拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

イブの偶然(3)

2008年12月09日 23時55分44秒 | Weblog
「奈々子さま」
「何よ、一体。実績グラフ以外は、何も手伝わないわよ」
「違うんだよ。この間、得意先に見舞いを持っていくのに、なんだっけ、『頼むと明日にはお届けします』というのを使ったよね?」
「『イクアス』のこと?」
「そうそう、それそれ。個人でさ、ギフトを一つ頼んだら、24日に間に合うかな?」
「今なら締め切り時間前だけど、明日が祝日で…24日着なら何とかなるわね」
「カタログはどこだっけ?」
「窓際の書類ロッカーの上よ。4時には出すから、急いで発注書いて。それと、伝票は個人用で、代金は総務へ別払いね」
「了解。じゃ、よろしく」
「まさか、クリスマスで彼女へのプレゼント?」
「違うよ。親戚へのお返しさ」
 下手な嘘だが、ありえないことではないだろうと思って言った。
「あっ、そう。俊ちゃん、お返ししたくても、お祝いしてもらうこと自体が無いと思ったんだけど」

 余計なお世話ではあるものの、事実を的確に指摘されたので反論は差し控えた。
「まあ、どうでもいいけど。ところで、明後日の会議の資料、ちゃんと進んでるの?」
「うん、まあ、これから山場ってところかな。そうだ、会議は弁当付?」
「経費節減のため、お昼で一旦区切って各自食べてこいってお達しよ」
「なんだ、ケチな話だなぁ」
「本部長じきじきのご指示ですから。文句があったら、ご本尊に直接どうぞ」
「ねえ、外にランチ買いに行くんなら、一緒に頼むよ。例の黄色い自動車の弁当屋さんのなんかだと、とっても嬉しいんだけど」
「あれはここんとこ来てないわよ。出血大サービスがたたって経営破たんしたらしいし。コンビニ弁当でいいなら、請負ってもいいけど」
「恩に着ます、奈々子さま」
「じゃ、淡雪に鎌倉カスターを追加ね。アラームが自動で飛ぶように、スケジュールに入力しておくから、絶対忘れないでね!」
 ようやく話はまとまったが、どう見てもこちらには分の悪い取引となったようだ。

 カタログをめくると、バラに合いそうな花瓶はすぐ見つかった。円筒形で、三日月形の切れ込み模様が入ってるデザイン。これで仕込みは完了した。仕事もこんな感じでちゃちゃっと終わるといいのだが、ご本尊がそう簡単には許してくれそうもなかった。

イブの偶然(2)

2008年12月09日 23時53分58秒 | Weblog
 会社に戻ると、すぐ本部長に呼ばれた。明日は祝日だが、得意先との接待ゴルフ&忘年会があり、かばん持ちで同行することが決まっていた。食事のメニューとか、二次会の手配とか、うるさいことこの上ない。とりあえず、「かしこまりましたっ!」で切り抜ける。この調子でかき回されたら、またプロジェクトの書類が遅れて、課長にぶつくさ言われそうだ。憂鬱な顔でデスクに戻ると、我らが職場の花、吉岡奈々子嬢に睨まれてしまった。

「俊ちゃん、請求書の提出が遅いって!何度言わすのよ、まったく。支払い遅れのお詫びをする身にもなってよね。あと、会社の名前が入った紙の手提げに、なんでもかんでも詰め込んで出かけないでね。みっともないから」
 こっちが二つ年上なんだから、ちゃん付けはないだろうという抗議をかろうじて心に収め、はいはいとうなずく。僕が一浪、向こうは短大卒で入社が一年早いから、先輩には違いない。「天敵」と言えなくもないのだが、日頃さんざんご厄介をかけているので、頭があがらないのは仕方がないところだ。
「以後気をつけまーす。ところで、一つ頼みがあるんだけど」
「何よ?」
「ええっと、先日FGI社で発行されました物販データの…」
「昨年度の実績分をグラフにまとめて、そのファイルをメールしてくれ、でしょ?」
「どうしてわかるの?」
「奈々子さまは何でもお見通しよ。課長がこぼしてたんだから。梶山、ちゃんと資料出すかなって。本件の報酬は…そうね、例のデパ地下の淡雪チーズケーキ。あれで手を打つわ」
 かえって高くつきそうだなと思った時、またポケットが振動した。まさかという思いは的中していた。

 ショートメール受信 差出人:090- YYYY- YYYY
 本文:間違えてごめんなさい。でも、よろしければ花瓶持参でお越し下さい。5つ年下で学生(未婚)です。綾香

 あまりにもうますぎる話だが、感じるものがあった。まさか、この僕に限ってクリスマスという季節に浮かれるはずはないのだが。

 あわてて記憶と手帳を確認する。本日は、この後すぐ接待の準備と明後日の会議資料作成に入り、いつ終わるか見当もつかない。明日は朝から接待本番で、祝日というのに二次会のカラオケまでびっしりだ。肝心の24日は終日、販売方針会議がある。聖なるイブの日も、本部長のありがたいお顔を拝んでいられるわけだ。

 ただ、会議は18時半終了の予定なので、終わったらすぐに奈々子の視線をかいくぐってダッシュすれば、新宿アルタ前19時は、絶対に無理というわけではない。問題は花瓶の調達だが、一つ思い当たる秘策があった。

イブの偶然(1) 全8話

2008年12月09日 23時52分46秒 | Weblog
12月12日
「もしもし、イエローデリさんですか?神田のエクスロードと言いますけど、ランチ弁当の予約を…え?やめた?ご商売をってことですか?あら、そうなの。残念だわ、マスター込みでファンだったのよ。ええ、そう。カーナビの会社よ。それが何か?」


12月22日
 「おひとり様」という状況は同じなのに、どうしてこの季節は妙に身に沁みて感じるのだろう?北風の運ぶ寒さのせいか、あるいは街にカップルがあふれる時節柄ゆえ、ということなのだろうか?

 冷たい風が吹こうが、年が暮れようが、仕事は待ってはくれない。朝から課長のお供で、中野まで出かけた。部品メーカーのプレゼンがいよいよ山場にさしかかった時、携帯が振動し、お前だけは戻れと連絡があった。どうやら、本部長よりじきじきのご指示があるようだ。やむを得ず、失礼を詫びつつ、中座して中央線に飛び乗った。カーナビ会社の社員が電車で外回りというのは、ちょっと恥ずかしい気もするが、「経費削減の折」というご時世には逆らえない。

 新宿を過ぎ、例の実績グラフは奈々子に頼んじゃおうかなと考えながら、外を見ていたら、ポケットの携帯が再び振動した。しかし、それは長くは続かず、すぐに止まった。メールの着信だったようだ。

 ショートメール受信 差出人:090-YYYY-YYYY
 本文:どうしても忘れられないので、イブの19時、白いバラを持ってアルタの画面が見えるところにいます。綾香

 「彼女いない歴更新中」なので、身に覚えはないが、迷惑メールにしては手がこみ過ぎている。クリスマスを前に新手の美人局か?とも思ったが、意味深な文面がかえって気になった。あと5分遅かったら放っておいたのに、会社のある神田まで少々時間があったのがいけなかった。気がつくと指は携帯を操り、返信を送っていた。知らない奴に番号が知られるリスクより、何かわくわくすることへの期待の方が勝っていたから、と自分に説明しながら。

 ショートメール発信 差出人:090- XXXX-XXXX
 本文:間違いかと思いますが、私でよかったら、うかがいます。当方、27歳、独身、男、会社員。俊介