い自動車の弁当屋さんのなんかだと、とっても嬉しいんだけど」
「あれはここんとこ来てないわよ。出血大サービスがたたって経営破たんしたらしいし。コンビニ弁当でいいなら、請負ってもいいけど」
「恩に着ます、奈々子さま」
「じゃ、淡雪に鎌倉カスターを追加ね。アラームが自動で飛ぶように、スケジュールに入力しておくから、絶対忘れないでね!」
 ようやく話はまとまったが、どう見てもこちらには分の悪い取引となったようだ。

 カタログをめくると、バラに合いそうな花瓶はすぐ見つかった。円筒形で、三日月形の切れ込み模様が入ってるデザイン。これで仕込みは完了した。仕事もこんな感じでちゃちゃっと終わるといいのだが、ご本尊がそう簡単には許してくれそうもなかった。

イブの偶然(2)

2008年12月09日 23時53分58秒 | Weblog
 会社に戻ると、すぐ本部長に呼ばれた。明日は祝日だが、得意先との接待ゴルフ&忘年会があり、かばん持ちで同行することが決まっていた。食事のメニューとか、二次会の手配とか、うるさいことこの上ない。とりあえず、「かしこまりましたっ!」で切り抜ける。この調子でかき回されたら、またプロジェクトの書類が遅れて、課長にぶつくさ言われそうだ。憂鬱な顔でデスクに戻ると、我らが職場の花、吉岡奈々子嬢に睨まれてしまった。

「俊ちゃん、請求書の提出が遅いって!何度言わすのよ、まったく。支払い遅れのお詫びをする身にもなってよね。あと、会社の名前が入った紙の手提げに、なんでもかんでも詰め込んで出かけないでね。みっともないから」
 こっちが二つ年上なんだから、ちゃん付けはないだろうという抗議をかろうじて心に収め、はいはいとうなずく。僕が一浪、向こうは短大卒で入社が一年早いから、先輩には違いない。「天敵」と言えなくもないのだが、日頃さんざんご厄介をかけているので、頭があがらないのは仕方がないところだ。
「以後気をつけまーす。ところで、一つ頼みがあるんだけど」
「何よ?」
「ええっと、先日FGI社で発行されました物販データの…」
「昨年度の実績分をグラフにまとめて、そのファイルをメールしてくれ、でしょ?」
「どうしてわかるの?」
「奈々子さまは何でもお見通しよ。課長がこぼしてたんだから。梶山、ちゃんと資料出すかなって。本件の報酬は…そうね、例のデパ地下の淡雪チーズケーキ。あれで手を打つわ」
 かえって高くつきそうだなと思った時、またポケットが振動した。まさかという思いは的中していた。

 ショートメール受信 差出人:090- YYYY- YYYY
 本文:間違えてごめんなさい。でも、よろしければ花瓶持参でお越し下さい。5つ年下で学生(未婚)です。綾香

 あまりにもうますぎる話だが、感じるものがあった。まさか、この僕に限ってクリスマスという季節に浮かれるはずはないのだが。

 あわてて記憶と手帳を確認する。本日は、この後すぐ接待の準備と明後日の会議資料作成に入り、いつ終わるか見当もつかない。明日は朝から接待本番で、祝日というのに二次会のカラオケまでびっしりだ。肝心の24日は終日、販売方針会議がある。聖なるイブの日も、本部長のありがたいお顔を拝んでいられるわけだ。

 ただ、会議は18時半終了の予定なので、終わったらすぐに奈々子の視線をかいくぐってダッシュすれば、新宿アルタ前19時は、絶対に無理というわけではない。問題は花瓶の調達だが、一つ思い当たる秘策があった。

イブの偶然(1) 全8話

2008年12月09日 23時52分46秒 | Weblog
12月12日
「もしもし、イエローデリさんですか?神田のエクスロードと言いますけど、ランチ弁当の予約を…え?やめた?ご商売をってことですか?あら、そうなの。残念だわ、マスター込みでファンだったのよ。ええ、そう。カーナビの会社よ。それが何か?」


12月22日
 「おひとり様」という状況は同じなのに、どうしてこの季節は妙に身に沁みて感じるのだろう?北風の運ぶ寒さのせいか、あるいは街にカップルがあふれる時節柄ゆえ、ということなのだろうか?

 冷たい風が吹こうが、年が暮れようが、仕事は待ってはくれない。朝から課長のお供で、中野まで出かけた。部品メーカーのプレゼンがいよいよ山場にさしかかった時、携帯が振動し、お前だけは戻れと連絡があった。どうやら、本部長よりじきじきのご指示があるようだ。やむを得ず、失礼を詫びつつ、中座して中央線に飛び乗った。カーナビ会社の社員が電車で外回りというのは、ちょっと恥ずかしい気もするが、「経費削減の折」というご時世には逆らえない。

 新宿を過ぎ、例の実績グラフは奈々子に頼んじゃおうかなと考えながら、外を見ていたら、ポケットの携帯が再び振動した。しかし、それは長くは続かず、すぐに止まった。メールの着信だったようだ。

 ショートメール受信 差出人:090-YYYY-YYYY
 本文:どうしても忘れられないので、イブの19時、白いバラを持ってアルタの画面が見えるところにいます。綾香

 「彼女いない歴更新中」なので、身に覚えはないが、迷惑メールにしては手がこみ過ぎている。クリスマスを前に新手の美人局か?とも思ったが、意味深な文面がかえって気になった。あと5分遅かったら放っておいたのに、会社のある神田まで少々時間があったのがいけなかった。気がつくと指は携帯を操り、返信を送っていた。知らない奴に番号が知られるリスクより、何かわくわくすることへの期待の方が勝っていたから、と自分に説明しながら。

 ショートメール発信 差出人:090- XXXX-XXXX
 本文:間違いかと思いますが、私でよかったら、うかがいます。当方、27歳、独身、男、会社員。俊介